#3 未来、希望の空
【#3】
操縦室。部屋の片隅に跪き、祈っていたアディスハハ。
そんな彼女の元に赤い光がやって来る。
〈蕾の姉さん!〉
「トガネ! アクセルリスは? マーチヘアは!?」
〈……取り逃がした。列車を止める手段もなくなった〉
「…………そんな」
絶望にうなだれるアディスハハ。だが彼女の影に潜む赤い光からは希望は失われていなかった。
〈でも。オレの主はまだ諦めちゃいない。列車を止めるつもりなんだ〉
「アクセルリスが……!? 無茶だよ、そんなの!」
〈そういう無茶をやる奴だろ、あいつは〉
トガネの言葉にハッとする。
「…………そうだね、そうだった」
〈だから。今は主を信じてくれ〉
「私はいつでも、アクセルリスを信じてるよ」
にっこりと笑う。この笑顔を護る為にも、アクセルリスは戦うのだ。
〈そりゃ何よりだ。てなわけで、主からの伝言。『何があっても、絶対に、操縦室を離れないで欲しい』らしい〉
「分かった。アクセルリスがそう言うのなら、私は従う」
〈ああ。主ならやってくれるさ、絶対に──!〉
──ニューエントラル駅まで、あと3分。
「さて、と」
時間はやや遡り、アクセルリスがトガネを送り出した直後。
肩を回し、身体を捻り、伸脚する。ストレッチは万全に。
プレルード医師の助言に従いマントの留め具を軽い素材に変えてから、肩がどんどん軽くなっていた。
「感謝しないと……ね」
手のひらを開閉。指を順番に折る。問題ない。整備直後の魔行列車のように、万全に動く。
「よし──やるか」
アクセルリスが今立っているのは2両目。客席車両の先頭。
そこでアクセルリスは、長大な槍を生成し──
「おっりゃあああ!」
豪快に突き刺した。列車を縦にブチ抜く形になる。
もうお分かりだろう。アクセルリスは鋼の槍を楔にして、暴走列車を止めるつもりなのだ。
「うおああああああっ!」
車体の下では線路と槍の穂先がせめぎ合い、激しく火花が散る。
トガネの助力も消えた今、吹き飛びそうな身体を無理矢理に抑えつける。
「止、ま、れええええええッ!」
押し負けてなるものか。強く強く槍を握り、押し込む。皮膚の下で指先の血管が切れ、血が滲む。
列車の速度が落ちる。だがまだまだ速い。
「クソッ……!」
槍が大地と擦れ合う振動がアクセルリスにも伝わり、その脳を揺るがす。その覚悟は揺るがない。
「なら──破ッ!」
衝撃波。槍が深く突き刺さる。更に速度低下。
しかしまだ微々たる変化。
「まだ足りないか……ッ!」
槍から手を離し、後方へ跳ぶ。
「なら──喰らえッ!」
2本目。更に速度が落ちる。だがまだ足りない。
列車が激しく揺れる。先頭車両もその煽りを受けるが、流石のアクセルリスでも今はアディスハハの心配をする余裕はない。
「止まれって……言ってんだッ!」
3本目。車体の破片がアクセルリスの頬に傷を作るが、極限状態で鈍化した痛覚には何の影響も与えない。
「死んでたまるか……私も……アディスハハも……!!」
4本目。列車の速度が最初の半分ほどになる。なりはするが、それでもなお危険なスピードであることに変わりはない。
「私は……私は……! 私はッ!」
5本目。
「生きるんだッ! ああああああッ!」
6本目。
「うああああああああッ!」
7本目。
「ああああああッ!」
8本目。
「う、あ、あああああッ!!」
9本目。
「ぐ……ああああああああッ!」
10本目。
「う、あ……あ……!」
4両目まで串刺しになった。依然としてアクセルリスが受ける風は強い。
「ハァ……ハァ……ハァ……!」
ふと顔を上げる。
「ニューエントラル……!」
アクセルリスの瞳はその駅を視認する。
既に暴走列車の速度は大分落ちているとはいえ、この速さはいまだ危険領域。
「もう……ひと……踏ん張り……!」
駆ける。駆ける。辿り着いたのは1本目の槍を超えた先、1両目。
「……操縦室はあの辺りだね」
アディスハハが信じて待っている。
「応えなければ、ならないんだ!うりゃあああああッ!」
11本目が突き刺さる。
「破ァッ!」
トンカチに打たれた釘のように深く刺さる。アクセルリスはそれを握り、全力で押し込む。
「止まれええええええッ!」
力んだ腕の筋肉が悲鳴を上げ、裂ける。指の皮膚も割れて血が流れる。槍を持つ手が汗と血で塗れる。
「うッ……おおおおおおおッ!」
壮絶。超絶。だが。
あと一歩、及ばない。
駅はもう目と鼻の先。充分減速した今ならば被害こそ抑えられるだろうが、事故は免れない。
今から逃げ出せば二人の命は助かる。しかしアクセルリスは逃げない。
「う、あああああッ!」
その時だった。
アクセルリスの目の前に、鋭い樹が生えた。
「……え……?」
1本ではない。次々と生えてくる。
丁度それは、アクセルリスが穿ってきた槍楔と同じように。
「アディスハハ……!」
言うまでもないだろう。操縦室にいるアディスハハの魔法だ。
列車の速度が著しく低下し、ついにほぼ静止するに至った。
槍から手を離す。痛覚が息を吹き返し、顔をしかめる。
「……っつ!」
手のひらや腕、腰が大分ダメージを受けているが、何とか立ったままでいられる。
「…………何でアディスハハが……? トガネにも作戦は伝えてないし……」
〈似たもの同士、ってこったろ〉
いつの間にか主の元に帰還していた使い魔がそう言った。
「トガネ!」
〈お疲れ様、主。随分派手にやったんだな……〉
後方の車両を見たトガネの率直な感想。
「あはは、まあね」
〈主らしくていいと思うぜ?〉
「そう? よく分かってんじゃん」
〈そりゃまあ、こんだけ長く生活を共にしているわけですし?〉
「何その言い方。彼氏面かよ」
〈そういうのじゃなくね……!?〉
「アクセルリスに……彼氏……!?」
1本の樹が引っこみ、その穴から這い出て来るはアディスハハ。
〈ヒェ、蕾の姉さん!?〉
「アディスハハ!」
「ああ、アクセルリス……! 無事でよかったよ……!」
お互いの顔を見た途端、二人の魔女は安心し顔がほころぶ。緊張の糸がようやく解れた。
「また無茶しちゃったよ。心配かけちゃってごめんね」
駆け寄るアディスハハ。だがアクセルリスはそれを止める。
「ああ待って」
「ん?どしたの?」
「今ちょっと手が汚れてて……抱きしめられないから」
「なーんだ、そんなことか。じゃあ!」
アディスハハはアクセルリスを強く抱きしめる。
「え、ちょ?」
「アクセルリスの分も私が抱きしめるよ!」
ぎゅっと力を込める。痛いくらいだが、アクセルリスにはそれが心地よい。
「あはは、参ったなこりゃ……」
強い生命の熱を感じながら、アクセルリスは一息つく。
「……ふう」
今回も大変な出来事だった。
空を見上げる。良く澄み渡った、空色の空。
本当なら、こんな日には二人でお出掛けでもしたかったものだ。
……いや。機会はいくらでもある。友情、あるいは愛情の糸はこれから紡いでいけばいい。
未来は、ここにある。
アクセルリスはゆっくりと目を閉じた。
……その後、列車の処理に苦しんだのは言うまでもない。