#1 暴走のラウンチ・メロディ
暴走し、狂ったように猛進する魔行列車。
「アクセルリス……お願い……!」
アディスハハはその操縦席でただ手を合わせ祈るのみ。
一方、その車体の上では。
「はぁ、はぁ」
「ハーハハハ! これで貴様らが木端微塵になるのも時間の問題ということだなぁ!?」
激しい風を受けながら睨み合う二人の魔女。
一方はご存知鋼の魔女アクセルリス。
もう一方は見慣れない魔女。真っ赤な魔装束が目を引く。
「怯えろ! 怯えて怯えて、消し炭になるが良い! ハーッハハハ!」
「て、めぇ……!」
槍を構える。
大窮地、絶体絶命。
一体どのようにしてこうなってしまったのか。
時間を遡って見て行くとしよう。
【仕組まれたクライシス】
【#1】
ある日。魔女機関本部クリファトレシカの食堂にて。
「ねーねーアクセルリスー!」
食事中のアクセルリスに背後から奇襲をかけるのは、もちろんアディスハハ。彼女でなければ即撃墜であろう。
「うわっビックリした、ご飯食べてる時に脅かさないでよ」
「あ、ごめんね」
といいつつ、食べる手は止めない。
「アディスハハだからいいけど。んで、なに?」
「みてみてこれ!」
アディスハハが見せびらかしてきたのは二枚の紙切れ。
「うん? なにこれ?」
「《特別魔行列車招待券》! 二枚!」
「へえ、すごそう。どうしたのこれ?」
「届いたの! 邪悪魔女4iアディスハハさま宛てって! 私のファンに違いないよ!」
「へー。良かったね?」
「……ねぇ」
急にしおらしくなるアディスハハ。
「ん? どした?」
「分からないの……?」
「え? なにが?」
「……からかってる?」
「なになに、何の事?」
「……鈍感魔女めーっ!」
ペチンとアクセルリスの背を叩く。
「んぐ!?」
危うく喉に鶏肉が詰まりかけるが、魔女根性で飲む込む。
「な、なにすんのさ!? なにに怒ってんのさ!?」
「……アディスハハはお前に、一緒に行こうと、それとなく誘っていたんだろう。だがここはやはりお前にリードして欲しくて、言い出すのを待っていた。といったところか?」
二人の向かいで黙々と食事をしていたイェーレリーが口を開く。
「え、ええ!? そういう事!?」
「そういう事!!」
「そんなら早く言ってほしかったよ……」
「ムードってのがあるでしょー!? ね、イェーレリー!?」
「これは流石に無茶だよね!? ね、イェーレリー!?」
二人の視線がイェーレリーに向かう。
「……私を巻き込むんじゃない! どうでもいいし、目の前でイチャイチャされて不愉快なんだよ!」
真紅に染まった眼光が二人を貫く。
「ひぃいぇ! ご、ごめんなさい!」
「ひっ! ご、ごめん!」
「……全く」
すぐに瞳は空色に戻り、食事も再開する。
(……イェーレリー、怒ると目が紅くなるから怖いんだよね……)
(わかる……危険そうな感じがして怖い……)
ひそひそ話。やがて、元の会話に戻った。
「……んじゃ、私が一緒に行ってもいいかな?」
「えっ! 来てくれるの!?」
「いや、迷惑そうならいいけど……」
「いやいや、迷惑じゃないよ! むしろ、私が言いだそうと思ってて……もにょもにょ……」
「何か言った?」
「何でもない! じゃ、来週一緒に行こうね!」
「ああ、分かったよ」
一通りそれっぽい感じにこなした。
(うっぜえ……)
スープを啜りながら、イェーレリーは心の中で呟いた。
つつがなく当日。
「ここだね、ケイトブルパツ駅の第9ホーム」
「……ねえ、なんか……怪しくない?」
アクセルリスの感性は狂っていない。
周囲に人はおらず、ホームも寂れていて、まるで長年使われていないかのよう。
「んー……でも列車は用意されてるよ?」
「それはそうだけど……」
二人の前に鎮座しているのは8両編成の魔行列車。これが貸切なのだという。
「……ま、いいか。アディスハハに何かあれば私がどうにかするし」
「さっすがアクセルリス! 好き!」
