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残酷のアクセルリス  作者: 星咲水輝
9話 絶対冷帝
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#2 魔女海賊

【絶対冷帝 #2】


 数日後。

 いよいよ今日が総督勅令当日だ。

 現在、アクセルリスとトガネがいるのは《セイラの港》。指定された集合場所だ。

 やることもないので海を見ている。


〈おお……これが、海って奴なのか……!〉

「そうだよー」


 アクセルリスは何度か海を見たことがあるが、トガネにとってはこれが初めて見る海だ。


〈これ……どこまで広がってるんだ?〉

「どこまでも、かな」

〈……はぁー……すげー……〉


 その広大さと威圧感に飲み込まれ、言葉を失う使い魔。


「……」


 アクセルリスも黙ったまま。彼女の脳裏に浮かぶのは、幼い頃家族で行った海。

 かけがえのない思い出の一つだ。

 ──彼女はもう、家族との思い出を創ることが出来ない。

 だからこそ、今ある思い出を忘れないよう、克明に懸命に今を生きるのだ。


「……駄目だ駄目だ! こんなしんみりするのは性に合わない!」


 両手で顔をぺしぺしと叩く。


〈お、お?〉

「ウォーミングアップにひとっ走りする! 付き合って!」

〈え? マジで言ってんの? せっかく人が初めての海にしんみりしてるのに?〉

「人じゃないでしょ、あんた」

〈主もな〉

「元人間だからセーフ!」

〈理屈が分からない!〉


 ◆


 という感じで和気藹々としていた魔女と使い魔。そんな両者に声がかけられる。


「あんたがアクセルリスだな?」

「おっ?」


 振り向くと、そこにいたのは一人の──何? 

