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残酷のアクセルリス  作者: 星咲水輝
14話 灰燼被り姫
61/277

#3 ポワソンは鋭く、そして熱く

【#3】


「……アクセルリス」

「……はい」

「免許皆伝だ」

「……っ」


 唇を噛み耐える。感慨の波に飲み込まれないように。


「……ありがとうございますっ!」

 笑顔でそう言う。それだけで十分だった。

 シェリルスもそれ以上の言葉はなく、微笑んで頷くだけ。

 言葉はないが、無限大の会話がそこにはあった。



〈あー、そろそろ口挟んでいいか?〉

 雰囲気を断ったのはトガネである。


「どしたのトガネ」

〈その儀礼するためだけに、ここに来る必要あったか?〉

 そう。今二人がいるのはシェリルス工房ではない。とある山の麓である。


〈オレ、絶対無いと思うんだけど〉

「あるわけねェだろ」

〈マジで言ってる?〉

「アタシは嘘は言わねェんだよ」

〈じゃあ何のためにここに来たんだよ!? 交通費返してくれよ!?〉

「トガネ、ステイ」

 影の中で暴れ狂う赤い光をなだめる。


「別の目的があってここに来た」

〈別の目的だぁ?〉

「オマエ、忘れたのか? アタシ言ったよな、料理大会の前日には食材調達をするって」

〈……言ってたっけ?〉

「あー……もしかしてトガネ寝てた?」

〈……多分寝てたな、その時〉


 わずかな沈黙。


「……それじゃしょうがねぇな」

(あ、案外物分かりいいんだな、灰の姉さん)



