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残酷のアクセルリス  作者: 星咲水輝
9話 絶対冷帝
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#4 強襲、峻厳

【絶対冷帝 #4】


 ほどなくして一行は到着した。

 泊地の跡に船を止め、アクセルリスとトガネ、そしてクリフエはその島に降り立った。

 アドミラルら船員たちは船のメンテナンス等のため残るらしい。


「……」


 一歩。アクセルリスは西果ての島の地を踏んだ。

 言葉を失った。

 たった一歩で感じるものがあった。

 この島が永い永い時を経て築き上げてきた、目には見えないもの。

 彼女はそれを感じ取り、圧倒されていた。


「……すごい」

〈……主?〉

「ああ、ごめんね。ちょっと色々感極まっちゃった」

〈そんなすごいのか?〉

「うん。トガネは感じないの?」

〈うーん。オレには『カラダ』っていうものが無いからな。目に見えるものしか感じない〉

「そっかー。こんなにすごいのになあ」

〈気遣いだけで十分だぜ。さ、行こうぜ〉

「そうだね。二十年以上この地に一人で居る魔女、フロンティア。彼女に会いに」


 圧倒的な空気に立ち向かうように、彼女は歩き出した。



 歩いてくとすぐに先人の跡が見つかった。

 二十年以上も暮らしていたのだ、よく使う道は自然と浮かび上がっていてもおかしくはない。

 森の中に道を見つけ、それに沿って進んでいく。

 開けたところに着くのに時間はかからなかった。


「ここが……?」


 見渡す。

 まず目につくのは小屋。一人の魔女が生活するのには十分な大きさ。

 その近くには畑、家畜小屋、井戸が確認できる。


「これ、いるよね」

〈ああ、絶対いるな〉


 魔女と使い魔が状況を確認していると、声が掛かる。


「……人?」

「!」


 アクセルリスの前に現れたのは髪の長い魔女。


「あなたが……フロンティアさんですか」

「──そうだが、君は?」

「邪悪魔女5i、環境部門担当のアクセルリスと申します」

〈オレはその使い魔トガネだ〉


 一瞬の沈黙。


「……邪悪魔女……ってことはまさか」

「そうです。魔女機関のエージェントとして、あなたに会いに来ました」

「……そうか。ああ、そうか……」

「えっと、フロンティアさん?」


 空を見上げ震えている。何か様子がおかしいことに気付き、声をかけるも。


「──────っかぁーッ! っやっとかぁーっ! ふぇえええええっす! ほおおおおおおおおっ!」

「……えっ」

 流石のアクセルリスも引く。

「ああ、すまないね。ちょっと嬉しくて取り乱してしまった」

 一瞬にして元に戻った。この自在なテンション操作が独りで生き抜いた秘訣だろうか。

「あっはい」

「そうだ! せっかく来てくれたんだ、島を色々見ていかないかい!? 君も環境部門なんだろう? 絶対夢中になるに違いないよ!」

「あ、えっと、ええと」

「ガーッ」


 一瞬アクセルリスはその誘いに乗りそうになったが、クリフエの鳴き声に止められる。


「やっぱりダメです!」

「えー。残念だ」

「さあ、帰りましょう」

「そうだね。そうしよう」


 にっこりと笑ってそう言った。


「ヴェルペルギースはどうなってるのかな……早く見てみたいな」


 想いを馳せるフロンティア。

 そんな彼女を連れて、アクセルリスたちは船に戻った。





「アクセルリス、戻りました!」

「戻ったか。後ろのあんたがフロンティアかい?」

「ああ、そうだ。長い間迷惑をかけたようだ、すまない」

「はっはっは! あんたが気にすることじゃないだろう」

「そう言って貰えると気が楽になる。ありがとう、海賊よ」

「あ、違うんです。その人も魔女なんです」

「え?」

「申し遅れた、《波風の魔女》アドミラルだ」

「……最近の魔女は変わってるんだな……」

 アクセルリスたちは諸々の事情は語らない。話すと長くなるから。

「というか、魔女の外見が多彩になったのは最近でもないんじゃ……?」

〈野暮だぞ、主〉


「さあ、フロンティアのためにも復路は全速力でいくぞ!」

「「「おーっ!」」」


 船員たちの鬨の声ともに、海賊船は出航した。




 アクセルリス、アドミラル、そしてフロンティアは甲板で心地の良い波風を浴びながら談笑していた。


「へえ、君はそんなにすごい魔女だったのか、アクセルリス」

「そんな褒められるようなのじゃないですよ、私はただ死にたくないだけで」

「だからといって巨大な海竜に乗り込むなんて普通できないぞ」


 と、往路での出来事を主として会話が弾んでいた。

 ──その陰で、一つの影が密かに近づいていることに誰も気づいていなかった。


「ああ、そういえばアクセ──」

 フロンティアの言葉が途切れる。不審に思ったアクセルリスは視線を海原から彼女へ向ける。

