#3 鋼のレジスタンス
【#3】
「ウワーッ想像以上だこれ!」
「ここまで大規模に育ってたの……!?」
並み居るゴブリン集団を無力化しながら突き進むこと五分は経った。
森に足を踏み入れてからずっとこうである。休む暇すらない。
「ジリ貧だよこのままじゃ!」
「何か、手はないのか!」
「あるにはある!」
周囲のゴブリンを倒し、道の先を見る。無数の増援が見える。
「これを使う」
アクセルリスが取り出したのは透き通った黄色の魔石。
それを手にしたまま、目の前に銀色の魔法陣を展開する。
「何をするんだ?」
「まあ見ててって」
ゴブリン増援部隊を充分引き付け、魔法陣を解放する。
「破ッ!」
魔石が発光する。
衝撃波と共に、閃光が走った。
「「「グワワワーッ!」」」
衝撃と光を受けたゴブリンたちは一様に叫び、倒れ伏す。何という鎮圧力だろうか。
「す……すげえ」
「すごいね! それなに?」
「これは《麻彗石》。お師匠サマがくれたんだ」
痙攣し倒れているゴブリンたちを見て、その性能を実感する。
「これを使うと、普通の魔法に麻痺効果を付与できるんだ」
「すごい!」
「体に害はないのか?」
「無いっ! 数十分もすれば動けるようになる」
〈便利だ!〉
「ただ、魔力消費が多いから、使用回数に制限がある。撃てるのはあと二回かな」
「大事に使わなきゃ、だね」
「そういうこと。さて、次が来る前に進もう!」
駆ける一行。既に背後には無数の気配を感じていた。
「だめだーやっぱ多い!」
「本当にキリが無いな……!」
逃げる様に走り続ける。
だが、背後の気配はどんどん距離を詰めてくる。
このままでは、追いつかれるのも時間の問題だろう。
「……しょうがないな」
意を決したファルフォビアは立ち止まる。
「え」
「ここは私が引き受ける! 二人とも、先行って!」
二人に背を見せ弓を構える。
「こんなとこで麻彗石は使ってられないでしょ!」
「でも!」
「大丈夫! 私を信じて!」
強く言い切る。アクセルリスはその強い意思を汲み取る。
「……分かった! バウン、行くよ!」
「……無事を祈る!」
二人の背が小さくなるのを確認して、改めてゴブリンたちと相対する。
暴虐の軍勢は勢いを留めることなく迫る。
「ん……17人か。余裕だね」
ファルフォビアは頭上に矢を放つ。
バキッという音が聞こえ、一歩下がる。
その間に軍勢は、ファルフォビアまであと一歩という所にまで肉薄していた。
「今だゼッ! ヤッチマエー!」
「オーッ!」
品の無い鬨の声。各々が武器を構え無防備にしているエルフを襲おうとした。
──その直後、太い枝が彼らの進路を阻んだ。
「ウワッ!?」
「何だ!?」
突如塞がる視界と進路。ゴブリンたちは一瞬の内に混乱に包まれる。
「何が起きた!? 何が起き──」
一人の言葉がそこで途切れた。隣に居たゴブリンがそれに気づくが、時すでに遅し。
「おい!? いきなりどうし──」
その言葉もまた途切れる。
「な──」
「え──」
「お──」
ゴブリンたちは次々と言葉を失い、倒れ伏していく。
あっという間に17人全員が気を失っていた。
「……っと、こんなもんかな」
倒れている彼らの中央に立つファルフォビア。
彼女は一体何をしたのか。至極簡単なことである。
矢で枝を折り、ゴブリンたちに隙を作り、次々とその首筋に鋭利なキックを突き刺すことで一気に鎮圧したのだ。
「エルフの蹴術。習っといてよかったー」
弓矢はあくまでも牽制・攪乱用。最後に信じられるのは己の肉体のみ。エルフという部族は意外と武闘派なのだ。
「さて、今からなら追いつけるかな?」
先行させた二人が走って行った方を見る。
──直後。その背に悪寒が走る。
「ッ!」
跳ねるように振り返る。
「──!」
彼女が見たモノ、それは──
森を駆け抜けるアクセルリスとバウン。木々の茂りは大分濃くなっている。
如何なる訳か、ゴブリンとの会敵も減り、順調に進んでいた。
と、バウンが何かに気付く。
「なあ、あれ」
「うん?」
彼が指差す方には鬱蒼とした茂み。
