#2 冷徹の剣
【#2】
直後。
竜骨洞の天井を突き破って、何かが降ってきた。
それに追従して声も聞こえる。
「師匠! お待たせしました!」
灰の魔女シェリルスの声だ。
「……遅いが、タイミングは良し」
バシカルは地面に突き刺さったそれを手にする。
黒い箱。バシカルがそれに手を触れると、箱は粒子となり霧散する。
中から出てきたのは剣。手に取り、数回空を斬り、構える。
「──」
バズゼッジは周囲の空気が切り裂かれたのを肌で感じた。
そして察した。この剣は違う、と。
「……うん、ばっちりだ」
満足げな顔のバシカル。
「シェリルス! お前は周囲の警戒を行え!」
「了解!」
シェリルスは足から炎を噴き上げ飛び去って行った。
「……おいおい、何なんだァ? 武器のおつかいか?」
「まあ、そんなところだな。これが私の剣だ」
黒く、先程までの物より一回り程大きな剣。
「キヒヒ、それならアタシを満足させてくれるのか?」
「ああ、きっと喜ぶだろう。血の涙を流してな」
「なら来いッ!」
「言われんでも」
バシカルの姿が消え、土煙だけが残る。
「後ッ!」
身を引きながら振り返るバズゼッジ。そこには確かにバシカルがいた。
彼女は既に体を捻り、剣を振るう準備が出来ている。
「さあ、見せてみろ! その剣のいりょ──」
バズゼッジが挑発文句を言い終わるよりも先に、その剣は振り抜かれた。
勿論バズゼッジも無防備で受けた訳ではない。しっかりと二本の剣で防御を行った。
──だが、無意味だった。
派手に吹き飛び、竜骨洞の壁に煙を上げるバズゼッジ。
「が……ッ!?」
パラパラと骨の破片が降る。
「どうした? 立て。こういうのが欲しかったんだろう?」
バズゼッジはよろよろ立ち上がろうとするが、力及ばず突っ伏す。
「テ……メエ……! 手抜きしてやがったな……!?」
「手抜きではない。手加減だ。もたないからな」
歩み寄るバシカル。倒れているバズゼッジの目の前で剣を振り被り、振り下ろす。
「あっぶねッ!」
転がって避けるバズゼッジ。地面には深すぎる斬撃の痕が残っていた。
それを見たバズゼッジの肝が冷える。
「これが──テメェの本性かよ」
「そうだ。これが私の剣術」
バシカルの剣術──異常なほどに暴力的で、あまりにも重々しい。
力任せに暴威を振りまき、破滅をもたらすもの。
ある意味では、魔女機関の執行官としての力を比喩しているのだろうか。いや、ない。
「ケッ、ヒヒ……面白え、面白え……!」
状態を反り起こし立ち上がったバズゼッジ。
「ケヒハハハハハハハ!!」
肩口の傷から剣を引きずり出す。
「来いよ、暴風!」
「ほう、そのような詩的な表現もできるのだな」
「こういうの、レキュイエムが好んでいるからなァ!」
「仲睦まじくて何よりだ。だが私には貴様の背後事情など知ったことでは、ないッ!」
言葉が切れるよりも早く剣を振る。バズゼッジはそれを真正面から受け止める。
「ぐううう……!」
骨に響く一撃。受け止めただけでこの痺れ。いったいどれだけの馬鹿力か。
二撃、三撃、四撃とバシカルの力が襲い掛かる。全力で耐えるバズゼッジ。
「ぐ……うァ!」
五撃目。限界が来た。受け止めきれず弾き飛ばされる。
「ハァ、ハァ……キッヒヒヒ……テメエ、正気なのか?」
「私は一度も狂ったことなど無い」
「さっき言ってたよなァ。『剣がもたないから加減していた』って」
「そうだな」
「……その剣ももたないだろ、その調子じゃ?」
「……ほう」
「分かるんだよ。テメエと打ち合ってて。その剣が悲鳴を上げてるのが」
「打ち合いの最中で私の剣の状態を読み取ったか。やはり腐っても剣士なのだな、貴様。少し見直したぞ」
「キハハ、そりゃどーも」
「だが。貴様に心配されるようなことは何も無い。『これでいい』のだ、私の剣は」
「……やっぱ正気じゃねえだろッ!」
剣戟が再開する。
動作こそ大振りではあるが、その太刀筋は素早く、洗練され、無駄がない。
バズゼッジは防戦一方を余儀なくされていた。
「キハハ! キ……ヒハ……!」
剣と剣がぶつかる度に、普通は鳴らないような怪音が響く。バシカルの剣術が常軌を大きく逸している証明。
「だが……それをやれば……」
