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残酷のアクセルリス  作者: 星咲水輝
10話 誰が為の鎮魂歌
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#1 濃霧の歌

「アクセルリス、ただいま参上いたしました!」

「おっ、きたきた」


 鋼の魔女アクセルリスがやって来たのは残酷魔女本部。

 現在そこにいるのはシャーデンフロイデとアーカシャ。おなじみの二人だ。


「早速で悪いが、任務だ」

「了解です! 今回の対象はどんな奴でしょうか?」

「諸々含めてお話するから、ま座って頂戴な」


 ローテーブルを囲んで座る三人。彼女たちのティーカップの中にはドクヤダミ茶。アクセルリスが興味本位で持ち込んだら案外好評だったのだ。


「ワルツァ地方での連続失踪事件は聞いているか?」

「はい。あの地方にある複数の町や村で失踪事件が相次いで発生したと」

「その犯人が魔女である可能性が浮上したのよ」

「なんと」

「地方自治団体が魔力計を用いて調査を行ったところ、魔女レベルの魔力が感知されたそうだ」

「正規品じゃない上に安物だったから、どんな魔女の物かまでは定まってないけどね」

「なるほど。今回のターゲットはそいつって訳ですね。それで、私はどこに行けば?」

「分かりやすく説明をしよう」


 シャーデンフロイデはワルツァ地方の地図を取り出す。


「ここの赤いペケ印が事件の起こった町村だ」


 赤い印はいびつではあるが、円を描く様に配置されている。


「そして、これら全てから概ね等しい距離に、一つの町があった。この黄色いペケだ」


 シャーデンフロイデは黄色い印を指差す。それは赤い印に囲まれるように存在していた。


「立地関係や事件発生日時を鑑みて、ここに犯人が居る可能性が高い」

「ここは……?」

「《キリノ町》。一年の大半が霧に包まれた町だ──」



【誰が為の鎮魂歌】





 シャーデンフロイデの言葉に偽りはなかった。


「わぁお……」


 一寸先は霧。五里先も霧。

 人や家屋は辛うじて影が見えるが、その程度。


「よくこんなところに町を立てようと思ったな……」

〈オレは好きだけどな。どこもかしこも影だらけで泳ぎ放題だぜ!〉


 そう言う足元の赤い光も、アクセルリスからは霞んで見えてしまっている。


「ねえトガネ」

〈なんじゃい〉

「あんた、眼の光強くできたりしない?」

〈どうだろう、試したことがねえからなあ〉

「やってみてよ」

〈ふんにゅ~! はっ!〉


 赤い光が強く発光する。


「おお! やればできるじゃない!」

〈案外やってみるもんだな! 褒めていいんだぜ!〉

「保留!」

〈この前は褒めてくれたのに!〉


 トガネがアクセルリスを先導する。


〈つっても、どこに行くんだ?〉

「とりあえずは聞き込みをしたいからね。人が集まってそうな所──酒場とか探してみよう」

〈了解だぜ!〉

「あ、食堂でもいいかも!」

〈昼飯食ったばっかだろ!?〉



 人気を探して歩き回るアクセルリス。

 道中で何人か町人に出遭ったが、有力な情報は掴めなかった。

 ただその代わりに、この町に関する情報を手に入れることには成功した。


「キリノ町。元々霧に包まれていた訳ではなく、数百年前のワルツァ戦争以降なぜか霧が発生するようになった」


 目を凝らしながらメモ帳を復唱するアクセルリス。


「戦争から町を守ることを目的とした魔法か、地形や環境が変わるほどの大戦だったのかは不明」


 銀の眼が更に細められる。


「以後、大半の町民が移住したが、人付き合いを好かない者などが残っている、と」

〈まあ確かに、日陰者には楽園かもしれねえな〉

「トガネ、口が悪いよ」

〈主もどっこいじゃねえか?〉

「暴言は吐くけど悪口は言わないの、私は。お師匠サマからそう躾けられたから」

〈へぇー。やっぱりしっかりしてんだな、創造主って〉

「いまさらぁ。常に物静かで落ち着いていて、大人の気品と知性を漂わせている、正に才色兼備! それがアイヤツバスという魔女なのよ」

