#3 任務後アフターレイド
【#3】
その時。アクセルリスの直感センサーが何かを捉える。
にこやかだった顔が一瞬にして鋭くなる。
「──」
見つめるは森。何か、よからぬ感じがする。
「……すいません、ちょっと失礼します!」
居ても立ってもいられず、走り出す。
「おや?」
「どうかしたの?」
「トガネも待ってて!」
〈え、おい!?〉
何かイヤな感じがする。一歩、また一歩、感覚が囁く方に進んでいき──
そして、辿り着く。
「……ゲブラッヘ……!」
待ち構えていたのは鉄の魔女ゲブラッヘ。アクセルリスの命を付け狙う狂人。
「やあやあやあ。ご機嫌は如何かな、アクセルリス?」
切株に腰掛け、優雅に挨拶。
「良くボクの事を見つけることが出来たね。やはりキミの直感はアテになる」
アクセルリスは即座に槍を構えて臨戦態勢だ。
「おっと、そう血気立たないでくれよ、なあ?」
やはり優雅に立ち上がり、わざとらしくアクセルリスを制止する。その動きには一幕のスキも無く。
「今日はキミと戦うつもりはないよ。その気があるんだったらもっと早く乱入したからね」
「ならなにが目的だ」
「目的も何もないさ。ただゆったりしていただけ。こういうのを極東地方では『つれづれ』と言うらしい」
「……」
アクセルリスは暫く黙った後、静かに舌打ちをする。
「外道魔女の処分、それが私たち残酷魔女の使命。お前がどんな理由でここに居ようと、私はお前を殺す」
「カッカするなって。ボクに戦う気は無いと言っているだろう」
「……」
何も言わず、一本、槍を放つ。
ゲブラッヘはそれを溜息混じりに軽く切り払う。
「……そうだ。ボクを見つけることが出来たゴホウビに、一ついいことを教えてやろう」
「……何だ」
「ボクたちの組織、《魔女枢軸》の情報さ」
「!」
アクセルリスの眼が僅かに動く。このまま無限回廊問答を繰り返すよりは有意義であろう。
「……言ってみろ」
「魔女枢軸、その席は10コ。これはボクらのリーダーが決めた数だ」
「それは『常に10人』という意味なのか?」
「否、だね。バズゼッジが斃れた今、魔女枢軸は9人の組織さ」
「そうか、情報提供感謝する」
「それほどでも」
「じゃあ死ね」
無数の槍がゲブラッヘを取り囲み、一斉に牙を剥く。
「……やれやれ」
気怠そうに刀を舞わせ、槍を弾く。
(こいつ……鍛えたな)
その様を見たアクセルリスはそう感じた。以前までとは太刀筋のキレが違う。
「……これ以上キミと話すことは無さそうだ。この辺でおさらばさせてもらおう」
鎖を生み出し、それに乗るゲブラッヘ。
「待て!」
「待たないし、追わせもしないよ」
言葉通りだった。アクセルリスの両脚には鎖が絡みつき、その追跡行動を阻害する。
「ち……!」
「また殺しに行くよ。生きていたら、ね」
再戦の布石を残し、ゲブラッヘは消えた。
彼女が姿を消した後、アクセルリスを束縛していた鎖は消えたが、それはゲブラッヘが追跡圏外に至ったことを意味していた。
「……」
ふう、と一息つく。
「……戻ろ」
二人とトガネを大分待たせてしまった。戻って謝らねば。
「……?」
周囲に気配を感じる。一つではない。複数。少なくとも5体。
「……なんだ?」
警戒態勢に入るアクセルリス。ガサガサと茂みが揺れる音が聞こえてくる。
その音はアクセルリスを翻弄するかのように、あちこちを転々とする。
そして、一際大きな音が鳴った。
「後ろかッ!」
奇襲を見破れないアクセルリスではない。
振り向くよりも早く背後へ槍を放つ。
「GUEEE!」
