表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
残酷のアクセルリス  作者: 星咲水輝
17話 ミスティク・イノセント
74/277

#4 舞い降りる妖星

【#4】


「────疫病の魔女プレゲーよ」


「────え」


 僅かな沈黙の後、アクセルリスは目を見開く。


「え……? なにを、いって──」


 その瞬間。


「あ」


 アクセルリスの意識がブラックアウトし、がくん、と気絶したようにうなだれる。


 そして、顔を上げ、毒気を含んだ笑顔を見せた。



「────いつ、気付いた?」


 その表情はアクセルリスのものではない。

 シャーデンフロイデが宣言した通り、これは疫病の魔女プレゲーである。


 そう。プレゲーが取り憑いていたのはミクロマクロではなく、アクセルリスだったのだ。

 彼女本人にも感付くことが出来ない深層心理の奥底にこびり付き、アクセルリスの無意識下からその行動をコントロールしていたのだ。


「最初だ」


 ミクロマクロは答える。


「食事に誘ったとき、断っただろう。アクセルリスが食事の誘いを断るわけがないからな」

「ク。ク。ク。食欲旺盛な魔女だ。つくづく」

「いや、欲張ったお前のミスだな。お前が大人しく潜んでいれば、アクセルリスは自分の意志で誘いに乗り、お前の存在も気付かれることがなかっただろう」

「ク。ク。ク。これは一本取られ…………ウ。この女、自己主張が激し──」


 突然、振り払うように激しくかぶりを振る。


「おや?」


「あああああああっ!」


 咆哮。

 そののちに再び見せたその顔は、アクセルリスのものへと戻っていた。


「っぷはぁーっ!」

〈あ……あるじーっ!〉


 長いこと息を止めていたかのように、激しく呼吸を繰り返す。


「おっアクセルリス。おかえりー」

「ど、ど、ど、どういうことなんですか!?」


 銀の瞳は正しき光を取り戻す。


「乗っ取られていたのは私ってことは分かったんですけど、なんで教えてくれなかったんですか!?」

「その辺りは話せば長くなる。故に、先送りだ」

「じゃあ私どうなるんですかーッ!」

「すぐに助けるよ。アイヤツバスさん、頼む」

「任せてね。弟子を救うのは、師匠の仕事」

「お願いしますお師匠サマーッ!」


 再びの痙攣。悪逆なる顔が戻る。


「ク。何をするつもりか。既に手遅れだぞ。この娘は私と一蓮托生の運命に墜ちた」

「それはどうかしら?」

「何……?」

「私の知識、甘く見ないでね」


 アイヤツバスは己の右手に魔法陣を灯す。


「愛弟子の体だけど、容赦はしないわ」

「何? 貴様何を」


 ブレゲーが言い終えるよりも先に、アイヤツバスは、その剥きだしの腹部に右の拳を叩き込んだ。


「グ……」


 一瞬、その身が固まる。そして。


「ググググググググググ……!」


 苦痛によりぽかり開いたアクセルリスの口から、ものすごい勢いで黒色の粒子が噴き出る。


「アアアアアアアッ!」


 一しきり吐き出した後、痛みを思い出したかのように顔を歪める。


「っ痛~~~!」


「これでよし、っと。ごめんねアクセルリス、荒療治になっちゃった」

「え……え?」


 虚ろな目をしたアクセルリスの拘束を解き、ゆっくりと抱きかかえる。


「ほら、立てるでしょ?」

「ああーっ! 戻った!? 戻ってるー!!」


 アイヤツバスの手から離れ、飛び跳ねて自由になった喜びを祝う。相変わらず感情表現が激しい、いつものアクセルリスだ。


〈あるじいいいいっ!〉


 トガネは各々の影を乗り継ぎ、正気に戻った主君へと走る。


「トガネええええっ!」


 魔女と使い魔は熱く熱く身を寄せ合う。。


〈しんぱいしたんだぞおおおおっ!〉

「ごめんねえええええええええっ!」


 激しい感情をぶつけ合い、再開を喜ぶ。


 一同は微笑みながらそれを見守っていたが、改めて向き直る。



