#4 舞い降りる妖星
【#4】
「────疫病の魔女プレゲーよ」
「────え」
僅かな沈黙の後、アクセルリスは目を見開く。
「え……? なにを、いって──」
その瞬間。
「あ」
アクセルリスの意識がブラックアウトし、がくん、と気絶したようにうなだれる。
そして、顔を上げ、毒気を含んだ笑顔を見せた。
「────いつ、気付いた?」
その表情はアクセルリスのものではない。
シャーデンフロイデが宣言した通り、これは疫病の魔女プレゲーである。
そう。プレゲーが取り憑いていたのはミクロマクロではなく、アクセルリスだったのだ。
彼女本人にも感付くことが出来ない深層心理の奥底にこびり付き、アクセルリスの無意識下からその行動をコントロールしていたのだ。
「最初だ」
ミクロマクロは答える。
「食事に誘ったとき、断っただろう。アクセルリスが食事の誘いを断るわけがないからな」
「ク。ク。ク。食欲旺盛な魔女だ。つくづく」
「いや、欲張ったお前のミスだな。お前が大人しく潜んでいれば、アクセルリスは自分の意志で誘いに乗り、お前の存在も気付かれることがなかっただろう」
「ク。ク。ク。これは一本取られ…………ウ。この女、自己主張が激し──」
突然、振り払うように激しくかぶりを振る。
「おや?」
「あああああああっ!」
咆哮。
そののちに再び見せたその顔は、アクセルリスのものへと戻っていた。
「っぷはぁーっ!」
〈あ……あるじーっ!〉
長いこと息を止めていたかのように、激しく呼吸を繰り返す。
「おっアクセルリス。おかえりー」
「ど、ど、ど、どういうことなんですか!?」
銀の瞳は正しき光を取り戻す。
「乗っ取られていたのは私ってことは分かったんですけど、なんで教えてくれなかったんですか!?」
「その辺りは話せば長くなる。故に、先送りだ」
「じゃあ私どうなるんですかーッ!」
「すぐに助けるよ。アイヤツバスさん、頼む」
「任せてね。弟子を救うのは、師匠の仕事」
「お願いしますお師匠サマーッ!」
再びの痙攣。悪逆なる顔が戻る。
「ク。何をするつもりか。既に手遅れだぞ。この娘は私と一蓮托生の運命に墜ちた」
「それはどうかしら?」
「何……?」
「私の知識、甘く見ないでね」
アイヤツバスは己の右手に魔法陣を灯す。
「愛弟子の体だけど、容赦はしないわ」
「何? 貴様何を」
ブレゲーが言い終えるよりも先に、アイヤツバスは、その剥きだしの腹部に右の拳を叩き込んだ。
「グ……」
一瞬、その身が固まる。そして。
「ググググググググググ……!」
苦痛によりぽかり開いたアクセルリスの口から、ものすごい勢いで黒色の粒子が噴き出る。
「アアアアアアアッ!」
一しきり吐き出した後、痛みを思い出したかのように顔を歪める。
「っ痛~~~!」
「これでよし、っと。ごめんねアクセルリス、荒療治になっちゃった」
「え……え?」
虚ろな目をしたアクセルリスの拘束を解き、ゆっくりと抱きかかえる。
「ほら、立てるでしょ?」
「ああーっ! 戻った!? 戻ってるー!!」
アイヤツバスの手から離れ、飛び跳ねて自由になった喜びを祝う。相変わらず感情表現が激しい、いつものアクセルリスだ。
〈あるじいいいいっ!〉
トガネは各々の影を乗り継ぎ、正気に戻った主君へと走る。
「トガネええええっ!」
魔女と使い魔は熱く熱く身を寄せ合う。。
〈しんぱいしたんだぞおおおおっ!〉
「ごめんねえええええええええっ!」
激しい感情をぶつけ合い、再開を喜ぶ。
一同は微笑みながらそれを見守っていたが、改めて向き直る。
「……さて」
宙に漂う黒い粒子とだ。
「あとは、あいつだけだね」
既に全員戦闘態勢。再度の憑依は避けねばならない。
〈……ク。ク。ク。見事な知啓だ。我が憑依を引き剥がすとは〉
何処からかプレゲーの声が響く。
〈だが。これはこれで。好都合。いずれにせよ、魔都に侵入できた時点で。私の勝ちだ〉
「どういうことだ?」
〈忘れるな。我が称号は《疫病の魔女》。その気になれば、このような矮小な都市など、一夜の内に我が沈ませることが出来る!〉
