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残酷のアクセルリス  作者: 星咲水輝
13話 圧政・支配・外道女帝
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#2 呼応する三つの力

【#2】


 日も暮れ、夜は世界を包み始める。


「うふふ、こんなに大勢で食事なんて……いつ以来かしらね」


 アイヤツバスの声色は楽しげだ。

 食卓を囲みながら、それぞれは改めてお互いの素性を確認し合う。


「アクセルリス・アルジェント。《鋼の魔女》で、お師匠サマの工房で共に暮らしながら、邪悪魔女5iと残酷魔女をしてるよ」

〈トガネだ。主であるアクセルリスを護ることがオレの使命だ。この名前も主から貰ったものでな、何だかんだ気に入ってる〉

「でしょでしょ? 私のセンス、見直したでしょ?」

(30秒くらいで考えた、特に意味の無い名前ってことは黙っておきましょう)

 アイヤツバスは心の中で呟いた。


「ファルフォビア。ここ死んだ妖精の森を警護する勤勉なエルフよ」

「勤勉って自称しちゃうんだね」

「実際にそうなんだから問題は無いよね?」

「大層な自信家だね?」

「人の事言えないでしょ、アクセルリス」

「ま、そーだね」

「……ふっ」

「へへっ」

 お互いの目を見て笑い合う。

 一見殺伐とした関係に見えるが、なんだかんだ似た者通しで仲良しなのだ。大親友の肩書は伊達ではない。


「バウン。出自は昼話した通り。少しの間だけど、よろしく頼む」

「よろしくねー」

「用心棒なんだよね。独り立ちして、立派だねぇ」

「18だぞ、こう見えても」

「ほんと!? 私も18歳だよ!」

「へー、同い年なんだ。良かったじゃん」

「そういうアクセルリスさんは何歳なんでしたっけ?」

 ファルフォビアはにやにや笑いながら。


「……知ってるくせに。28だよ」

「えっ……そうなのか。童顔なんだな」

「人間から魔女になると老化が遅くなんのよ」

「なるほど、そうだったのか。知らなかった」


 頷くバウンとは反対に、ファルフォビアは悪い顔をする。

「私よりも10年も長く生きてるのに、全然そんな感じしないよねー?」

「あんた毎回年齢で弄ってくるけどさ、年上だと思ってんなら少しは敬いなよ!?」

「断る!」

「なんだと!」

 ギャーギャー喚き合う二人。苦笑しながら見守るバウン。



「……みんな若くて元気よ、私からしたら」


 アイヤツバスはそう言って微笑んだ。


「お師匠サマ……」

「アイヤツバスさん……」


 彼女はふうとため息つき、繰り返した。その眼は遠かった。

「……うん……若い……本当に……」

「ちょ、自爆しないでくださいお師匠サマ!」



 食事が綺麗に消え、夜も深まりつつある。そんな頃。


「……で、作戦決行は何時にするのかしら?」


 アイヤツバスが乱麻を断つ。


「あ、それ私も気になるー」

「そうだねー。明日報告をするから、早くて明後日には正式な任務として命が下される……と思う」

〈思い立ったが吉日、だな!〉

「どこで覚えてきたのそんな言葉」

「その任務、俺たちも参加していいのか?」

「そこは私が何とかしておくよ。一応環境部門の長なんだからね」

「こういう時だけは頼りになるね、邪悪魔女さん」

「少し言い方に悪意ありませんかね、勤勉なエルフさん?」


 再び目を見合い笑う。


「うふふ、アクセルリスとファルフォビアはなかよしさんねえ」

「……これ、ほんとに仲良いのか?」

〈ツッコんだら負けだぜ、少年〉


 とまあ、藹々とした雰囲気で、夜は過ぎていった。