「え……あなたは?」

「私はアドミラル。《波風の魔女》だ」

「──魔女?」

「そうだが?」

「えっと、その…………どう見ても海賊なんですが」


 ドクロマークの入った帽子。やたら偉そうな外套。眼帯。顔には傷。これを海賊と呼ばずして何を海賊と呼ぼうか。


「海賊に見えるか?」

「海賊にしか見えません」

「なら私の作戦通りって訳だ! はっはっは!」

 突然笑い出すアドミラル。アクセルリスにはさっぱり訳が分からない。

「な、なぜその格好を?」

「ウケるんだよ、これ」

「……はい?」

「私の経営している会社、《魔海社》と言ってな」

「はい」

「海上貿易をしていて、魔女機関衛星組織の一つでもあるんだ」

「……それと何の関係が……?」

「他にもいくつかあるんだよ、貿易会社が」

「衛星組織にですか」

「ああ。お互いライバル関係って訳よ」

「あー……そうですね、そういう話はちょくちょく聞きますね」


 同じ事業を生業とする魔女機関衛星組織同士が、魔女機関の支援を一番多く受けるために、お互いに競い合っているというのは有名な話である。

 競争は発展を生む、とは誰の言葉だっただろうか。魔女機関もその方針を執っているのだ。


「だから私たちはこの衣装を選んだ」

「論理の飛躍」

「だってよ、面白いだろ? 海賊の姿した魔女がその土地では物珍しい品を売りに来るんだぜ?」

「まあ面白いですねそれは」

「少しでも多く、一人でも多くの関心を得て、取引を成功させる。そのための戦略なんだ」

「じゃあ顔の傷も」

「海賊風メイクだ」

「メイク」


 知らないところで色んな技術が進歩しているんだなぁ。と、アクセルリスは思った。


「どうだ? これで分かったかい?」

「よーく分かりました。とても素晴らしい発想だと思います!」

「おうおう、そう褒めるな! はっはっは!」


 心なしか性格や話口調も海賊のそれに寄っているのは意図してか否か。


 ◆


「……っと、そろそろ時間だな」


 アドミラルは海の方を見る。アクセルリスもそれにつられる。

 沖合から船がやって来るのが見える。

 はじめは小さくぼやけていたそれであったが、近づくにつれ全容が明らかになっていく。

 巨大なマストにはやはりドクロのマーク。両脇には大砲が三門ずつ並んでいるのも見える。


「……海賊船だ、どう見ても」

「もちろんこれも経営戦略だ」


 どんどん船が近づいてくる。結構な大きさだ。それに加えて何か声も聞こえてくる。


「おーい! 船長ー!」


 見ると、こちらに手を振っている人影がある。

 海賊船は減速し、つつがなく停泊した。


「っと! お待たせしました! 時間丁度ですね!」


 その人物は船から降りることなくこちらに声をかける。


「紹介しよう。副船長の《アドリア》だ」

「そちらがアクセルリス様ですね! ご紹介に預かりました、アドリアという者です!」

「邪悪魔女アクセルリス・アルジェントです。で、こっちが使い魔のトガネ」

〈よろしく頼むぜ!〉

「こいつは私よりもこの船について詳しいからな、なんか困ったときは聞いてみるといい」

「船長が雑すぎるだけですよ! 今朝も食後の薬飲み忘れたでしょう!?」

「……あっ」

「まったく、もう」

「はっはっは。まあ、細かいことを気にしてちゃ海の上じゃやってけないさ」

「個人差があります!」

「あ、あはは……」


 アクセルリス、苦笑い。どこの世界も自由なトップに振り回されるナンバーツーはいるものだと思った。


「それでは、早速お乗りくださいませ!」

「さあ乗れ乗れ! 乗り心地は私が保障するさ!」

「おじゃましますー」

〈邪魔するぜ!〉



 木造のような外見とは裏腹に、内装は完全な鋼鉄製であった。なぜそのようなカモフラージュをしていたかはもう言うまでもない。

 外観からも分かっていた通り、かなり広い。船員も多い。

 その船員たちは多種多様であった。

 人間は勿論の事、魔女やマーマン、マーメイドも相当数いた。遠くからでは気付かなかったが、アドリアもマーメイドであった。


 まもなく船は出航した。

 アクセルリスには船内の一室が貸し与えられたが、やはり居ても立ってもいられず、魔女と使い魔は甲板に出ていた。


〈すっげ! すっげ!〉

「はやいねー!」


 大興奮。トガネはもちろん、アクセルリスも船に乗るのは初めての体験である。

 並走する海鳥たち。不規則な波の往来。心地よい海風。そこは未知の物で満たされていた。


「ガーッ」


 と、横から鳴き声が聞こえる。


「あ、クリフエ。来てたんだ」

「ガー」


 キュイラヌートの使い魔にして総督勅令の監視役。一足先に乗船していたのだろうか。


「ガー、ガー」

「ほー……ん」


 クリフエを見てアクセルリスは一つ思いつく。


〈ん? 主どうした?〉

「いや、この子も使い魔なんだよね? トガネは言葉を扱えるのにこの子は使えないんだなー、って」

〈そりゃ使い魔にも色々いますからネー〉

「へー」

「ガーガー」

「ねえ、トガネ」

〈なんじゃらホイ〉

「この子が何て言ってるか分かったりする?」

〈まぁたおかしなことを口走り始めますよ我が主は〉

「何その言い方」