黒い霧の内側から、魔力によって生み出された人形──プレゲーの憑代が出現する。
「今はまあ。この程度の体で充分だろう」
着地したプレゲーは何処からかボロ布を取り出し、纏う。アクセルリスたちが初めに出遭ったときと同じ姿である。
「さあ。魔の都よ。毒に埋もれる刻だ」
プレゲーの義体の隙間から煙が放出されはじめる。それは確実に毒性を持つものであろう。
その量は今でこそ微量であるが、次第に増加していくだろうことは想像に難くない。
「ク。ク。ク。これで。目的は果たされた」
「残念ながら、そうは行かない」
「なに?」
ディサイシヴが指を鳴らす。
重々しい音を立てて、出入り口にシャッターが降りる。
「ほう。外界と完全に隔てることでパンデミックを防ぐと。矮小な魔女にしては良く考えたな。だが。そのような障壁、砕くには容易かろう」
「その為に、私がいる」
嘲るような表情の悪魔の面を付けたフネネラルが前に出る。
「私がお前を仕留める。そうすれば、万事解決だ」
「ク。ク。ク。蛮勇か。生憎だが私はそこまで甘くはない」
その瞬間、プレゲーは背後から殺意を察知し、身を躱した。
直後、首筋のあった位置を鋼のナイフが走った。
「っと、まだ調子が戻ってないかな?」
「貴様」
奇襲を躱されたアクセルリスが、体勢を戻しながらプレゲーを睨む。
「私もだ、私もやる! 私の体で好き放題した代償、払ってもらうからな!」
「ク。良いだろう。二人を相手にして手間取るこのプレゲーではない」
互いに臨戦態勢。放たれる殺気は闘いの予兆となる。
「……あと少しでシャッターが下り切ります。退避を」
「頼んだぞ、アクセルリス。これも任務の一環だ、必ず果たせ」
「悪いけど、尻拭いよろしくねー。今度なんかご馳走するからさ!」
シャーデンフロイデとミクロマクロの激励を受け、アクセルリスの四肢に闘志が満ちる。
「はいッ!」
そして。
「アクセルリス、がんばってね。今日の夕飯はすっごいの用意するから!」
「マジですかーッ!」
アクセルリスのリミッターが外れる。条件反射的に流れた涎を拭う。
「……てなわけで、とっととあんたをブチ殺さなきゃいけなくなった。悪いね、懺悔の時間は与えられそうにないや」
「ク。どこまでも貪欲な女だ。」
嗤う様にボロ布を靡かせた。
「お喋りは終わり。アクセルリス、これを」
フネネラルから渡されたのは悪魔の面。
「これにはガスマスクとしての機能がある、装着すれば毒の中でも戦えるよ」
「ありがとうございます!」
迷わずにそれを付け、影に話しかける。
「トガネ、あんたも逃げてて」
〈わかった、無事でな!〉
赤い光は滑る様にシャッターを潜り抜ける。
その直後、シャッターが下り切り、全ての通路が完全に封鎖された。
──それと同時に三人の魔女は動いた。
「しゃあああッ!」
初っ端から獰猛な牙による連撃を叩き込む。
まるでこれまでの鬱憤を晴らすかのように。
だが、プレゲーは人体には不可能な動きで虚を突き、躱す。
「ちぃ、動きが読めない……!」
「ク。生ものの身を持つ貴様らに、我が軌道は到底読めまい」
プレゲーの拳がアクセルリスを狙う。
「!」
当然、アクセルリスにそれを察知できないことは無い。
(右に──)
至って冷静に、最低限の動作でそれを躱した。
──はずだった。
だが、その拳は確かにアクセルリスの顔面を打った。
「──」
処理が追いつかぬままよろめく。
「ッ!」
残酷なる本能は即座に理性を呼び戻し、追撃に備えさせる。
「どうした? 夢見心地か?」
プレゲーの断頭台のような手刀を、よろめいたまま倒れ込み、脇に転がることで回避する。
「ふーッ……」
体勢と息を立て直し、プレゲーを睨む。
そして、その異形の腕を見る。
「……二つ……?」
その右腕、肘から先が半分に割れ、二つの拳を創り上げていた。
「矮小な貴様らには、到底できないだろう?」
アクセルリスはゾッとする。何に恐怖を覚えたのか、は具体的に言えないが、とにかく何か『いけないもの』を感じた。
「……これならどうだッ!」
アクセルリスの号令の元、槍が放たれる。
「どう、とは?」
