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残酷のアクセルリス  作者: 星咲水輝
12話 すすみ化け 戻り来るは かをり風
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#2 ヘドロ泉に潜むヌシ

【#2】


 駅から歩いてすぐにその町はあった。名は《アッパース町》。

 町には川が流れており、それを生活に用いているようである。

 ……もっとも、その川は今現在酷く汚れてしまっているが。


「ひどいザマですわね……」

「このままじゃ長くはもたない……」

「……急ごう」


 一行は歩く速度を上げた。



 町を抜け、丘を抜け、森に入り、水源である泉に辿り着いた。

 ──彼女たちがこれを『泉』と呼ぶことが出来たのは事前に知っていたからに他ならない。


「なんじゃこりゃあ……」

「ひ……ひどすぎる」


 視界に写るはヘドロ・ヘドロ・ヘドロ。

 見渡す限り汚泥に覆われ、水面は一筋も見えない。


「……」


 おそるおそる足を踏み入れてみる。ぐにゃりとした感覚がアクセルリスの足裏に伝わる。

 完全な固形ではない。が、この上で行動するのが不可能というほどでもない。絶妙に微妙な按配だ。


「……さて」


 ヘドロ池に立った三人は、泉の中央に建立されているドームを見据える。

 見たところそのドームもヘドロによって作られたもののようだ。


「見るからに怪しいですわね……」

「あの中にいるんでしょうか、スラッジ」

「他に居そうなとこもないが」


 慎重に観察を続ける。


「出入り口はこちら側にはないようだ」

「槍でも投げてみますか?」

「いや、ここは私に任せてくれ」


 イヴィユが懐から取り出したるは二つの機構。


〈それも銃なのか? ここから撃って届くのか?〉

「黙って見てなさい、虫くん」

〈む、虫って……主にも言われたことないぞ……〉

「私がいっつも罵倒してるみたいな言い方やめてくれる!?」


 騒ぐ外野には全く気を向けず、イヴィユは黙々と作業を行う。


「これをこうして、こうやって……」


 ガチャガチャと音を立てながら組み合わせ、組み立ててゆく。


「よし、出来た」


 出来上がったのは先程見たものとは違う、大型の銃。


「おお……これならここからでも届くんですね!」

〈ようできてるな……〉

「そういう事だ、っと」


 慣れた手つきで組み立てた長銃を構える。そして。


「……」


 狙い済まし、無言のまま、引き金を引く。



 ──着弾。


「うわっ、うわああ!?」


 絶叫。

 汚泥のドームから飛び出てきたのは少女。見た感じではアクセルリスよりも年若そうだ。


「よし、行くぞ」


 弾を込めながらイヴィユは先導する。

 少女はすぐに近づいてくる三者に気付く。


「な、なんだお前ら!?」

「お前がスラッジだな」

「なんで私の名を!」


 狼狽するその少女こそ、スラッジその人だ。


「わたくしたちは残酷魔女! 外道魔女スラッジ、神妙にお縄に付いてもらいますわ!」

「残酷魔女だと! ついに来やがったか……! だが私の覚悟は強いぞ!」


 足元のヘドロが渦巻き、スラッジの周囲を取り囲む。


「やはりというべきか、このヘドロ全てを操ることが出来るようだな」

「ご名答! この池に足を踏み入れた時点で、私の術中なわけだ!」


 ヘドロの触腕が三人を襲う。回避は容易いが、着弾の衝撃で足元がぐらつく。


「ち……タダでさえ足場が悪いのに!」


 槍を突き立てるも、支えにもならない。トガネの支えも効かない。


「しゃーない、浮くか」


 両靴の裏に小さな鋼の板を生み出し、浮かせる。これならば足場の影響は受けない。


〈つくづく便利な魔法だな……〉

「さて、と」

 スラッジを捉える。休むことなく降り注ぐ触腕を右に左に避けながら、槍を放つタイミングを伺う。

「行けっ!」

 隙発見。二本の槍がスラッジ目がけて飛翔。

「うわ、危なっ!」

 ヘドロの壁が生え、槍を受け止める。防御的にも申し分ない性能なようだ。

「厄介だな……」

 アクセルリスはぼやく。槍が効かないとなると、自ずと打つ手は限られてくる。さて、何を試そうか。

「トガネ、何がいいと思う?」

〈どうせ全部試すんだろ〉

「あ、ばれてた?」

〈オレと主の仲だからな!〉

「へへっ、言うようになったなこいつめ!」

 使い魔の成長に感動を覚えながら、アクセルリスはスラッジに急接近していた。その手には鋼の拳。

「突撃ーッ!」

「ウワーッ今度はなんだーッ!」

 進路を妨げるヘドロ壁を避けながらスラッジを狙う。

「見えたッ!」

 走りながら右拳。肉薄。スラッジに命中しかけた、その時。

〈主危ねえ!〉

「なに!? ぐえッ!?」

 トガネの警告は間に合わなかった。ヘドロ触腕がアクセルリスを横から殴り飛ばしたのだ。

「油断した……ほんとにスキ無いなぁ!」

「甘いんだよ! ばーかばーか!」

「何だアイツ! むっかつくー!」

「やーいやーい! 悔しかったら当ててみろ!」

 着地しスラッジを睨みつける。

「言わせておけばチョーシ乗りやがって!」

「チョーシなんて乗りこなしてやるよ!」

 挑発の応酬。トガネが呟く。

〈……なんかアイツ、主に似てるな〉

「どういう意味!?」

〈いや、そのまんまの意味……〉

「あんなアホそうな娘と一緒にしないでよね!?」

〈……いや〉

「あ!?」

〈……なんでもない〉

『自重』というものを学んだトガネであった。


(……とはいえ)

 アクセルリスは真剣な眼差しに戻る。

(ヘドロを自由自在に操る魔法、攻防共に隙が無い。厄介なのは確かだよね……)