〈弟子とは大違いだな?〉

「なんて?」

〈……ごめんなさい〉

「今、なんて?」

〈ごめんなさい……ごめんなさい……気の迷いです……ごめんなさい……〉



 とまあ楽し気に談笑していた魔女と使い魔は、中空に赤い光を見つける。


「なんだろ、あれ」

〈分からねえな。近づいてみるか〉


 霧の中でもよく目立つ光。その発光源は建物だった。


〈なんだここ〉

「《プレルード医院》って書いてある」

〈病院なのか?〉

「まあ、そういう解釈で問題ない……と思う」


 建物を見上げる。赤く光っていたのはランプだった。


〈どうする? 入ってみるか?〉

「人は確かにいそうだけど……私病気とか持ってないし」

〈何とかは風邪ひかないっていうしな?〉

「トガネ?」

〈ごめんなさいごめんなさいごめんなさい〉

「なんなのあんた最近、そろそろマジで〆るよ?」

〈本当にすいません許してくださいごめんなさい〉


 医院の前で仲良く話し込んでいると、背後から声が掛かる。


「どちらさま?」

「あっ、すいません。怪しい者ではないです、魔女機関の者です」

「魔女機関?」

「はい。環境部門担当のアクセルリス・アルジェントと申します。今日は調査にこの町に来ました」

「……ああ、邪悪魔女の子だね。私も魔女なんだ」

「あ、そうなんですか」

「私の名は《プレルード》さ」

「プレルード……って」

「そうだ。ここの者だよ」


 医院を指差すプレルード。


「そうだったんですか」

「とりあえず、こんな霧の中話し込むのもオシャレじゃないし、中に入りなよ」

「え、いいんですか」

「今は診察時間外だからね。遠慮せずどうぞ」

「では、お邪魔します」

〈一歩前進だな!〉

「そうだね」





 医院に招かれた二人。応接室のソファに座り、改めてプレルードと顔を合わせる。

 霧の中では見えなかったが、彼女は白衣を纏い、首には名札を下げている。確かにそこには《プレルード》と名前が刻まれている。


「わざわざこんな町までようこそ。こんなもので良かったらどうぞ」

「いえいえ、おかまいなく」

「アルジェント、だったね。キリノ町を代表して歓迎するよ。寂れた町だけどいい所だよ」


 買ってきた品物を整理しながらプレルードは話す。


「ここはこの町たった一つの病院でね、緊急時にもすぐ見つけられるようにあの光りを灯しているのさ」

「そういう意図だったんですね、あれ」

「他には旅人とかもあの灯りにつられて寄ってくるんでね、こうやって最低限のもてなしはできるようにしているんだ」

「私もその一人だったってことですね」

「そうだね。魔女の訪問者は多くないから、口に合うかどうか分からないけど」

「とても美味です。ありがとうございます」


 何かしらの柑橘系の紅茶。ここしばらくドクヤダミ茶しか飲んでいなかったアクセルリスにはとても美味に感じられる。


「よし。それで、調査ってなんなんだい?」

「最近、近くの町や村で失踪事件が連続して起こっているのはご存知でしょうか」

「ああ、知ってるさ。この町からも被害者が出ないか心配で心配で」

「それで手がかりを探しているんです。特にこの町は事件が起こった数個の町村から等しい距離に位置しているため、もしかしたら犯人が潜伏しているかもしれないと」

「……悪いけど、そりゃないね」


 頭ごなしに否定され流石のアクセルリスも面食らう。


「なぜです?」

「この町の生い立ちは知ってるかい?」

「ええ、教えていただきました」

「なら話は早い。この町に住んでいるのがどんな人間かは分かってるだろう」

「……はい。人付き合いが苦手な方々と」

「そう。人付き合いが苦手。それは悪く言ってしまえばみんな──臆病者なのさ」

「臆病者……」

「そんな性分の人間が、連続失踪事件を引き起こすと思うかい?」

「……思いません」

「そういうことさ。この町に、犯罪を起こせるような人間はいない、ってことさ」

「……これは失礼しました」

「いいさいいさ、仕事だものね」


 プレルードは笑って手を振る。聡明な魔女だ、とアクセルリスは感じた。