プレゲーは再び機械的な動作でそれを躱す。
だが、槍は捨て石だった。
「だらああああッ!」
槍と共に駆けたアクセルリスが水平に跳び蹴りを放つ。
「おっと。見事な目くらましだ」
一切慌てた様子もなく鋼を纏った脚を受け止める。
そして、それを掴んだまま。
「え、え……!?」
上半身のみを360度回転させてアクセルリスを放り投げた。
「な──なんじゃそりゃぁー!?」
叫びながら宙を舞う。
(こいつ──やばい)
アクセルリスの脳裏で渦巻いていた恐怖が具体性を持ち始める。
(こいつは……生かしておいちゃいけない……! 魔女、いや生物を、あまりにも冒涜している……!)
未だ翻弄の渦中から抜け出せてはいない。だが、アクセルリスの中で決意が殺意として凝固していった。
「っとと!」
アクセルリスは受け身を取り、ザリザリザリと床を擦りながら着地する。
「ちょこまかと! 避けるのがお好きなことで!」
「ク。ク。ク。貴様の狙いがあてずっぽなのではないのか」
「あんだけ動いてよく言うよ!」
下がったアクセルリスと入れ違うようにフネネラルが走る。
「どうという事はない! どうやっても避けられない攻撃をすればいいんだから!」
鎌が走る。
「む」
アクセルリスの槍とは違い、フネネラルの鎌は刃物でありながら面での制圧を可能とする武器。プレゲーが姑息なカラクリを稼働させようと、必ず斬ることのできる武器なのだ。
回避が不可能なことを悟ったプレゲーは右腕でそれを止め、競り合いが生じる。
「押し! 切る!」
強引に鎌を押し込む。それを見て、プレゲーの口元がカタカタと鳴る。嘲笑。
「ク。ク。ク。所詮は力押しか。浅はかだ。とても!」
そう言うと、鎌を留めている右腕が回転し始める。
「なに……?」
フネネラルが眉をひそめるが、彼女が次の行動を決断するよりも速く、回転はあっという間に高速へ至る。
「遅い。余りにも!」
回転の力を得たプレゲーは鎌を弾き返す。
「くッ!」
そしてそのまま切り結ぶ。
「ここと、ここ。それとここだ」
鎌の弱点、『隙の多さ』を的確に突き、フネネラルをジリ貧に追い込んでゆく。
「ぐっ……ぐ!」
「どうした? 押し切るのではなかったのか? この、欠陥だらけの武器で」
「貴、様……!」
「フネネラルさん!」
槍を構えたアクセルリスが加勢に走る。
「今のうちに頼む!」
「ク。行ったり来たり、振り子の様だな」
フネネラルを弾き飛ばし、正面からアクセルリスに向き合う。
「真っ向勝負、といこうか」
「上等ッ!」
右手に槍、左手に剣をそれぞれ持ち、プレゲーに斬りかかる。
リーチの異なる二種の得物をもって、回避を困難にする戦術だ。
「成程。これは確かに避けづらい。まあ。ならば」
プレゲーの両腕から刃が生え、鋼の武器を受け止める。
「避けなければよい」
「力比べで! 私に勝てるとでも!」
「勝つさ」
言葉通り、刃の打ち合いではプレゲーが優勢になってゆく。
「ぐ……!」
「生身の筋力で。魔力の塊である私に。勝てるわけがないのだ」
「悔しいけど! そうみたいだ!」
アクセルリスの瞳は奥のフネネラルを見る。立て直し、こちらへ向かってくるのが見える。
「押してダメなら……!」
剣を投げ捨て、開いた左手で盾を持つ。
「おりゃああっ!」
刃を受け止め、力づくで押しのける。
その胴体に、僅かな隙が生まれる。
「む」
「ここだッ!」
瞬間的に右腕を伸ばす。義体の腹を貫き、砕いた。
だが、プレゲーの動きは止まらず、霧の発生も止まらない。
「分かってたよ! そんなの!」
反撃を受ける前に離脱。そして叫ぶ。
「フネネラルさんッ!」
「チャンス、頂く!」
「フン。この程度で私を貶めたつもりか」
プレゲーは腹部の破片を飛び道具としてアクセルリスに投擲。
「っとと!」
破片は魔力によって不規則な軌道を取り、アクセルリスを足止めする。
その間にフネネラルとの打ち合いが始まっていた。
「右。左。左上。右下」
有利を取るのはやはりプレゲー。彼女は既にフネネラルの弱点を掴んでいるのだから。
「ぐ……!」
