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残酷のアクセルリス  作者: 星咲水輝
11話 仕組まれたクライシス
48/277

#2 三月の兎

【#2】



 乗員控室。左右には棚などの収納スペースが立ち並んでいる。

 しかし、アクセルリスの目に敵は映らない。


「……いないね」

「奴がいくら《敏捷の魔女》といえど、この一瞬で1車両移動できるとは思えない」

「ということは、ここのどこかに隠れてる訳だね」

「不意討ち狙いかも知れない。気を付けよう」


 警戒しながら、ゆっくりと歩んでゆく。


「……槍で纏めてブチ抜ければいいんだけどね」

「こういう狭いとこだと危ないから駄目だよ!」

「分かってるって。ったく、ここ最近ロクに槍を使えてない気がする……」

「さ、お喋りは終わりだよ」


 半分過ぎた。気配はなかった。


「…………!」

 その時。

「はッ!」

 アクセルリスが鋼の剣で虚空を裂く。

 ──否。虚空ではない。

「手応え、あり」

 振り向く。そこには腕の掠り傷から血を流すマーチヘア。

「……お前、なぜ私の動きを観測できた?」

「私には性能の良い《眼》があるんでね」

 彼女の影の中、眼の位置には赤い光が輝く。

「お手柄だよ、トガネ」

〈へっへーん! 余裕だぜ!〉

「なるほど、使い魔か」

 マーチヘアは血を舐め取り、嘲るように笑った。

「そいつは想定外だったが、もう問題ない」

 アクセルリスは剣を、アディスハハは樹の棒を構える。

「振り切ってやる」

 そう言った直後、マーチヘアの姿が消える。

「速……!」

「危ないッ!」

 アクセルリスはアディスハハの背後に立ち彼女を護る。

「ぐ……ッ!」

「えっ、え!?」

 何が起こったか分からない、といった風のアディスハハ。彼女ではマーチヘアのスピードに付いて行くことは困難のようだ。

「ほう?まだ付いてこれるか」

「まだまだ……遅いな!」

 周囲に剣を生成し発射。マーチヘアは姿を消し回避。

「くくく。私としては、このままじゃれ合っていても構わないのだが」

 後方に現れたマーチヘアはそう言う。

「なんだと?」

「この列車がニューエントラルに着くまでおおよそ20分といったところか」

「っ!」

「はてさて、お前らは私に勝ち、この暴走列車を止めることが出来るのかな?」

「……待って。もしも列車が止められなかったとしたら……あなたも巻き込まれるんじゃないの?」

「ふむ。そうなるな」

「あなたも死ぬんだよね……!?」

「今さら何を恐れることがあるか」

 平然と言ってのけるマーチヘア。

「私は私の名が歴史に刻まれるのならば、例えこの身がどうなろうとも構わないのだ」

「あー……やっぱりそういうタイプか……」

 やれやれ、とアクセルリス。

「そういうのが一番やり辛いんだよね。生きる執着が無い奴」

「歴史に名を遺すこと、それはつまり永遠に存在し続けることといえるだろう。ならば、この矮小な命に価値など無い」

「死人に口なし、栄光なし。光り輝くのは今を生きる者だけだ。死を忌避して必死に生きるからこそ命は輝くんだよ」

 それぞれの主張が真っ向から衝突する。

「……ふん、バカバカしい」

「……そうだね。こうしている時間も、今は惜しい」

 両手に剣を持ち、攻撃に備える。


(──一刻を争う状況とは言え、相手は高速移動を得意とする魔女。能動的に攻めては向こうのペースに飲まれる。ここはカウンター狙いで行く)


 確実に勝つため、アクセルリスが下した判断。

「アディスハハ、下がってて」

「う、うん」



「ふ──!」

 マーチヘアの姿が消える。

(来るッ!)

