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残酷のアクセルリス  作者: 星咲水輝
8話 鋼鉄の夜の都
31/277

#2 戦火の使徒ゲブラッヘ

【鋼鉄の夜の都 #2】


 それと同時に鎖による攻撃が止まる。


「……ここは……?」

「やあ。やっと会えたね」


 背後から声が聞こえ、弾かれたように振り向く。

 待ち構えていたかのようにそこにいた魔女。

 夜闇に溶ける黒い魔装束。鋭い殺意の眼光がアクセルリスをしっかりと捕らえる。

 戦火の魔女の魔力は検知できない……が、そのただならぬ様子、一目で敵と分かる。


「お前は?」

「名前などとっくに捨てたさ」

「へえ、そりゃ面白い」


 荒くなっていた息を整えながら、アクセルリスは周囲を見やる。

 どうやらトガネとはぐれたようだ。光は街灯のものしかない。それもわずかだ。


「じゃあ私が呼び名を付けてあげるよ」

「勝手にどうぞ」

「《クロスケ》ね」

「……は?」

「クロスケ。好きに呼んでいいんでしょ?」


 アクセルリスの壊滅的なネーミングセンスが容赦なく炸裂する。


「…………《ゲブラッヘ》。それがボクの名前だ」

「えー、ダッサ。クロスケの方がイケてるよ」

「キミの感性はどうなっているんだ……んんっ」


 咳払いをし、流れをリセットする。


(っと、私のペースに持ち込む作戦は失敗か。こりゃなかなかやり手かな?)