「そうだ。ここで出会った何かの縁、せっかくだからあなたの身体を診てあげようじゃないか」

「診察を?」

「そうそう。まだ時間には余裕があるし、私も一通りは診れるしね!」


 ウィンクするプレルード。


「あー、ではお言葉に甘えます」

「うんうん!じゃ、アルジェントさん、診察室にどうぞー」

「はーい。んじゃトガネ、待っててね」

〈お、分かったぜ〉




 流れる様に診察室へ招かれたアクセルリス。


「ではとりあえず、改めてお名前を」

「アクセルリス・アルジェント。邪悪魔女5i及び残酷魔女に就いています」

「身長と年齢と体重を」

「身長は159cm、体重は47kg、年齢が、えーと……」

「……ああ、ごめんよ。魔女に年齢を聞くのは禁忌だったね。つい癖で」

「いえ、大丈夫です。28です」

「若いね。魔女になったのは何歳?」

「18の時です」

「外見に老化の兆しなし、と。うん、問題ないね」


 魔女は人間と比べて、肉体的にも精神的にも老化の速度が著しく鈍化する。そのため、アクセルリスは心身共におおよそ18歳のままである。


「じゃ、問診するよ。最近体に不調とかない?」

「不調……ですか。目立った病気も罹ってないし、怪我もしてないし……あっ」

「何かあった?」

「そういえば、最近肩こりが酷いんです。日常化してたのですぐ思いつきませんでした」

「ほう、肩こりとね」

「診れますか?」

「うん。一応整体もできるから。ちょっと後向いて」

「はい」


 背を向ける。プレルードはその肩や背を触診する。


「ふむふむ、ふむ」


 一か所一か所力を入れて確かめる。


「……うん。だいたいわかった。戻っていいよ」

「どうでしたか?」

「確かにこってるね。大分こってる」

「やっぱりですか……」

「あなたの体つきじゃある程度のこりは許容範囲だけど……それにしても酷いよ、これは」

「え、そんなに……?」

「めちゃくちゃ重いものを常に背負ってたりしない?」

「いえ、特には心当たりがないですけど……」

「うーん」

「うーん」


 あれこれ考え始める二人。だがいくら考えたところで答えは導き出されない。

 ……ふと、プレルードがアクセルリスの服装を見た。


「──これだよ!」

「えっ、え?」


 いきなり声を上げるプレルード。彼女が指差したのは、マントの留め具。


「ちょっとそれ、外してもらっていい?」

「分かりました」


 留め具を外し、短いマントを脱ぐ。


「どうぞ」


 アクセルリスから留め具を渡された瞬間、プレルードの手が地面に引き寄せられる。


「おっも!!! なにこれ!!!」

「え? 何の変哲もない、手作りの留め具ですけど」

「素材は」

「鋼鉄です」

「変哲!!」


 その重みに耐えきれず、留め具を返却する。


「はい、わかりました肩こりの原因。それです。もっと軽い素材にしなさい。それは重しにでも使いなさい」

「は、はい」


 怪訝な顔をしたままそれを鞄にしまったアクセルリス。なぜ怪訝な顔が出来るのだろう。




「……ふう。じゃ、原因が分かったところで、少しマッサージでも施しましょう」

「え、いいんですか」

「その肩のまま帰られたらこっちが心配なんだ……」

「じゃあ、よろしくお願いします」

「ん。ほら、これ飲んで」


 プレルードが手渡してきたのは赤い飲料。


「これは?」

「リラックスできるドリンク。準備してくるから、それ飲んで横になってて」

「分かりました」


 部屋を出て行くプレルード。その背を見ながらアクセルリスはリラックスドリンクを一気飲みする。


「おいしい」


 なんだか体がふんわりしてきたような気がする。

 そのまま備え付けてあったベッドに横になる。


「……ふうー」


 気が抜ける。ドリンクの成分か、アクセルリスの意識がすぐにふわふわしてくる。


「……んう」


 たちまちのうちにアクセルリスの意識は宵闇に落ちた。


【続く】

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