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残酷のアクセルリス  作者: 星咲水輝
15話 うろゆめの 想いを手繰る 人形師
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#2 沈黙の中で蘇る記憶

【#2】


「……よし」

 ミクロマクロの影が見えなくなり、アクセルリスは眼前の敵と向き直る。

〈どうやって無力化する、かだよな〉

「迷惑野郎とは言え、外道魔女ではない部外者だ。なるべく無血で済ませたいんだけど……」

 そう言いながらも、スクワリドの攻撃を紙一重で躱し続けていた。

「死ね! 死ねェ!」

 ナイフを両手に持ち、仇の首を切り裂こうと迫るスクワリド。

「……速いし」

 躱せているものの、その太刀筋の速さはアクセルリスに冷や汗を流させるに足りる。

(素人とは思えない俊敏性──復讐の力がポテンシャルを引き出したか)


「はぁ!」

 アクセルリスは躱し際に踏み込み蹴りを放つ。

「ぐーッ!」

 後方へ大きく吹き飛ぶスクワリド。だが彼女は吹き飛びながらにナイフを投擲していた。

「よっ!」

 鋼の拳でそれを弾く、も。

「かかった!」

「──!」

 アクセルリスの目は捉える。ナイフに引っ付いている糸を。

 それはスクワリドの指先から伸びていた。

「カッ切る!」

 指を振り抜く。それに追従して、ナイフが無防備なアクセルリスの顔面を狙う。

〈主! 危ない!〉

「ふん!」

 ギャリン、と甲高い音が鳴る。

「なに!?」

 アクセルリスは刃を止めた。どうやって?

「歯……で……!」

「GRRRRR……!」

 唸り、吐き捨てる。

「……バケモノめ!」

 僅かに芽生えた恐怖心を復讐心で包み込み、ナイフを投げつつ突撃する。


「防御任せた!」

〈かしこまったぜ!〉

 鋼の防壁を一枚展開する。

 トガネはその影に入り込み、ナイフを妨げる。

「ちぃ……!」

「これなら小癪な糸攻撃は効かない!」

〈主は攻撃に専念してくれ!〉


 アクセルリス、肉薄。その間合い、まさにゼロ距離。

「はぁ!」

 先に動いたのはアクセルリス。鋼の拳で顎を狙う。この一撃で昏倒してくれれば万々歳なのだが。

「ククク……甘い甘い! シロップ吐きそうになるくらいゲロ甘だぁ!」

 スクワリドは両手の間に糸を蜘蛛の巣のように張り巡らせ、拳を受け止める。

「やっぱそう上手くはいかないか!」

 拳を引く。だが、それよりも早くスクワリドの糸はアクセルリスの右腕に絡みつく。

「なんて悪い手癖だ!」

 スクワリドが指先を少し動かすだけで、アクセルリスの腕は大きく曲げられる。

「まずはこのイタズラな右腕からだ」

 スクワリドの操作で、右腕は身体の可動域を超えて曲がろうとしている。

「うわ、わ、わ」

 踏ん張るアクセルリス。だが糸によってもたらされる力は予想以上に凄まじい。

「トガネ!」

〈言われんでも!〉

 飛来する防壁。その縁は刃のように鋭く、糸を易々と断つ。

「切断には弱いみたいだね!」

 自由になったアクセルリスの右腕。再び鋼を纏わせ、スクワリドを討たんとする。

「おりゃあああーっ!」


「かかったな」

 はっとする。罠。アクセルリスは攻撃を中断し、退こうとする、も。


 スクワリドの指がくいと動く。

 トガネによって弾かれていた二本のナイフが宙を舞う。

 それらを導く二本の糸は空で絡み合い、軌道を歪に曲げ──


「う」


 ──瞬きも許されない間に、アクセルリスの首に巻き付いた。


「しまっ」


 本能が危険を叫ぶ。だが、遅い。


「ふっ!」


 スクワリドが指先を軽く動かす。

 きゅっ、と糸が絞まる。


「う゛っ」

〈主ーっ!〉

「あ……あ……ぐ」


 アクセルリスの顔色が次第に色を失ってゆき、その瞳も虚ろになる。


〈主ッ!〉


 トガネがすかさず助けに入る、も。


「させるか! 影のあやかしめ!」


 スクワリドが指先を手繰る。アクセルリスの身体が街灯へと引き寄せられ、吊り上げられる。


「ん……ぐ」


 街灯の明かりに妨げられ、トガネはアクセルリスの影に移ることが出来ない。


〈しまった!〉

「邪魔はさせない……! 貴様は必ずここで殺す!」

「が……あ」


 アクセルリスの首がより一層強く絞められ、意識も吹き飛ぼうとしていた。


(や……やばい)


