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残酷のアクセルリス  作者: 星咲水輝
2話 残酷と外道
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#1 濁りし宝玉の輝き

 どこかの墓地。


「はぁ、はぁ」

 一人の魔女が走る。


 彼女は《宝玉の魔女》ジェムジュエル。《残酷魔女》のメンバーであり、歴戦のベテランである。

 生半可な敵であれば、彼女は難なく処分するだろう。

 しかしそんな彼女の体はボロボロだ。何故か? 


 ──生半可ではなかったのだ、今回の処分対象は。


「あんなの……ありえない! ありえな──」

 ジェムジュエルの背後に影が伸びる。彼女自身もそれに気づく。

「──」

 恐怖に飲まれながらも振り返る。



 ──悲鳴が響いた。



【残酷と外道】





【残酷と外道 #1】


「おはようございますお師匠サマ!」

 今日も元気なアクセルリス。邪悪魔女となってから連続早起き記録更新中だ。


「おはようアクセルリス。伝達が来てるわよ」

 アイヤツバスも相変わらず物静かな雰囲気を纏っている。


 彼女が手渡した文書には、残酷魔女のマークが刻まれている。


「送り主はシャーデンフロイデね」


 シャーデンフロイデ。その名を聞き、アクセルリスは一瞬身震いする。

 あのときの記憶がふつふつと蘇る。


 ◆


 クリファトレシカの内部、広間のうちの一つ。

 表札には《残酷魔女本部》とある。

 アクセルリスはその扉をしめやかにノックする。室内から声が聞こえる。


「入れ」

「失礼します」


 中には五つの人影。


「本日より残酷魔女の一員に加わる、アクセルリスです。よろしくお願いします」

「よく来てくれたな。我が名はシャーデンフロイデ。残酷魔女の首領を務めている」

 返答を聞いただけなのに、アクセルリスの身が竦む。なんたる威厳、なんたる威圧。


「我らの任務はただ一つ。魔女機関に逆らう者を捕らえ、罰する」

「はい」

「過酷な任務も多くなるだろう。己の命を繋ぐため、そして敵を確実に処分するため、全力で取り組むべし」

「はい」

「分かっているとは思うが、ここではお前が邪悪魔女だろうと関係ない。覚悟するように」

「……っはい」


 気圧され、アクセルリスは声を絞り出すので精一杯だった。


「数名は任務に出ているが、これから共に戦うであろう仲間たちを紹介しよう」

「はい、お願いします」


「まずは《宝玉の魔女》ジェムジュエル」

「どうも、ジェムジュエルよ」

「こいつにはお前の教育係を任せてある」

「そういう事だから、これからよろしくね」

「はい、よろしくお願いします」

 優しそうな人だ、よかった。アクセルリスの安心ポイントが増える。


「次は《獣の魔女》グラバースニッチ」

「よろしくな」

「こいつは追跡に秀でている。現場じゃ頼りになるぞ」

「おうよ。俺に任せとけ、ってことだな」

「よろしくお願いします」

 この人もいい人そうだ。アクセルリスの安心ポイントが加算される。


「続いて《記録の魔女》アーカシャ」

「よろしくー」

「こいつの情報量は半端じゃない。分からないことがあったら聞くといい」

「腕っぷしはゼンゼンだけどネ」

「よろしくお願いします」

 この人も不愛想だけどいい人そう。アクセルリスの安心ポイントがさらに加算される。


「最後は《人形の魔女》アガルマト」

「よろしくねぇェぇェぇ」

「こいつは、まあ、いい奴だ」

「フフフ……アナタ、カワイイわね」

「よ、よろしくお願いします」

 この人もきっといい人だろう。アクセルリスの安心ポイントが無理矢理加算される。


「今はいないが、他の奴らも気の良い奴らだ。仲良くやってくれ」

「はい」

「それでは、これからの活躍に期待しているぞ、アクセルリスよ」