「……さて」


 宙に漂う黒い粒子とだ。


「あとは、あいつだけだね」


 既に全員戦闘態勢。再度の憑依は避けねばならない。


〈……ク。ク。ク。見事な知啓だ。我が憑依を引き剥がすとは〉


 何処からかプレゲーの声が響く。


〈だが。これはこれで。好都合。いずれにせよ、魔都に侵入できた時点で。私の勝ちだ〉

「どういうことだ?」

〈忘れるな。我が称号は《疫病の魔女》。その気になれば、このような矮小な都市など、一夜の内に我が沈ませることが出来る!〉


 黒い霧の内側から、魔力によって生み出された人形──プレゲーの憑代が出現する。


「今はまあ。この程度の体で充分だろう」


 着地したプレゲーは何処からかボロ布を取り出し、纏う。アクセルリスたちが初めに出遭ったときと同じ姿である。


「さあ。魔の都よ。毒に埋もれる刻だ」


 プレゲーの義体の隙間から煙が放出されはじめる。それは確実に毒性を持つものであろう。

 その量は今でこそ微量であるが、次第に増加していくだろうことは想像に難くない。


「ク。ク。ク。これで。目的は果たされた」

「残念ながら、そうは行かない」

「なに?」


 ディサイシヴが指を鳴らす。

 重々しい音を立てて、出入り口にシャッターが降りる。


「ほう。外界と完全に隔てることでパンデミックを防ぐと。矮小な魔女にしては良く考えたな。だが。そのような障壁、砕くには容易かろう」

「その為に、私がいる」


 嘲るような表情の悪魔の面を付けたフネネラルが前に出る。


「私がお前を仕留める。そうすれば、万事解決だ」

「ク。ク。ク。蛮勇か。生憎だが私はそこまで甘くはない」


 その瞬間、プレゲーは背後から殺意を察知し、身を躱した。

 直後、首筋のあった位置を鋼のナイフが走った。


「っと、まだ調子が戻ってないかな?」

「貴様」


 奇襲を躱されたアクセルリスが、体勢を戻しながらプレゲーを睨む。


「私もだ、私もやる! 私の体で好き放題した代償、払ってもらうからな!」

「ク。良いだろう。二人を相手にして手間取るこのプレゲーではない」


 互いに臨戦態勢。放たれる殺気は闘いの予兆となる。


「……あと少しでシャッターが下り切ります。退避を」

「頼んだぞ、アクセルリス。これも任務の一環だ、必ず果たせ」

「悪いけど、尻拭いよろしくねー。今度なんかご馳走するからさ!」


 シャーデンフロイデとミクロマクロの激励を受け、アクセルリスの四肢に闘志が満ちる。


「はいッ!」


 そして。


「アクセルリス、がんばってね。今日の夕飯はすっごいの用意するから!」

「マジですかーッ!」


 アクセルリスのリミッターが外れる。条件反射的に流れた涎を拭う。


「……てなわけで、とっととあんたをブチ殺さなきゃいけなくなった。悪いね、懺悔の時間は与えられそうにないや」

「ク。どこまでも貪欲な女だ。」


 嗤う様にボロ布を靡かせた。


「お喋りは終わり。アクセルリス、これを」


 フネネラルから渡されたのは悪魔の面。


「これにはガスマスクとしての機能がある、装着すれば毒の中でも戦えるよ」

「ありがとうございます!」


 迷わずにそれを付け、影に話しかける。


「トガネ、あんたも逃げてて」

〈わかった、無事でな!〉


 赤い光は滑る様にシャッターを潜り抜ける。

 その直後、シャッターが下り切り、全ての通路が完全に封鎖された。



 ──それと同時に三人の魔女は動いた。


「しゃあああッ!」

 初っ端から獰猛な牙による連撃を叩き込む。

 まるでこれまでの鬱憤を晴らすかのように。


 だが、プレゲーは人体には不可能な動きで虚を突き、躱す。

「ちぃ、動きが読めない……!」

「ク。生ものの身を持つ貴様らに、我が軌道は到底読めまい」

 プレゲーの拳がアクセルリスを狙う。

「!」

 当然、アクセルリスにそれを察知できないことは無い。

(右に──)