 トガネの眼を宿している今ならば、ある程度動きを追えることが出来る。

「上ッ!」

 剣を交差させ防御。

〈右ッ!〉

 盾を右腕に生成し防御。

〈左ッ!〉

 体を回転させ、右腕の盾で再度防御。

〈真ッ正面、ど真ん中ッ!〉

「待ってましたッ!」

 眼前に剣を投擲。それが弾かれると同時に、鋼を纏わせた強烈な前蹴りを放つ。

「ぐ──!」

 ゴロゴロ転がり壁に叩き付けられるマーチヘア。

「これは、これは。手痛い一撃だ」

「あんたなんかがアクセルリスに勝てるわけないんだよーっだ!」

 アディスハハのヤジが飛ぶ。同時にアクセルリスの槍も飛ぶ。

「フン、仲のよろしいこって」

 その槍を蹴り上げる。天井に突き刺さり、細かい瓦礫が落ちてくる。

〈壁際に追い詰めたぜ!このまま圧殺しちまえ!〉

 次々と槍を発射する。マーチヘアはその全てを蹴り上げてゆく。降ってくる瓦礫も段々と大きくなっていき、そして。

「──っ危ない!」

 鋼の障壁を生み出す。その一瞬のち、槍によって穿ち抜かれた天井が崩落する。

「……これが狙いだったのか……」

 アクセルリスの判断で二人にケガはなかった。だが障壁の向こう、マーチヘアは?

「──いない」

 忽然と姿を消していた。

「隣の車両に逃げた……とか?」

 ひょっこりと首を出すアディスハハ。彼女の推理も真っ当なものである、が。

「いや、ドアが閉まったまま。開けられた痕跡も見当たらない」

「と、なると……」

 二人の魔女と赤い光は同時に見上げる。天井にぽっかりと口を開けた穴を。

「……屋根の上!? この暴走する列車の屋根の!?」

〈イカレてんな、やっぱ〉

「……ま、都合がいいや。トガネ、吹き飛ばされないようによろしく」

〈了解だぜ!〉

 やはりというか、アクセルリスに一瞬もの躊躇は無い。

「あ、やっぱり行くのね」

「当たり前でしょ。アディスハハは操縦室で待ってて。必ず倒してくるから」

「……うん、分かった。信じてるよ」

「言われなくても分かってるさ」

 そう言い、アクセルリスはマーチヘアを追った。

「……」

 アディスハハは目を閉じ祈った後、操縦室へ向かった。

 ──ニューエントラル駅まで、あと15分。






「くくく。やはり追ってきたか。命知らずめ」

「喋る時間も惜しい。倒す」

 激しい風を背に受けながら、アクセルリスはマーチヘアに向かって一直線。

「バカめ。速さで私に勝てるわけなかろう!」

 消えるマーチヘア。だがその動きは捕捉済みだ。

〈右後方!〉

「言われんでも!」

 自身の右斜め後ろに数本の槍を発射。振り返るよりも速く弾かれた音が聞こえる。

 アクセルリスが振り向いたときにはもうマーチヘアはそこにはいない。見失ったか。

 いや。既にアクセルリスは全方位に鋼の槍を生成し発射していた。

「久々の槍だ、存分に使うよ!」

 いくら速く動き攻撃を避けたとしても、全方位に展開されてしまえば回避は困難。足を止めて弾くしかない。

 真後ろから快音。

「捉えた!」

 アクセルリスは間髪入れずに、その方向に数え切れない量の槍を仕掛ける。

 絶え間無く襲いかかる鋼槍。対処に負われるマーチヘアの姿をアクセルリスは捕捉する。

(一瞬でも隙を与えれば奴は動く。なら、一瞬も隙を与えず、圧殺する!)

 アクセルリスが手をかざすと、赤い魔装束を包むように槍が生み出される。

「大盤振る舞いだ! 行けッ!」

 号令の元、全ての槍が同時にマーチヘアを襲う。

「ぬうううう!」

 苦し気な声。

 十二分なダメージを与えただろう、と誰もがそう思うような攻撃。

 ──だが、そこに立っていたのは無傷のマーチヘアだった。

「な──」

「ふ、バカめ。何も高速移動は攪乱・逃走にしか使えないわけではないのだ」

 何をしたのか。それは影に潜む赤い眼が捉えていた。

〈超高速で回転し、全部弾きやがった……!〉

「……なるほどね。やはりタダモノじゃないか」

 狙いが外れた程度で狼狽えたりはしない。それが残酷のアクセルリス。

「……そろそろ受け身とも言ってられなくなったかな」

 右手に槍、左手にも槍、周囲にもやはり槍。魔力全開。

「ふはは、次はこちらの番だ!」

 姿が消える。

「逃がすかッ!」

 マーチヘアの動きを捉え、槍を放つ。

 着弾した音は聞こえない。敵は何処へ?

