#4 プライドの炎、反抗の矢を放つ
【#4】
「魔法!」
親衛隊の乱雑な槍を見切り、掌底で意識を奪う。魔法ではない。
「筋が甘い!」
「グワッ!」
失神した親衛隊をそのまま流れる様に放り投げる。非戦闘エリアにだ。
〈さっすがプロの槍使い!〉
「槍使いなわけではないよ!?」
「しゅっ!」
ファルフォビアの放った矢は槍に阻まれる。
が、前述した通り、彼女にとって弓矢は牽制の道具でしかない。
「後ろだよ!」
「ナニッ!?」
親衛隊が振り返るのよりも速く、ファルフォビアは回し蹴りを放つ。
「眠ってな!」
「ウッ!」
エルフ蹴術奥義 《クロルス》。命中したならば確実に相手の意識を奪うことが出来るという。
「よっと!」
彼女もアクセルリスと同じように親衛隊を安全地帯へと運ぶ。
……が。
「くっそ、この鎧……無駄に重い!」
その歩みはよろよろと、かつゆっくりと。
そんな隙だらけの彼女を、二人目の親衛隊が狙う。
「うっ、まずい……!」
重荷を背負ったままでは蹴術も使えない。弓矢はもってのほかだ。
「ウオーッ!」
槍を振りかざす親衛隊員。万事休すか。
「今!」
カプティヴの声。その直後、親衛隊の槍が弾かれる。
「ヌウッ!」
「あなたの相手は私です!」
「カプティヴ! 助かったよ!」
親衛隊は槍を拾い上げ、カプティヴを見据える。ファルフォビアは無事に戦闘エリアから抜け出す。
「……」
「……」
既にカプティヴは二本目の矢を構えていた。不用意に動けば倒される、と親衛隊も悟っていた。
だからこその頓着。
破ったのはカプティヴだった。
「今」
矢を放つ。
「フヌッ!」
身を反らし躱す。鎧に僅かな掠り傷を残すに留まる。
親衛隊は反撃に移ろうと体勢を戻す。
「ナ──」
目を疑う。
カプティヴはその眼の前、ゼロ距離に位置していた。
「少し、眠っていて」
甲冑の隙間、首元に恐ろしく鋭いチョップ突きを放つ。
「ウブッ」
空気の抜けたような音を吐き、親衛隊は倒れ伏す。
「少々、手荒だったでしょうか」
「いいじゃんいいじゃん、かっこよかったよ」
「ありがとうございます」
いつの間にか戻って来ていたファルフォビアと、至って普通にそれに対応するカプティヴ。よくあることなのだろう。
「ハァ!」
「ヌゥン!」
バウンは二本の短刀を構え、槍と切り結ぶ。
力では明らかに劣る彼だが、適確な攻撃で親衛隊と対等以上に渡り合う。
「用心棒は……伊達じゃないんだよ!」
槍を振り被った僅かな隙をついて、手の甲を柄で打った。
「ヌア!」
甲冑に衝撃が伝わり、手が痺れ、槍を取り落とす。
「ク……!」
拾い上げる。そのわずかな隙にバウンの姿は消える。
直後、親衛隊の脳天に衝撃。
「グア」
跳び上がったバウンが再び柄攻撃を仕掛けたのだ。
倒れる親衛隊に声を掛ける。
「……わりぃな、眠っててくれ」
「さて。これでお前を護る者はいなくなった訳だけど?」
アクセルリスは槍を向けながら玉座へ歩み寄る。
「降伏するなら今のうちだよ、統治の魔女。お前の魔法は戦闘向きじゃないだろ」
「……バカめ。大バカめ」
不敵に笑いながら玉座から降りるエンプレゲージ。
「己の魔法が戦闘向きではないと知りながら、肉体の鍛錬を行わない魔女が居るとでも?」
いつの間にか、両腕には煌びやかなガントレットが装着されている。
「……」
その底知れない威圧感に、一同は否応無しに身構えてしまう。
「良かろう。4対1で相手してやる」
そう言い、エンプレゲージも戦闘態勢に入った。
次の瞬間。4つのエネルギー球がそれぞれを襲う。
「うわッ!」
アクセルリスはそれを槍で弾く。
三人も何とか回避。
「ふむ。不意討ちを免れるほどの力は流石にあるか」
「今のは……」
「魔弾……か?」
「その通り。これが我が力である」
それが着弾した跡を横目で見、アクセルリスは小さく言う。
「ここまでの破壊力を持つ魔弾とは……酔狂な事をするね」
「ハハハ……愚者を統べる者とは、いつの世も酔狂者よ!」
エンプレゲージは瞬間的に駆け出す。狙いはアクセルリス。
「させるか!」
「今!」
二人のエルフの矢がエンプレゲージの眉間と心臓を狙って走る。
「無駄!」
交差させた腕から魔弾を放ち、それぞれを無力化。
「行けッ!」
手にする槍を投擲。同時に生成した槍4本を発射する。
「効かぬ! 効かぬぞ!」
4本を弾き飛ばした後、5本目には拳を打ち込む。
完全なる逆位相の衝撃を与えられた槍は、そのまま逆方向に飛ぶ。
「うっわ!」