〈まあ、やるだけやってみよう〉


 赤い光がクリフエの影に入る。


「ガー、ガー」

〈ほうほう〉

「ガーッ、ガガー」

〈へえ、なるほど〉

「ガー、ガーッガーッ!」

〈マジで!? そうだったのか……〉

「なんて?」

〈いや、なんにも分かんなかった!〉

「…………」

〈……ぅわ、悪かった、オレが悪かった、だからそんな眼でオレを見ないでくれ、お願いだ〉


 赤い光が小刻みに震える。あのアクセルリスの怒りの眼差しだ、想像したくもない。


〈ごめんなさい……ごめんなさい……〉

「……そういえば船長」

「ん? どうした?」


 怯え震える自らの使い魔から視線を外し、近くにいたアドミラルに話しかける。


「この船、相当速いですね?」

「おお、そうだろう。自慢の愛船だからな」

「風も強くないのにこんなスピード出せるんですね、最近の帆船って」

「ああいや、この船は帆船じゃないぞ」

「……え? でもあんなに立派なマストが……」

「アレは飾りだ」

「飾り」

「船の外見もザ・海賊船って感じにしたくてな、結構頑張って寄せたんだ」

「……じゃあ、この船の動力は」

「普通に魔石炭だ。言ってしまえば魔行列車とさして変わらないな」

「……なるほど」


 アドミラルの商魂にアクセルリスは感嘆するしかなかった。


 ◆


「……そうだ、もう一つ聞きたいことが」

「なんだい?」

「船長はなぜこの任務の手助けを承諾したんですか? かなりリスクも大きい仕事ですが」

「そりゃあお前さん、決まってるじゃないか」

「?」

「……確かにこの仕事は危険で過酷なものだ。成功する保障は半分もないだろうよ」

「はい」

「ッだからこそだ!」

「え、えっ?」


 論理の飛躍にアクセルリスの理解が追い付かない。


「えっと……合点がいきません……」

「もしもこの仕事を成功させたらどうなると思う?」

「え? そうですね……魔海社の知名度が上がる、とか?」

「そう! その通り! 名前が売れるんだ!」

「……あっ!」

「ようやく分かったようだね。過酷な仕事を見事成功させた会社として、魔海社の名は更に知れ渡ることとなる!」

「そうすれば更に収益を稼げて、ライバルに差を付けることができる……って訳ですね!」

「そういう事だ。ハイリスクとハイリターンは表裏一体。ならどんな危険が待ち受けていても挑む! それが私ら魔海社の流儀さ!」

「……かっこいい……!」

 感嘆。


「……皆さん凄いですね……あらゆる行動が『商戦に勝つ』という一本の芯によって成されているなんて」

「へへ、ありがとな」

「羨ましいです、その一貫性」

「ん? そうか? 聞いた話じゃあお前も相当に強い信念を持っていると思ったんだが」

「どのような話が伝わっていますか?」

「『極めて強い残酷性をもって外道魔女を容赦なく処分する、誇り高き残酷魔女』って」

「あ、あはは……」


 苦笑。確かに間違いではないのだろうが……こう改めて客観視すると化け物かなにかのようだ。


「例え敵がどんな事情を抱えていたとしても残酷に処分する──って、なかなかできないと思うぞ。十分一貫してるんじゃないか?」

「確かに、そうだったんです。私はとにかく『死にたくない』という一心で戦ってきたんです。でも──」


 アクセルリスのまぶたの裏には、蕾が花咲く瞬間のような笑顔が浮かぶ。


「でも、最近それが揺らいでいるんです」

「というと?」

「『誰かを身を挺しても護りたい』──そう思えるような事が、増えてきたんです」

「……ほう」

「これじゃいつか残酷魔女の任務に支障がでるんじゃないかと」


 銀の眼が曇る。己の信念と介入者とでの衝突が彼女の均衡を揺るがしていた。


「どうしたら──」

「……いいんじゃないか、別に?」

「──え?」


 アドミラルの軽い言葉にアクセルリスは一瞬ふわっとする。


「確かに一見したようじゃ矛盾しているように見えるが、それは早とちりなんだ」

「それって、どういう……」

「信念は一つに絞らなきゃいけない、なんて誰が決めたんだ?」

「え」

「『自分』というものを一つに絞ろうとするから矛盾が起きるんだ」

「……」

「皆何かしら複雑な事情を抱えている。それこそ、自分でも解決するのが難しいほどに」

「……確かに」

「なら、『自分』を一つに確定させようなんてどんな無茶かは良くわかるだろう」

「……!」

「『絶対に死にたくない自分』もいる。『誰かを護りたい自分』もいる。それでいいじゃないか」

「二つの──自分」


 アドミラルは笑う。


「みんなそうだ。『自分はこうである』なんて一つに定められる奴はいないさ」

「私──私は」


 俯いていた顔を上げるも、言葉に詰まる。飽和、閉塞。


「多様性!」

「多様性……」

「人間そんなに単純じゃないってことだ! 私らはもう人間じゃないけどな! はっはっは!」

「……そうですね。私が間違ってたのかも」


 豪快に笑うアドミラル。アクセルリスもそれにつられ、小さく微笑む。

 彼女の中で何かが吹っ切れたようだ。


「そうだ……私は、私だ」


【続く】

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