「じゃ、気を取り直して始めるぞ」


 シェリルスは山を見上げる。


「この山にアタシたちの獲物がいる」

「狩猟ですか!」

「そうだ。言ってなかったが、できるよな?」

「勿論です! これでも昔は鶏とか狩ってましたから!」

「そりゃ頼もしい!」


〈で、その獲物さんはどんな奴なんだ?〉

「せっかちだな、この使い魔」

〈なんだとう!〉

「ステイ!」

 なかなかに血気盛んに育ってきたトガネ。誰かさんに似てきているのだろうか。


「《バジリクック》。それが名だ」

「バジリクック……聞いたこと……あるような、ないような」

〈ないだろ〉

「ないか」

「生態は移動しながら話す。さあ、行くぞ」

 返事を待たずに歩き出す。

「はいっ! 気張るよ、トガネ!」

〈おうよ!〉

 アクセルリスとトガネもそれに続いた。



 この山自体は特に変哲もない、至って普通の森山であった。

 アクセルリスは木々の間に作られた道を歩きながら、シェリルスの言葉を耳で拾ってゆく。


「鳥が竜種から進化したってのは知ってるよな?」

「はい、もちろん」

「バジリクックは分類上は鳥なンだが、その生態に竜種の特徴を色濃く残しているっつう生きモンだ」

「鳥でありながら、竜でもある、と」

「そういうこった。さしずめ《鳥竜》ってとこだな」


 登るに連れて木々が深くなってゆく。道を阻む枝を焼き切りながらシェリルスは進む。


「……そして、その肉は絶品なンだと」

「!」

 それを聞いた途端、アクセルリスの眼の色が変わる。唾液の分泌が活性化する。


「……ほほぅ」

「どうだ? ヤル気、出たか?」

「ええ、最高潮ですよ……!」

 振り返ることなく進んでいたシェリルスだったが、その声音だけでアクセルリスのテンションボルテージの急騰を感じ取っていた。


〈でよう。そいつはどこにいるんだ?〉

「本当にせっかちな奴だな。焦らねェでも、さっきから誘き寄せてるさ」

〈そうなのか? オレには全くそうは見えねえが〉

「バジリクックは火の匂いに敏感でな、《陽炎獣》っつう別名もあるくらいなンだ」

「あ、それでさっきから枝を……」

〈へぇ、無駄じゃなかったんだな?〉

「当たり前ェだろ、アタシを誰だと思ってやがる?」

〈ただのヤンチャな魔女だと思ってたぜ?〉

「……へぇ? 言うじゃねえか?」


 一触触発。


「ステイ! 二人とも!」

 必死に止めるアクセルリス。


「なーんでそんな険悪なんですか!?」

「ケッ」

〈ふん!〉


 ややままならない状態の一行は、中腹に存在する広場に出た。



「ここは……」

「……なんか、いかにもって感じですね」

〈まるで……デケェ生き物が寝床にしてそうな感じの……〉


 一行が抱いた悪い予感を形にしたように、重い足音が近くで鳴る。


「うっ……!」

「……お出ましか」


 身構えるシェリルス。槍を備えるアクセルリス。



「COCCAAAAAAAAAAAGGG!!」

 それは並び立つ木々を引き裂きながら姿を見せた。

 銀色の羽根を全身に纏わせた、巨大な鳥。

 だがその爪や牙はおおよそ鳥のそれとは思えないほど鋭く、頑強な骨格もまた似つかず。

 シェリルスの言葉通り、それは《鳥竜》と呼ぶに相応しかった。

 バジリクックの登場である。


「CACCACA!」

 甲高い呻き声で一行を威嚇する。どうやら縄張りを荒らされてご立腹の様子だ。

「行くぞ!」

「はいっ!」

 二人の魔女は怯まず突っ込む。戦いの火蓋が切って落とされた。



「これ普通に攻撃しちゃって大丈夫ですか!」

「問題ない!」

「分かりました! トガネ、腹括れよ!」

〈合点承知!〉

「COCCAAAA!!」

 絶叫のバジリクック。アクセルリスは臆することなく槍を構え走る。

「CAA!」

 バジリクックは尖爪で眼前を引き裂く。だがアクセルリスには当たらない。

「お前みたいなでかぶつ、いっぱい相手してんだよ! おりゃあ!」

 飛び込みジャンプパンチ。的が大きい分リスクは少ない。が。

「ぐっ……!?」

 殴りつけたはずのアクセルリスの拳が痺れる。

「なんだこれ……まるで鋼みたいな……!」

 その場から退きながら拳の感触を反芻する。

 まるで鋼鉄のような、硬い質感。

「……?」

 その時、観察を続けていた赤い光が何かに気付いた。

〈あいつの羽根、鱗でもあるのか!〉

「……なるほど、そういうことか! 鳥でありながら竜……!」

 トガネの見立ては正しい。バジリクックの羽根は、羽毛でありながら竜の鱗としての堅牢さも兼ね揃えている代物だったのだ。

「CACCAAAAA!!」

 バジリクックの追撃を右に左に躱す。

「ちょっと驚いたけど、理屈が分かればなんてことはない!」

 槍を地に突き刺す。

「そこを避けて攻撃しろってことだ……ねッ!」

 その槍を軸に回転し、羽根の無い腹に上段ダブルキック。

「CU!CA!」

 重厚な手ごたえ。戦闘相手のへヴィさを改めて実感する。

「良い肉質だ! これは食べ応えがあるぞう……!」

〈主! 余計なこと考えてる暇ないぞ!〉

「おっと、そうだった!」

「CAAAAAAA!!」

 その腹下から離脱。直後、重量を生かしたボディプレスが放たれる。

「ヒュー! あっぶねー!」

 アクセルリスは攻めの手を緩めない。槍を地に突き立て、高く跳ぶ。

「ほっ!」

「CACCA!」

「どっせい!」

 バジリクックの側頭部に重いドロップキックをぶちかます。

「CAAA!?」

 巨体が揺れる。良いダメージだ。

〈いい感じだな主!〉

「このまま押し切るよーっ!」



「……なかなかやるじゃねえか、あいつ」

 シェリルスはその様子を見て笑う。

「アタシも負けてられねぇな……!」

 青い瞳に闘志の炎が灯る。

「ハァ!」

 その両腕から炎の蛇が伸びる。

「お熱いのは好きかァ!」

 二匹の蛇は身体を伸ばしながらバジリクックの周囲を飛び回り、その体に絡みつく。

「CCCGGCG!」

 締め付け攻撃と火炎熱に苦しむバジリクック。

「ハァァァァ……」