アクセルリスはそれを躱す。だが、その隙にエンプレゲージはすぐそこに迫っていた。
「フハハハ!」
「くぅ……!」
アクセルリスとエンプレゲージの拳がカチ合う。
エンプレゲージのガントレットは、純粋なる鋼の元素で創られたアクセルリスの手甲にも引けを取らない。
「ハハハハハハ!」
高笑いしながら次々と拳を振るうエンプレゲージ。アクセルリスはそれに合わせ的確な防御を行うも、後手に回っていることは確かである。
だがこちらは多勢。その優位点を生かさないはずもない。
「今っ!」
カプティヴの矢だ。無防備なエンプレゲージの背中を狙う、が。
「甘いッ!」
「ッ!」
エンプレゲージはアクセルリスの胸ぐらを掴み上げ、そのまま盾にしたのだ。何たる卑劣かつ効率的な手段か。
しかしアクセルリスとて三下ではない。既に己の背に鋼の障壁を展開済みだ。
「フン、数を減らすには至らぬか」
アクセルリスをファルフォビア目がけて投げ飛ばす。
「ウワーッ!」
だがアクセルリスには考えがあった。
「ファルフォビア、私を蹴り返して!」
「はぁ!?」
「いいから!」
「後で文句言わないでよ!? ハッ!」
ジャンプからの回し蹴り。アクセルリスは膝を曲げ、蹴りを足の裏で受け止める。
「カンペキッ!」
ファルフォビアの蹴りのエネルギーと、アクセルリスの跳び上がるエネルギー。
それらが合成された結果、アクセルリスは超スピードで発射される。
「うおおおおおおッ!」
「なに!」
魔弾で迎撃する間もなく、鋼の超高速キックがエンプレゲージを襲う。
「ぬううううーッ!」
腕を交差させ、キックの衝撃に耐える。
「もいっぱつ!」
逆の脚でエンプレゲージを蹴りつける。
「ぐ!」
ガードを崩しつつ、後方へ跳び、体勢を立て直す。
「隙アリ!」
バウンは短刀を構え急接近。心臓を狙い跳び上がる、が。
「ゴブリンごときが! 私に刃向かうなど!」
両腕から次々と放たれる魔弾。バウンはモロに喰らい、吹き飛ぶ。
「ぐわあぁ!」
「バウン!」
ファルフォビアがその体を受け止める。
「大丈夫!?」
「う……なん、とか」
エンプレゲージの表情は『憎悪』そのものだ。
「薄汚い……下等種族めが……!」
その言葉にアクセルリスの目が細められる。
「……なら、私が相手してやるよ」
「貴様」
「私も魔女だからね。お前と同じ」
皮肉と嫌味で繕われた言葉。アクセルリスにしては珍しいものだ。
「ほざけ……!」
両者は睨み合う。
三者が固唾を飲んで見守る。
風が吹いたのか、木々が揺れる音がする。
瞬間。
「はっ!」
土煙が立つ。同時に、アクセルリスの姿がエンプレゲージの視界から消える。
「!」
僅か一瞬の内に状況判断を行ったエンプレゲージは、見上げると同時に魔弾を放つ。
──着弾音はしない。アクセルリスの姿も無い。
「こっちだよ」
足元から声が聞こえる。エンプレゲージは防御を試みたが、一手遅れた。
「せいッ!」
しゃがんで力を貯め、一気に解放する。強烈極まるジャンプアッパーがエンプレゲージの顎を打ち上げた。
「ぐゥッ……!」
そのパワーに流石のエンプレゲージも数秒意識が点滅し、後ろに倒れ込む。
「──はッ!」
意識を取り戻すと同時に、己を狙う二本の矢の存在を認知する。
倒れ込みながら身体を捻らせ、ギリギリのところで致命の矢を躱す。
「味な真似を!」
右手と右膝、左足で着地。間髪入れずにアクセルリスに飛び掛かる。
「!」
飛び込みジャンプパンチだ。攻撃後の隙は大きいものの、強力な攻撃である。
アクセルリスは無防備。その脳天を狙って拳を振り下ろす。
〈ハイそこまで!〉
「ぐぅ!?」
エンプレゲージの身体の推進力が一瞬でゼロになる。まるで、影に杭を打たれたかのように。
「な……に……!?」
足元を見る。己の影を、そしてその中に潜む赤い光を。
〈5対1、だったな!〉
「使い魔……!」
エンプレゲージは怒りの表情で歯噛みする。
〈主!〉
「破!」
続いて衝撃波がエンプレゲージを襲う。
「ぐ……う!」
「よしっ! バウン! 今だッ!」
「うおおおおおおおッ!」
トガネによって吊り上げられ、虚空で無防備なエンプレゲージ。バウンは短剣を投げ捨て、それを狙って駆ける。
「これが……俺たちの……!」
走り、跳ぶ。飛び込みジャンプパンチである。
エンプレゲージは逃れようと身を捩らす。が。
「な……!」
身体が動かない。まるで、麻痺しているかのように。
「そんな……ばかな……!」
「怒りだああああッ!」
憤怒の拳。エンプレゲージの顔面に直撃する。
「ぐわあぁぁーッ!」
