#5 アントレに語る
【#5】
翌日。
クリファトレシカ、北側広場。
特設お料理ステージが組まれ、溢れんばかりの聴衆が詰まっていた。
その熱気は控室のアクセルリスにまで届くほど。
「……すごい人ですね」
「毎年だから慣れちまったけどな」
「なんで私知らなかったんだろう……?」
「緊張してるのか?」
「そりゃまあしますよ」
「バジリクック肉をつまみ食いしてもか?」
アクセルリスは心臓を鷲掴みにされる感覚を味わう。
「…………気付いて、いらしたんですか」
「そりゃあな。ミリグラム単位まで計ってるから」
「……ごめんなさい!」
秒速最敬礼。
「言い訳しないその潔さに免じて、許してやるよ」
「シェ、シェリルスさん……!」
「ま、こんなこともあろうかと。少し多めに持ってきたからな」
「え、え、えええ……」
シェリルスは不敵にほくそ笑む。
「そんな、そんな」
「誰がコンビになってもしてたと思うけどな?」
「私そんなハラペコ定着してます?」
「してる」
〈してるぜ〉
「お前にゃ聞いてない!」
〈グェーッ〉
「っと、どうだ? 大分本調子になってきたんじゃないか?」
「肝が冷えてそれどころじゃないですよ……別の感じで緊張しました……」
「まだ緊張している、と? それなら一つ、オマジナイをくれてやろう」
「おまじない……?」
「ほら、手を出せ」
アクセルリスは怪訝に右手を差し出した。
シェリルスはその手を優しくエスコートするかのように取り、手の甲にそっと、口付けをした。
「…………!!??」
アクセルリスは初めあっけに取られていたが、直ぐに起こっていることを理解し、顔を真っ赤にした。
「な……な、なぁぁぁーっ!?」
アクセルリスの目には、シェリルスが絵本の王子様か何かに見えた。
「おや、お気に召さなかったか?」
「そ、そういうのじゃなくって、なくって……!」
焦りと興奮で言葉に詰まる。
「ははは、その様子じゃ大丈夫そうだなァ?」
「大丈夫なわけないじゃないですか!?」
今だ紅潮が収まらないアクセルリス。
そんな時、宴の始まりを告げる氷の鐘が鳴る。
「おっと、時間だな。行くぞ」
「ま、待ってくださーい!」
鋼と灰、二人の魔女は悠然と光の中へ歩んでいった。
それからの戦いは壮絶を極めた。
「バシカル! ロストレンジで野菜を切らない!」
「む、そうか。確かにそうだな」
「違う! 先っちょを折ってから切れって意味じゃない!」
血で血を洗い、オイルでオイルを洗う。
「イェーレリー、一番いいダシ取れるのってどれだっけ!?」
「右前腓骨だ!」
「こ、これ?」
「違うーッ!」
塩コショウが吹き荒れ、刃を持つ手は赤く染まる。
「おいアクセルリス、またつまみ食いしてないだろうな!?」
「し、してませんよ!?」
「本当か!?」
「本当ですよーっ!」
飛び交う叫び。悲鳴か怒号か、はたまた歓喜か。
「……まあ、毎年の事だけど」
「まいどまいど、実感させられるね……」
「……戦、だな」
余りにも仁義なき料理決戦。
「うわあああああっ!」
「うおおおおおおっ!」
「ぎゃあああああっ!」
その凄まじさたるや、全容をここに書き記すことが出来ないほどであった。
────後日。
魔都内某所。
アクセルリスとシェリルスは向かい合って座っている。
「……」
「……」
お互い無言のまま、安らかな空気に身を委ね、休息の味を噛み締めていた。
「……シェリルスさん」
先に口を開いたのはアクセルリスだった。
「なンだ」
「……お疲れ様でした」
「ははっ、今更かよ」
「言っていなかったような気がしたので、改めて」
「お前のそういうマジメなとこ、好きだぜ」
シェリルスは歯を見せてニッカリと笑う。思わずアクセルリスは目を逸らす。
「っ……そういう、無自覚王子様ムーブ、やめた方がいいですよ?」
「ん? 何がだ?」
おどけた風に言ってのける。果たして無自覚なのか、あるいは。
「なァ、アクセルリス」
「なんでしょうか?」
「ありがとな」
月の光を受けて蒼い眼が煌いた。
「ホントなら色々と礼を言わにゃならないんだが……単純に、楽しかったぜ」
「いえ、そんな。お礼を言うのは私の方ですよ」
「そうか? あんまり自覚ねェんだけどな」
「料理の腕を鍛えてくれたり、私の事を気に掛けてくれていたり、色々なことを教えてくれたり……」
追想する鋼の数え唄。ひとつ、ふたつ、みっつ。
「一番はやっぱり、バジリクックを食べる事が出来たことですね」
「ははは、結局はそこか。お前らしいなァ」
「改めて、シェリルスさん」
銀の瞳が輝き、その中に灰の魔女の姿を反射させる。
「……ありがとうございました」
鋼の魔女は女神のように微笑んだ。
【灰燼被り姫 おわり】