 至って冷静に、最低限の動作でそれを躱した。


 ──はずだった。

 だが、その拳は確かにアクセルリスの顔面を打った。

「──」

 処理が追いつかぬままよろめく。

「ッ!」

 残酷なる本能は即座に理性を呼び戻し、追撃に備えさせる。

「どうした? 夢見心地か?」

 プレゲーの断頭台のような手刀を、よろめいたまま倒れ込み、脇に転がることで回避する。

「ふーッ……」

 体勢と息を立て直し、プレゲーを睨む。

 そして、その異形の腕を見る。

「……二つ……?」


 その右腕、肘から先が半分に割れ、二つの拳を創り上げていた。

「矮小な貴様らには、到底できないだろう?」

 アクセルリスはゾッとする。何に恐怖を覚えたのか、は具体的に言えないが、とにかく何か『いけないもの』を感じた。


「……これならどうだッ!」

 アクセルリスの号令の元、槍が放たれる。

「どう、とは?」

 プレゲーは再び機械的な動作でそれを躱す。

 だが、槍は捨て石だった。

「だらああああッ!」

 槍と共に駆けたアクセルリスが水平に跳び蹴りを放つ。

「おっと。見事な目くらましだ」

 一切慌てた様子もなく鋼を纏った脚を受け止める。

 そして、それを掴んだまま。

「え、え……!?」

 上半身のみを360度回転させてアクセルリスを放り投げた。

「な──なんじゃそりゃぁー!?」

 叫びながら宙を舞う。

(こいつ──やばい)

 アクセルリスの脳裏で渦巻いていた恐怖が具体性を持ち始める。


(こいつは……生かしておいちゃいけない……! 魔女、いや生物を、あまりにも冒涜している……!)