 ──目を疑った。

 フロンティアの胸から生えている刀。

「…………え?」

「な──」

「──ぐっ」

 状況を理解できないままに刀が引き抜かれる。フロンティアの口と胸からは血が流れ落ちる。

 ぐったりと倒れる。

 背後にいたのは一人の船員。逆手持ちした刀に付着している血を丁寧に拭きとっている。

「お前、何を!?」

「……てめえ、船員じゃねえな?」

「おや、やはり船長の目はごまかせないか」

「なんだと……?」

 その船員は纏っていた制服と帽子を脱ぎ捨てる。

 中から現れたのは、アクセルリスにも見覚えがある人物。

「……ゲブラッヘ……!?」

「覚えていてくれたんだね、アクセルリス。嬉しいよ」

「なぜここに!?」

「ボクらには『情報源』がある。君の任務など筒抜けなんだよ」

 鉄の魔女は不気味に微笑んだ。

「……アクセルリス、知ってるのか?」

〈こいつは一体!?〉

「私の命を狙う、外道サイコ魔女だ」

「ちょっと、その言い方は無いんじゃないか? ボクでも傷つくよ?」

「勝手に傷ついてろ!」

 先手を打つアクセルリス。不意討ちの拳は易々と受け止められる。

「せっかちは嫌われるよ?」

「知ったことか!」


 ◆


 二人がカチ合う間に、アドミラルはフロンティアの容体を診る。

「…………駄目だ、死んでる」

 傷口を見てみる。

「……ひでえ」

 無残なほどに斬り刻まれている。おそらくは刺した後、何らかの魔法を使って致命打を与えたのだろう。

 騒ぎを聞きつけ、船員たちが何人か集まってくる。

「船長、一体何が!?」

「潜んでいた外道魔女によって、フロンティアが殺された。今アクセルリスと戦っている」

「何てこと……」

「許しちゃおけねえ……!」

 怒りに身を任せ、駆け出した獣人(ワーノ)の船員。

「アルボラン、待て!」

 彼はアドミラルの制止も聞かずにゲブラッヘに突撃してしまった。


 ◆


 打ち合いを続ける鋼鉄。

「うおおおおっ!」

 雄叫びを上げながら乱入するアルボラン。

「あ……?」

「なっ……!」

「死ねえ!」

「邪魔だよ」

 ゲブラッヘにナイフを突き立てようとするも、あっさり躱される。

「うぐッ!」

 その腹部に激痛。俯いたアルボランが見たのは、己の腹から生える刃。

「そん──」

「うるさい。喋るな」

 刀を引き抜き、すぐさま刺し直す。

「うあ」

 力ない断末魔を上げ、倒れる。


 ◆


「アルボランッ!」

「駄目だ! 行くなアドリア!」

「でも!」

「今行ったらお前も同じ目に合うぞ!」

「でも! アルボランが!」

「だから私が行く! お前たちは隠れていろ!」

「船長……!」

「退いてくださいッ!」

 アクセルリスの声だ。

「こいつの目的は私を殺すこと……だから私一人が引き受けます! 皆さんは一秒でも早く帰港することだけを考えて下さい!」

「……分かりました、ご武運を! 総員撤退!」

 アドリアの指示で集まっていた船員たちが引き上げていく。

「彼を救いたいんだね。好きにするといいさ。ボクの目的はアクセルリスが言った通りだから」

 その言葉通り、ゲブラッヘはアドミラルに一切の関心を示さなかった。

「大丈夫か、アルボラン」

「せ、んちょう……」

「必ず助けるからな、耐えてくれ」

 アルボランを担いでアドミラルは船内に戻る。

 その様子を見たアクセルリスは、トガネに言伝をする。

「……トガネ。二つ、頼みごとがある」

〈なんだ?〉

「一つは船長たちの手助け。あの人を必ず助けるんだ」

〈ああ、分かった。もう一つは?〉

「それは──」

〈──分かった、任せとけ!〉

「頼んだよ」

 赤い光は影の中を渡りながら、アドミラルを追って船内へと向かった。


 ◆


 残ったのは二人の魔女と一体の使い魔。

「何をコソコソと?」

「お前には関係ない話だ」

 互いに睨み合う。

「いずれにせよ、これで私たちだけだ」

「そうだね、邪魔なくキミを殺せる」

「死なないよ、私は」

 数秒の静寂の後、二人はぶつかり合った。

 鋼鉄のぶつかり合う音が激しく響いた。


 しばらくは鋼の槍と刀との衝突が続いた。

 前回とは異なり、戦場は船の上。

 限られた場所、お互いに不用意な行動は自分の首を絞める結果に成り得る。

 そのことを分かっているからこそ、小細工なしの戦いが繰り広げている。

 そしてその場合、押されるのはゲブラッヘだ。

「く……強いね」

「鍛えてるからなッ!」

「ぐ……!」

 槍での一撃。防御するも、体が軋む。

 だがゲブラッヘは不敵な笑みを崩さない。何故なら、彼女には一つの疑念があったからだ。

「でもキミ、今回はあまり槍を使い捨てないね?」

「ッ、そんなの私の勝手だろ」

「そうかな? ボクには何か事情があるように見えるんだけど」

「黙れ!」

 ゲブラッヘを蹴り飛ばす。二人の間に距離ができ、両者ともに呼吸と体勢を整える。

(……バレてるな)