 ◆


 当のシャーデンフロイデもいい人だった。いい人だったのだが。

 いかんせん圧力が強すぎて、心を開けなかった。

 まあ、これから親しくなればいい。アクセルリスは前向きなのが取り柄なのだ。


「なになに」


 手紙には、こう記されていた。

 至急、集合せよ。


「……え?」

「なんて書いてあったの?」


 アクセルリスは手紙をそのままアイヤツバスに渡す。


「あら。あらあら」

「何があったんでしょうか……」

「分からないわ。とにかく行ってきなさい」

「そうですね。アクセルリス、行って参ります!」





 残酷魔女会議室。

 緊急であるためか、やはり全員は揃わない。


「突然の招集、すまない。皆よくぞ来てくれた」

 そう言うのはシャーデンフロイデ。その面持は重い。


「御託はいい。何があった?」

「落ち着け落ち着け、気持ちは分かるけど」

 食い掛るグラバースニッチとそれをなだめる別の魔女。彼女は《海の魔女》オルドヴァイス。


「……ジェムジュエルが戻らない。それどころか、応答すらもない」

「なんだと?」

 驚きを露わにするグラバースニッチ。

「あいつは何の任務に?」

「《フルデルス地方》に潜伏している《外道魔女(マジア・ゲーウェン)》の処分、だね」

 答えるはアーカシャ。手元の資料に目を通す。

「どうやら今回の対象は『コフュン』と言う名の外道魔女らしいね。おかしなことに、それ以外の情報は残されてないよ」

「ジェムジュエルとて幾つもの死線を潜り抜けてきた猛者……それが戻らないとなると」

「ああ、なにかよからぬ予感がする。情報がないというのも、な」


 アクセルリスは黙って話を聞いていた。

 自分に残酷魔女としてのノウハウを教えてくれた、あのジェムジュエルが。胸に物言えぬ不安がはびこる。


「そこでだ、急遽ジェムジュエルの捜索任務を行う事とする」

「私に行かせてください」

 即座に名乗りあげるアクセルリス。

「ジェムジュエルさんは……私にいろんな事を教えてくれました。そんな先輩がピンチなら、私が助けに行きます」


 決然と言い切る、その顔に迷いはなかった。


「うむ、分かった。もう一人、アクセルリスと共に行く者は?」

「俺が行く」

 グラバースニッチだ。

「あいつを一人前に鍛え上げたのは俺だ。弟子の危機に師が動かなくてどうする。それに、俺の鼻があれば捜索も捗るだろう」

「よし。ではアクセルリス並びにグラバースニッチよ。これより残酷魔女ジェムジュエルの捜索任務を開始する。至急、フルデルスへ向かえ!」

「はいっ!」

「おう!」





 外道魔女。

 それは、魔女機関に従わない魔女の事を指す。

 理由は様々であるが、共通点として危険な思想を持つことが多い。

 そんな反逆者たちを処分するのを専門とする部隊こそ、シャーデンフロイデ率いる残酷魔女だ。



 フルデルス地方はフルデルス峡谷。

 ジェムジュエルは任務でここに赴いた、と記録されている。


 現場に立つアクセルリスとグラバースニッチ。


「どうやって探すんですか?」

「さっきも言ったように、俺の鼻を使う」

「鼻……というと」

「まあ感知能力だな。魔女とかが残した痕跡を匂いとして感知し、追うのさ」

「そんなこともできるんですか、すごい」

「まぁな。さぁて、ジェムジュエルの匂いは……」


 目を閉じ、鼻に意識を研ぎ澄ませる。

「ああ、あるな。これならすぐ見つかりそうだぞ」

「本当ですか!」

「よし、そうと分かれば善は急げだ。ついて来いアクセルリス!」


 言うや否や、グラバースニッチは駆け出した。

「あっ、はい!」

 アクセルリスも急いでそれを追いかける。


 ◆


「なんだここは」


 ジェムジュエルの痕跡を追い、辿り着いたのは墓地。空は紫に染まり、辺りは薄暗く、気味悪い。


「《フルデルス大墓地》って書いてありますね」

