#5 氷決のリザルト
【絶対冷帝 #5】
数日後。クリファトレシカ100階。
招集を受けたあの時と同じようにアクセルリスはそこにいた。前回と異なる事といえばトガネがいる事か。
白コートのアクセルリスは神妙な面持ちでキュイラヌートの言葉を待つ。
〈────総督勅令任務、ご苦労であった〉
第一声。アクセルリスにとっては氷河のように冷たく大きなもの。
〈────当初の任務は残念な結果に終わってしまったな〉
「…………はい」
〈道中の困難を乗り越え、西果ての島に辿り着き、フロンティアとの接触に成功した〉
氷柱のように鋭い声が淡々と任務の内容を振り返っていく。
〈だが、復路にて魔女枢軸の構成員、ゲブラッヘの襲撃に遭いフロンティアが殺害される、と〉
「……私の落ち度です。警戒を解いていなかったら、油断をしていなかったら防げたはずです」
「アクセルリス。終わってからアレコレ言ってもしょうがないわ」
〈アイヤツバスの言う通りだ。今更どうにかなる問題ではない。起こったこと全てを正確に吟味し、処分を下す〉
「…………はい」
断頭台の前の罪人はこんな気持ちなのだろう。と、知りもしない状況に身を重ねるほど、アクセルリスは追い込まれていた。
〈我が提示した任務の遂行率は七割ほど。この結果だけ見れば薄氷のように際どい線引きではあるが──〉
「……」
〈負傷した船員の救助。往路の間ゲブラッヘと戦い続け、船員を護った功績。これらは十分に邪悪魔女として誉れある行動と認定された〉
「……え?」
〈又、状況が状況であるが故、此度のゲブラッヘ襲撃を全て汝の非とするにはいささか横暴が過ぎる〉
「…………え?」
〈そして、同行し協力を行った魔女アドミラルたっての希望。これらの要因を鑑みて、此度の総督勅令は《良》判定とする〉
「……」
絶句。喉の奥の方で言葉が詰まっているのだろう。
「……本当ですか!?」
やっと取り出せた言葉。銀の眼が輝きを取り戻す。
〈この状況で我が嘘を吐くとでも思うか〉
「いえ! いえ全く! 思いません!」
〈それともう一つ。船員アルボランから感謝状が届いている。あとでクリフエに運ばせるから留意しておくように〉
「アルボランさん……助かったんだ……!」
胸に抱えていた黒雲が晴れる。
「お手柄だね、トガネっ!」
〈へへん! まあなんてったってオレは鋼の魔女の使い魔だからな!〉
「もう、こういう時だけ調子いいんだから」
楽し気な彼女らにアイヤツバスが声をかける。
「良かったわね、アクセルリス」
「はいっ! 初めはどうなる事かと思いましたけど……!」
「ふふっ」
〈何はともあれ、私が与える言葉はこれだけだ。『お疲れ様、よくやった』〉
「キュイラヌート様……!」
魔女機関のトップから与えられる労いの言葉に、アクセルリスの魂が抜けかける。
〈それでは解散だ。外との温度差に気を付ける様に〉
「はいっ! それでは邪悪魔女5i、アクセルリス・アルジェントと」
「邪悪魔女9i、アイヤツバス・ゴグムアゴグ。これにて失礼いたします」
〈より一層の活躍を期待している〉
「はいっ! ありがとうございます!」
「それでは、また」
白と黒のコートは総督室を後にした。
〈……〉
二人が去ってしばらくした後、キュイラヌートはどこかに連絡を繋げる。
〈首尾は?〉
〈〈────〉〉
〈……そうか。一度故郷の土を踏ませてやりたかったが〉
〈〈────〉〉
〈ああ、それでいい。では切る〉
一通り話し終え、球状装置の発光が落ち着く。
装置の中で、キュイラヌートは考えた。
(残酷──か)
自他ともに認める残酷な魔女、アクセルリス・アルジェント。
絶対冷帝は彼女に何か引っかかるものを感じていた。
今は何か分からないが、この先アクセルリスは重要な役割を果たすこととなる、と。
銀の少女は魔女機関、ひいては魔女社会にどのような爪痕を刻むのか。
〈楽しみ七割、不安が二割、残り一割は──〉
キュイラヌートは微笑んだ。
【絶対冷帝 おわり】