 ゆっくりと、水面に溶けてゆく。





「──」


 ゲデヒトニスは地上から数十センチ上の位置を滑る様に移動する。

 その速度はどれだけ時が経とうとも一切減衰ぜず。


「ふぅ。いったいどんな魔法なんだ、それは」

 それにやや息切れしながら追いすがるのはミクロマクロだ。だが彼女もまだまだ余裕そう。


「──」

 カラクリのように振り向く。


「ミクロマクロ/しつこい」

「お? 私の名前、覚えてくれたんだ?」

「ミクロマクロ/同僚←アカ」

「アカ……アーカシャのことだね。今でも仲良しなのかい?」

「我/沈黙」

「っておーい、黙ってないじゃん。ジョークとしては上々だね」

「──」


 ゆらりゆらりとしたミクロマクロの態度にも、ゲデヒトニスは眉一つ動かさない。


「我/逃亡←続行」

 再び背を向け去ろうとするゲデヒトニス。だが。


「逃がさないよ、もう」


 ミクロマクロがそう言い放つ。直後。


「──」


 神出した二匹の蛇がゲデヒトニスの体に巻き付く。

 その体は甲冑のように硬質で、堅牢で、頑丈。


「私の使い魔さ。種族は《スロウスネーク》。っと、君のような魔女ならこんな説明はいらないか」


 ゲデヒトニスの力ではその拘束から逃れることは出来ない。


「なに、手荒なことは避けたい。少しお話でもしよう」

「検討」

「一つ聞こう。君の魔法による記憶改竄はいつまで続く?」

「十数分/一律」

「嘘ではないよね?」

「ゲデヒトニス嘘つかない」

「そうか。信じよう。では次は──」


 その時、ミクロマクロの目に映る、己の使い魔。

 ──首が無い。


「ッ」

 ベテランの判断は敏速だった。

 瞬時に後退し、ゲデヒトニスから離れる。

 ゆえに、彼女の首は落ちなかった。


 耳をつんざく音が鳴る。

 石畳が裂かれるほどの斬撃。

 それを放ったのは、勿論ゲデヒトニスではない。

 傍に立つ、青白く透けた影。


「──剣の魔女バズゼッジ、か」

 青白いバズゼッジはノイズを放ちながら、刃と視線をミクロマクロに向けた。

「これはなかなか、骨が折れそうだ……!」

 どこからか現れた鉄輪を構え、ミクロマクロは笑った。


「糸門月舌ぜ糸雲シ糸門月?ず」

 喉からノイズを撒き散らしながら、バズゼッジは二本の長剣でミクロマクロを襲う。

「っと!」

 鉄輪と長剣がぶつかり合う。その度にバズゼッジと剣からノイズが散る。

「糸門月ャ糸雲ュ糸門月・糸雲、糸雲ィ糸門月?」

「まったく、不気味でやりにくいなぁ……!」


 剣の魔女、バズゼッジ・マーデルラー。

 彼女はあのとき、戦火の魔女に殺されたのでは? その疑問ももっともだ。


 死者は蘇らない。これは天地に刻まれた理である。

 ひとり、その理から外れた魔女も存在するが、彼女は既に棺となった。

 ではこの様子のおかしいバズゼッジは一体?


 カギとなるのはゲデヒトニスの魔法。

 《記憶の魔女》である彼女の魔法は、生物の記憶を解析し、それを魔力で『再現』するというもの。

 再現できるものには(理論上)制限はない。生物だろうと無生物だろうと。


 つまり、この不自然なバズゼッジは、ゲデヒトニスが己の記憶にある『バズゼッジ』を解析・再現したものである。


「──」

 そのゲデヒトニスは二人の剣戟に巻き込まれぬよう、位置を調整して立ち回る。

 その場から逃げない様子を見るに、記憶転写魔法にも何らかの制限があるようだ。


「それは……好都合ッ!」

 腕に無数の鉄輪を這わせる。その外観は手甲にも似る。

「渓谷コ漣」

 仮初の手甲で再現体の刃を止める。

「さて、こんなのはどうだい?」

 瞬間的に、手甲を形成していた鉄輪たちが巨大化し、再現体の腹部を打つ。

「呈巾失つ」

 後ずさりよろめく。ミクロマクロの攻め手はまだ続く。

「まばたき禁止。あっという間に変わっちゃうよ」

「糸雲イ糸門月?ヲ」

 巨大化した鉄輪が再現体を囲んでいた。

「レッツゴー」

 ミクロマクロが指を鳴らすと、鉄輪が収縮し、再現体を拘束する。

「どうだい? 驚いたかい?」

 動きを妨げられた再現体に容赦の無い拳が叩き込まれ続ける。



 拡大と縮小を繰り返す鉄輪。

 これはミクロマクロの固有魔法によるものである。

 彼女の持つ極めて特異な魔法は、物体の大きさを2倍~半分の間を自由に変動させる力を持つ。

 変化させる物体には魔力を伝わらせる必要がある為、元々が大きければ大きいほど規格操作までに時間がかかる。

 が、彼女の得物、鉄輪は質量が控えめであるうえ、特殊な魔石との合金で作られている。

 そのため、魔力伝達が迅速に行われ、鉄輪は一瞬の内にサイズ変動を行う事が可能となっているのだ。


 と、彼女の力を紹介している間にも、戦いは続いていた。

 どうやら依然としてミクロマクロの優勢のようだ。



「糸門月医ル糸雲ケ」

 再現体の刃が走る。が、瞬間的にミクロマクロが消える。

 残ったのは、鉄輪だけ。

「後ろだよ」

「漣」

 再現体では反射的な反応が出来ない。

 側頭部を狙う蹴りをモロに喰らい、その存在が揺らぐ。

「こうして、鉄輪を全てパージすることで、ちょっとばかし速く動けるんだよ。すごいでしょ?」

「隔泌・ウ言危霆ク」

「うんうん、遅い」

 また消える。また蹴る。また消える。



 ──そんな戦いの中、ミクロマクロは目ざとくゲデヒトニスの表情を見ていた。

 ゆえに、その僅かな揺れを見逃さなかった。

(魔法が──解けたか)

 そんな事を一瞬察知したが、直ぐに朦朧に消えた。

 今はただ、目の前のまやかしを打ち倒す。


【続く】

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