「ここがそうなのか、噂には聞いていたが」

「匂いは中からしますか?」

「ああ、確かにする。間違いなくこの墓地のどこかにいるな」


 そう言うとグラバースニッチは恐れずにズカズカ足を踏み入れる。

 アクセルリスは怖かったが、ジェムジュエルを助けるために勇気を振り絞って付いて行った。


「ふむ……ふむ」

 匂いを嗅いでいたグラバースニッチが、顔をしかめる。


「どうしました?」

「ジェムジュエルの匂いの他に……別の匂いがするな」


 別の匂い。それはつまり、別の魔女の痕跡。

 キョロキョロと首を振り、周りの匂いを確かめる。


「くせえ。バカみたいにくせえぞ。腐った肉の匂いだな」

「別の魔女……やはり、対象である外道魔女コフュンの物でしょうか」

「どうやらそいつは相当ロクでもねえ野郎だな、こりゃ」


 グラバースニッチは一度深呼吸。それほどまでに不快なものなのだろうか。

「だがジェムジュエルも近い。もう少しだろう。気合い入れるぞ」


 アクセルリスは頷く。そして念のため、槍を二本構えた。


 ◆


 それから数分歩いた。


「近い、近いぞ。もうすぐだ」

「あっ、グラバースニッチさんあれ!」

「む!」


 アクセルリスが指を差す。その先には、倒れている魔女ひとり。


「ジェムジュエルさん!」

「待てアクセルリス! 罠かもしれない、慎重に行くぞ」


 二人は慎重に慎重に、一歩ずつ警戒しながらジェムジュエルに近づき、辿り着いた。



「おい、しっかりしろジェムジュエル」


 グラバースニッチがその肩を揺さぶる。


 ──冷たい。

 まさか、そんなまさか。二人の頭に最悪の事態がよぎった。しかし。


「う──」


 ゆっくりと、ジェムジュエルが目を開ける。


「ジェムジュエルさん! ああ、良かった……」

「起きたか……全く心配かけやがって」

「あれ? わたし、何を……」


 その眼は虚ろなままだ。どれだけの間倒れていたのだろう。


「まだ頭がぼやけているか。とりあえず帰還しよう」


 ジェムジュエルを立たせるため、グラバースニッチが手を差し出す。その手を掴んで、引っ張ろうとしたその時。


 一瞬にしてグラバースニッチの右腕が桃色の結晶に覆われ、腕もろとも粉々に炸裂する。

「な──」

「え──」

 急な事態に二人の思考が止まる。

 先に動いたのはグラバースニッチ。ジェムジュエルを蹴り飛ばし、周囲の安全を確保。場数を踏んだ経験が光る。

「ジェムジュエル、お前何を!? まさか……まさかお前私たちを裏切って……!?」

 右腕があった場所を抑えながら叫ぶ。その声には困惑の色。

「待ってください、様子が変です!」

 アクセルリスの声を聞き、グラバースニッチも気付く。

「……グラバースニッチ、アクセルリス、ジェムジュエル、グラバースニッチ、アクセルリス、ジェムジュエル、アハ、アハハハハ!」

 その様は誰が見ても異常だった。一体何があったというのだろうか。

 混乱する二人などお構いなしに、ジェムジュエルは攻撃を仕掛けてくる。

 結晶を生成し発射。アクセルリスは槍で相殺する。グラバースニッチは蹴り落とす。

 だがそれは囮であった。既にジェムジュエルはアクセルリスの眼前にいた。手が伸ばされる。アクセルリスの反応が追い付かない。

「ふんッ!」

 強烈なタックルがジェムジュエルを弾き飛ばす。グラバースニッチだ。

「あ、ありがとうございます!」

「礼はいい! あいつを無力化しろ!」

 よろよろと立ち上がるジェムジュエル。その動作に知性という物は感じれない。

「はぁ!」

 牽制として槍を投擲。だがジェムジュエルは躱さない。その胸に深々と突き刺さる。

 おかしい。噴き出るはずの血が噴き出ない。止まるはずの動きが止まらない。

「そんな……あれじゃまるで、死体みたい──」

 死体。自分の発した言葉でアクセルリスはハッとする。