 ふと、イヴィユとロゼストルムを見てみる。

 イヴィユの銃撃も、ロゼストルムの風も、ヘドロの障壁を破ることは出来ないようだ。

「イヴィユさん! ロゼストルムさん!」

 アクセルリスに呼びかけられた二人。その意を悟り、眼を合わせる。


「よっと」

「ふう……」


 三者はヘドロ池の外に一度集まる。

 幸い、スラッジは泉の外には攻撃してこないようだ。


「これではキリがないな」

「鉄壁の防御ですわね……」

「ヘドロをどうにかしないことには始まらない、か」

「何か、作戦を立てましょう」


 三人の魔女が頭を捻らせる。


「固めて砕けば無力化できるんじゃないか?」

「どうやって固めるんですのよ」

「……凍らせたり?」

「氷魔法使えるんですの?」

「私はほとんど鋼の魔法しか……」

「私はご存知の通りだ」

「じゃあダメね」

「ダメかあ」

「腹ペコ、貴女は?」

「アクセルリスです。防御よりも早く殴るしか思いつきません」

「出来る?」

「出来ません?」

「ダメね」

「ダメかー」

「うーん」

「うーん」


 ああでもない、こうでもないと、唸っていた。

 そんなとき、トガネがコッソリ呟いた。


〈ヘドロを纏めてふっ飛ばせればいいんだけどなー〉


 アクセルリスにきゅぴんと電流走る。


「…………それ」

〈え?〉

「それだよ! トガネお手柄!」

〈え、え?〉

「何か思いついたのか?」

「はい! 少し乱暴な手段ですが……上手くいくと思います」

「では聞かせてもらいますわ!」



 一方スラッジ。


「……何やってんだ、あいつら?」


 攻撃の手が止んだと思ったら、輪になって何か話している。


「諦めたのかな?」


 しばらく見ていたところ、輪を解き再びこちらを見つめてくる。


「諦めてないし……」


 警戒。彼女の周りのヘドロが波打つ。


「ま、何が来てもへっちゃらだし! このヘドロがあればね!」


 この発言こそ、敵の作戦の裏付けとなることを彼女は理解していない。



「準備はいいですか」

「問題ない」

「いつでもよくってよ!」


 アクセルリスとイヴィユは脇に退き、ロゼストルムは手をかざす。


「……何だ?」


 大技の予兆であろうか。危機を感じたスラッジは自身の周囲にヘドロを寄せ集め、防御を集中させる。

 ──それこそ、残酷たちの思惑だった。


「美しき薔薇よ──その棘を解放し──天を貫く風を巻き起こせ──!」


 ロゼストルムの髪が強くたなびく。

「はぁッ!」

 魔力全開。彼女によって集められた風が解放され──

「うわぁ!?」

 スラッジの元に集っていたヘドロを天高く舞い上げる。

「今ですわ!」

 イヴィユとアクセルリスは鋼の道を走る。無防備なスラッジへと。

「しま、しまった!」

「これで終わらせる」

 懐から取り出したのは手のひらサイズの銃。これまでの物とは形状が異なる。

「やめ──来るなぁ!」

「チェック」

 それをスラッジの顔に近づけ、引き金を引く。


 パンッ、と快音が鳴る。

「────」

 気を失ったスラッジは膝から崩れる。アクセルリスはそれを抱き止める。

「閃光と爆音で意識を奪う銃……そういうのも開発されてるんですね」

