#3 隠されし兵器、隠されし闇
【#3】
そうして、ケイトブルパツ駅へと辿り着いた。
アクセルリスはまず手始めに、魔行列車の運行を執り行う、魔列社の代表──《鉄道の魔女》ディサイシヴへの接触を図った。
彼女はすぐ見つかった。
「ディサイシヴさんッ!」
「おや!? おや、貴女はアクセルリス殿! こんばんはですね、わたくし──」
「はじめましてじゃないです!」
「──おっと。以前お会いしていましたね、これは失敬!」
普段と変わらず飄々としたディサイシヴだが、その呑気さが今のアクセルリスには腹立たしい。
「本日はどのようなご用件で?」
「魔行列車を出して欲しい! 特急で!」
「行先はどちらまで?」
「どこでもいい!──じゃない、エントラッセまで!」
「承りました! それでしたら……第9ホームにお越しくださいませ! わたくしは一足先に向かっておりますので!」
ディサイシヴは足早に立ち去った。準備があるのだろうか。
いずれにせよ、助かった。
アクセルリスは胸をなで下ろす。だがまだ油断は出来ない。
細心の注意を払いながら第9ホームへと向かった。
「……」
幸い何事もなく、無事に第9ホームへ降り立ったアクセルリス。
周囲に人はおらず、どこか寂れており、まるで長年使われていないような感じである。
アクセルリスはどこか既視感を覚えたが、四の五の言っている場合ではない。
「ディサイシヴさん」
ディサイシヴはそこに一人ぽつんと立っていた。
アクセルリスに背を向けたまま、何も言わずに。
「あの……」
先程とは真逆なその様子に、アクセルリスも不安を覚える。
そして近づいた、その瞬間。
「──ッ!?」
何かを感じ取り、咄嗟に展開した鋼の盾。
そこに鋭く重い衝撃が走り、砕ける。
「な──な」
アクセルリスが見たのは、『何か』を構えるディサイシヴの姿。どうやら盾を砕いたのはその『何か』から放たれた物らしい。
「銃……!?」
そう。それは『銃』。魔女機関が開発を進めている、最新鋭の兵器。
アクセルリスの脳が渦を巻き混乱する。
「何故あなたが持って……いや、それよりも何故、私の命を……!?」
ディサイシヴはゆっくりと顔を上げる。
「二つ──ウソをついていました」
その眼は呑気な駅員のそれではない。
殺す者──『残酷』な『魔女』の眼光である。
「なぜわたくし──いや、私が銃を持っているか。至極簡単なことだ。これは、『私が生み出したもの』なのだから」
「……は?」
「困惑するのも無理はない」
ディサイシヴは銃を投げ捨てる。それは手を離れるとすぐに消滅した。
「順を追って説明しよう」
ゆっくりと歩き始める。アクセルリスは警戒心を最大限に研ぎ澄ませる。
「一つ目。私、ディサイシヴの称号は偽造されているもの。《鉄道の魔女》というのは先代魔列社代表の称号」
「……称号の詐称は魔法律によって禁じられているはずじゃ」
「未認可ならばな。残念ながら私の場合は、魔女機関によって認められている」
「いったい……あんたは何者なんだ……!」
「私の本来の称号は《兵器の魔女》。兵器を生み出す魔法。作り出される兵器は、時代の最先端をゆくもの。まだ誰も目にしたことが無いもの」
「その魔法で……銃を生み出し……魔女機関に提供したと……?」
「そういう事だ。まあ、原理は私にも分からない」
歯噛みする。疑念はまだ付きない。
「なら──なんであんたが私を? どこから情報を得た……!?」
「二つ目。私の真の職務は魔列社の代表などではない」
「なら何」
「──《残酷魔女》だよ」
アクセルリスは一瞬、がくんと脳を激しく揺さぶられるような感覚に墜ちた。
その思考回路はオーバーヒートが近い。次から次へと襲い来る情報の波を捌き切れない。
「……どういう、ことだ」
「表立っては、隠居した先代の代理としてこの社の代表を名乗っている。だがそれは仮初の器。本当の私──残酷魔女としての私は、各駅を管轄し、魔都から逃亡する外道魔女を処分すること」
新たな銃口を向け、言い放つ。
「そう。お前のような」
「ッ──」
破裂音が響く。ディサイシヴは一切の躊躇なく発砲した。
「小癪な……鉛玉ごときで……!」
銃弾は鋼によって弾かれる。
「悪いが私は加減を知らない。他の奴らとは違って、本気で殺しに行く」
「…………殺れるもんなら……」
鉤爪を生み出し駆け出す。
「殺ってみろよッ!!!」
「よく吼える」
