#2 真実を探る百の足
【#2】
店の裏に案内されたアクセルリス。
「はじめは気付きませんでしたが、あの大立ち回りを見て確信しました。まさか私の店に来ていただけるなんて……」
「いえ、こちらのお店からとても良い匂いがしたもので……」
「アクセルリスさまにそう言って頂けるなんて、光栄です……あ、あの、私なんかにそんなにかしこまらないで、フランクにお願いします……!」
「えっ……じゃ、じゃあお言葉に甘えて……よろしく、ね?」
アクセルリスは恐る恐る言葉を繋ぐが、相手の表情はとても満足そうなので、考えるのをやめた。
「っと、申し遅れました、私は《タランテラ》という者です」
「あ、ご丁寧にどうも……」
「ヴェルペルギースの一角に寂れた店を構える、しがないアラクネでございます」
(──アラクネだったのか)
確かに言われてみると頭髪と一体化した触覚や複眼になっている瞳など、その体にはアラクネの要素が点在している。
が、ベースとなった蟲が何かまでは分からない。昆虫以外の蟲や甲殻類である可能性もある。
意味あり気に右手だけに装着している手袋など、様々な考察が出来るが、あくまで考察の域を出ない。
そして戦闘外のアクセルリスには瞬時にこれらの考えを巡らす頭はない。
「──それで、お話って?」
全てを放り投げて会話を続行することを選んだ。
「はい。先程の暴徒とも関連する話なんですが……」
タランテラの話を総括すると、こう。
近頃、ヴェルペルギースにある食事店に、あのような暴徒が出没しているという。
その被害に遭った店の多くはは客足が途絶え、店じまいに追い込まれた所も少なくないという。
タランテラも明日は我が身か、と怯えていた所、先の出来事が起こったのだった。
「……なるほど」
〈わかったのか?〉
「流石に分かるわ! 舐めんな!」
「おや、こちらは……?」
〈使い魔のトガネだ! 不束者の主だけど、まあよろしくやってくれ!〉
「一言多い!」
〈グエ!〉
減らず口を叩き粛清されるトガネ。もはや見慣れてしまった光景だ。
「よ、よろしくお願いします……?」
「っと、あほ使い魔のせいで話が逸れちゃったね。悪党どもが食事処を荒らして回っている、という話だよね?」
「はい。此度は丁度助けて頂いた形になります」
「じゃあこの話はもうオシマイでは? まだ何か続きが?」
「……噂話に過ぎないのですが、店荒らしには『元締め』がいるのではないかという話が出回っているのです」
「……ほう」
アクセルリスの眼が細められる。また胡散臭くなってきたぞ。
「考えてみれば道理です。ヴェルペルギース中の食事店を荒らすなど、単独犯では到底無謀な話でしょう?」
〈オレもそうおもう〉
「……つまり、第二第三の望まれない客が来訪するかもしれない、と」
「そういう事です。今までに店荒らしを撃退した事例は聞いたことが無いため、確証は持てませんが」
「大体は掴めたよ。それで、私は何すれば?」
「しばらくの間──具体的には、三日間。私の店を守って頂きたいのです」
「それは、更なる暴徒を警戒して、かな?」
「その通りです。無茶なお願いだとは思いますが、どうかお願いします」
「うーん……」
アクセルリスは考える。
実際これは見過ごせない問題である。個人的にも、仕事的にも。
だが、明日から三日、というのはいささか急すぎる。
被害届と任務届を提出しかつ任務の担当を自分にしてもらうには少々骨が折れる。
シャーデンフロイデとカーネイルを説得し、その上で本来なら対処する筈の防衛部門、つまりケムダフをも説得しなければならない。
どうしたものか、と思考を張り巡らせていた所、タランテラが一言。
「むろん、無償ではと言いません。三日間、僭越ながら、私の料理を食べ放題にします」
「やります」
即答だった。
◆
翌日。
Aria-DONE、その隅の目立たない席に、アクセルリスはいた。
彼女は昨日よりも手の込んだ変装を施していた。
ポケットが沢山ついた黒コート。黒いハンチング帽に黒ぶちメガネ。髪は後ろにまとめている。
〈…………なあ主、それ……〉
赤目の使い魔は苦言を呈する。
「うん? カンッペキな変装でしょ?」
〈いや、それはそうなんだが……寄せ過ぎじゃないか?〉
「なにが?」
〈なにが、って。そりゃぁ……なぁ……〉
そう。その姿は誰がどう見てもアイヤツバスの模倣である。