抱き付くアディスハハ。ここ最近スキンシップが一層激しくなっている。
「やめ、やめ! また見られてたらどうするのさ……」
「見せつければいいでしょ!」
「開き直りやがった……」
〈……あのー〉
「ひゃあ! 言った傍から! 誰!?」
〈オレです、蕾の姉さん〉
「あ、トガネ君か。どしたの?」
〈誰か来まっせ〉
「ほんとだ」
アクセルリスはいち早く気づいていた。近づいてくる駅員。そしてアディスハハは分離する。
「アディスハハさまとアクセルリスさまですね」
「はい、そうです!」
「お時間です。早速お乗りください」
「はーい!」
「……?」
帽子を目深に被ったその駅員に違和感を感じながらも、アクセルリスは乗り込んだ。
「おほーぅ! ヤベーイ! ハエーイ!」
「凄いスピードだな……」
〈な、なあ主、これ、大丈夫なのか?〉
超スピードの魔行列車。
アディスハハは無邪気にはしゃぎ、アクセルリスは落ち着いて感嘆、トガネは恐怖に怯えている。
「大丈夫……だと思う」
〈思う!?〉
「きっと」
〈きっと!?〉
とまあ、それぞれ楽しみ方は異なるものの、それなりに楽しんでいた。
異変を察知したのは意外にもアディスハハだった。
「……なんか、おかしくない……?」
「私は最初っからおかしいと思ってたけどね」
「どう考えてもスピードの出過ぎだし、車輪の音もここまで聞こえてくるし」
「凄い冷静になったね、アディスハハ」
「ちょっと、操縦室行ってみよう」
動きだしたアディスハハ。こうなった彼女はそう易々と止まらないことをアクセルリスは知っている。そのため、無言で付いて行くのだった。
「すいません! どう考えてもスピードがおかしいと思……うん……」
威勢良く跳びこんだものの、その言葉は尻切れドラゴンフライ。
「どしたの」
横からにゅっと顔を出すアクセルリス。彼女は衝撃の光景を目の当たりにする。
「な──」
真っ赤に染まった魔石炉心。熱気が凄まじい。どこをどう見てもオーバーヒート。
「なにこれ!?」
「分かんない、分かんないけど止めなきゃ!」
「無駄だ」
彼女たちの背後から声。
振り返るとそこには先ほどの駅員が。やはりアクセルリスの勘は当たっていた。
「お前たちには、これを止めることは出来ない」
「何者!」
「くっくっく……フン!」
制服を脱ぎ捨てる。中から現れたのは赤い魔装束。
「私の名はマーチヘア!」
「外道魔女マーチヘア……!?」
「そう、その通り!私の名が知れ渡っていて何よりだ!」
「なんなの、あいつ……?」
「《敏捷の魔女マーチヘア》。あちこちでテロ活動を行っているものの、その目的が掴めない」
「目的? そんなものはただ一つ! 『歴史に名を遺す』ことだ!」
声高らかにそう宣言。
「犯罪者としてか……!?」
「そうだ!」
「イカれてるね……」
「やっぱ外道魔女って、どいつもこいつも頭のおかしい奴ばっかり!」
頭を抱えるアクセルリス。改めて直面する事実。
「今回も、それが目的か」
「その通り! 現役の邪悪魔女、それも二人を葬ったとなれば、私の名は未来永劫歴史に刻まれるだろう!」
「……葬る?」
「くくく。この地獄行快速魔行列車は、廃線となったルートを通って《ニューエントラル駅》へと向かっているのだ」
「ニューエントラルって……かなり大きい主要駅じゃない!?」
「そう。このスピードで突っ込めば大勢の一般人も巻き込まれるだろうな」
「お前……ふざけるなよ……!」
「私は至って真面目で本気だ!」
「どうやったら止められるの!」
「教えると思うか?」
〈あー、ですよね……〉
「……なら手段は一つだね」
「うん、そうだね」
並び立つ二人。
「何をするつもりだ?」
「力づくで聞き出すのみッ!」
「そうだ!」
揃って魔法を構える。戦闘態勢。
「……くくく。面白い! では勝負といこう!」
その言葉とは裏腹に、マーチヘアは二人に背を向け逃げ出す。その動きはまるで天駆ける迅雷のごとく。
「逃がすか!」
二人も彼女を追って操縦室を飛び出た。
【続く】