止まない攻撃を浴びせられながらも、反撃の機を伺っていたフネネラル。
だが、スキがない。肉体の檻から脱獄したプレゲーには、揺らぎという不確定なファクターを全て排除していた。
「フネネラルさんッ!」
アクセルリスは横からのインターラプトを狙いに行く。
だが。
「貴様はまだ大人しくしているといい」
全て察知しいていたプレゲーは、視線を与えることなく、アクセルリスへ正確無比なサイドキックを突き刺す。
「なっ!?」
不意の一撃に防御が追い付かずモロに喰らってしまう。堪えることも叶わず、前線からの離脱を余儀なくされる。
「ぐぅ!」
そしてアクセルリスを押しやった隙に、フネネラルの仮面へと執拗な攻撃を加えるプレゲー。
「ク。ク。ク」
「……!」
身を固め耐えていたフネネラルであったが、ついに悲劇は起こる。
「ク。ハハ!」
プレゲーの深い一撃。それを喰らったフネネラルの仮面が、外れてしまった。
(しまっ──)
この状況においては最悪の状況。
「ハハハ! 苦しめ! 我が病毒により。苦しみ抜き。死ね!」
死神の宣告。
だが、それに異を唱える者がいた。
「──!」
アクセルリスだ。
(な──アクセルリス!? 何を!)
アクセルリスは己の仮面を外し、フネネラルへと付け替える。
「──」
言葉を失うフネネラル。仮面を通して、アクセルリスの顔を見る。
「…………」
その眼は、生気に満ちていた。その口は、不敵に笑んでいた。
そしてフネネラルは知る。これは、けして自己犠牲の果てに選んだ道ではないと。
(────分かった、分かったよアクセルリス)
その意思を継いだフネネラルは、彼女に向かって親指を立てる。
「──」
想いが届いたことを悟ったアクセルリスは、そのまま倒れ、動かなくなった。
「ク。ク。ク。なんと、なんと。自己犠牲か。笑わせる、笑わせる!」
プレゲーは口をカタカタ鳴らして嗤う。
「貴様も直ぐに同じ末路を辿るというのに! これだから矮小なる者は面白いのだ」
「……矮小なのはどっちだろうね?」
「なんだと?」
「既に生物としての体を捨てたお前には、分かるまい……!」
「義憤か。ク。分からんよ、ちっぽけな器の囚人の気持ちなど」
「ならば──お前は負けるのみだ!」
強く鎌を握り、迫った。
「はあっ!」
フネネラルは奥の手を解放した。
アクセルリスにやったように、鎌と槍を自在に変化させ、プレゲーを狙う。
だが、それらは軽々と躱される。
「ク。私は。既に。見ているからな」
それもその筈、プレゲーはアクセルリスに潜みながら、その戦いを見ていた。あまつさえ多少の操作も加えていたのだ。
「貴様の小細工は。もう見切っている!」
「ぐっ……!」
反撃を受け、膝を付くフネネラル。だがその闘志は消えず。
「なら──!」
柄の握る位置を変える。それに応じて、彼女の戦闘スタイルも変わる。
鎌による斬撃を狙うものから、己の四肢と柄を用いて打撃を狙うものに。
「これは初めて見るだろう!」
突きや蹴りが怒涛の嵐のようにプレゲーを苛める。先程までよりは効果的のようだ。
「ふむ。確かに真新しい。だが」
顔面を狙って放たれた右の拳を受け止める。
「!」
「全体的に。脇が甘い。先程の魔女──アクセルリスという名だったか。奴のほうがキレはあったな」
強く握ったまま腕を捻る。フネネラルの顔が苦痛に歪む。
「ぐ……があ!」
「土壇場で慣れないことをしても焼け魔石に水魔法、ということだな」
腹部に膝蹴りを入れる。
「がは……っ」
突っ伏すフネネラル。だがなお鎌を手放さず、起死回生の一閃を狙った。
が。
「ク。ク。ク。見え見えだ」
プレゲーはフネネラルの右手を踏みつける。
「ああああ……っ!」
「もはや。抵抗は無駄だ」
強く、強く、踏みにじる。皮が裂け、血が滲む。
「ク。ク。ク。フハ。ハハハハ! アクセルリスの尊い自己犠牲も。徒労に終わったというわけだ」
勝利を確信し、高く笑い吠えるプレゲー。
「あの世で奴に詫びるがよい」
その首を、命を刈り取ろうと、腕から刃を出し、フネネラルを見た。
その時、プレゲーは彼女の表情が見た。
────笑っている?