 そう。元素切れだ。

 リヴァイアークとの戦いから時間が過ぎ、いくらか残量が回復したとはいえ、依然として心もとない。

 元素が切れればアクセルリスは丸腰。それだけは避けたい。

 心配を抱えたまま、二人は三度刃を交えた。


 空の色が濁りつつある。竜門が近づいている。

「はぁ、はぁ」

「ふう。やはりしぶといね、キミ」

 お互い息を切らしている。激しい戦いを繰り広げたのだろう。

 ぽつりぽつりと雨が降り始めた。

「……」

 雨水を浴びたアクセルリスの槍が錆び、砕ける。

「……!」

 新たな槍を生み出そうとしたアクセルリスだったが。

「……切れた」

 恐れていたことが起きた。

「さあ、そろそろ再開しようか」

「ちょっと待て」

「何?」

「……待て」

「……待つわけないだろう」

 刀での一閃。アクセルリスは回避する。

「……避けた? キミが?」

 驚いたという表情のゲブラッヘ。すぐに何か察したよう。

「……さては弾切れだね」

「……」

「図星だね。でもボクは手加減しないよ」

 二度三度と刀を振るうゲブラッヘ。アクセルリスは回避するのみ。

「少しは抵抗したらどうだい?」

「なら……そうさせてもらう」

 ゲブラッヘの前に銀の魔法陣が浮かぶ。

「これは──」

「破!」

 即座に炸裂。ゲブラッヘは後方に吹き飛ぶ。

「……っと、少し驚いたが、こんなものか」

 ──が、その体にさしたるダメージは見られない。

「うそ」

「まだまだ、だね。その魔法はこうやって使うんだよ」

 鉄色の魔法陣が浮かぶ。

「破」

 炸裂。吹き飛び壁に叩き付けられる。

「ぐあっ!」

 先程、自分を弾き上げたときとは比べ物にならない衝撃。

「な、なに……?」

 倒れるアクセルリス。体のあちこちが悲鳴を上げる。

「これで終わり、かな」

 切先がアクセルリスへ向けられる。今なお鋼の元素は回復していない。ここまでか。



 そう思われたその時、ゲブラッヘの背中にナイフが迫った。

「何だ?」

 いち早くそれを察知し防ぐ。

「!」

 アクセルリスはその隙に転がって危険範囲から離脱。

〈ハローハロー! 優秀な使い魔、トガネさんだぜ?〉

「……使い魔、か。こんな厄介者を抱えていたとはね」

 一本の剣に宿っているトガネ。そのまま移動し、アクセルリスの元へ。

〈言われた通り、武器持ってきたぜ〉

「ナイス……トガネ……」

 立ち上がり、剣を手に取る。

「……なるほどね。弾切れを予見して、使い魔におつかいを頼んでいたのか」

「優秀だろ、私の使い魔は」

〈主……!〉

 待望の褒め言葉にトガネ感激。

「援護頼んだよ!」

〈任せとけ!〉

「来なよ。纏めて殺すから」

 走るアクセルリス。迎え撃つゲブラッヘ。

 嵐の中、二人の魔女が剣戟を繰り広げる。



「だああああっ!」

「はああっ!」

 その戦いは熾烈を極めた。

 二人の魔女の勢いは、彼女らを包む暴風雨をも上回っていた。

「死ねッ! 死ねえッ!」

