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残酷のアクセルリス  作者: 星咲水輝
10話 誰が為の鎮魂歌
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#2 命の音色を奏す鎮魂歌

【誰が為の鎮魂歌 #2】



 闇の中。

 命を掻き鳴らす様なストリングの音色が聞こえてくる。

 朦朧としていたアクセルリスの意識も段々と明瞭を取り戻す。


「……んあ」


 目を開ける。まだぼんやりとしているが、明らかに先程までの部屋ではない。

 その事実がアクセルリスの覚醒を強く促す。


「はっ!?」


 完全覚醒。そして、自分がいま置かれている状況を確認する。


「な……なに……!?」


 異常事態に脳が『闘争/逃走』の指令を出すが、身体は応答しない。

 その両手両足は強く抑えつけられていたからだ。

 ここでやっとアクセルリスは己の置かれた状態を把握する。

 シンプルに説明するなら──磔にされているのだ。それも下着姿で。


「これは……一体……!?」


 拘束を破壊しようともがくも、そう上手くはいかない。かなり頑丈なようだ。


 ──と、視界の端に人影が映り込む。

 椅子に座り、優雅にヴァイオリンを奏でる魔女の姿。


「プレルードさん!? 何をして……!」

「しーっ」


 人差し指を唇の前に持ってきて、わざとらしくアクセルリスを黙らせる。


「鑑賞は静寂と共にある。感傷は苦痛と共にある」


 ヴァイオリンを机に置き、アクセルリスへと近づく。


「観たまえ」


 彼女が手をかざすと、壁のように見えていた収納が開き、中に飾られていた楽器たちがアクセルリスにその姿を晒す。


「うっ……!?」

「これが私のコレクションだ。美しいだろう?」

「美しい、だって……!?」


 遠目からでも分かる。そこにある楽器たち。チェロやオルガン、トランペット。

 それら全てが『有機的な素材で出来ている』ことを。


「なに……あれ……!?」

「私は楽器が趣味でね。作るのも、弾くのも」


 そう語る顔には狂気の影。


「──特に、人間を素材として作るのがお気に入りさ」

「お前……まさか……!」

「では、改めて自己紹介しようか」

 その魔女は芝居のように一礼し、名を名乗った。


「我が名は《レキュイエム・プレルード》」

「外道魔女レキュイエム……!」


 プレルード──すなわちレキュイエムは不気味に笑った。これが本性か。


「そうその通り。君たち魔女機関とは永遠に相容れない存在さ」

「失踪事件の犯人も、お前だったのか……!」

「ご名答~♪」


 何が楽しいのか、レキュイエムはアクセルリスの周りを踊る様に回る。


「私を騙していたのかッ!」

「そうなるのかな。でも、私は一度もウソを言っていない」

「なぜ医者に成りすましていた!?」

「成りすましなんかじゃない。私はこの地で確かに医師として働いていたさ。そっちの方が都合がいいから」

「都合だと……?」

「この町もね。私が嗜好を満たすのに丁度いいのさ」


 アクセルリスは舌打ちし、言葉を吐き出す。


「結局何をしたんだお前は!」

「この町ではお互いに必要以上に関係を作らない。孤独であり、一つであるのさ」

「……」

「役所もあるにはあるけど、住人をすべて把握しているわけじゃない。一人や二人居なくなっても誰も気がつかない」

「まさか……それを利用して……!」

「そう。はじめはこの町の人間を攫い、楽器に加工していたのさ。でもいくら気付かれないとはいえ、あまりに減ると感づく者も出始める。だから場所を移した」

「それが失踪事件の真相か……!」

「ケヒヒ、そういうことだねぇ」

「何てことを……!」


 怒りに震えるアクセルリス。だが我を忘れた訳ではない。


 レキュイエムから情報を引き出しつつ、拘束の破壊を試みていた。

 だが一向に外れる気配はない。秘密裏に解除した後の不意討ちを狙っていたが、背に腹は代えられない。

 鋼の元素を集約し、剣を生成し、枷を壊す。

 ──はずだった。