「…………お前の負けだ」
「なに?」
「────アクセルリスッ!!」
フネネラルの振り絞るような咆哮。
それに呼応して、アクセルリスの銀の眼が、カッと見開かれる。
そして、跳び起きる。
「なに!?」
それに気付いたプレゲーが咄嗟に反撃を構えるも、その腕が即座に鎌によって切り落とされる。
「やっと──切れた」
「く──」
余りの想定外に、プレゲーの内に揺らぎが生まれてしまっていた。そして、フネネラルはその瞬間をずっとずっと狙っていたのだ。
「────」
眠りから覚めた獣は、地を蹴り、爆発的に加速する。
「莫迦な! あの病毒煙の中。蘇生するだと!?」
「蘇生じゃない! アクセルリスは、ずっとこの時を待ってた!」
銀色の残光が瞳から走る。
プレゲーの死角を取り、強襲の拳を叩き込む。
「ぐあ!」
シャッターにめり込むプレゲー。だが、アクセルリスの拳は止まらない。
「ぐ。ぐぐぐ! バカな馬鹿な莫迦なァーッ!?」
アクセルリスは仮面をフネネラルに託した後、ずっと息を止めていた。
身体を安静に置くことで、呼吸を極限まで耐える状態に身を置き、外部からの強い呼びかけなどといった反応を待っていたのだ。
ゆえに彼女は電光石火の攻撃をプレゲーへと叩き付けられたのだ。
無論、安静にしていたとはいえ、既に呼吸の我慢も限界。これ以上息を止め続ければ、死は加速的に近づく。
だが、死が近づくという事は、彼女の生存本能も爆発的に強くなることと同一である。
そして、アクセルリスにとって、生存本能がその力と直結するという事は、今更言うまでもないだろう。
「────────」
「グアア! アアア! アアアアアアアアアアッ!」
今、アクセルリスの全ては『プレゲーを殺す』というたった一つの目的を抱いていた。
呼吸停止時間が長引くのに合わせ、アクセルリスの拳の速度も上昇してゆく。
プレゲーの体がボロボロに砕けてゆき、壁に刻まれた亀裂も広がってゆく。
そして。
「!」
アイヤツバスたちの目の前で、シャッターが大きく凹む。
「……危ないわね」
巨大な魔法陣が盾のように出現した、その直後。
「──ァァァァァアアアアッ!」
爆発のような轟音が鳴る。それは、卑劣なる魔女が制裁を受ける音。
「グアアアアアアアアア! アアアアアアァァアーーーーー!」
絶叫を上げたプレゲーの体は、シャッターもろとも、砕け散った。
膝と足で着地するアクセルリス。
「……」
立ち上がり、粉砕した敵を探す。
「……」
プレゲーの義体は、今や物言わぬ残骸となっていた。
それを見て、笑った。
「…………すぅ~……」
アクセルリスは深く深く息を吸う。危ない所であった。
「ふぅっ! んん~生き返る~ッ!」
生の実感を新鮮な空気と共に噛み締める。
今回も、生き延びることが出来た。
【続く】