 再び得物を手にしたアクセルリス。真っ向勝負ではやはり彼女に理があり、段々と攻勢になっていく。

「死ぬのは……キミだ!」

 だがゲブラッヘも一度掴んだ優勢をそう簡単に手放さない。手放したくない。余裕の態度を捨てて、喰らい付く。

 二人の意地が火花を散らしてぶつかり合う。

「うおあああああッ!」

「はああああああッ!」



 ──やがて雨が止み、風が収まった。竜門を抜けた。

 どれだけの時間が経ったのだろうか。

 往路では、セイラの港を発ってから西果ての島に着くまで三時間ほど要した。

 復路であれば道中の関門もなくなるため、それよりも早まるだろう。およそ二時間ほどであろうか。

 だが、極限状態に突入している二人の体感時間は異なる。

 丸一日。二人の感覚では丸一日が経過していた。

 当然、両者共に限界はとうに超えている。

 アクセルリスは生存本能とトガネの助けで。

 ゲブラッヘは己が信念と意地で。

 ボロボロの体を奮い立たせていた。



 戦況が大きく動いた。

「……はぁ!」

「ぐっ……!」

 ゲブラッヘの蹴りがアクセルリスの腕に当たる。

 ピンと張られていた緊張の糸が切れてしまう。力が抜け、剣を落としてしまう。

「ふ──これで終わりだ」

「……!」

 長刀を振り抜く。仕留めた。


 かきん、と音が鳴る。

「……あ?」

 言うまでもない。刀が弾かれた音だ。

 ──何に? 

 剣は既に手放している。一瞬で取りに行ける距離ではない。

 ──受け止めた? 素手で? 

 否。素手ではなかった。

 アクセルリスの腕には鋼が纏わりついていた。

「──バカな、弾切れになったはずでは」

「……ついさっきまでは、ね」

 ニヤリと笑うアクセルリスを見て、ゲブラッヘは察した。

「……まさか」

 視線をアクセルリスの後ろに向ける。

 陸だ。戦うのに集中していて気付かなかったが、既に陸がすぐそこにあった。

「……ははっ。時間切れ、か」

 距離を離し、力を抜くゲブラッヘ。

「さすがのボクも……堪えるな……」

「はぁーっ、はあーっ」

 アクセルリスも息絶え絶えで、動きを止めたゲブラッヘを襲う余裕はない。

「ゲデヒトニスが来る前に退散させてもらうよ。これ以上情報を提供するわけにはいかないから」

 右手を天にかざす。数本の鎖を束ねた大鎖が出現。

「さらばだ、アクセルリス。今日はキミの勝ちだ、喜ぶといい」

 そう言うとゲブラッヘは直ぐに去っていった。

「待……て……!」

 追おうとするも、身体が動かない。指一本動かすのが重労働。

〈おい主! もう無理だ! 限界だ!〉

「ト……ガネ……」

〈休め、休んでくれ! これ以上は主の身が持たない!〉

「…………ありがと」

 我が身を案じてくれる必死の懇願に、アクセルリスは小さく笑って目を閉じた。

 そして、倒れた。


【続く】

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