一閃。バズゼッジはそれを脇腹で受け止める。血がポタポタ流れ落ちる。
「取ったァ!」
「何?」
何かを察したバシカルが剣を引き抜くよりも速く、バズゼッジは胴と腕で剣を挟み込む。
「貴様、何を?」
「直ぐに分かるッ!」
反対の腕から剣を生み出し、まるで殴るかのようにそれをバシカルの剣へと振り下ろす。
ゴキンと鈍い音が鳴る。
「ほう」
「キハハァーッ!」
更にバシカルにも斬撃を繰り出すが、さほどの苦も無く躱される。
「なるほど。これが狙いか」
「そうだ! 前のよりは質のいい剣だが、あんな使い方してたらブッ壊すのも造作ない」
折った刀身を後に捨て、鮮血と共に首から二本の剣を引きずり出す。
「さあ──再びの丸腰だぜ」
「……どうかな」
「なに?」
折れた剣を手にしたまま、バズゼッジを指差す。
そして、その指を上へ向ける。
「テメェ、この期に及んで何をするつも──グッ……!?」
突如としてバズゼッジの背中に斬痛走る。
「グ……何を……!?」
頭上を見上げるバズゼッジ。彼女が目にしたのは、浮く刃。
そう──彼女が砕き折った刀身だ。
「な……!?」
「魔女だからな。やろうと思えば誰だってできるだろう?」
指を下に向けるバシカル。それに同期して刃も急降下しバズゼッジを襲う。
「グァ……テメェ……ふざけやがってェ……!」
その表情は快楽のものだったが、その声は憤怒のものだった。
バシカルが指差した方向に刃が飛翔し、バズゼッジの躰に傷を増やしていく。
飛び回る刃を相手しても意味はない。傷が増えることなど知ったことか、逆に好都合だと言わんばかりに強引に接近するバズゼッジ。
狂気の行進は止まらず、バシカルに辿り着くまであと少し、という所まで来た。
「キ……ヒヒ……!」
掌から剣を引きずり出し構える。突撃。
「……ふん」
バシカルの指が自らの方を向く。それに従い刃は主の元に飛来する。
背後からバズゼッジを切り裂くも、狂乱の剣は止まらない。バシカルの脳天を切り裂くまであと少し。
「キハハァ! 死ねェ!」
「……!」
かきん、と音が鳴る。
剣と剣の衝突音だ。
「……あ?」
バズゼッジの剣を止めたのはバシカルの剣だ。
破損されたはずのそれは完全な形を取り戻している。
「どういう……ことだ」
疑念を抱いた刃は押し返され、隙を見せたバズゼッジの腹は一文字に掻っ捌かれる。
さらに追い打ちとして強烈な前蹴りが入る。
「ぐむンッ」
吹き飛び転がるバズゼッジ。
「……うん。問題ないな」
バシカルは曲芸のように剣を扱う。
やはりその剣は完全に修復されている。
「テメェ……何をしやがった」
「魔法だよ。誰でも会得できるような、簡単な治癒魔法」
先程バシカルが刃を呼び戻したのは、バズゼッジを止めるためではなかった。
己の剣を修復させ、バズゼッジを返り討ちにするためだったのだ。
「だから……あんな使い方をしてやがったのか……キヒヒ……面白え面白え面白えーッ!」
狂喜に笑うバズゼッジ。全身の傷が呼応するように鮮血を噴き上げる。
「ケハハァ……」
胸の傷に手を突っ込み、剣を引きずり出す。
「なら、何度でも折ってやるよ」
「まだ死なないか。しぶといな」
「言っただろ、テメェじゃアタシを殺せない、ってェ!」
襲い掛かるバズゼッジ。バシカルはその場から動かずに一撃ずつ対処する。
「ケハハァ!」
「……」
縦斬り。対処。
「ケハハッハァ!」
「……」
横斬り。対処。
「ヒーッヒヒャハハハァ!」
「……」
袈裟斬り。対処。
「ケ……ヒ」
動きを止めるバズゼッジ。
「どうした? 降伏か?」
「……『強い』……」
剣を投げ捨て、両手を開いたり閉じたりしている。
「……やっぱりアタシの勘違いじゃねえ。明らかにさっきまでより『強く』なってる」
「そこにも気付くか。やはり、捨てるには惜しい才を持っているな」
「答えろ! 今度はどんな魔法だ? ええ?」
「魔法──ではないな、一応」
「ああ……?」
「私の愛剣、名を《ロストレンジ》と言ってな」
黒光りする刀身を撫でる。
「素材には《ロストーン》という、魔力を含んだ鉱石を使用している」
刀身にバシカルの顔が映りこむ。よく研がれている証拠だ。
「そしてロストーンは《一度破損された後、修繕されることでその力が増す》という性質を持っている。だから──」