 翌日。アクセルリスはヴェルペルギースへ向かった。

 工房に残ったファルフォビア、バウンはアイヤツバスと談笑していた。


「本当にいいところだな、ここは」

「でしょうとも! この勤勉な私が警護してるんだもん!」

「うふふ、ファルフォビアは偉いのねぇ」

「なんでこの森に根付いたんだ?」

「そうね……色々あるけど、一番の理由は……」

「一番の……」

「理由は……」

「人気が無いからかしらね」


 身も蓋もないあんまりな理由にファルフォビアとバウンは崩れる。


「えぇ……」

「そんな、そんな……」

「いやぁ、私人付き合いとかあまり好きじゃないの。一人で静かに過ごす方が好みなのよ」

「……まあそんな雰囲気はするが」

「でも、今って絶対静かに過ごせてませんよね?」

「まあ、そうだけどね」


 この工房にはあのアクセルリスも住んでいるのだ。静かな訳が無い。


「でもそれはそれでいいのよ。アクセルリスが元気に楽しくしているだけでも、私は幸せなの」

「そうなんですか……本当に仲がいいんですね!」

「娘みたいなものだからね、あの子は」

「娘……そういえば、アクセルリスって家族が……」

「……ええ、そうよ」


 バウンは二人の声音から語られなかった部分を補い、悟った。


「だから、私が新しい家族になってあげたらいいな、って」


 優しく抱擁するような声色。


「そう思うと、あの子の事がすっごく愛おしくなって、私も本当の母になったみたいで……」

「感動的ですね……」


 涙ぐむファルフォビア。



「……ちょっとしんみりさせちゃったわね」


 眼鏡を整え、場の流れを変える。


「……よしっ。せっかく話題に上ったことだし、アクセルリスの秘密を教えちゃいましょうか!」

「えっいいんですか!」

「うんうん、私の心の中にだけしまっておくのも勿体無いしね」

「とんでもない師匠だな……」

「あら、バウンは興味ないの?」

「いや、めっちゃある」


 超スピード掌返し。


「じゃあまずは《子猫イヤイヤ事件》」

「タイトルですでに面白そうだぞ」

「あれは確か、アクセルリスが魔女になってすぐの頃……」


 ◆


「ただいま~」

「お帰りなさいお師匠サマ。どうしたんですか、やけに楽しそ──」


 家に戻ってきたアイヤツバス。アクセルリスは部屋の奥から顔を出し、その姿を見──絶句した。


「見て見て! かわいい子猫。拾ってきちゃった~」

「お……」


 子猫を抱え、指でそれをあやす。その光景は実に愛らしいものである、が。


「おああああああっ!?」


 アクセルリスは絶叫した。


「え、え、なに?」

「ね、ね、猫!」

「ええそうよ。可愛らしいでしょう?」

「可愛らしい!? 冗談じゃない! そのけだものを私に近づけないでください!」


 明らかに異様な様子のアクセルリス。アイヤツバス(当時)も見たことが無い状態である。


「ど、どうしたの……?」

「キライなんですよッ! 猫がッ!」

「えっ、そんなに?」

「そんなに! です!」


 物影に身を潜め、あまりにも鋭い銀の眼光で猫を睥睨する。


「SHRRRRRRRR……!」


 アクセルリスは魔物のような唸り声を上げて威嚇する。


「あっ」


 その様子を恐れてか、子猫はアイヤツバスの元を離れて工房から出て行ってしまった。



「ふう。災厄は去った」


 安らかなアクセルリス。獣じみた雰囲気は消えている。


「……凄かったわね。明らかに異常だったわよ、あの反応」

「誰に何と言われようと、私は猫が嫌いなんです」

「まあ人それぞれだけども……流石にあの反応は……ねえ?」

「こればっかりは揺るぎませんよ。私頑固ですから」


 鋼の意思は固い。