「アクセルリス・アルジェントだね」

「いかにも」

「キミを殺す」

「──へぇ。私を?」

「そうだ。殺す」


 アクセルリスはゴーグルを投げ捨てながら尋ねる。


「なんで? 私は邪悪魔女としても残酷魔女としても新入り。武勲を上げるつもりだったら人選ミスだけど?」

「説明なんか必要ない。キミはこれから死ぬんだから」


 ゲブラッヘはそう宣告すると長刀を逆手に構える。



「──言ってくれるじゃん!」

 先制を仕掛けたのはアクセルリス。

 得物が刀ならば近寄らさせなければよい。鋼槍の群れをけしかける。

「フン」

 ゲブラッヘが手をかざすと、虚空から鎖が現れ、槍を阻む。

「この鎖……やっぱりか」

 案の定、アクセルリスはこの場に誘導されていた。何らかの罠が仕掛けられている可能性がある、と周囲を警戒する。

「よそ見してていいのかい?」

 ゲブラッヘの背後から二本の鎖が伸び、アクセルリスを狙う。

「いいんだよ」

 二本の鋼柱が出現。鎖はそれに絡みつく。

 反撃に移ろうとしたアクセルリスだったが、その目に異様な光景が映る。

「な──」

 ゲブラッヘが鎖の上を高速で移動し、接近してくる姿。

 彼女のブーツには特殊な回転機構が存在し、それを用いて鎖の上を滑るかのように移動できるのだ。

「くっ!」

 刀での一撃は鋼の手甲で防御したが、距離を詰められた。

「さっきの言葉、今なら撤回してもいいけど?」

「ふざけろ!」

 二撃、三撃と刀が振るわれる。予測していなかった展開。アクセルリスは防御するのがやっとだ。

「どうした? キミの力はこんなものなのかい?」

 余裕の表情で挑発しながらも攻撃の手は緩まない。むしろ激しくなる一方だ。

 アクセルリスに対話する猶予はない。必死に致命打となる攻撃をいなす。

「……ッ!」

 その時。アクセルリスは右脚に違和感を感じる。何かが巻き付いたかのような。

「こんなイタズラはどうかな?」

 ゲブラッヘがそう言うと、その右脚が後方に引っ張られる。鎖だ。鎖がアクセルリスを蝕んでいたのだ。

「うわっ!」

 倒れるアクセルリス。がら空きの首。ゲブラッヘはそこを狙い、刀を振り下ろす。これで決まる。

「ぐ……!?」

 突如、その脚に激痛。動きが鈍る。アクセルリスはその隙に自身を引っ張る鎖に身を任せ、離脱。

 ゲブラッヘは己の脚を見やる。深い切り傷。

「……倒れ込む一瞬でボクの脚を切り裂いたというのか。ククッ、流石だねキミは」

「……」

 アクセルリスは応えない。無言で息を整え、得物を生成する。

 ゲブラッヘは脚の傷を軽く撫でる。傷口が光り、ゆっくりとだが確実にそれが塞がってゆく。治癒魔法か。

 お互いに基本的な攻撃方法は晒した。ここからは応用力の差、アドリブの上手さが雌雄を決する。



 両者の距離は戦闘開始時に比べて半分ほど。仕掛ければすぐにカチ合う距離。

 ゆっくりと歩み寄るゲブラッヘ。その場から動かず出方を伺うアクセルリス。

 長刀を構え、刀身がギラリと鈍く光る。

 次の瞬間、アクセルリスの周囲四方向から同時に鎖が襲い掛かる。

「これは想定内」

 一歩も動かず、極めて冷静に、四本の槍をそれぞれの方向に発射。精密に打ち出された槍は鎖と相殺し合う。

 だが当然、これが本命ではない。

 至近距離にまで潜りこんだゲブラッヘ。その刀が振るわれる。

 アクセルリスも鋼の剣を両手に持ち、これを受け止める。再びの競り合い。

「しぶといね、キミも」

「私は……死ぬわけにはいかない……!」

「イイね……そういうの。殺し甲斐がある」

「……狂人め」

 そんなやり取りの裏で、ゲブラッヘは再び『イタズラ』を仕込んでいた。

 この会話も足元から意識を逸らすための罠。実際、アクセルリスはまたも右脚に絡みついた鎖を気にかけてもいない。

「もらった」

 鎖を引っ張る。これで体勢は崩れ、再び急所を狙える。今度はカウンターにも細心の注意を払う。完璧──のはずだった。

「……?」

 アクセルリスは微動だにしない。鎖は確かに引き絞ったはず。なのに何故──

「──ぐッ」

 困惑は隙を生み、隙は被弾を招く。

 鋼を纏った拳がゲブラッヘのみぞおちを穿つ。浮き上がりながら後方に吹き飛び、伏せ、倒れる。

「なん……で」

 吐瀉物を吐き捨てて顔を上げる。そしてゲブラッヘは目撃する。異常に大きく厚いアクセルリスの右脚を。

 そう。アクセルリスは同じ手を使ってくることを読んでいた。そして、万全な対策を用意していたのだ。

 右脚に鋼を纏わせ、地に深く重く突き立て、不動の杭としたのだ。



「読まれていたとは……ね。やるじゃないか」

「お前のような奴は懲りずに同じ手を使う。私の経験がそう言ってる」

 杭を消し、身軽になったアクセルリス。数回屈伸をしたのち、輝ける目で敵を捕捉する。

「だいたいわかった」

「ほう?」

「容赦は、もうしない」

 直後、アクセルリスの姿が消え、土煙だけがそこに残る。

「──上か」

 ゲブラッヘが見たのは、魔性の月を背に銀の眼光でこちらを見据えた残酷。

 悪寒が走る。脳裏に浮かぶは『死』のビジョン。

 自らの足に鎖を巻き付け、引っ張る。そのわずか一秒後にゲブラッヘがいた位置で爆発が起きる。

 ──正確には爆発ではない。上空からの踵落としだ。だがそれで発生した衝撃はもはや『爆発』としか形容できない。

 間一髪危機を逃れたゲブラッヘは、砂埃の中に月の光が反射した鋭い眼光を見る。

「……ハハッ」

『死』という概念そのものが襲い掛かってくるような状況で、ゲブラッヘは自然と笑っていた。

 砂埃を切り裂いて飛来する三本の槍。この視界では向こうからも狙いを定めることは難しいようで、回避は容易。

 だが、その後に襲来した四本目の槍(アクセルリス)。それはゲブラッヘを確実に貫くだろうし、ゲブラッヘもその事を理解していた。

「だからこそボクは、罠を仕掛けたのさ」

 突撃するアクセルリス。だが彼女はその牙が獲物に届く前に地に伏した。

 ──鎖だ。着地点から伸びた鎖が、その攻撃を抑えたのだ。

 ゲブラッヘは回避の直前、自らの立っていた場所に鎖を仕込んでおいた。アクセルリスが寸分の狂いもなく自分を狙ってくるだろうことを読んで。

 気付かれないように繊細に、気を配って仕掛けた罠。