「なかなかいいモノだろう?」

「はい、そう思います!」

「欠点としては……安全性を加味した結果、かなりの至近距離でないと効果を発揮しないといったところか」

〈おいおい! 呑気に喋ってる場合じゃないぞ!〉

 トガネの焦った声が聞こえる。

「分かってるって!」

 アクセルリスは天に手をかざす。半球状の鋼の障壁が頭上に生まれる。

 直後、ロゼストルムによって巻き上げられたヘドロが着地する。

 落ちてきて、当たり所が悪ければ最悪死ぬ。そんな量のヘドロだ。だが、堅牢な鋼のドームは破られない。

 イヴィユは微笑み、こう言った。

「良い鋼だ」

「お褒めに預かり光栄です!」


 こうして、三人の残酷魔女はそれぞれの力を結集し、無事にスラッジを生け捕ることに成功したのだった。



「う、うーん」

 呻き声。スラッジの物だ。


「気が付いたか」

「はっ! ここは!」


 カッと目を見開きキョロキョロと見回す。


「う……!」


 己の状態に気付いたようだ。簀巻きにされている状態に。


「御用ですわ。もう逃げられませんわよ」

「離せー! くそー! このー!」


 身を捩らせ暴れるスラッジに、アクセルリスは声をかける。


「スラッジ」

「なんだ!」

「なぜ今回の様な行為に及んだの?」

「……それを聞くか」

「その為に生け捕ったんだからね。話してくれると、こちらとしても助かる」

「…………復讐だ」

「……というと」

「アッパース町。お前達もここに来る途中通っただろ」

「何をされたの?」

「元々私はあそこの出身だった。でも寄りの無い身だった」


 ぽつりぽつり語り始める。


「そんな私を育ててくれたあの町に、恩返しがしたかった。だから魔女になったんだ」

「魔法を役に立てたかったってこと?」

「うん。私に与えられた称号は《汚泥の魔女》。いまいち使い道が分からなかったけど、きっと何かに使える。そう思って町に帰ってきた」

「……それで」

「でも、あいつらは……あいつらは……!」


 顔が紅潮し目には涙が浮かぶ。


「……ごめん。それ以上はいいよ」


 僅かな沈黙の後、アクセルリスが口を開く。


「でも気持ちは分かるよ。もし私が同じ境遇だったら、同じことしてる。絶対に」

「分かってくれるのか」


 アクセルリスは強く頷く。


「『復讐』っていうのは、最も強い行動原理のひとつだから」

「……よく言い切れるな、あんた」

「──私にも、覚えがあるから」


 悲しげな笑顔でそう零した。スラッジは何も言えなかった。


「……ならばアクセルリス。お前はこいつをどうする?」


 背後からイヴィユが問いかける。


「……同情はできるけど、私たちの仕事は外道魔女の処理。ヴェルペルギースに連れて帰り、魔女裁判を受けさせます」


 イヴィユは静かに頷いた。


「満点だ」

「……どっちにしろ、捕まることには変わらないわけだ! とほほー!」

「ま、多少の擁護はしてやろう」

「乗り掛かった舟って奴ですわね、致し方ありませんわ」

「うれしくない!」

「あはは」


 これで一段落。各々が一息ついた。


【続く】

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