 未だ翻弄の渦中から抜け出せてはいない。だが、アクセルリスの中で決意が殺意として凝固していった。


「っとと!」

 アクセルリスは受け身を取り、ザリザリザリと床を擦りながら着地する。

「ちょこまかと! 避けるのがお好きなことで!」

「ク。ク。ク。貴様の狙いがあてずっぽなのではないのか」

「あんだけ動いてよく言うよ!」

 下がったアクセルリスと入れ違うようにフネネラルが走る。

「どうという事はない! どうやっても避けられない攻撃をすればいいんだから!」

 鎌が走る。

「む」

 アクセルリスの槍とは違い、フネネラルの鎌は刃物でありながら面での制圧を可能とする武器。プレゲーが姑息なカラクリを稼働させようと、必ず斬ることのできる武器なのだ。

 回避が不可能なことを悟ったプレゲーは右腕でそれを止め、競り合いが生じる。

「押し! 切る!」

 強引に鎌を押し込む。それを見て、プレゲーの口元がカタカタと鳴る。嘲笑。

「ク。ク。ク。所詮は力押しか。浅はかだ。とても!」

 そう言うと、鎌を留めている右腕が回転し始める。

「なに……?」

 フネネラルが眉をひそめるが、彼女が次の行動を決断するよりも速く、回転はあっという間に高速へ至る。

「遅い。余りにも!」

 回転の力を得たプレゲーは鎌を弾き返す。

「くッ!」

 そしてそのまま切り結ぶ。

「ここと、ここ。それとここだ」

 鎌の弱点、『隙の多さ』を的確に突き、フネネラルをジリ貧に追い込んでゆく。

「ぐっ……ぐ!」

「どうした? 押し切るのではなかったのか? この、欠陥だらけの武器で」

「貴、様……!」

「フネネラルさん!」

 槍を構えたアクセルリスが加勢に走る。

「今のうちに頼む!」

「ク。行ったり来たり、振り子の様だな」

 フネネラルを弾き飛ばし、正面からアクセルリスに向き合う。

「真っ向勝負、といこうか」

「上等ッ!」

 右手に槍、左手に剣をそれぞれ持ち、プレゲーに斬りかかる。

 リーチの異なる二種の得物をもって、回避を困難にする戦術だ。

「成程。これは確かに避けづらい。まあ。ならば」

 プレゲーの両腕から刃が生え、鋼の武器を受け止める。

「避けなければよい」

「力比べで! 私に勝てるとでも!」

「勝つさ」

 言葉通り、刃の打ち合いではプレゲーが優勢になってゆく。

「ぐ……!」

「生身の筋力で。魔力の塊である私に。勝てるわけがないのだ」

「悔しいけど! そうみたいだ!」

 アクセルリスの瞳は奥のフネネラルを見る。立て直し、こちらへ向かってくるのが見える。

「押してダメなら……!」

 剣を投げ捨て、開いた左手で盾を持つ。

「おりゃああっ!」

 刃を受け止め、力づくで押しのける。

 その胴体に、僅かな隙が生まれる。

「む」

「ここだッ!」

 瞬間的に右腕を伸ばす。義体の腹を貫き、砕いた。

 だが、プレゲーの動きは止まらず、霧の発生も止まらない。

「分かってたよ! そんなの!」

 反撃を受ける前に離脱。そして叫ぶ。

「フネネラルさんッ!」

「チャンス、頂く!」

「フン。この程度で私を貶めたつもりか」

 プレゲーは腹部の破片を飛び道具としてアクセルリスに投擲。

「っとと!」

 破片は魔力によって不規則な軌道を取り、アクセルリスを足止めする。

 その間にフネネラルとの打ち合いが始まっていた。

「右。左。左上。右下」

 有利を取るのはやはりプレゲー。彼女は既にフネネラルの弱点を掴んでいるのだから。

「ぐ……!」

 止まない攻撃を浴びせられながらも、反撃の機を伺っていたフネネラル。

 だが、スキがない。肉体の檻から脱獄したプレゲーには、揺らぎという不確定なファクターを全て排除していた。

「フネネラルさんッ!」

 アクセルリスは横からのインターラプトを狙いに行く。

 だが。

「貴様はまだ大人しくしているといい」

 全て察知しいていたプレゲーは、視線を与えることなく、アクセルリスへ正確無比なサイドキックを突き刺す。

「なっ!?」

 不意の一撃に防御が追い付かずモロに喰らってしまう。堪えることも叶わず、前線からの離脱を余儀なくされる。

「ぐぅ!」

 そしてアクセルリスを押しやった隙に、フネネラルの仮面へと執拗な攻撃を加えるプレゲー。

「ク。ク。ク」

「……!」

 身を固め耐えていたフネネラルであったが、ついに悲劇は起こる。

「ク。ハハ!」

 プレゲーの深い一撃。それを喰らったフネネラルの仮面が、外れてしまった。

(しまっ──)

 この状況においては最悪の状況。

「ハハハ! 苦しめ! 我が病毒により。苦しみ抜き。死ね!」

 死神の宣告。


 だが、それに異を唱える者がいた。

「──!」

 アクセルリスだ。


(な──アクセルリス!? 何を!)

 アクセルリスは己の仮面を外し、フネネラルへと付け替える。

「──」

 言葉を失うフネネラル。仮面を通して、アクセルリスの顔を見る。

「…………」

 その眼は、生気に満ちていた。その口は、不敵に笑んでいた。

 そしてフネネラルは知る。これは、けして自己犠牲の果てに選んだ道ではないと。

(────分かった、分かったよアクセルリス)