「あそこだけ茂ってるの……怪しくないか?」
「確かに、怪しいね」
鋼の剣で斬り裂いてみる。
「ビンゴだ」
そこには通路が隠されてあった。バウン、お手柄である。
「行ってみよう!」
隠し通路は意外と短かった。その先にあったのは小さな空間。そして。
「あ……あなたたちは……?」
檻に閉じ込められたエルフの少女だった。
「ここのゴブリンたちにお灸を据えに来た!」
「あんたがカプティヴだな?」
「どうして私の名前を……?」
「ファルフォビアから聞いてるよ! 待ってね、今助けるから」
鋼の槍は容易く格子を壊す。
「あ……ありがとうございます……! 何とお礼を言ったらいいか……」
「今はそういうのいい! とにかく、あいつらを懲らしめるのに協力してくれ!」
「分かりました!」
カプティヴは乱雑に立て掛けられていた己の弓矢、剣を装備する。
「首魁の居場所まで案内します!付いて来てください!」
意気揚々と駆け出そうとした彼女だが、すぐに足を止める。
その理由はアクセルリスやトガネにも分かった。
ズシン、ズシンと足音が轟く。重い。そして、近い。
〈これは……!?〉
「まさか……」
「GGG……GG?」
荒い鼻息、低い唸り声。
気付かれまいと息を潜めていたが、徒労に終わった。
「G……GA……!」
豪快過ぎるほどに木々を薙ぎ倒し、それは姿を見せた。
「GGGGHHHHAAAAAAAAAAA!!!」
見上げるほどに巨大な体。天に向かって生える二本の角。威厳を撒き散らすタテガミ。
「《ライオーガ》……!」
「そんな……!」
「GGGHAAAAA……!」
ライオーガは牙を打ち鳴らし威嚇する。
「やるしかないか……!」
アクセルリスは槍を構える。が、カプティヴに阻まれる。
「ダメです……あの子は元々この森に棲んでいた子なんです……」
〈そうなの!?〉
「いつもは大人しくって、優しい子なんだけれど……」
「どうも様子がおかしいね」
「……《ゴブリンの禁薬》だろうな」
ゴブリンの禁薬。摂取した者は凄まじい筋力を得る。が、代償としてその理性を失う。
「無理矢理投与されたのか……」
「酷い……!」
「GHAAAAA!!」
手出しができない一行。だがライオーガはお構いなしに剛腕を振るう。
一撃で檻が粉々になる。まともに喰らったらどうなるか。想像したくもない。
〈何とかできないのか!?〉
「麻彗石使うしかないか……?」
「禁薬の効力を打ち消せるような薬があれば、あるいは……」
バウンの言葉を耳にしたカプティヴ。一つの可能性に思い至る。
「《エルフの眠り薬》なら……!」
「そうか、あれなら!」
ライオーガの腕が再び暴威と化す。数本の樹を根元から薙ぎ倒す。
「……でもできる!? 振り掛けても絶対効かないでしょあれ!」
「矢に付けて、射る。肉体に直接影響を与えれば、きっと効くはずです」
「当てられる?」
「精密射撃は得意ですので!」
「荒療治だね……ま、しょうがないか!」
アクセルリスは手をかざす。ライオーガの周囲に鋼の塚が築き上がり、その行動を阻害する。
「GUUAA……!」
「援護は任せて!」
「感謝します!」
不快そうに塚を一つ一つ壊していく。その間にカプティヴは矢先に眠り薬を撒き、弓を構える。
「……」
気を引き締め、チャンスを待つ。
「こっちだぜ、でかぶつ!」
「GHHHAAA!」
バウンがライオーガの気を引く。
「────今ッ!」
限界まで引き絞られた矢が放たれ、弓が反り返る。
カプティヴの一矢は音の壁を突き破り、精密正確にライオーガの首元に刺さる。
「G……G?」
ゆっくりと、ゆっくりと振り返り、カプティヴを見る。
「……」
息を飲む。効いたか。
「…………GGGHHHAAAAAA!」
「ッ!」
否だった。一本ではどうにも足りなかったか、あるいは直ぐに鎮まるまでには至らなかったか。
いずれにせよ、カプティヴがライオーガの腕に潰されるまで数秒もなかった。
「させるかァーッ!」
飛び込んできたのはファルフォビアだった。彼女が放った三本の矢は、全てライオーガの背に命中する。