「じゃあもし、急にあなたの肩に子猫が飛び乗ってきたらどうするの?」

「脊椎をねじります」

「決意がすごい」


 ◆


「っていう話」

「猫苦手なのか……意外だな」

「私も初めて知った」

「凄かったわよ、あのオーラ」


 当時を振り返りながら語る。ありありと情景が思い出されるほど、アイヤツバスの心に残ったのだろう。


「猫嫌い、理由とかあるのか?」

「あるんじゃないかしら? 聞いてないから分からないけど」

「アクセルリスの事だし、昔猫に殺されかけた事がある、とかじゃない?」

「どういう状況なんだ、それ……」



「それじゃあ次は……」

「オラーッ私の暴露話がされてる気がするぞーッ」


 アイヤツバスの口が再び言葉を綴る前に、扉を蹴り開けたのはもちろんアクセルリスだ。


「あら、アクセルリス。おかえり。早かったわね?」

「何言ってるんですかお師匠サマ、もう夕暮れ時ですよ」

「あら本当」


 いつの間にか、窓の外は寒色に塗りつぶされている。


「ホントだ、もう暗くなってる」

「楽しくお話してたら、時間が流れるの忘れちゃってたみたい」

「人が仕事してる間になんて呑気な……」


 やれやれと肩をすくめるアクセルリス。


「それで? 首尾はどうだったの」

「そりゃもうカンペキよ。何しろ、私だからね」

「作戦決行は」

「明日。独断で決めたけど問題ある?」

「私は大丈夫だよ。バウンは?」

「問題ない。一刻も早く奴らの暴威を止めないと」

「うんうん! じゃ、気を引き締めていこうか!」

「うんっ!」

「ああ!」



 英気を養い、戦いに備る。夜はあっという間に飛び去った。



 翌日。アクセルリス、トガネ、ファルフォビア、バウンは町にいた。バンディーの森の最寄り町だ。

 森に続く門の下で段取りを確認する。


「んじゃ、作戦を教えるね」


 一行は言葉を拾い逃さないように、念入りに耳を傾ける。


「あ、そんな強張んなくていいよ? めっちゃシンプルだから」

「そうなのか」

「うん。森に侵入、邪魔者は倒し、首領を叩く。以上」

「……ホントにシンプルだった」


 集中して損した、というふうにファルフォビアは姿勢を崩す。


「これ以外やることないからね、あはは」

「質問いいか」

「はいバウン」

「森に入るのは俺たちだけなのか?」

「そうだよ!」

「これって結構重要な作戦だろ? こんな少人数、しかも半分以上が魔女機関と関係ない者でいいのか?」

「大丈夫大丈夫! その辺もしっかり理由があるんだよ!」


 アクセルリスの脳裏に、昨日のやり取りが浮かぶ。



 残酷魔女本部。居たのはシャーデンフロイデ、アーカシャ、ミクロマクロ。


「シャーデンフロイデさん、盗賊の件についてなんですが」

「ああ、報告書は拝読した。しかし実行を明日にしたいとは、ずいぶんと性急な話だな?」

「盗賊被害は日に日に増えていますし、一日でも早く解決すべきと考えたのですが」

「いや、いい考えだ。その直線思考こそお前の武器だ、大事にしろ」


 にっこりと笑うシャーデンフロイデ。メンバーの特長を生かすのも隊長の仕事だ。


「ありがとうございます! それで、作戦概要なんですけど」

「ああ。残酷魔女から向かうのはお前ひとり。それに加えエルフとゴブリンの仲間を連れ、少人数で向かう……とあるな」

「どう……でしょうか」

「アーカシャ、どう思う」


 ソファに横たわるミクロマクロに悪戯をしていたアーカシャは、その手を止め振り向く。


「私に聞く? そうだねえ、それだけ聞くとちゃんちゃらおかしいね。ウチから出向くのがアクセルリスだけなのは人手不足だから分かるけど、無関係なエルフやゴブリンを採用する理由が無いし」