「そういうの着てさあ、なんつうか、恥ずかしくないの?」
「何を恥ずかしがる必要がありますか! 形からお師匠サマを模倣するのだよ!」
鶏肉を好きなだけ食べられるからか、テンションが暴走気味。
「お師匠サマはねえ! 冷静沈着で! 才色兼備の! 全ての魔女が見習うべき存在なんだよ!」
〈その話はさんざ聞いたぜ……っていうか、こんな無駄話してていいのかよ?〉
「大丈夫でしょ。今のとこいかにも怪しい奴は来てないし」
事実、現在時刻は正午を示そうという所であるが、今だアクセルリスの勘が囁く人物は現れない。
ただひたすら彼女のテーブルにお済のお皿が貯まってゆくだけだった。
〈ていうかそんな鶏肉ばっか食べてて飽きないのか?〉
「飽きないね! まったく」
〈折角色々食べられるんだしさ、他にも食べたらどうだ? 好きな時に好きなものを食えるって、幸せなんだぞ?〉
「……へぇ?」
アクセルリスの動きがピタリ止まる。
「それ、私に言う? 言っちゃう?」
〈……あ……〉
トガネは己の軽率な発言を悔いた。
目の前にいる──己の主の、過酷な過去を失念していた。
「ん? なんだって?」
〈ご、ごめん。迂闊だった〉
「ま、今更過去の事をとやかく言うつもりはないけどねー」
〈すごい……前向きだな〉
「ある程度、振り切っていかないとね。いつまでも過去に囚われたままじゃ、前には進めないし、仇も取れない」
〈……そうか、そうだよな。主の復讐が実ること、祈ってるぜ〉
「うんっ! ありがと」
魔女と使い魔は再び絆を深めた。
と、丁度それが終わったタイミング。
鈴の音と共に、一人の女が入店する。
「──」
アクセルリスは感じ取る。
その風体。その目つき。その力。
銀色の目が細められる。
「いらっしゃいませ」
「あんたが店主か」
「は、はい」
「私の仲間が、ここの店で世話になったらしいんだが」
「……何の話でしょうか」
「とぼけるな!」
声を荒げる女。
「もう一度聞く。私の仲間が、ここの店で、世話になったらしいんだが?」
「…………知りません」
タランテラは徹底的に抗う。
「……そうか。ならば命が惜しくないと、いう事だな」
「……」
女が動きを見せる。
その瞬間。
「くおぉっ」
音もなく近づいたアクセルリスの手刀が、首を打つ。
女は倒れる。アクセルリスはそれを抱えて、嬉しそうに言った。
「一回やってみたかったんだよねーこれ!」
〈……さいですか〉
気を失った女を縛り上げ、裏に回った一同。
「やっぱ魔女だねこれ」
アクセルリスはその女から魔力を感じていた。人間が到底許容できる量を超えた魔力。
「これ、どうするの? 言われた通りに縛り上げたけど」
「情報を引き出し、本拠地や協力者、目的などを洗いざらい話してもらいます」
「そう簡単にいくかなー……?」
「大丈夫です。私にお任せを。少し離れていてください」
「なんだろ」
アクセルリスが距離を置いたのを見て、タランテラは喉を抑える。
そして──
「オゴゴゴゴーッ!」
吐き出す。
「え──」
アクセルリスは目を疑う。
トガネは絶句する。
その行動ではなく、吐き出した『モノ』に。
それは、ムカデだった。
頭部だけでも握り拳ほどもある、黒光りする奇形大型ムカデがタランテラの口から生えていた。
それは地面に接してなお、全貌を明かすこと無い。
「驚かせてしまったでしょうか?」
当のタランテラは平然としている。
「え……うん」
「失礼いたしました。配慮が足りませんでしたね」
「ムカデのアラクネだったん、ですね……」
「ええ。事前にお話しておけば良かったですね」
「それ、どうするんですか」
アクセルリスはやや震える指先でムカデを指差す。
「これを用いれば、和やかにこころよく本心を語ってくれます」
「そうなの……」
「少しお恥ずかしい姿ですが、直ぐに済ませます。お待ちください」
「うん……」
ムカデがカサカサと這い、魔女の体を上ってゆく。
そして、半開きの口内に──侵入した。
「うわ」
アクセルリスは背筋が凍り、鳥肌が立つのを感じる。
「死んでも喰らいたくないな、あれ」
タランテラの言葉通り、ムカデはすぐに魔女の体内から出、タランテラの体に戻ってゆく。
「済みました?」
「ええ、ばっちりと。ほら、話してください」
「…………あ」
虚ろな目をした魔女はぽつりぽつりと話を始める。
「──」
その全容を聞き届けた二人。
彼女たちの行動は早かった。
【続く】