〈真後ろっ!〉

「ッ!」

 迅速に振り向き、槍を交差させる。直後、強い衝撃がアクセルリスを襲う。

「ぐ……強い!」

 一撃にして二本の槍がひしゃげる。これほどの力を隠していたのか。

「──なら」

 槍を投げ捨て、拳を構える。じっと待ち、機を伺う。

〈…………来る! 右!〉

「ここ!」

 トガネの啓示を聞き、体をわずかに傾ける。それと同時に鋼の拳を打ち放つ。

 歯車が噛み合うように、その拳に衝撃が伝わる。

「──ぐァ」

 アクセルリスに殴り掛かっていたマーチヘア。だがその攻撃は紙一重で躱されている。

 そして、その顔にはアクセルリスの鋼拳がしっかりと入っていた。

「……やるな」

 口から一筋、血が流れる。

 やっとの思いの有効打。だが致命打には程遠い。

 追撃を与える前にその姿は消えてしまう。

「ちぇ。好感触だったのにな」

〈なかなかよかったじゃん!この路線でも行けるんじゃないか?〉

「んー、遠慮しとこうかな」

 マーチヘアは少し離れた場所に留まり、口を拭う。

「……動かないのか?」

〈チャンスチャンス!〉

 動きを見せないマーチヘアへと槍を穿つ。

 が、案の定それらは高速移動によって躱される。

「前言撤回、やっぱりカウンター狙いしかないみたいだね」

 槍の手を緩めないまま、あちらの攻撃に備える。次の一撃で必ず仕留める、と。

 ──だが、マーチヘアは一向に攻撃する様子を見せない。

 どれだけ槍を撃っても、右へ左へ避けるだけでこちらには全く攻め込んでこない。


「……」

〈なあ、主〉

「分かってるよ」

 銀と赤は同時に何かを悟った様子だ。

「逝く気だね、諸共に」

「フ──」

 その言葉を聞いてマーチヘアは不敵に微笑む。

「……というか、最初からこうすればよかった話じゃん? お前には私たちと戦い続ける理由は無かったはず。逃げ続け、共に死ねばいいのに」

「どうしてだと思う?」

「さあ。興味ない。外道魔女が考えることなど理解したくもない」

 マーチヘアの挑発を噛み潰し、吐き捨て、改めて今成す事を宣言する。

「お前を倒し、この列車を止める」

「──ふん。ならばその方法を教えてやろう」

「生憎だけど、間に合ってるッ!」

 数本の槍と共に肉薄する。

 槍たちは微妙に異なるタイミング、異なる軌道で飛ぶ。アクセルリスの計算だ。

 抜け道を作り、自らもそこに突っ込むことで、真正面からのカチ合いに持ち込める。

 影に潜む赤い眼は捕らえる。マーチヘアが想定通りのルートで迫ってくるのを。

「はぁッ!」

 顔面を狙った右の拳。だが手ごたえは無く、その手首を掴まれる。

「この暴走は魔石によって引き起こされている」

 マーチヘアは余裕ぶって語り掛ける。アクセルリスは聞く耳を持たず、己を捕らえる腕を払いのける。

「《暴奏石》という魔石でな、物体の運動を高出力で維持させる力を持つ」

 鋼の魔女は攻撃の手を緩めない。むしろ激しくなる一方だ。

「本来なら土人形ゴーレムなどの炉心に使われる代物」

 だがマーチヘアは、闇雲なようで的確なアクセルリスの拳を全て完璧にいなす。

「それを使って魔石炉心をフルパワーで稼働させ続けているのだ」

 拳の連打を受け流しながら語り続ける。

「仕組みなんて聞いてないんだよッ!」

「やれやれ。とんだじゃじゃ馬だ」

 距離を取り、魔装束を手で払うマーチヘア。

 そして、おもむろにその懐から、手のひら大の石を取り出した。

「──と、これが暴奏石だが」

「!」

 邪悪に笑い、それを持った手を振り上げる。

「ま──待て! まさか──」

 制止は届かなかった。

 マーチヘアはそれをあっさりと放り投げた。まるでゴミを捨てるかのように。

