#1 残酷魔女、結集
ヴェルペルギース行の魔行列車の中、アクセルリスは指令書を読む。
「……急な招集だけど、今回は何があったんだろ」
非番時に呼び出されることは残酷魔女ではよくあること。アクセルリスもとっくのとうに慣れてしまっていた。
〈また変な輩が出たんじゃないか?〉
椅子の影からトガネの声。
「おおかたそうだと思うけど。最近多くなってるよね外道魔女」
〈ま、主ならどんな奴でもやっつけられるだろ!〉
「……なんか白々しいな、あんたが言うと」
〈なんで!?〉
仲良しコンビを連れた魔行列車。程なくして常夜の都に到着する。
残酷魔女本部。今日もアクセルリスはそのドアを開ける。
「アクセルリス、ただいま参上しました」
影の中のトガネは既に休眠状態にある。
「ん、来たね」
シャーデンフロイデ、アーカシャ、仮眠中のアガルマトとミクロマクロ。彼女らは見慣れた光景。
見慣れないのは、並んで座る二人の魔女。彼女らは現れたアクセルリスを一瞥する。
「よく来てくれた、アクセルリス。非番のところすまないな」
「いえいえ。えっと、それで……」
その視線は自然と見慣れぬ二人へ向く。
「言いたいことは分かる。今日来てもらったのは紹介をするためだからな」
「紹介……って、もしかして」
「ああ。あの二人が、やっと遠征から戻ってきた」
二人を立たせ、アクセルリスの前に連れてくる。
「ほら、名乗れ」
「《進化の魔女イヴィユ》だ」
「わたくしは《薫風の魔女ロゼストルム》ですわ!」
【すすみ化け 戻り来たるは かをり風】
【#1】
厚手のミリタリーコートを纏った背の高い魔女イヴィユと、薔薇の意匠が施された派手なドレスを纏った魔女ロゼストルム。
アクセルリスが残酷魔女に所属するよりも前から、任務のため遠征へと出向いていた二人だ。
そしてもちろん、二人とアクセルリスとが顔を合わせるのもこれが初めてとなる。
「《鋼の魔女》アクセルリスです。お初にお目にかかります」
「よろしく頼みましてよ、腹ペコそうな顔のお嬢さん」
「は、腹ペコ……」
言い返したかったができなかった。実際そうだし。
「噂は聞いている。これまでに何人もの外道魔女を仕留めてきた、と。見事な功績だ」
そう言うイヴィユの顔はコートに隠れ表情が読めない。称賛を受けていることは確かだ。
「いえそんな。私はただ必死にやってただけで……」
「何か一つに必死になれるってのは、とっても凄いことだと思いますわよ? もっと自信を持ちなさい!」
「ロゼの言う通り。充分に誇って良いことだ」
「あ、ありがとうございます」
第一コンタクトは上々の様子。
「お二人はどのような魔女なんですか?」
「わたくしは美しき薔薇の花びらと、それを優美に飾る艶めかしい風の魔法を得意としておりますの!」
「……??」
よく分からなかったアクセルリス。
「『風の魔法』ってとこだけ押さえておけば大丈夫だ」
「ああ、なるほど」
「もう、イヴったら風情の無い……!」
「分かりやすい説明の方が大切って、私いつも言ってるだろうが」
「はいはい。では貴女の事はわたくしが分かりやすく、簡潔に、説明して差し上げますわ!」
「勝手にどうぞ」
「彼女はイヴィユ。特に得意とする魔法はありませんの!」
「え、そうなんですか」
「……っておい、それだけじゃ勘違いされるだろうが。仕事内容とかを話してくれ」
「言った通り、簡潔に説明しただけですわよ?」
「杓子定規にもほどがあるだろ」
独特の空気・距離感。お互いへの強い信頼が感じられる。
「私は研究部門所属でな。だが見て分かる通り、座学・研究なんてのは性に合わない」
「では何を?」
「『兵器の試験・実験』だ。研究部門兵器課が試作したブツの試験運用を行っている」
「すごいのですわよ? 試作段階であるがゆえ、事故や故障の危険性も高いというのに、それをしっかり使いこなしてしまうのですもの!」
「なんでお前が誇らしげなんだ、ロゼ」
「あら、いけなくって? このわたくしが褒めているのですのよ?」
「試作兵器……少し興味があります……!」
「そうか? なら例えば……よっと」
イヴィユがコートの裏から取り出したのは奇怪な形状の武装。手のひらサイズ。
「これは?」
「《銃》だ。つい最近発明された兵器で、火薬を用いて鉛の玉を超高速で発射する」
「火薬で!? 鉛を!? こんな小さいのに!?」
驚きのアクセルリス。
