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残酷のアクセルリス  作者: 星咲水輝
14話 灰燼被り姫
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#5 アントレに語る

【#5】


 翌日。

 クリファトレシカ、北側広場。

 特設お料理ステージが組まれ、溢れんばかりの聴衆が詰まっていた。


 その熱気は控室のアクセルリスにまで届くほど。


「……すごい人ですね」

「毎年だから慣れちまったけどな」

「なんで私知らなかったんだろう……?」

「緊張してるのか?」

「そりゃまあしますよ」

「バジリクック肉をつまみ食いしてもか?」


 アクセルリスは心臓を鷲掴みにされる感覚を味わう。


「…………気付いて、いらしたんですか」

「そりゃあな。ミリグラム単位まで計ってるから」

「……ごめんなさい!」


 秒速最敬礼。


「言い訳しないその潔さに免じて、許してやるよ」

「シェ、シェリルスさん……!」

「ま、こんなこともあろうかと。少し多めに持ってきたからな」

「え、え、えええ……」


 シェリルスは不敵にほくそ笑む。


「そんな、そんな」

「誰がコンビになってもしてたと思うけどな?」

「私そんなハラペコ定着してます?」

「してる」

〈してるぜ〉

「お前にゃ聞いてない!」

〈グェーッ〉



「っと、どうだ? 大分本調子になってきたんじゃないか?」

「肝が冷えてそれどころじゃないですよ……別の感じで緊張しました……」

「まだ緊張している、と? それなら一つ、オマジナイをくれてやろう」

「おまじない……?」

「ほら、手を出せ」


 アクセルリスは怪訝に右手を差し出した。

 シェリルスはその手を優しくエスコートするかのように取り、手の甲にそっと、口付けをした。



「…………!!??」


 アクセルリスは初めあっけに取られていたが、直ぐに起こっていることを理解し、顔を真っ赤にした。


「な……な、なぁぁぁーっ!?」


 アクセルリスの目には、シェリルスが絵本の王子様か何かに見えた。


「おや、お気に召さなかったか?」

「そ、そういうのじゃなくって、なくって……!」


 焦りと興奮で言葉に詰まる。


「ははは、その様子じゃ大丈夫そうだなァ?」

「大丈夫なわけないじゃないですか!?」


 今だ紅潮が収まらないアクセルリス。



 そんな時、宴の始まりを告げる氷の鐘が鳴る。


「おっと、時間だな。行くぞ」

「ま、待ってくださーい!」


 鋼と灰、二人の魔女は悠然と光の中へ歩んでいった。




 それからの戦いは壮絶を極めた。


「バシカル! ロストレンジで野菜を切らない!」

「む、そうか。確かにそうだな」

「違う! 先っちょを折ってから切れって意味じゃない!」


 血で血を洗い、オイルでオイルを洗う。


「イェーレリー、一番いいダシ取れるのってどれだっけ!?」

「右前腓骨だ!」

「こ、これ?」

「違うーッ!」


 塩コショウが吹き荒れ、刃を持つ手は赤く染まる。


「おいアクセルリス、またつまみ食いしてないだろうな!?」

「し、してませんよ!?」

「本当か!?」

「本当ですよーっ!」


 飛び交う叫び。悲鳴か怒号か、はたまた歓喜か。


「……まあ、毎年の事だけど」

「まいどまいど、実感させられるね……」

「……戦、だな」


 余りにも仁義なき料理決戦。


「うわあああああっ!」

「うおおおおおおっ!」

「ぎゃあああああっ!」



 その凄まじさたるや、全容をここに書き記すことが出来ないほどであった。







 ────後日。

 魔都内某所。


 アクセルリスとシェリルスは向かい合って座っている。


「……」

「……」


 お互い無言のまま、安らかな空気に身を委ね、休息の味を噛み締めていた。


「……シェリルスさん」

 先に口を開いたのはアクセルリスだった。


「なンだ」

「……お疲れ様でした」

「ははっ、今更かよ」

「言っていなかったような気がしたので、改めて」

「お前のそういうマジメなとこ、好きだぜ」

 シェリルスは歯を見せてニッカリと笑う。思わずアクセルリスは目を逸らす。


「っ……そういう、無自覚王子様ムーブ、やめた方がいいですよ?」

「ん? 何がだ?」


 おどけた風に言ってのける。果たして無自覚なのか、あるいは。


「なァ、アクセルリス」

「なんでしょうか?」

「ありがとな」


 月の光を受けて蒼い眼が煌いた。


「ホントなら色々と礼を言わにゃならないんだが……単純に、楽しかったぜ」

「いえ、そんな。お礼を言うのは私の方ですよ」

「そうか? あんまり自覚ねェんだけどな」

「料理の腕を鍛えてくれたり、私の事を気に掛けてくれていたり、色々なことを教えてくれたり……」


 追想する鋼の数え唄。ひとつ、ふたつ、みっつ。


「一番はやっぱり、バジリクックを食べる事が出来たことですね」

「ははは、結局はそこか。お前らしいなァ」


「改めて、シェリルスさん」


 銀の瞳が輝き、その中に灰の魔女の姿を反射させる。



「……ありがとうございました」


 鋼の魔女は女神のように微笑んだ。


【灰燼被り姫 おわり】

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