「GAA! G……U…………」
急激に動作が鈍化するライオーガ。たたらを踏み、その場に倒れ込む。
「……GGG…………GGG……」
豪快ないびきが一行の身に染みる。
無事に眠り薬が効いたようだった。
「三本纏めて射ったなんて……滅茶苦茶だ」
大親友のハチャメチャに呆れるアクセルリス。
「カプティヴ、大丈夫!?」
ファルフォビアは立ち止まったままのカプティヴに駆け寄る。
「だい、じょうぶ……なんとか。うん」
「良かった良かった!」
「応援に来てくれたんですか?」
「うん! 仲間が困ってたら助けるのがエルフの流儀、でしょ!」
「そう……ですね。感謝します」
「じゃ感謝ついでに、大ボスのところまで案内してもらおうか!」
「是非喜んで! みなさま、付いて来てください! こちらです!」
僅かな目配せの後、カプティヴは走り出した。
「さあ、行こう!」
頷く。一人、また一人と走り出す。
一切の会敵をせず、一行は進んだ。
「……止まってください」
カプティヴの指示で足を止める。
「ここは」
木々によって織り成された自然のアーチ、緑の洞窟。
一行がいるのは一本の通路。すぐ目の前で右折している。
「そこの通りを直進すれば首領の間です、が」
「……」
ひょっこりと顔をのぞかせるアクセルリス。
帝の間に繋がる大路は大量のゴブリンによる警戒網が張られていた。
「……なるほど、本陣の防御を堅めてたのか」
「ライオーガを解き放ったのも関係しているだろうね」
〈だから出くわすことも減ってたんだな〉
「どうやって切り抜けようか?」
「そりゃ決まってるでしょ。こういう時に使わなきゃ!」
麻彗石を手に取る。
「そうだな、今こそ使い時だ」
「んじゃ、ちょっくらぶちかましてきますか!」
アクセルリスは単身跳び出す。
「はぁぁ……」
自身の目の前に巨大な魔法陣を生み出し始める。流石に大型の物は創るのに時間がかかる。
「ムッ! 敵だ!」
ゴブリンはすぐにその存在に気付き、大挙してアクセルリスへと走る。
だが、既に魔法陣は完成していた。
「破ァーッ!」
「「「「グワーッ!」」」」
最大級の衝撃波が集まっていた全てのゴブリンを吹き飛ばし、その体を麻痺させる。
バタバタ倒れるゴブリンたち。
「よし! 皆行くよ!」
待機していた三人も一斉に跳び出し、ゴブリンたちを避けつつ突き進む。
「見えました! あそこです!」
「任せて!」
樹で出来た門を鋼の剣で両断し、一行は開けた場に出た。
「…………貴様らか、侵入者というのは」
まみえたのは、木製の玉座に座す魔女。その周囲には甲冑を纏い槍を携えた4人のゴブリン。親衛隊とかだろう。
「お前だな、ゴブリンたちを支配しているというのは」
「支配とは人聞きの悪い。従事だ。ロクに何もできないゴブリン共を従事させてやっているのだ」
「……」
バウンは何も言わない。ただ黙ったまま、握った拳を震わせていた。
「……名乗れ」
「《統治の魔女エンプレゲージ》」
「外道魔女エンプレゲージ。ビンゴだ」
「で? 貴様らの目的は何だ? 一人ずつ言うがいい。私が許す」
挑発・高圧的な態度のエンプレゲージ。その様はまさに女帝。
「残酷魔女として、外道魔女を処分する」
と、アクセルリス。
〈主を守る!〉
と、トガネ。
「エルフの流儀に基づき、友の森を救う」
と、ファルフォビア。
「この森を返してもらいます!」
と、カプティヴ。
そして、バウン。
「色々と……言いたいことはあるが……」
迷いのない、決意の眼でエンプレゲージを睨む。
「お前を一発ぶん殴るッ!」
「フ──フハハハ!」
「何が可笑しい」
「いや──あまりにも不敬なものでな」
「不敬だと?」
「私を誰だと思うている? 統治の魔女、完全無欠の女帝、エンプレゲージであるぞ?」
〈なーに言ってやがる! この外道女帝が!〉
「良く吠える使い魔だ。良かろう。そこまで言うのならば、その力を示してみよ!」
指一本で命を下す。ゴブリン親衛隊は即座に反応し、一向に襲いかかった。
【続く】