「あ……れ……?」


 何も起きない。全く何も。

 狼狽するアクセルリス。その様子を見てケタケタ笑うレキュイエム。


「鋼が……なんで……!?」

「ケッ……ヒヒヒ……! 思った通りに動く奴ってのは見てて面白いなぁ……!」


 レキュイエムはアクセルリスの下腹部を指差す。


「それだよ、それ」

「……!」


 先程は気付かなかった。へその下、腰から上あたりに紫色の幾何学的な紋章が刻まれていることを。


「《鎮魂の紋》。私の魔法。それを刻まれた魔女は『最も得意とする魔法を封じられる』」

「なんだと……!?」

「ケヒッ。お前の事は調べてあるんだよ、アクセルリス・アルジェント」


 レキュイエムが取り出したのは数枚の資料。


「『鋼の魔法しか取り柄のない新人残酷魔女』ってね。私自身あの組織には入ってないが、その力は利用させてもらっている」

「魔女枢軸か……!」

「バズゼッジも相手したんだってねえ」

「──!」


 剣の魔女バズゼッジ。その名を耳にして、アクセルリスの記憶がフラッシュバックする。



『それだけじゃない。奴は犠牲者の死体を持ち帰り、それを材料に楽器を作っている』

『あー、それは同居人の趣味だ。アタシは生きた人間の悲鳴にしか興味がねえ』



「お前か、あいつの同居人って……!」

「かわいい奴だったろう。自慢の嫁さ」


 そう語るレキュイエムの眼は邪悪に歪んでいる。


「──ただ、最近あいつここに帰ってこないんだ。一週間ほど留守にすることはたまにあったが、二週間以上帰らないとなると流石に心配になる。お前、何か知らないか?」

「知ったことか、あんなやつ」

「……そうか。それならそれでいいさ」


 背を向ける。



「ならば、もうお喋りはお終いだ。これから作業に取り掛かるとしよう」


 振り返ったレキュイエムが手にしていたのは、メスをはじめとした手術道具。


「……何をするつもりだ」

「ケヒ。言わなくとも分かっているだろう? 《楽器作り》だよ」

「……!」

「魔女を素材に使うのは初めてでね、心が躍るよ」

「そんなこと……させるか」

「何とでも言うがいい。今君の力は使えないんだからね」

「それはどうかな」

「……何?」


 レキュイエムが怪訝に目を細めたときにはもう、それは完成していた。

 銀の魔法陣。


「これは──」

「破ッ!」

「ぅぐあッ」


 衝撃波に飲まれ吹き飛ぶ。幾つかの楽器が巻き込まれ、破壊される。


「良し、今のうちに」


 アクセルリスは己の背後に魔法陣を作り始める。拘束具を破壊するつもりだ。無論自分も巻き込まれるが、四の五の言っている状況ではない。


 と、震えた声が聞こえてくる。


「…………知ってるかい、アクセルリス」

「あ……?」

「この世界には……『やっていいこと』と『悪いこと』がある」

「な」


 異変に気付いた時にはもう遅かった。

 レキュイエムはアクセルリスの目の前にいた。

 無防備なみぞおちに拳が叩き込まれる。


「うぐァ……ッ!」


 意識が途切れかけ、魔法陣が消えてしまう。


「念のため」


 二撃目。


「ぐぷ……っあ……」


 胃液が逆流し、咽喉から塊で零れ落ちる。

 たった二発。それだけでアクセルリスの腹は赤紫に変色してしまっていた。


「医学的見地に基づく完璧な腹パンチさ。お気に召したかな?」

「が……あ……」

「まったく。今どき魔法陣など、古臭くて悪趣味だ」


 散乱した手術道具を拾い集めるレキュイエム。アクセルリスは虚ろな目でそれを見るしかできない。


「さて、と」

 一通り回収したレキュイエムは、おもむろにアクセルリスの腹にメスを刺す。


「ぐううう!?」

 急な激痛に暴れるアクセルリス。だが拘束されているためほとんど動かない。


「大丈夫だよ。そこは刺されても痛いだけで、失血死するには結構な時間がかかるから」

 レキュイエムは笑う。当然、長く苦しませるための傷だ。


「じゃあ、再開しようか」

 笑顔のままメスを構える。


「う……ぎ……!」

「普段なら、生きてる奴相手には局部麻酔をかけて、解体されていく様子を見せるのだ・け・れ・ど」