「──グラバースニッチさん、もしかして」

「言うなッ!」

「……!」

 悲痛な叫び。グラバースニッチも感づいたのだろう。

「グラバースニッチ! グラバースニッチ! アハハハハハ!」

「くそっ……!」

 狂ったように笑いながら近づいてくるジェムジュエル。グラバースニッチは退き、墓石に身を隠す。

「どうすれば……!」

 アクセルリスは考えを巡らせる。

 様子がおかしいとはいえ、相手は優しい先輩であったジェムジュエルなのだ。攻撃を与えるのにはためらいがある。

 ひとまず、鋼でジェムジュエルを覆い、拘束を行う。

 だが数秒も経たぬうちに、粉々にされる。宝石が炸裂したからだ。

 宝玉の魔女は宝玉を操る。触れたものに宝玉の結晶を纏わせ定着させ、砕く。もろとも木端微塵にされる。防御は無意味。

 それが敵に回れば、どれほど恐ろしいことか。考えたこともなかったが、その脅威を身を持って味わわされた。

「アハ、アハハハ! アクセルリス!」

 宝玉の弾幕が迫る。鋼の盾を生成し身を守る。しかしそれはジェムジュエルの接近を許す。

「!」

 盾が粉砕され、二人は至近距離で互いを見据える。

 二人の眼が合う。ジェムジュエルのその虚ろな眼を見て、アクセルリスは気付いた。



 ──そして、アクセルリスの眼から色が消えた。

「アクセルリスーッ!」

 先に動いたのはジェムジュエルだ。右腕が掴まれる。宝玉結晶がその腕を覆い──炸裂。

 ──腕は残っていた。

「アハ?」

 理性はなくとも疑問は覚えるもの。自らの必殺の型が通用しなかったジェムジュエルはその場で硬直した。

 その顔面を、鋼の拳が襲う。

「アハーッ!?」

 鋼の拳。いかにも。アクセルリスは自らの腕に鋼を纏う事で、炸裂結晶から身を纏ったのだ。

(はじめから、こうすればよかったんだ)

 転がり倒れるジェムジュエル。アクセルリスは追撃の手を緩めない。

(私は残酷魔女──それに求められているのは無慈悲さ、残酷さ。そうだ、何に怯えているのか)

 残酷魔女たるもの、敵に情けなどかけず、処罰すべし。そのことに気付いたアクセルリスは、まさに残酷の体現。

「アクセルリス……!?」

 グラバースニッチが異変に気付くが、時すでに遅し。

 鋼を纏わせた脚で、ジェムジュエルの頭を蹴り抜く。首が200度回転する。

 どう見ても致命打。だがそれでも、アクセルリスは攻撃を続ける。

「もういいアクセルリス! 十分だ!」

 グラバースニッチは叫ぶ。いかにベテランの残酷魔女といえど、味方だった者をここまで執拗に痛め付ける者は見たことがなかっただろう。

 だがその声は届かない。既にアクセルリスは残酷そのものだからだ。

 空に数十本の鋼鉄の槍が出現し、絶え間なくジェムジュエルを貫く。

「アッ、アッハハハハハッ、アアアッアクセアクセルリスリスリススコフュンアアアアアアククセ」



 全ての槍が落ちた。

 既にジェムジュエルは物言わぬクズ肉と化していた。

「……」

 グラバースニッチは言葉を失う。このまま自分も殺されるのではないかと恐れる。

「終わりました、グラバースニッチさん」

「あっ、ああ」

「惜しい人を亡くしましたね」

「そう、だな」

「何でジェムジュエルさんはこうなってしまったんでしょうか、やはり外道魔女コフュンの力でしょうか」

 淡々とアクセルリスは言葉を繋げていく。グラバースニッチはその様子が恐ろしくてたまらなかった。


 ◆


「ひとまず帰還しましょうか」

「そうだな……手酷いダメージも喰らってしまった」

 二人が入り口を目指して歩き始めたとき、何かがおかしいことに気付く。

「……グラバースニッチさん」

「ああ、何かいるな」

 二人は気配を感じていた。それも一つではない。無数の気配だ。

「……来る!」


【続く】

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