#1 オードブルはいつも突然に
常夜の都・魔都ヴェルペルギース。
その中央に存在する、魔女機関本部が在する塔、クリファトレシカ。
その99階。邪悪魔女会議室。
10人の邪悪魔女が一同に揃い、様々な話し合いや取り決めを行っていた。
「──以上。本日の夜会はこれで閉会とする」
バシカルの号令の元、今日もまた邪悪魔女の会合が幕を閉じる。
いつもならばこのまま各々退席し、それぞれ解散する。
しかし、今日は様子がおかしかった。
「──それで、だ」
バシカルがそう言う。席を離れようとしていた魔女たちは、その動きを止め、バシカルを見る。
「今年も《アレ》の開催が近くなってきている」
いち早く察知したのはパーティーメイカーズの三者。
「……ああ、《アレ》ね」
「うふふ……楽しみねぇ」
「RRRRRRRR♪」
その声は楽し気な色を含む。
イェーレリーやシェリルス、アイヤツバスもおおむね察した模様。
……となると。
「……?」
怪訝な顔をしているのは残った二人、アクセルリスとアディスハハだ。
「ふむ、二人は初めてとなるか」
「何が始まるんです?」
アクセルリスは嫌な予感を胸に抱えつつも、バシカルに尋ねた。
「なに、そう気張るな。皆が楽しめる大イベントだ」
「うさんくさ……」
アクセルリスの隣でアディスハハは呟く。
「で、結局何なんです?」
「それは──」
二人は息を飲む。
バシカルの喉が動き、震え、声を放つ。
「──《邪悪魔女お料理対決》だ!」
「──え?」
「──へ?」
【灰燼被り姫】
【#1】
頭の理解が追い付かず、思わず間抜けな声を出した二人。
「えーと……私の聞き間違いかな? アディスハハ?」
「うーん、私もなんかおかしな言葉が聞こえたんだよね。お料理対決? って?」
「えっ、きぐうー。私もそれ聞こえたよ」
「聞き間違いではないぞ。何度でも言おう、《邪悪魔女お料理対決》だ」
「あああ……聞き間違いであって欲しかった……」
「非常に分かりやすい名前のイベントですねー」
「内容は」
「言われんでも分かりますよ……料理で対決するんでしょ……」
「話が早くて助かる」
満足げなバシカル。なんでだろう。
「まったく、誰なんですかそんなトンチキ企画考えたの……」
ポロリとアクセルリスの口から本音が漏れる。
アンサーを出したのはバシカル。
「総督だ」
「──え」
時が凍ったかのような沈黙。
〈──そう。我だ〉
氷漬けの時を溶かしたのは、これまた氷のような声。背後からだ。
「……マジですか?」
ゆっくりと振り返りながら、アクセルリスはキュイラヌートに恐る恐る問う。
〈マジだ〉
「……ええ……」
「うそでしょ……」
悪い夢を見たかのような心地の二人。
〈我もかつては毎年参加したものだが。この体になると流石に料理も難しいのでな〉
「はっはっは、そうでしょうね」
楽しげに話すバシカルとキュイラヌート。
その様子を見て。
「……諦めようか、アクセルリス」
「……そうだね、アディスハハ」
二人は身を寄せ合い観念した。
こうなれば、あとはこの組織ぐるみのトンチキ波に飲まれるほか道はない。諸行無常。
◆
「ではルール説明だ」
バシカルは立ち上がり、まるで演説をするかのように話し始める。
「開催は7日後。会場はここクリファトレシカの中庭、北方面。食材はこちらである程度用意するが、各々持ち寄っても構わない」
重要な点のみを簡潔に伝える。アクセルリスはうんうん頷きながらメモを取る。
「そして最も重要となる点。それは『2人1の組チーム戦』だという事だ」
「2人1組……ってことは、5チームで争うんですか?」
「これがそうでもないのだ」
「うぇ、そうなんですか」
「審査員を務めるパーティーメイカーズ及び総督は除外される。よって残った6人、3チームで勝利を争う形となる」
バシカルは律儀に指を折りながら解説する。
「今年もよろしく頼むぞ」
三人に目配せする。カイトラは触手を蠢かせ、シャーカッハは不敵に笑い、ケムダフは無邪気な笑みを浮かべる。
「手加減はしないよ。融通効かないからね、私たち」
「SYRRRRRRRR」
「『食』に関してはうるさいわよー?」
納得のメンバー。この対決の真剣さが垣間見える。
「チーム分けはどうやって決めるんですか?」
「ランダムだ」
「くじ引きとかです?」
「いや……違うが……違くもない……」
言葉が濁る。
「これに関しては見てもらった方が早いだろう。キュイラヌート様、お願いします」
〈請負った〉
キュイイイといった駆動音が鳴る。キュイラヌートの方からだ。
程なくして、アクセルリスの肌が気温の低下に俊敏に反応する。
見ると、キュイラヌートの球状装置から冷気が放たれているのが分かる。
どれだけの冷却が行われているのだろうか。窓には当然のように結露が生まれ、シャンデリアには小さなつららが生える。
「寒……」
「あっためてあげる!」
「んぅ」
アディスハハが抱き付く。引き剥がそうとも思ったが、温かいのは確かなのでこのままにすることにした。
一同が見守る中、氷が固まる音が聞こえてくる。
「!」
キュイラヌートの前に6つの氷球が生まれている。
よく見ると、その表面には数字が刻まれていた。1から5、そして9。
〈良し〉
装置が発光すると同時に氷球が輪となり、円を描く。それはさながら運命のルーレット。
そして、二つずつ輪から離脱し、キュイラヌートの前に三列に並んだ。
〈振り分けが決まった〉
「助力感謝いたします」
バシカルは一組ずつ組み合わせを読み上げる。
「『1と9』。『2と4』。『3と5』だ」
邪悪魔女1iと9i。バシカルとアイヤツバス。《チーム師匠》。
邪悪魔女2iと4i。アディスハハとイェーレリー。《チームヤングエイジ》。
邪悪魔女3iと5i。シェリルスとアクセルリス。《チーム弟子》。
これが今回の組み合わせである。
「私とバシカル、ね。うんうん、面白い組み合わせじゃないかしら?」
「ふ──一理あるな」
「イェーレリーかぁ! いい出汁取れそうだよね!」
「お前マジで言ってるのか……?」
(──シェリルス、さん)
アクセルリスの心に暗雲が立ち込める。
灰の魔女シェリルス──彼女とは、今だ打ち解けていない。
否。それどころか、大きな障壁が両者の間に建っていることすら感じていた。
(…………)
「────以上で、組み分け発表並びに本日の夜会を閉会とする。各自解散」
上の空でいたら、会合はいつの間にか終わっていたようだ。
邪悪魔女たちがそれぞれ退出してゆくのが見える。
アクセルリスも退出しようとした、その時。
「おい、アクセルリス」
「ひゃっ!? しぇ、シェリルスさん!?」
急に背後から肩を叩かれ、変な声を上げるアクセルリス。それにつられて呼びかけの主──シェリルスもやや驚く。
「おっ、おぉ……あー、お前明日暇か?」
「明日? 一応オフですけど……」
「ならいい、ちょっとツラ貸せや」
「えっ、え?」
「明日の先のハチの0にテテュノーク駅な。ちゃんと来いよ」
それだけ言うと、すぐに立ち去ってしまった。
残されたアクセルリスの心境は。
(ひぇ~、チンピラだぁ~)
後が怖いので素直に向かうことにした。
【続く】