バシカルは膝蹴りで愛剣──ロストレンジをへし折る。そして、折れた断面を繋ぎ合わせて魔法をかける。剣全体が黒く光る。
「ロストレンジは破損と修繕を繰り返す度に切れ味・頑丈さが上昇していく、という事だ」
「種も仕掛けもございませんってかよ……!」
「……まあ、数年に一度、腕利きの鍛冶師による数か月のメンテナンスを行う必要があるのだがな。特殊な剣だ、仕方あるまい」
「ヘヘハハハ……違いねえな」
二人は同時に笑った。だが、その意味は大きくズレていたことだろう。
「……さて、手の内は全て明かした。仕上げにかかるとするか」
ロストレンジを構えて歩み寄るバシカル。
「キッ…………ハハハ。来やがれ……!」
顔面の傷から剣を引きずり出すバズゼッジ。
二人の剣士は同時に駆け出した。
一度掴んだ優勢は決して手放さない。それが冷徹なるバシカル。
時に自らロストレンジをへし折り、通常状態と分離状態を駆使し、一手一手追い詰めていく。
バズゼッジは何の反撃もできないまま、傷痕のみが増える。
一方的な戦いだった。
──そして、終幕がすぐそこに来ていた。
「キッ……ヒヒヒ……ヘヘハ」
「しぶとい奴だ」
全身から血を流し、片膝を地に付けてなおバズゼッジは息絶えていなかった。
一方のバシカル。次で確実に仕留める、と剣を構える。
冷徹に決すると思われた戦いだったが、意外な形で終焉が訪れることとなる。
「師匠!!」
外からの声。シェリルスだ。
「何か……来ます!」
「何……?」
バシカルもすぐに異変に気付いた。
赤黒い煙が辺りを包み始めている。
「なんだ……これは」
「キヒヒ……どうやら、神はまたアタシを救うらしい」
バズゼッジの笑い声が聞こえる。
煙が濃くなり、お互いの姿が黒いシルエットへ塗りつぶされる。
「師匠、大丈夫ッスか!?」
シェリルスがバシカルの側に降り立つ。
だがバシカルはまっすぐ前を見据えていた。
「……!」
「え……」
バズゼッジの影の横に現れた、もう一つの影。
その姿も煙に隠され、明確な姿は分からない。
たった一つ、眼だけが光っていた。
赤黒い、戦の火のごとき光を放つ双眼。
「あれは……!」
その影はバズゼッジに手を伸ばす。
「ヒヒヒ……助かったぜ、わざわざすまねぇな元帥」
伸ばされた手を掴み、立ち上がったバズゼッジ。
「キヒヒハハ! じゃあな! テメェとの戦い、案外楽しめ……」
勝ち誇ったように吠えていたバズゼッジだったが、その言葉は途切れた。
「──な」
彼女は喉をがっしりと掴まれていた。勿論、並び立つ影に。
「……げ、元帥……!? 何をして……!?」
「…………」
彼女の問いへの答えは出されなかった。
バズゼッジの全身の傷痕から光が漏れる。これもまた赤黒い。
「ア、ア……ア──」
「伏せろッ!」
「ッ!」
爆発。
竜骨洞の壁や天井のあちこちが崩落する。
暴風に晒されたバシカルとシェリルスは壁に叩き付けられる。
「ぐぅッ!」
「ぐっはァ!」
大ダメージであったが、幸い命に別条はない。
「う……師匠、大丈夫ッスか……」
「問題……無いと言えば、強がりだな……」
「無茶しないでください……うう、痛え」
立ち上がったシェリルスは倒れたままのバシカルを抱え、肩に担ぐ。
「おい、何してる。降ろせ」
「降ろさないッスよ、これ以上ムリされても困りますし」
「……馬鹿弟子が」
「出来の悪い弟子ですいませんね、と」
シェリルスは振り返り、爆心地を見た。
何もない。誰もいない。
おそらくバズゼッジは跡形もなく爆散したのだろう。
神の加護を受けたとうそぶく外道魔女は、最期の最期で絶望に包まれ消滅した。
「…………師匠、さっきの奴って……」
「……あのドス黒く燃え滾る紅い眼。この心臓を締め付けるような邪悪な魔力。間違いないだろう」
「……《戦火の魔女》……」
「何故奴がここに姿を見せたかは分からん。が、未曽有の事態だ。早急に帰還し、任務達成と遭遇の報告を行うぞ」
あくまでも冷徹に指示・行動を行うバシカル。
「了解」
「……それと」
「なんスか?」
「人目の付く場所に出る前には降ろせ」
「……了解ッス」
シェリルスは軽く微笑み、歩きだした。
【冷徹なMission おわり】