ディサイシヴは撃っては捨て、撃っては捨てを繰り返し、止め処なくアクセルリスを圧する。
「効か……ねえッ!」
だがその程度で止まるアクセルリスではない。今の状態ならば猶更。
時に躱し、時に弾き、ディサイシヴの目前へと迫った。
「死ねええッ!」
「いや。死なない」
鉤爪は銃身によって止められる。
そして、もう片手に持つ銃が火を噴く。
「ッ!」
咄嗟に身を躱したおかげで、掠り傷で済んだ。
が、そんな事を安堵している間もなく、ディサイシヴは仕掛ける。
空になった銃をアクセルリスに投げつけ、その間に新たな銃を生み出す。
「クソッ! 油断も隙も無いッ……!」
「これが伝承に伝わる《二段撃ち戦法》だ」
「知らねえよ! そんなもん!」
本能のまま、思うがままに暴れるアクセルリスに対し、ディサイシヴはどこまでも冷酷に緻密に戦闘を構築していた。
だがアクセルリスの本能も腐ったものではない。致命の弾丸を的確に弾き、貪欲に敵の心臓を狙っていた。
「逃げんなッ!」
弾丸を撃ちながら後退するディサイシヴを、アクセルリスは何処までも追いかける。
「GAAAAAAッ!」
もはや理性をかなぐり捨て、獲物の首筋に噛みつこうと迫る姿は獣そのもの。
「そんな野獣に、私たちが後れを取るわけがない」
銃を用いた防御姿勢。アクセルリスは眼に映った銃に迷うことなく噛みつき、一瞬の内にそれを砕く。
「化け物か」
銃を失った右手でアクセルリスの首を掴む。
「AAAAGGGHH!」
首に手が伸びた瞬間、その腕を逆に掴み返し、爪を食いこませる。
「ッ。痛いな」
ディサイシヴの表情がやや硬くなる。
(出血する前に、反撃を)
左の銃床でアクセルリスの頭を打った。普通ならば、気絶してもおかしくはない強さで。
「……」
だが。
「なんだ……なんだよ……ッ!」
アクセルリスは全くブレることなく、どこまでも残虐な眼でディサイシヴを睨んでいた。
(まずい)
ディサイシヴは咄嗟に手を離す。それとほぼ同時にアクセルリスもまた手を離した。
「AAAGGGGGGHHHHッ!」
闇雲に振るわれた左腕が銃を捕らえる、と同時に握り潰す。
「潰す……潰す……! 何もかも……ッ」
(まずい。うまくない。これ以上は──)
ディサイシヴには一つの懸念があった。
「どこ……見てんだよ」
「お前だ。お前の中の」
それは、『アクセルリスが目覚めること』だった。
「はああああァァァァアアアア……」
深く深く息を排気する。
「ワケわかんねえこと……言うんじゃねえ」
そう言った直後、床に凹みを残し、アクセルリスが消える。
(後ろか──)
殺気で位置を感じ取る。
振り返るも、既にアクセルリスは攻撃態勢に入っていた。
「──」
「AAAGGGGGGGHHHッッ!」
獰猛に振り被られた腕がディサイシヴを穿つ、その寸前。
「なあッ!?」
その右腕は虚空に固定される。
「ぐ、ううううッ!」
力任せに振り解こうとするも、その拘束は異常なまでに固い。
「ち……いィ!」
砕けてしまうのではないかと思うほど、強く歯軋りする。
そして、アクセルリスはその時気付いた。
拘束は自身の四肢全てに施されていることを。
「しまっ──」
気付くも遅く。身動きできず、無防備を晒す。
そして、それを待っていたかのように、無数の黒い魔法陣が出現し、アクセルリスの身体を縛り上げる。
「う……あアッ!」
もがくが、抜け出すことは不可能だった。
「やっと来たか」
ディサイシヴは階段の方を見やる。
「!」
そこから現れたのはいくつかの人影。
「あ……あ」
アクセルリスの全身が絶望に包まれる。
「そこまで。大人しくしてもらうわね」
「お……お師匠……サマ……!」
メガネの下の目は相変わらず微笑んでいた。冷たく、あるいは熱く。
「今日の夕飯を考えていたのだけれど、こんなことになるとはね」
「突然のお呼び出し、失礼いたしました」
「いいのよ、気にしないでね」
アイヤツバスだけではない。シャーデンフロイデ、フネネラル、ミクロマクロ、そしてトガネまでもが集っていた。
「そ……そん、な」
もはや冷や汗すら乾き切り、砂漠に放り出されたかのような乾燥感がアクセルリスを抱擁する。
〈あるじ……〉
「全員集合、だね、これでもう流石に逃げられないんじゃないか?」
「ミクロマクロの言う通り。お前はここで終わりだ」
シャーデンフロイデが克明に宣言する。
「────疫病の魔女プレゲーよ」
【続く】