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残酷のアクセルリス  作者: 星咲水輝
14話 灰燼被り姫
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#4 伝説のコックはソルベとなりて

【#4】


 その声はやや離れた二人にも聞こえてくる。


「はぁ、はぁ、はぁ」

「う……あ」

 荒い息遣いの二人。ひとまずは助かった。


 シェリルスが使ったのは特殊な転移魔法。

 陽炎で包んだ物体を、半径100m以内のランダムな地表に移動させるというものだ。

 一見使い勝手の悪そうな魔法だが、今回のような急を要する退避時に役立つ。

「……まぁ、アタシ的にも役立つ機会が来るとは思ってなかったがな」


 見渡すシェリルス。近くにバジリクックの気配はない。ひとまずは体勢を整えられそうだ。

 が。


「……さて」

「どうしましょうか……」

「バジリクックのあの姿は想定外だった。アタシの調査不足……としか言いようがない」

「なにか……対策を」

「……」


 これから先の展望を決めかね、どんよりとした雰囲気が一同の間に滞積し始めた。



「おや? こんなところに魔女とは」

 突如背後から声が掛かる。


「ッ!」

 気配はしなかった。

 二人は即座に反応し臨戦態勢になる。


「おやおや、血気盛んな方々だ」

 肩を竦めるのはオレンジの髪を短く切った魔女。背負ったリュックサックははち切れんばかり。


 そして、アクセルリスもシェリルスも、その顔に見覚えがあった。

「あ……?」

「え……?」

 炎を消しながら、槍を下ろしながら。


「……あんた、まさか……」

「あの、伝説の……!?」

「……《コック・リバラヘッド》なのか……!?」


「はは、そうだね。そう呼ばれていたりもする」

 《伝説のコック》にして《調律の魔女》、リバラヘッドは澄ました顔で笑った。



「ど……どうしてここに!?」

「食材調達さ。わたしのような料理人が山に出る用事はそのくらいに限定される」

「……バジリクックを狩りに来たのか?」

「おや、察しが良いね。その通りだよ」


 腕を組み、ジロジロと二人を見るリバラヘッド。


「ははぁ。さてはきみ達も彼奴を狙いに来たクチだね?」

「お見通しか。流石は伝説のコックだぜ」

〈……あまり関係ないと思うけどなぁ〉

「口を慎め!」

〈あひ!〉

 小さくぼやいたトガネを踏みつけながら、アクセルリスは言う。


「あなたの言った通り、私たちもバジリクックを狩るためにここに来ました」

「……だが、凶暴化した奴の猛攻に耐えられず、逃げてきた」

「うんうん、まあそんなところだろう」

 リバラヘッドは全て悟ったかのように笑顔を浮かべている。


「……うん。さっきは気付かなかったが……よく見たらきみ達もなかなかな有名人じゃないか。邪悪魔女のシェリルスとアクセルリス」

「わ、私の事ご存知なんですか」

「そりゃ邪悪魔女だからね。となると、あれか。お料理対決に使うんだね」

「……すげェな、なんでも分かるのか」

 手に取る様に事情を理解するリバラヘッド。二人は不気味ささえ覚えていた。


「なら一つ頼みがある」

「なんだい? 聞くだけ聞こう」

「奴を……バジリクックを狩るのを手伝ってくれ」

「ほう!」


 リバラヘッドはシェリルスの瞳を見つめる。

 真っすぐで、純粋で、強い意志の籠った蒼い瞳を。


「邪悪魔女に頼まれたんじゃあ、無下に断るのも難しい話だ」

「それじゃあ……」

「ああ。手伝おうじゃないか」

「本当か……!」

「本当さ。嘘は言わない。信頼が大切な仕事だからね」

「……助かるぜ」


「でも、良いんですか?」

「うん? 何がだい?」

「私たちも、リバラヘッドさんも、バジリクックを食材として必要としていますよね。奪い合いになったりしませんか……?」


 アクセルリスの懸念ももっともだ。標的は一体、しかしてこちらは二組。


「ああ、その事なら心配いらない。バジリクックはきみ達に譲ろう」

 リバラヘッドは逡巡も無く、すらりとそう言ってのける。


「え」

「な……いいのか!?」

「構わんさ。重要さでいえばきみ達の方が上だからね。ただ、一つ条件を飲んでもらいたい」

「私たちにできることでしたら、なんでも!」

「バジリクックの血だけは提供してもらいたい」

「そんなことでいいのか?」

「ああ。血さえ手に入れば充分さ」

「分かりました! トガネ、よろしくね!」

〈雑用にもほどがある……〉

「よし──取引成立だね」

 リバラヘッドは微笑んだ。その笑顔の裏は計り知れなかった。


「成り行きで頼んじまったが……あんた、バジリクックを狩れるのか?」

「うん、まあね。何回か経験がある」

「……お一人で?」

「まあ概ねは」

「……すげぇな」

 二人の胸には感嘆しかない。




「さ、ではバジリクックのところに案内してくれたまえ」

「分かりました!」


 ◆


「いました。相も変わらず凶暴化したままです」

 茂みの陰からバジリクックを瞥する一行。


「バジリクックは元々大人しめの生き物で、外敵にもあまり積極的には攻撃しないんだ」


 何の資料もなしに生態を語るリバラヘッド。彼女の辞書には相当な情報が詰まっていそうだ。


「だが、極めて強い外敵が現れ、ごく短時間の内に命の危機に瀕した場合、全身の鱗を逆立て凶暴化するんだ」


 リュックサックをガサゴソと漁りながら話し続ける。


「だから、バジリクックを狩る際には、じっくりと時間をかけて弱らせていく必要がある」

「そうだったのか……アタシの読んだ本には全くそんなこと書いて無かったぞ」

「次からはちゃんとした図鑑を買う事をお勧めするよ。っと」


 目当ての物を見つけたようで、リュックから手を引き抜いた。


「それは?」

「まあ見ててよ」


 謎の小瓶を握りしめたリバラヘッドは、何たることか、そのまま歩いて茂みから出た。


「ちょ……!?」


 そして、さらに。


「ほら、こっちだよとり君」

 手ごろな石をバジリクックに投げつけたのだ。


「おい、そんなことしたら……!」


「C! CCCCOOOO?」

 意識外からの衝撃。バジリクックはゆっくりとこちらに振り向く。

 そして、リバラヘッドを視認する。

「COCCAAAAAAAAAAA!」

 否や、凶暴の雄叫びを上げる。

「気付いた気付いた」

〈いや、そりゃ気付くだろ!? 大丈夫なのか〉

「大丈夫じゃなかったらこんなことしないさ」


「GOGGGGAAAAGHHHHHH!!!」

 バジリクックが跳んだ。翼を構えて。

「あれ、さっきのだ!」

「ヤバいぞ!?」

「まったく、きみ達はいちいちリアクションが派手だねぇ」

 リバラヘッドはバジリクックを見てすらいない。そんな間に、宙を舞う鳥竜は落下態勢に入っていた。

「GOOOOOAAAAAAA!」

「…………今だね」

 小さく呟いたのち、持っていた小瓶を地面に叩き付けた。

 次の瞬間。


 激しい光が辺りを包んだ。

「GGGAAAAAGGHHH!?」

「なんだ!?」

〈ギャーッ!〉


 アクセルリスは気付いていた。

(これは……プルガトリオの時に使った……!)