絶叫。腹部を貫かれたのは、翼の無い竜種。その姿はトカゲに近しいが、角や甲殻から竜種であると判断できる。
「こいつは……?」
絶命したその生物は腐る様に黒化し、霧散するように消滅した。明らかに真っ当な生物ではない。
アクセルリスは奇襲者の存在に謎を抱く。だが、深く考える暇はなかった。
「CHASHAAAA!」
「SHHHHRRRR!」
周囲の茂みから次々と現れる。それらは皆同じ姿、地を這うドラゴンだ。
「うわっ! な、なんなんだ!?」
二本の剣でそれらの攻撃をいなすが、多勢に無勢。
時折槍を放つも、硬い甲殻に阻まれ、絶命させるまでには至らない。
「く……!」
仕方がない、と腹を括る。アクセルリスを中心に、その足元から大きな銀色の魔法陣が出現。
諸共衝撃波の餌食にする作戦だ。無論、アクセルリスもただでは済まない。
意を決し、炸裂させようとした直前。
「GYUA!」
バァンという発破音と共にドラゴンの一体が吹き飛ぶ。
「アクセルリス!? 大丈夫か!」
「イヴィユさん!」
イヴィユの銃撃である。
〈全然帰ってこないから、心配になって見に来たら……〉
「何なんですのこの状況はー!?」
「私にも……分かりません……!」
「とにかく、こいつらを片付けるぞ!」
「分かっていましてよ!」
一気呵成の加勢により、奇妙なドラゴンたちは1体、また1体と倒れていく。
全ての個体が息絶えるのにさほど時間はかからなかった。
「……ふうー……」
見渡すアクセルリス。全ての死骸が1体目と同じようにグズグズに腐食し、消滅する。
「なんだこりゃあ」
「フツーの生き物ではありませんわね、どう見ても」
イヴィユやロゼストルムにもその正体は分からなかった。
危機こそ去ったものの、得体の知れない物に各々困惑や恐怖を抱いていた。
と、その時。
〈くんくん……くんくん……〉
アクセルリスの影の中のトガネが、なにやら残滓を嗅ぎ回っている。文字通り。
「トガネ?」
〈これは……この匂いは……〉
「何か分かるの?」
〈ああ、わかる……この匂いは、オレと同族だ……!〉
「同族……って」
〈使い魔だよ! あのバケモンどもは使い魔だ! 間違いない!〉
「なんですって? 本当なの?」
「アクセルリス、ここに他の魔女はいたか?」
「……ゲブラッヘがいました。だけど、あのドラゴン達の魔力とゲブラッヘの魔力は異なった物でした」
「となれば、協力者のものか」
「でもあの使い魔、生み出すのに相当なコストが掛かりそうですわ。それを何匹もなんて……おいそれと出来るものではなくってよ?」
「使い魔を生み出すのを得意とする魔女……なのかも」
「ふむ、調べてみる必要がありそうだな。帰還し、アーカシャに尋ねてみよう」
「そうですわね。またひとり、枢軸の魔女の正体を明かせるかもしれませんわ!」
新たな方針を固め、帰路に付こうとした二人。
そんな彼女らをアクセルリスが引き留める。
「あの、待ってください」
「ん?」
「いかがいたしまして?」
「スラッジは……?」
「「……あっ」」
あれから、少しの時間が経った。
スラッジ。
彼女は今、先程よりも厳重に簀巻きにされた姿で横たわっている。
「チクショーッ! 逃げきれなかったー!」
「まったく、少し目を離しただけで逃げ出すとは……」
疲れ顔のイヴィユ。探すのに大分苦労したのだろう。
「よっこい、せ」
イヴィユは簀巻きを抱え上げ、仲間たちの元へ向かう。
運ばれながら、スラッジは叫んだ。
「とほほー! もう外道魔女なんてこりごりだー!」
【すすみ化け 戻り来るは かをり風 おわり】