 攻守逆転。倒れているアクセルリスに狙いを定めて、無数の鎖を射る。自らは手を下さない。

「串刺しになってみなよ」

 だが、串刺しになったのはアクセルリスのブーツだけだった。

 ──ブーツだけ。

 反射的にゲブラッヘは空を見る。そこにアクセルリスはいない。

「ぐヴッ」

 脇腹に鈍痛。一拍置いて吹き飛ぶ。

 重い、鋼の感触。その物体をゲブラッヘは何とか視界に納める。

「ブー……ツ」

 回り込んだアクセルリスは、もう片方のブーツに鋼を纏わせ、投擲したのだ。

 迫りくるアクセルリスが見える。今のゲブラッヘの体では迅速な回避は困難。

「ボクの体では……ね」

 ゲブラッヘの足元から鎖が伸びる。アクセルリスとは真逆の方向へ。

 そしてそのまま回転機構を起動。なんとか立ち上がったゲブラッヘは高速でアクセルリスから離れていく。

「少しの間、鬼ごっこでもしようじゃないか」

「悪いけど、お前と遊ぶ気は無い」

 立ち止まったアクセルリスを囲むように鎖は伸び続け、ゲブラッヘは衛星軌道を回る。

 攻撃は仕掛けない。ダメージを癒すための時間稼ぎ。

「……」

 狙い済ませて鋼の槍を放つも、当たらない。

「……ちぇ。トガネがいれば楽だったんだけど……しょうがないか」

 天に手をかざすアクセルリス。

 数十本、いや数百本の槍が彼女の周囲に出現する。

「あまりオシャレな解答じゃないけど。ま、こういう時もあるよねっ」

 あざとく笑って呟く。

「発射ッ!」

 叫ぶ。

 全ての槍が同時に空を駆ける。

 たとえゲブラッヘがどこにいようと、知ったことではない。

 貫き穿ち殺す。極めてシンプルな、子供でも分かる三段論法。




「……全く、無茶苦茶やってくれるね、キミは」

 ゲブラッヘはアクセルリスの背後から現れた。その体に目立った傷は見えない。

「凌いだんだ? アレを?」

「ボクも伊達に修行を積んでないさ」

「口だけの小物じゃなかったんだね。じゃあ死ね」

 細長い槍を不意討ちで放つ。ゲブラッヘは動かない。



 だが、当たらなかった。


「あ……?」


 ゲブラッヘは一瞬、驚いたかのような顔をしたが、すぐに何かを察したようだ。

「……やれやれ、ここまでか」

「何のことだ?」

「すぐに分かるよ」


 そう言ったゲブラッヘの横に、青白いノイズが走る。

 そして次の瞬間には、そこに一人の魔女がいた。彼女は何らかの魔法により数センチ宙に浮いている。


「我/発見→ゲブラッヘ←独断行動」

「やあ、遅かったじゃないか」

「……お前は」

「我/挨拶→邪悪魔女5i←アクセルリス」


 不気味なほどに効率化された独自の話法を操る魔女、ゲデヒトニスだ。


「……ということは、お前も魔女枢軸の構成員だったわけだ」

「そういう事だね。まあ、キミならすぐに気付くと思ったけど」

「我&ゲブラッヘ/帰還←早急←任務完了」

「……待って」


 ゲデヒトニスを呼び止める。


「我/疑問」

「今回もお前の不注意でそいつが独断行動に出たんでしょ、ゲデヒトニス」

「肯定」

「なら──私がなにを言いたいか、分かるんじゃない?」

「────情報/取引?」

「そうだ」

「へぇ──」


 アクセルリスはあのゲデヒトニス相手に、一度ならず二度までも取引を持ち掛けた。命知らず、ここに極まれり。


「良い度胸じゃないか?」

「お互いさまでしょ?」

「……フ。いいだろう。生き残ったキミに送る拍手代わりに、なにか情報をあげよう。いいよね、ゲデヒトニス」

「────承認/条件←最小限で済ませること」

「そうだなぁ。じゃあ、ボクが君の命を狙う理由とか」

「いいね。私も理由のない戦いはしたくないからね」

「じゃ、心して聞いてね」


 息を飲み、耳を傾けてゲブラッヘの言葉に備える。


「ボクが《戦火の魔女》の弟子だからだ」

「…………なんだと?」


 予想の遥か上の言葉に、アクセルリスは眉をひそめる。


「我が師の名誉のために、キミには死んでもらわなきゃいけないのさ」

「……関連性が掴めないんだけど」

「……やれやれ」


 ゲブラッヘは無言でゲデヒトニスにアイコンタクトを送る。


「続行/承認」

「《頽廃の岡の大戦火》って知ってる?」

「知らない」

「戦火の魔女が引き起こした最後にして最大の戦争さ」

「──最後?」


 アクセルリスの心に一粒の雫がこぼれた。


「ああ。我が師匠が隠居する直前にもたらした戦争。圧倒的な戦災の暴威、巻き込まれた全ての人間は死に絶えた──たった一人を除いてね」


 アクセルリスの背筋が凍る。点と点が線で繋がっていく。


「キミだよアクセルリス・アルジェント」

「…………」

「ボクは師匠の事を崇拝している。だからこそ、その最後の作品を完璧なものにして差し上げたいんだ。たった一人の生き残り──」


 ぴっ、とアクセルリスを指差す。


「キミを殺してね」


 ゲブラッヘは邪に笑む。


「そうすれば、頽廃の岡の大戦火での生存者はゼロになる。あゝ、素晴らしく美しいじゃないか!」

「ふざけるな……ふざけるなよ」


 握った拳が怒りで震えている。


「作品だと……? そんな理由で私の家族は……ッ!」


 憎悪一色の表情。その殺気にゲブラッヘも一瞬固まってしまう。


「私を殺して完璧な作品にする、と言ったな」

「ああそうだ。ボクなりの師匠への恩返しさ」

「私は……死んだ家族の分まで生きなきゃいけないんだ」


 声が震える。怒りか、あるいは悲しみか。


「そんな理由で……死んでたまるか……!」

「ボクにとっては大事なんだよ。はぁ、やっぱりキミとは相容れないみたいだね。行こう、ゲデヒトニス」

「承認→我&ゲブラッヘ/帰投」

「それじゃ、バイバイ。また殺しにくるから、覚悟しておいてね」

「待て!」


 アクセルリスが手を伸ばすも、二人はノイズを残して消えてしまう。


 ◆


「…………」


 理不尽な理由で命を狙われる怒り。


 気まぐれで殺された家族への悲しみ。


 復讐相手に繋がる者に逃げられた悔しさ。


「…………あああああああああッ!!」


 一人残されたアクセルリスは、夜に吠えるしかできなかった。


【続く】

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