 そして暴走列車はあっという間にそれを置き去りにする。


「──!!」

 声に成らぬ激憤。怒りに任せ槍を放つが、全て躱され、腹に膝蹴りを入れられる。

「ぐっ……!」

 膝を付く。その背後でマーチヘアは高笑い。

「はぁ、はぁ」

「……ク、クク。ハーハハハ! これで貴様らが木端微塵になるのも時間の問題ということだなぁ!?」

 槍を杖代わりに立ち上がるアクセルリス。マーチヘアを睥睨する。

 だがマーチヘアは己に向けられた強い殺意などどこ吹く風、高らかに喝采を叫ぶ。

「怯えろ! 怯えて怯えて、消し炭になるが良い! ハーッハハハ!」

「て、めぇ……!」

 槍を構える。

「まだ足掻くか。まだ足掻くか!」

 勝ち誇ったかのように歩み寄るマーチヘア。

「そうだ、その顔だ!希望が潰え、絶望に塗り固められたその表情!お前の相手をしていた価値がある……!」

「ふざ、けるな!」

 斬りかかるも、憤怒だけの刃ではその首に届かない。

「ぐあッ!」

 背後からの攻撃。倒れかかるも、なんとか踏み留まる。

「まだ立つか。絶望に覆われようとも」

「絶望とかより、ただお前が許せない……ッ!」

 握りしめた槍を振るう。やはりマーチヘアには届かず、代わりに列車の屋根が鈍い音を立てて凹む。

「ふはは。私には絶望したようにしか見えないが?」

「黙れ!」

 声のした方向へ即座に槍を放つ。手応えは無い。

「ファーハハハハ!どうした?筋が乱れているようだが?」

 残像の帯を残しながら、マーチヘアはアクセルリスを翻弄する。

〈主! 落ち着けって! 怒りに身を任せてもどうにもならない!〉

「分かってる! 分かってるけど! あいつを一発ブン殴らないと気が済まない……!」

「小さい、小さいな! ほれ、殴りたいのなら殴ればよい!」

 隙を見せながら歩み寄るマーチヘア。いつものアクセルリスならば、このような安い挑発には絶対乗らない、が。

「……うおあああああッ!」

 鋼の拳を構え、突撃。

〈主ッ!?〉

 アクセルリスの怒りそのものと言える鋼拳。狙い外さず、その顔を狙う。

 ──マーチヘアは避けず、その打撃を受け止める。

「ぐ」

 ダメージこそ受け流すものの、衝撃は残る。彼女を列車から押し出すには充分な衝撃は。

〈え……!?〉

「ふ──」

 列車から落ちゆくマーチヘア。自殺か。否。

「かかったな」

 彼女が背中に隠し持っていた装置を起動させる。

 そこから展開されたのは傘の様な形状をした布──すなわち落下傘パラシュートであった。

 それに風を受けたマーチヘアは急激に減速してゆく。

「な──!」

「さらばだ! 残り僅かな時間、有意義に使いたまえ! ハーッハッハッハッハッハ!」

 マーチヘアの笑い声が段々と遠くなり、そして消える。

 ──ニューエントラル駅まで、あと5分。





「…………あああッ!」

 アクセルリスは怒りのまま屋根に槍を突き立てる。

〈……おい主、どうするんだ……!?〉

「もう真っ当に止める手段は潰えた……となれば、他に手段を探すしかない……」

〈でもよう、こんな暴走列車、止める手段なんてそうそうないぜ!? オレでも無理だ!〉

「そんな事ッ!」

 激しく声を荒げるアクセルリス。

「…………分かってる……!」

 握られた拳が震える。

「何でもいい、僅かなチャンスさえあればいい、何か……手は……」

 絶望のまま顔を上げる。

 その目に映ったのは、屋根に刺さった槍。

「────」

 何かに気付き、銀の瞳が大きく開く。

「──これだ」

〈え?〉


【続く】

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