吹き飛び転がり壁に叩き付けられる。
「う……ああ……」
バウンの拳は実際のところ、先のアクセルリスの一撃よりは遥かに威力の弱いものであっただろう。
「バカな……私が……ァ!」
「……」
「ゴブリンなぞに……この……私がァ……!」
だが『見下し、支配し、隷属させていた筈の種族に一矢報いられた』という事実が、エンプレゲージに精神的な面で重篤なダメージをもたらしたのだ。
「……ふう」
魔力を失った麻彗石。すっかり色を失い、透明となっている。アクセルリスはそれを握り潰す。
「……エンプレゲージ」
「ありえん……ありえん……!」
呼びかけるも、妄念に囚われたエンプレゲージはアクセルリスを視界に入れもしない。
〈だめだこりゃ〉
「気絶させる?」
「うん、お願い」
ファルフォビアが近寄った、次の瞬間。
「……この私が……この私が……! 完全無欠の女帝である、この私がァアアアアアッ!」
エンプレゲージは予備動作無しに突然跳び上がり、バウンを狙う。
「な」
「死ねェ! 小童ァ!」
その手には短剣。隠し持っていたのだろうか。
「やばっ……!」
アクセルリスの槍も、ファルフォビアの脚も、カプティヴの矢も間に合わない。
外道女帝は最後の最後に、意地汚い憎しみを殺意へと変えたのだ。
──だが憎しみの刃は届かなかった。
「ぐッ!?」
何らかの介入により、一瞬にしてその身は地に落ちる。
「バカな……許さぬ……ッ!」
なおも喉首カッ切らんと這うも、身体が動かない。
「な……に……!?」
憎悪に塗られた意識ではすぐに気付けなかった。己の置かれた状況に。
数個の鉄輪がエンプレゲージの体を捕らえ拘束していた。
そして、その視角の死角に一人の魔女が立っていた。先程までにはこの場に居なかった魔女。
両腕に無数の腕輪を纏い、それらをおどけた様にガチャガチャと鳴らしている。
「ミクロマクロさん!」
「悪いね、オイシイとこだけ貰っちゃって」
残酷魔女の捕獲担当、ミクロマクロである。
「どうしてここに?」
「シャーデンフロイデが言ってたろ。『最低限のバックアップはする』って」
「え、どうしてそれを」
「話聞いてたからさ、昨日」
「……あ、起きてたんですか!?」
「うんぱっちり」
「てっきりまた寝てるのかと」
「……そんな寝てるイメージあるかなあ」
「あります」
「そっかぁ……」
「うぐ……あ!」
と、足元のエンプレゲージがもがいていることに気付く。
「っと、お喋りはこの辺にしといて。こいつを連れて帰らないと」
意識を奪おうとファルフォビアが近づく。
「ああ、大丈夫だよ。これがある」
懐から取り出したのは銃だ。
「あっ、それって」
「うん。イヴィユから借りてきたものだ」
エンプレゲージの顔の前に銃口を向け、引き金を引く。
「あ」
パン。快音が鳴り、エンプレゲージの動きが止まった。
「さて。これにて任務完了、だ」
くるくると銃を回し、ミクロマクロはニヤリと笑った。
「じゃ、私は一足先においとまさせてもらうね」
気を失ったエンプレゲージを鉄輪ごと担ぎ上げ、立ち去っていった。力持ちだ。
「お疲れ様でした!」
「……さて」
自然と輪になっていた一同。
〈いやー、何とか終わったなー〉
「これからどうするの? エンプレゲージの支配魔法が解けたことでゴブリンたちは正気を取り戻してると思うけど」
「片端から叩き起こして、話を付けて、森から退去させる。その後はまあ出頭させるなりするさ」
「大仕事じゃない? 相当数いるよ?」
「大丈夫です。私も手伝いますから」
そう言ったのはカプティヴ。
「この森の護人として、当然の使命ですから」
「そっか。んじゃ、私も手伝うよ!」
「ファルフォビア? いいんですか?」
「エルフの流儀! 困ったときは助け合い、でしょ」
「……そうですね。ありがとうございます」
ファルフォビアはアクセルリスへ顔を向ける。にっこりと笑いながら。
「で、アクセルリスはどうするの?」
「いや、任務完了の報告しないといけないから帰る」
〈冷静だな、主……〉
彼女は意外とリアリストだった。
「なんだ、しまらない」
「何その言い方」
「しまりの悪い女だ」
「なにそれ! もっとやだ! 一応処女なんですけど!」
「……」
騒ぎ立てる二人に背を向け、バウンは見上げる。
(……終わらせられたんだな)
拳を開き、再び強く握る。
(やりましたよ、ダイエイトさん……!)
誰にも気づかれず、静かに笑った。
静かな風が祝福するかのように吹き、森がざわめいた。
──任務完了。
【続く】