「小型な分射程や威力は抑えめだけどな。大型になるとその欠点も補われる」
「ほぉ~」
感嘆の溜息。
(私が槍をブンブン投げてる間にそんな発展を遂げていたのか……)
といった独白が裏には潜んでいた。
「……でも効率悪くないですか?鉛玉を飛ばすくらいなら、大抵の魔女なら魔法でできると思うんですけど」
「魔女なら、ね」
「……あっ、そういう」
「そうだ。銃は魔女以外の種族、それも主に人間の武装になるだろう」
「鉛の弾丸を喰らえば魔女でもひとたまりもないですもんね」
「これが量産出来れば、外道魔女共へ対抗する術が大幅に広がることに繋がる。現在最優先で開発が進められている、有用な兵器だ」
「そんな貴重なものが私の目の前に」
アクセルリスの目が輝く。
「他にはどんなものがあるんですか? 是非お話を聞きたいです!」
「そうか、だったら……こんなものはどうだ」
「おお……これは一体?」
「これはだな……」
語るイヴィユの側でロゼストルムは腕を組む。
「まったくもう……わたくしにはさっぱり良さが分かりませんわ……」
「どうしたロゼ? 嫉妬でもしたか?」
「な……からかわないでくださいまし!」
「あはは……本当に仲が良いんですね」
安らかに眠るアガルマトとミクロマクロを横に、アクセルリスたちは打ち解けていった。
「あー、そろそろいいか」
どのくらい時間が経っただろう。シャーデンフロイデが口を開いた。
「あ、任務ですか?」
「ああ、本当ならそこのねぼすけに行かせるつもりであったが」
横目でちらりとミクロマクロを見、すぐに目線を戻す。
「せっかくの機会だ。親睦を深めるのも兼ねて、お前たち三人で行ってみてはどうか、と」
「そんな軽い感じで決めていいのか……?」
訝しく目を細めるイヴィユ。
「今回の任務は比較的軽めだからな、問題ないさ。で、どうだ?」
「私は大丈夫です。ぜひお願いしたいです!」
社交辞令とかではない。アクセルリスにはイヴィユの扱う兵器を見てみたい気持ちがあった。
「お前達は?」
「私も問題ないが。ロゼ、お前は?」
「イヴが行くのなら当然行きますわよ! そこな腹ペコにイヴを任せるのは荷が重いですわ!」
「ど、どういう意味なんだろう……」
苦笑いするアクセルリス。
「ロゼは心配性が過ぎるからな。まあ、何はともあれよろしく頼むぞ」
「はい、お願いします! ……っと、忘れてた」
アクセルリスは影の中を小付く。
「ほらトガネ、起きて。任務だよ」
〈んあ〉
「それは……使い魔ですの?」
「シェイダーか。なかなか珍しいものを連れているな」
「はい。お師匠サマが作ってくれたんです」
〈何だ何だ? 新キャラか?〉
「私の先輩だよ。挨拶して」
〈使い魔トガネだ。よろしくな〉
「イヴィユだ。よろしく」
「ロゼストルムですわ。よろしく頼みますわね、腹ペコの使い魔くん」
〈腹ペコ? ああ、主の事だな〉
「……」
アクセルリスは無言でトガネを踏みつける。
〈グエェ!? そこまでアレでもねえだろ!?〉
「なんか、むかつく」
〈酷い……〉
赤い光は影に溶けていった。
「……さて!気を取り直しましょう!」
イヴィユとロゼストルムは二者の関係に触れないことにした。プライベートな部分は触れぬのが得策だ。
「あ、ああ。では、早速出立といこう!」
「全速前進!」
アクセルリスはイヴィユと共に意気揚々と部屋を出る。
シャーデンフロイデとロゼストルムはその背を見送った後、呟いた。
「……任務、何にも説明してないんだけどな……」
「……わたくしが伝えておきますわ……」
二人は目を見合わせた後、ため息をついた。
「あほだね」
アーカシャはそう呟きながら静かに眠る別の二人の頬をつついた。
案の定駅で立ち往生していた二人に、追いついたロゼストルムから任務の概要が伝えられた。
今回の対象は《汚泥の魔女スラッジ》。
Cランクの外道魔女で、水源をヘドロで汚染、川下へヘドロを散布するなどの迷惑行為を働いているとし、処罰の対象となった。
「事実追及を行いたいため、捕縛を優先せよ。との事ですわ」
「ヘドロ、ねえ。これはまたド迷惑なことしてくれるな」
「異変を察知した近隣の町の調査により、スラッジの関与が発覚したそうな」
「その町は今でも苦しんでいることだろう。一刻も早くスラッジを捕らえるぞ」
「はいっ!」
魔行列車は一行を乗せ、走る。
【続く】