 シェリルスは魔力を込める。身体から火の粉が舞い上がり、灰色の髪の先端が赤化する。

「ハァアッ!」

 足から紅蓮の炎を噴き上げ、高く飛翔する。

 見下ろすバジリクックの巨躯も魔石のように小さく見える。

「爆炎ッ!」

 両手に今にも弾けそうなほどに滾る炎塊が生まれる。

「饗宴ッッ!」

 ものすごい勢いでその2つを叩き合わせる。

「終焉ッッッ!」

 そうして生まれた、無数の炎の流れ星。大地目がけて急降下する。


〈主ーッ! 上ーッ! なんか降ってくるーッ!〉

「問題ない! 戦闘続行!」

〈マジで言ってんのーッ!?〉

 マジで言っていた。シェリルスの流星群降り注ぐ中、アクセルリスは目の前の敵に集中していた。

 するとどうだろうか。

「CACCGGGGAAAA!!」

 炎の星はアクセルリスを巧みに避け、バジリクックだけを狙って降り注ぐ。

〈す……すげえ!〉


 アクセルリスははじめからシェリルスを信じていた。

 彼女が自分を巻き込んでまで攻撃をする魔女ではない、と。


「はぁぁぁぁッ!」

 上空のシェリルスがより強く魔力を込める。周囲で炎が弾ける。

 その右脚が炎に包まれ、白熱する。

「喰らえッ!」

 その背中から凄まじい火力で炎が吹き上がる。

 落下。加速。狙うは地表、そしてバジリクックだ。


「C……」

 音にも追い付くほどの速度を持つ炎の彗星に、鳥竜は反応できなかった。

「喝ッッ!」

 超高速火炎キックがバジリクックを穿つ。

「GCGAGCCCAAAAAGGHHHHH!!!」

 地面に叩き付けられ、バウンドし、その巨体が宙を舞う。


「なんつう威力だ……!」

〈すっげ! すっげ!〉

 大興奮の二人に、スライディング着地したシェリルスから声が掛かる。

「追撃を頼む! 徹底的に追い込め!」

「了解ですッ!」

 アクセルリスは2本の長槍を備えてバジリクックに肉薄する。

「串焼きにしてやるぜーッ!」

 と、その時。

〈──主、防御だ!〉

「ッ!」

 トガネの啓示。それを聞いたアクセルリスは即座に槍を投げ捨て、鋼の盾を生成した。

 その直後であった。


「CKOCCKAA!」

 バジリクックの咆哮。それと同時に、ガリガリガリと激しく何かを削る音が響く。

「うっ……何だこの音……!?」

 アクセルリスが不快音に顔を歪めた、数秒後。

「COCCAAAA!!」

「な──」

 鋼の盾が木端微塵に砕ける。バジリクックのキックによってだ。

「ヤバい……!」

 アクセルリスは咄嗟に鋼で足場を作り、それを蹴ることで戦線から離脱。

 その判断は正しかった。一瞬のち、アクセルリスが存在した位置を剛脚が切り裂いた。

「結構厚めに作ったのに……一体何を……!?」

〈主、アレ見ろ〉

 バジリクックを見やる。

「なに……あれ」

 その姿は先程までのバジリクックとは180度異なったものであった。文字通り。

「COOOOOCOOOOO」

 下向きに生えていた体中の鱗羽根が逆立ち、全身に剣を纏ったような凶悪な姿へと変貌していた。

〈見てるだけでゾワゾワしてくるぜ……〉

「あれは……ヤバい」

 死線をいくつもくぐり抜けて来たからこそ、その危険性をありありと感じ取る。


「な」

 シェリルスもまた。

「なんだよアレ……聞いてねェぞ」

 彼女にとっても想定外の状況。

 冷汗が首筋を流れ、すぐに蒸発して消える。


「GOGGGGAAAAAAAAAAAGGGHHHHHH!!!」

 狂乱。激昂。

 バジリクックは見違えるほどのスピードで大地を駆ける。

「速……ッ!」

 回避が追い付かない。両腕に盾を生み出し、突進の衝撃を抑え受け流すのが精一杯。

「ぐうううーっ!」

「GOOGGGGG」

 ゆっくりと振り返るバジリクック。怒れる眼はアクセルリスを写す。

「う……!」

 アクセルリスも体勢を立て直す、が。

「うぐっ……!」

〈主ッ!〉

 片膝を付いてしまう。受け流したはずなのに、この威力。

「アクセルリス、今は退けッ! まともにやり合う相手じゃねェ!」

 シェリルスの言葉は咆哮に妨げられる。

「COOOCCAGHHHHHHH!!」

 翼を広げる。もはや巨大な刃と化したそれを構える。

 アクセルリスは動けない。断頭の一撃が迫る。

「ヤバい……!」

 シェリルスは小粒の火球をバジリクックに撃つ。

「COOO……」

 有効打とは成り得ていない。が、ヘイトを稼げれば充分だ。

「こっちだ鳥公!」

「GOOOOOO!」

 バジリクックは翼を振るわせ跳び上がる。そして、翼を振り上げ──



 ──落下と共に剣翼を叩き付けた。



 爆砕音。音圧と風圧で山の木々がわななく。

「──」


 緊急回避で直撃こそは免れた。

 だが、その余波はシェリルスに重篤な影響をもたらした。

 一瞬の聴力喪失に加えて、異常な振動による三半規管の混乱・吐き気。立ち上がる砂埃による視界不良。瓦礫による負傷。

「あ」

 意識が鈍化する。

 白兵戦中に状態異常に陥った場合、どうなるのか。

「GOCCCAGHHHHHHH!!」

 答えは一つ。



『死』である。



〈うおおおおおッ!〉

 ただし、救援があった場合はその限りではない。

 トガネ、全身全霊の救助。動きの止まったシェリルスを引っ張り上げ、アクセルリスの元まで運んできた。

「ナイストガネ!」

〈はぁ、はぁ、疲れた……〉

 アクセルリスは危険を予知し、槍の影にトガネを潜ませ発射したのだった。


「──あぅ」

 シェリルスの感覚が復帰する。

「シェリルスさん! 大丈夫ですか!」

「あ……ああ、助かったぜ。サンキューだ、使い魔」

〈いいってことよ!〉

 安否確認も束の間、致命の一撃を躱された苛立ちの声が聞こえてくる。

「GGGGGGG……」

「いったん退くぞ」

 二人の姿が陽炎に包まれ、ぼやけて消えた。


「……」

 残されたバジリクック。

「GOOOOOOOOOOOOO!!!」

 怒りが収まる筈もなく、空っぽの咆哮が轟いた。


【続く】

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