 《閃光蛍》。衝撃を与えると強い光を放つ、奇天烈な昆虫。

 この光は間違いなくそれであった。


 ズシンと地が揺れる。光が収まる。

 アクセルリスたちが目にしたのは、地に倒れ伏しているバジリクックの姿。


「何が起こったんだ……!?」

「至ってシンプルなことだよ。単なる『目晦まし』さ」

 リバラヘッドはお茶目にウィンク。

「……」

 二人は言葉が出なかった。


「さ、攻めるなら今だよ? 狩るのはあくまでもきみ達だ」

「そうだな、行くぞアクセルリス!」

「はいっ! アクセルリス推参します!」

 茂みから飛び出し、バジリクックまで一直線に走る。

「うおおおおおッ!」

「だらああああッ!」

 炎と鋼を纏った拳が痛烈に見舞われる。

「GCGCCGCGGGHH!」

 悶え苦しむバジリクック。正気を取り戻し、立ち上がる。

 が、既に戦況は魔女側に傾いていた。

「ペースを掌握され返される前に押し切る! アタシに合わせろッ!」

「了解しました! トガネ、シェリルスさんの動きをキャプチャーして!」

〈かしこまったぜ!〉

「C……GGG……GOGGGGAAAAAAAAAAAGGGHHHHHHHHHHH!!!」

 凶暴の権化となった獣。二人の魔女は臆さず立ち向かう。

「「はぁッ!」」

 寸分の狂いもない、同時キック。混迷のバジリクックを正面から蹴りつける。

「GOOOO……!」

 バジリクックは後ずさる。

 反撃とばかりに翼を構えるも、その予備動作は二人にとって好き以外の何でも無かった。

「「はぁッ!」」

 寸分の狂いもない、同時パンチ。バジリクックの嘴を砕く。

「GOOOOOO……!!」

 バジリクックは更に後ずさり、よろめく。

 当然、二人の攻め手は停滞を知らない。

「「はぁッ!」」

「GOOOO!」

「「はぁッ!」」

「GOOOOOOOO!!」

「「はぁッー!」」

「GOOOOOOOOOOOO……!!!」

 遂にバジリクックは膝を付く。



「……ふむ」

 岡目のリバラヘッドはその様子を腕を組んで見守っていた。

 そして、何かに納得したのか、静かに頷いた。

「うん、うん」



「G……AAGHH……」

 フラフラと立ち上がるも、直ぐに突っ伏すバジリクック。

「GGGG……!」

 絶好のチャンスだ。


「決めるぞ、アクセルリスッ! 私は上からやる、お前は下からやれッ!」

「はいッ! ご武運を!」

 足から青白い炎を撒き散らし、シェリルスは高く高く飛翔する。

 アクセルリスはその姿を見送り、自らもバジリクックと距離を離す。


「はああぁぁ……!」

 アクセルリスは右腕を掲げる。そこに鋼の元素が集まってゆく。

 それは初め、手甲の形をとっていたが、元素を加え巨大化していくにつれて異形と化してゆく。

 最終的に、アクセルリスの背丈の3倍はあろうかという鋼塊になった。

「良しッ! あとはシェリルスさんに合わせるだけだ」

 尋常ではない重量を持つだろうそれを、アクセルリスは苦も無く扱う。鋼の元素で生み出されたものは全て彼女の意のままだからだ。

「しっかり見ててよね!」

〈当然だ!〉



 遥か上空のシェリルス。

「燃えろ……燃えろ……! 燃えろォ……!」

 周囲に漂う火の粉が互いに反応し合い、小規模な爆発を無数に発生させる。

 その爆発のエネルギーは右脚に集約され、白く光ってゆく。

「来たぜ……来たぜ来たぜ来たぜェ……!」

 だんだんと高揚してゆく。その髪はもはや全体が赤化している。

「覇ァッ!」

 背中から炎が吹き上がる。その姿はまるで6枚の翼持つ天使。

 姿勢を整え、火力を上げ、急加速を始めた。

「喰らえェェーッ!」



〈……見えたぜッ! 灰の姉さん、攻撃姿勢に入った!〉