「だそうだ。何か理由付けはあるのか?」

「はい。まず少人数で実行する理由については、森の内部がどうなっているか不明なうえ、敵の数も不明。無闇に大群を送り込むと惨事になりかねない、と判断しました」

「なるほど。続けて」

「エルフ・ゴブリンについては、森の事情に詳しいエルフや、盗賊一味の内部事情をある程度把握してるゴブリンに協力してもらう事で、安定性を得られるだろうと」


 極めて合理的な理由付けであるが、その真意は屁理屈と何ら変わらない。この辺のテクニックもアイヤツバス仕込みだろう。


「……ふむ。まあ理にはかなっているか」

「如何でしょう」

「ま、良いと思うよ。アクセルリスの実力については私らよーく分かってるし!」

「ただ、最低限のバックアップはさせてもらうぞ。念には念、だ」

「ありがとうございます!」



「というわけ!」


 大まかに説明した。一同は納得した様子。


「なるほど、ちゃんと理由があるんだな」

「少数精鋭作戦ってことだね、良いと思うよ!」

〈流石主だぜ!〉

「お世辞は要らないよ! 特にトガネ、あんたのは!」

〈ひどい!〉


 だが、口ではそう言いつつも、内心では喜んでいるのは内緒だ。


「いちおう、森の周囲には残酷隊を配備させる。いざとなったら突入させるけど、大ボスを仕留めるのは私たちの仕事」

「敵の親玉は特定できてるのか?」

「ある程度の目星は付いてるよ。他者を支配する女帝。さすがに居場所は分からないけど」


 と、アクセルリスは何かを思いつく。


「そうだ、現地のエルフに聞けばいいのか」

〈名案だな!〉

「うーん、その件なんだけど」

「ん? どしたのファルフォビア」

「あの森に住む子からの連絡が結構前にパッタリ途絶えてるんだよね」

〈え? そうなのか〉

「名前は《カプティヴ》。森が盗賊団に乗っ取られつつある、っていう通達を最後に音沙汰が無いのよ」

「うわぁ、不穏」

「十中八九、盗賊たちに捕縛されてるんだろう」

「うん。だから、彼女の救出も行いたい……というか私はそっちを優先させてもらうよ」

「それが同行した理由ね。了解したよ。でもあまりにあまりな独断行動したら、ただでは済まないからね」

「分かってるってば。私はアクセルリスと違って勤勉だからね」


 ウィンクするファルフォビアを半目で眺めながら、アクセルリスは呟いた。


「弟クンはかわいいのに、何でこいつはこんな憎ったらしいのか……」

「何か言ったー?」

「別に?」

「フィアフィリアがどうかしたって?」

「聞こえてんじゃん……」

「フィアフィリアに色目使わないでよね? あいつは私の弟なんだから」

「はいはい……って、どういう意味それ」

「私の物だからね、フィアフィリアは!」

「あー……そういう系かー……」

「でもわかるでしょ? この気持ち」

「…………わかるわ……」


 震えるアクセルリス。


「わかる……めっちゃわかる……うちの妹も弟も誰にも渡したくない……」

「でしょ……」

「うん……」


〈……〉


 その光景を見て、赤い光は目を細めていた。


〈少年よ〉

「何だ」

〈君は兄弟いるか?〉

「居ない、一人っ子だ」

〈アレ見てどう思う?〉

「少し……羨ましい」

〈ええ〉

「俺も兄弟愛を味わってみたかった、と思うな」

〈……〉


 トガネは言葉を失うしかなかった。

(純粋だなぁ~)



「……っと、見えてきたね」


 落ち着いた一行は、鬱蒼と茂り立つ森を視認する。


「あの森の中にゴブリンがわんさかいるんだね」

「気を引きしめていこう」


 用心しつつ一歩一歩森に近づく。


「……」


 ふと、アクセルリスが見上げる。

 入り口の樹、その上に何か──違和感を感じる。

「なんか──見られているような」

〈──いや。合ってるぜ主〉

「え?」


 赤き光は捉えていた。《観測者》の存在を。


〈……どうやら、見張り番がいたみたいだ〉


 その言葉に一行は顔を見合わせる。歩みは止めないまま。


「それって」


 アクセルリスが返す言葉を発しようとした、次の瞬間。


「──うッ!」

 喧しい鐘の音が轟く。発生源は森。距離がある一行の耳すらもつんざく爆音だ。

「こ、これは」

「警鐘だ、ゴブリンの……!」

 音の意に真っ先に気付いたのはバウン。

「てっことは」

〈奴ら、問答無用で襲ってくる!?〉

「そういう事だろうね!」

〈ど、どうすんだ!?〉

「先手を打たれる前に突っ込むしかない! 行くよみんな!」

 アクセルリスは率先して駆け出す。ファルフォビアとバウンも間を開けず付いて行く。



 バンディーの森が急接近する。

 そんな中、アクセルリスは顔だけ二人に振り向いて言った。

「あとちょっとで突入だけど、何か言っておく事とかある?」

「一つだけ、頼んでいいか?」

 駆けながらバウンが言った。

「……ゴブリンたちが襲ってくるだろうが……なるべく命は取らないで無力化してやってくれないか」

「分かったよ!」

「できる限りの事はするね!」

「……ありがとう」

〈森に入るぜ!〉

「よーし、行っくぞー!」

 僅かなやり取りの後、一行は森に突入した。


【続く】

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