 その意思を継いだフネネラルは、彼女に向かって親指を立てる。

「──」

 想いが届いたことを悟ったアクセルリスは、そのまま倒れ、動かなくなった。


「ク。ク。ク。なんと、なんと。自己犠牲か。笑わせる、笑わせる!」


 プレゲーは口をカタカタ鳴らして嗤う。


「貴様も直ぐに同じ末路を辿るというのに! これだから矮小なる者は面白いのだ」

「……矮小なのはどっちだろうね?」

「なんだと?」

「既に生物としての体を捨てたお前には、分かるまい……!」

「義憤か。ク。分からんよ、ちっぽけな器の囚人の気持ちなど」

「ならば──お前は負けるのみだ!」

 強く鎌を握り、迫った。


「はあっ!」

 フネネラルは奥の手を解放した。

 アクセルリスにやったように、鎌と槍を自在に変化させ、プレゲーを狙う。

 だが、それらは軽々と躱される。

「ク。私は。既に。見ているからな」

 それもその筈、プレゲーはアクセルリスに潜みながら、その戦いを見ていた。あまつさえ多少の操作も加えていたのだ。

「貴様の小細工は。もう見切っている!」

「ぐっ……!」

 反撃を受け、膝を付くフネネラル。だがその闘志は消えず。

「なら──!」

 柄の握る位置を変える。それに応じて、彼女の戦闘スタイルも変わる。

 鎌による斬撃を狙うものから、己の四肢と柄を用いて打撃を狙うものに。

「これは初めて見るだろう!」

 突きや蹴りが怒涛の嵐のようにプレゲーを苛める。先程までよりは効果的のようだ。

「ふむ。確かに真新しい。だが」

 顔面を狙って放たれた右の拳を受け止める。

「!」

「全体的に。脇が甘い。先程の魔女──アクセルリスという名だったか。奴のほうがキレはあったな」

 強く握ったまま腕を捻る。フネネラルの顔が苦痛に歪む。

「ぐ……があ!」

「土壇場で慣れないことをしても焼け魔石に水魔法、ということだな」

 腹部に膝蹴りを入れる。

「がは……っ」

 突っ伏すフネネラル。だがなお鎌を手放さず、起死回生の一閃を狙った。

 が。

「ク。ク。ク。見え見えだ」

 プレゲーはフネネラルの右手を踏みつける。

「ああああ……っ!」

「もはや。抵抗は無駄だ」

 強く、強く、踏みにじる。皮が裂け、血が滲む。


「ク。ク。ク。フハ。ハハハハ! アクセルリスの尊い自己犠牲も。徒労に終わったというわけだ」

 勝利を確信し、高く笑い吠えるプレゲー。

「あの世で奴に詫びるがよい」

 その首を、命を刈り取ろうと、腕から刃を出し、フネネラルを見た。

 その時、プレゲーは彼女の表情が見た。




 ────笑っている?


「…………お前の負けだ」

「なに?」

「────アクセルリスッ!!」


 フネネラルの振り絞るような咆哮。

 それに呼応して、アクセルリスの銀の眼が、カッと見開かれる。


 そして、跳び起きる。

「なに!?」

 それに気付いたプレゲーが咄嗟に反撃を構えるも、その腕が即座に鎌によって切り落とされる。

「やっと──切れた」

「く──」

 余りの想定外に、プレゲーの内に揺らぎが生まれてしまっていた。そして、フネネラルはその瞬間をずっとずっと狙っていたのだ。

「────」

 眠りから覚めた獣は、地を蹴り、爆発的に加速する。

「莫迦な! あの病毒煙の中。蘇生するだと!?」

「蘇生じゃない! アクセルリスは、ずっとこの時を待ってた!」

 銀色の残光が瞳から走る。

 プレゲーの死角を取り、強襲の拳を叩き込む。

「ぐあ!」

 シャッターにめり込むプレゲー。だが、アクセルリスの拳は止まらない。

「ぐ。ぐぐぐ! バカな馬鹿な莫迦なァーッ!?」



 アクセルリスは仮面をフネネラルに託した後、ずっと息を止めていた。

 身体を安静に置くことで、呼吸を極限まで耐える状態に身を置き、外部からの強い呼びかけなどといった反応を待っていたのだ。

 ゆえに彼女は電光石火の攻撃をプレゲーへと叩き付けられたのだ。

 無論、安静にしていたとはいえ、既に呼吸の我慢も限界。これ以上息を止め続ければ、死は加速的に近づく。

 だが、死が近づくという事は、彼女の生存本能も爆発的に強くなることと同一である。

 そして、アクセルリスにとって、生存本能がその力と直結するという事は、今更言うまでもないだろう。



「────────」

「グアア! アアア! アアアアアアアアアアッ!」

 今、アクセルリスの全ては『プレゲーを殺す』というたった一つの目的を抱いていた。


 呼吸停止時間が長引くのに合わせ、アクセルリスの拳の速度も上昇してゆく。

 プレゲーの体がボロボロに砕けてゆき、壁に刻まれた亀裂も広がってゆく。


 そして。


「!」

 アイヤツバスたちの目の前で、シャッターが大きく凹む。

「……危ないわね」

 巨大な魔法陣が盾のように出現した、その直後。



「──ァァァァァアアアアッ!」


 爆発のような轟音が鳴る。それは、卑劣なる魔女が制裁を受ける音。


「グアアアアアアアアア! アアアアアアァァアーーーーー!」


 絶叫を上げたプレゲーの体は、シャッターもろとも、砕け散った。




 膝と足で着地するアクセルリス。

「……」

 立ち上がり、粉砕した敵を探す。

「……」

 プレゲーの義体は、今や物言わぬ残骸となっていた。

 それを見て、笑った。


「…………すぅ~……」


 アクセルリスは深く深く息を吸う。危ない所であった。


「ふぅっ! んん~生き返る~ッ!」


 生の実感を新鮮な空気と共に噛み締める。

 今回も、生き延びることが出来た。


【続く】

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