#3 リ・オリジン
【鋼鉄の夜の都 #3】
「……そうか。魔女枢軸の者とは出会ったものの、戦火の魔女についての有力な情報は得られず、か」
「私の力不足です」
「いや、気にするな。奴らのメンバーが特定できただけでも十分な報酬だ」
「ありがとうございます」
シャーデンフロイデが報告を受けている傍ら、アーカシャは腕を組む。
「……ゲブラッヘ、ねえ。聞いたことのない名前だよ」
「外道魔女リストにも名前すら載っていないわ」
「どうしたものかねえ。アーカシャが知らない物を私たちが知ってる筈ないもんね、グラバースニッチ?」
「悔しいが事実だ。こりゃマーキナーの力を頼るしかなさそうだな」
「……情報管理室なら、私が行ってきます」
「ああ、頼んだよ」
部屋を出て行くアクセルリスを見送る残酷魔女たち。
「……」
「……ねぇねェ」
「……分かってる、なんか様子がちょっと変だったね」
「何かあったんだろう、ゲブラッヘという魔女と」
「後でコッソリ調べておくね」
「ああ、頼んだ」
クリファトレシカ97階。情報管理室。
「こんにちは、マーキナーさん」
「おやおやおや! アクセルリス様! 本日はどのようなご用件で!?」
マーキナーは相変わらず異様にテンションが高い。
「《ゲブラッヘ》という魔女の情報を探しているんですが」
「ゲブラッヘ! とな!」
「ご存知なのですか?」
「いえ、わたくし自身は全然全く」
「うへぇ」
「ですが! この魔女機関総合情報管理室ならば、必ずやあなた様の求めている情報が見つかるでしょう! そのゲブラッヘという魔女でも例外ではない!」
「そ、そうですね」
剣幕にたじろぐしかないアクセルリス。
「それでは少々お待ちを。ただいま検索をかけますゆえ」
マーキナーはよく分からない作業を始める。それはすぐに終わる。マーキナーの手腕か、あるいは。
「はいはい、ありました。ないわけないですね」
アクセルリスの後方を指差す。
振り返ると、何もないはずだった白い本棚の一角に、鉄色の本がぽつねんと置かれている。
「取るに足らない量の情報でしたので、申し訳ありませんがご自分での確認をお願い致します。あの程度の情報に時間をかけるほどわたくし暇ではありませんゆえ」
「いえいえ、ありがとうございます」
マーキナーに礼を言い、鉄色の本を確認する。
ぱら、ぱらぱらとページとめくっていくが、その中身はほとんど白紙。ゲブラッヘの情報の少なさを物語る。
やっとの事でアクセルリスは文字が書いてあるページを見つける。既に数百ページはめくった。
「……《鉄の魔女》ゲブラッヘ」
ゲブラッヘ・ルベウス。称号は《鉄の魔女》。魔女になったのは魔女歴5XXX年、タウラ5日。
魔女として認められたのち、師匠の下で手伝いをしながら生活をしていたようだが、以後の足取りは一切不明。
現在、行方不明魔女と認定されている。
──以上が、魔女機関が所有しているゲブラッヘの情報である。
「……」
アクセルリスは無言で本を閉じる。その動作には若干の苛立ちを感じ取れる。
「マーキナーさん、ありがとうございました」
「おやおやおや、お帰りで?」
「はい、それでは失礼します」
「またのお越しを!」
◆
結局、アクセルリスはゲブラッヘの報告を行ったのち帰宅した。
明日にでもゲブラッヘに関する情報は更新されるだろう。
トガネはあの後街中で偶然アイヤツバスと出会い、連れられて帰ったらしい。
「……」
魔行列車の中でひとり思索する。
自分の命を狙う魔女、ゲブラッヘ。
任務の成り行きで殺し合いをしたことは多々あれど、個人的な事情で殺されそうになったのは初の経験だ。
ましてやその理由があの様なものとなれば、アクセルリスの感情も複雑なものであろう。
「……生き残り、か」
頽廃の岡の大戦火、そのたった一人の生き残り。
なぜ私はその一人となってしまったのか。
自らの起源。それを考えているとき、アクセルリスは一つの疑問を抱いた。
後のテントウムシ。漆黒の空の元、アクセルリスは工房に戻った。
「おかえりなさい。待ってたわよ」
〈主! 無事だったかー!〉
赤目はアクセルリスを暖かく迎える。
「うん、ただいま」
「大変だったみたいね」
「……そうですね」
「ご飯、できてるわよ」
「あの、お師匠サマ」
アクセルリスは唐突に斬り込んだ。
「……どうしたの?」
「どうしてあのとき、私を拾い上げてくれたんですか?」
単純な疑問。極めて単純な。だがそれは、彼女の最も原初で最も根底の問いでもある。
「私はずっと覚えてます。あのときお師匠サマは言いました」
『ここに来たのは無駄だったね、旅のお姉さん』
『いえ、そうは思わないわ。だって、あなたに会えたもの』
「……」
淀むアイヤツバス。返す言葉を待つアクセルリス。何が何だか分かってないトガネ。
「……今日戦った外道魔女は、『戦火の魔女の弟子』だと言っていました。そして、戦火の生き残りである私を殺すと」
銀色の瞳がアイヤツバスをまっすぐ見据える。己が弟子の強い心をアイヤツバスは正面から受け止める。
「戦い終わった後、思ったんです。もしもあの村に居続けていたら、もしもお師匠サマが来ていなかったなら、私は死んでいたと。ならば──」
「……」
「ならばなぜ、あなたは私を助けてくれたのか」
淀みの無い眼に、並々ならぬ覚悟と決意を読み取る。
「…………正直に話すしかないようね」
「……お願いします」
「何てことは無い、単純な話よ。私は『弟子が欲しかった』」
「……えっ」
本当に単純明快な理由に拍子抜けしてしまう。
「弟子……というか後継ぎね」
「後継ぎ……って、いったいどういう?」
「私にはね、夢があるの。とっても大切な夢が」
「はい」
「もしも、私が夢半ばにして斃れたとき、私に代わってその夢を成し遂げてくれる、そんな後継ぎが欲しかった」
「それで、私を?」
「ええ。でも強要はしないわ。これまで隠してきた責任もあるしね」
「いえいえそんな! お師匠サマの夢でしたらこのアクセルリス、全力を尽くして成し遂げてみせますよ!」
「うふふ、ありがと。自慢の弟子だわ」
「ちなみに、その夢っていうのはどういう内容なんですか?」
「それは…………今は言えないわ。いずれその時が来たら、必ず話すから」
「わかりました。それではその時を目指して精進してゆきます」
「良い心がけね。さ、ご飯冷めちゃう前に食べましょ」
「はいっ!」
明朗な返事。もういつもの調子のアクセルリスに戻っていた。
〈おっ、やっと終わったか! 先に食ってたぜ!〉
料理の味を覚えたばかりの使い魔に『待て』は出来なかったようだ。
「あっトガネずるい!」
〈へっへー! こんな美味いモノ前にして我慢できるかっての!〉
「なら私もトガネ以上に食べちゃうもんね!」
〈張り合う所ズレてねえか!?〉
ほほえましい二者のやり取り。アイヤツバスはそれを眺めながら微笑む。
だが、本心では笑えていない。
いつか来る《その時》までに、どれだけの事を成すことが出来るのか。
願わくば、この手で夢を果たすため。
〈創造主! おい創造主!〉
「……あら? どうかした?」
〈主が! 喉詰まらせた!〉
「ええっ!?」
【鋼鉄の夜の都 おわり】