 レキュイエムは何の処置もしないまま、アクセルリスの右脛にメスを入れる。


「あがああああああッ!」

「魔女がどこまでの痛みに耐えれるかの実験、そして個人的な恨み。その二つを鑑みてこのままやらせてもらうよ」

「ぐぎあァああ……ッ!」


 苦悶の嬌声を上げるアクセルリス。


「君の艶やかで美しい肌をこうして傷つけるのは、何物にも代えがたい快楽だ」


 狂ったような恍惚顔。否、とうに狂っている。彼女の同居人、バズゼッジよりも。

 すいとメスを下ろす。アクセルリスの肉が綺麗に裂け、血が足を伝って床に垂れる。


「い゛っぎいいいい……!!」


 涙と涎が滴る。だがそんなもので痛みは和らぐはずもなし。


「これでも気絶しないか。魔女の頑丈さを恨むんだね」


 血濡れたメスを投げ捨て、新しいものを手にする。


「さぁ──楽しもうじゃあないか」


 新たなメスを逆の足に刺し込もうと迫る。




 ──直後、豪快な音と共に天井が派手に壊れる。


「っ何!?」

「あ、あ……?」


 危険を察知したレキュイエムはアクセルリスから離れる。

 その代わりとしてアクセルリスの側に降り立ったのは、黒コートの魔女。


「アクセルリス、大丈夫?」

「お、ししょう……サマ……?」

「お前は……ゴグムアゴグ……!」


 そう。アクセルリスの師、アイヤツバス・ゴグムアゴグだ。


「これは酷いわね……」


 彼女はアクセルリスの腹に刺さったままのメスを引き抜き、レキュイエムへと投げつける。レキュイエムは別のメスでそれを弾く。

 そのわずかな間に、アクセルリスに手を当てる。すると、輝きながら傷痕が塞がってゆく。


「う……あ……?」

「応急処置よ。逃げなさい」


 刃となっている魔法陣の縁を用いて、拘束具を簡単に壊す。アクセルリスの身体が自由となる。

 それと同時に赤い光がその影に入り込む。


「トガネ、アクセルリスをよろしくね」

〈合点承知! 主、行くぞ!〉

「お師匠サマ……トガネ……? なんで……?」

「話は後。今は早く逃げなさい」


 レキュイエムの攻撃を魔法陣で防ぎながらアイヤツバスは言う。


〈そうだ! 行くぞ!〉

「う……ありがとう、ございます」



 トガネの助力もあって、アイヤツバスが開けた穴から逃げ出すことに成功した。


「……さて」


 それを見送ったアイヤツバスは改めて敵──レキュイエムを見る。


「……なるほどね。あなたの弟子か、あれは。道理で魔法陣なんて古惚けた使う訳だ」

 レキュイエムは苛立ちを露わに机を蹴り飛ばす。


「古惚けたとは失礼な。由緒正しき魔法の基礎よ?」

「なぜここに?」

「弟子の窮地を救う。理由としてはそれで充分でしょう?」

「……本当の事を言えよ」

「たまたま近くに来ていたら、何か嫌な予感がして、気付いたらここにいただけよ」

「意味わからん……」


 頭を振るレキュイエム。


「……なあ」

「何?」

「見逃してくれないか。あなたと戦って勝てるわけなど無いから」

「駄目よ」

「どうしてもか」

「どうしても、駄目よ。貴女は私の愛弟子を傷つけ、命の危機にまで追い詰めた。そんな魔女を許すわけにはいかないでしょう」

「……だよなあ」

「それに。そもそも。私は魔女機関の幹部である邪悪魔女。貴女は魔女機関に背き叛逆する外道魔女。であれば、私が貴女を殺すのは誰にだって理解できる道理よね?」

「そうなんだよなあ……やれやれ」


 瓦礫の中から楽器を探し出すレキュイエム。


「私のコレクションもめちゃくちゃだ。もう駄目みたいだね、こりゃ」

「そうね」

「ま、私は抗うけどね」


 一本、ヴァイオリンの弓を拾い上げ、剣のように構える。


「……そう、抗ってやるさ。死ぬまで」

「やめた方が身のためよ」


 アイヤツバスの周囲に無数の魔法陣が展開される。

 そこから放たれる光を浴びながら、レキュイエムは静かに微笑んだ。


「──いくよ」


【続く】

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