「良しッ!」

 アクセルリスは大地を駆ける。巨大な右腕を引き摺り、バジリクックを狙い済ます。

「G……GOAAAA!」

「ブッ……壊れろォォォーッ!」

 地面を抉りながら、災害のようなアッパーをぶちかます。常軌を逸した打撲音が鳴る。

「GGGOOOAAAAAAHHHHHHHG!」

 超質量の一撃を喰らった巨体が、軽々と浮き上がる。

「退避よろしく!」

〈了解だ!〉

 鋼塊を消滅させ、トガネの引率でその場から迅速に離脱。

「巻き込まれちゃ適わないからね!」


 離れてゆくアクセルリス。その耳に音を裂く音が聞こえてくる。

「G」

 断末魔など、間に合う筈も無し。


「──────喝ッッッ!!」



 それはもはや隕石。

 山を崩すかのような、囂囂たる爆発音が轟いた。


 着弾点には大きなクレーターが生じる。

 直撃を受けたバジリクックはその身7つ分の深さにめり込み、僅かな痙攣を残して一切の動きを止めた。


 宙返りして着地するシェリルス。それでもなお勢いは残留しており、彼女が着地した地点にはヒビが走る。

「──ふ、うううううううぅぅぅぅぅぅぅー……」

 深く深く深呼吸。これだけの魔法は流石に堪える。

「シェリルスさーん!」

〈灰の姉さーん!〉

 アクセルリスたちが駆け寄ってくる。

「……」

 シェリルスは無言のまま、笑みを零し、ピースサインを送った。


 ──狩猟成功。





「やぁやぁやぁ、上出来じゃあないか」

 拍手しながら歩み来るはリバラヘッド。


「では、バジリクックの血を頂こうか」

「分かりました! トガネ、よろしく!」

〈あいわかったぜ〉

 トガネはバジリクックを地中から引っ張り上げる。その体から滴る血をリバラヘッドは小瓶に集める。


「うん。これだけあれば十分だ」

 満足げに笑う。

 何に用いるのかは一切口外しなかった。



「さて。実に良いものを見せてもらったよ」


 既に帰り支度を整えていたリバラヘッド。抜かりがない。


「きみ達に料理されるというのなら、バジリクックも本望だろうさ」

「そこまで言っていただけるとは……」

「わたしもきみ達を応援している。なに、必ず勝てるさ」

「ああ。あんたにそうまで言われちゃあな」

「がんばりますっ!」

 意気込む二人。リバラヘッドはにっこりと笑みを湛えた。


「では、健闘を祈っているよ」


 手短に別れを済ませ、リバラヘッドは森の奥へと消えていった。

 その方角は明らかに下山ルートから外れていたが、二人は深く考えないことにした。





「さて、アタシらも帰るとするか」

「そうですね!」

〈オーイ! そろそろいいか!?〉

 ずっとバジリクックを持ち上げていたトガネがついに泣き言を上げる。


「あ、トガネ。お疲れー」

〈現在進行中でお疲れだ!〉

「ははは」

〈何がはははじゃ!〉


 ふと、アクセルリスは疑問を抱いた。

「……コレどうやって持って帰るんですか?」

 浮かぶ巨体を見上げながら言う。


「貨物列車を手配してある。バカでかい奴をな。それに乗せてヴェルペルギースに運んで、明日搬出する」

 意外とちゃんとした計画があったようだが、アクセルリスの懸念はそこではない。


「……駅まではどうやって?」

「……あ」


 どうやらそこまでは考えていなかったようだ。やはりシェリルスは詰めが甘い。


「……」

「……使い魔、頼んでいいか?」

〈もーやっぱり結局こうなるーっ!〉

「ごめんねいつも!」

〈もっといたわってくれーっ!〉


 悲痛な叫びが木霊した。


【続く】

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