#1 ざわめく街
【鋼鉄の夜の都 #1】
魔都ヴェルペルギース。
魔女機関の本部が置かれているこの都は、魔女社会において最重要の地。
それゆえに、防衛・警戒態勢も強固に構築されている。
「んー……」
その要となるのが、この魔女。
体格自体は最も小柄。しかしその頭には背丈の二倍はある巨大な帽子を被っているため、総合すれば大柄に分類されてしまう。
《暴食の魔女》ケムダフだ。
邪悪魔女8iの彼女の担当はずばり《防衛部門》。
魔都と魔女機関本部の守護という、重大な役職。
彼女はあるインタビューでこう語った。
「外道魔女も増えた昨今、防衛というものは一番大事ですからね。我が防衛部門こそが魔女機関の最も重要な役職でしょう」
──この発言がかの有名な《邪悪魔女大論争事件》を招いたのだが、それはまた別の話。
ケムダフは常に長大な杖を持ち歩く。
この杖で街中に待機する配下の魔女に指示を与え、警備を行わせているのだ。
また、彼女自身の強い魔力感知能力を更に引き出す、増幅器をしての役割もある。
──その感知能力が、ある魔力を捕らえた。
「…………!」
『それ』を感じたケムダフは血相を変えて指令室を飛び出た。
数刻後。クリファトレシカ99階、邪悪魔女会議室。
「バシカルとシェリルスは任務、シャーカッハは遠征……か。まあ仕方ない」
集まった魔女を見渡しケムダフは呟いた。
「緊急の話とは一体なにごとだ」
「今から説明する。覚悟して聞いてね」
「……」
不穏なものを感じ取り皆強張る。
「ついさっき、《戦火の魔女》の魔力を感知した」
とんと静まる会議室。最初に言葉を零せたのはアイヤツバスだった。
「────ありえない」
「残念ながら事実だよ。私の感知に狂いが無いのはみんな知ってるでしょ」
「その魔力はどの辺りから?」
「分からない。ほんの一瞬だったからね」
「SRRRRRRR……」
「何か、手は」
「勿論打ってある。四つの駅全てで検問を行うよう指示を下した。また、感知力に優れた人員を総動員してもいる」
「──私、残酷魔女の方に行ってきます」
「ああ、頼んだ」
アクセルリスは食い気味に立ち上がり、そのまま足早に退室した。
「私たちもできることをしようか」
「そうだね。私の部下の中で感知が得意な人員を援護に向かわせます」
「私もだ」
「助かるよ、イェーレリー、アディスハハ」
二人も部屋を出る。
「SHHHRR……わたしは情報の隠蔽工作をする。余計な情報の流出でヴェルペルギースの経済が乱れるようなことがあってはならない」
「うん、頼んだよカイトラ」
カイトラも退出。残ったのはアイヤツバス。
「アイヤツバス、君は」
「…………データベースから情報を集め、戦火の魔女の行動傾向を探ってみる。何か有力なものが掴めたら報告するわ」
「うん、ありがたく。それじゃ私ももう行くね」
ケムダフが退出。残されたアイヤツバスは座ったまま、呟いた。
「──おかしい。何かが」
まもなく彼女も姿を消し、会議室は静寂に包まれた。
扉が勢いよく開かれる。
「シャーデンフロイデさん!」
「アクセルリスか。話は伝わっているぞ」
現在集まっているメンバーは五人。
「戦火の魔女の魔力が検出されたんだってね」
アーカシャは目線を手元から離さぬまま。
「由々しき事態だ。俺たちが何とかしねえと」
グラバースニッチは装甲を纏い、臨戦態勢。
「何か対抗手段はあるんですか?」
「そりゃあるさ、なんせウチのエンジニアは一流だからね」
「褒めても何も出ないよ、ミクロマクロ。っと、ひとまず四人分は調整し終わったよ」
アーカシャが見せたのはゴーグル。見た感じでは何の変哲もない。
「レンズ部分に魔法石を使っててね。これを装備すると、特定の魔力──今回なら戦火の魔女だね。それが可視化される」
「ハイテクぅ」
「これを使って魔力を辿り、発生源を特定してもらう」
「残留魔力が消えちゃパアだからね、なる早で頼んだよ」
「了解です!」
アーカシャはゴーグルを渡して回る。アクセルリス、グラバースニッチ、ミクロマクロ、そしてアガルマトに。
「…………え?」
アガルマトに。
「え?」
「え? じゃないよ、あんたにも行って貰うんだよ」
「わ、私が……?」
「当たり前でしょ、人数足りないんだから。バカ武器マニアもたかPお嬢様も全然帰ってこないし」
「わたし、なんか、違くない?」
「何言っても無駄だかんね。あんたは西」
「う、ううぅゥぅ……」
めちゃくちゃ嫌そうな顔のアガルマトには目もくれず、各メンバーに割り振りを行う。
「グラバースニッチは北、ミクロマクロは南、アクセルリスは東ね。ほら、分かったらとっとと行く!」
「了解です!」
「了解だ!」
「了解ー」
「ううゥ……」
四人は迅速に任務を開始した。
「頼んだぞ」
街に降りたアクセルリス。活気は相変わらず。情報は漏れていないようだ。
通りを進んでいては通行人に阻まれロクに活動できない。そのため彼女は家々の屋根を飛び渡って調査を行っていた。
だがなかなか見つからない。
「トガネ、起きてる?」
〈起きてるぜ、始めっからな〉
「そんなら話は早い、あんた魔力とか探せないの?」
〈そうだな、なんとなくだけど匂いで分かる……かも〉
「分かるんだ!?」
〈期待されてなかったのかよ!?〉
「どう? なんとなく匂い感じない? 私はまだ何も見つけてないんだけど」
〈んー……右から何となく焦げ臭さを感じる〉
「右」
アクセルリスは言われるがまま右を向く。
「……ん」
彼女の目は捕らえた。路地裏に続く道。そこにわずかだが、赤黒い色をした残光があるのを。
「あれか! ナイストガネ!」
〈へへん。もっと頼ってくれていいんだぜ?〉
「それは保留!」
〈なんでさ!?〉
残光に沿って進むアクセルリス。進めば進むほど色濃くなってゆく。
「これは当たりなんじゃないか?」
一歩、また一歩と進み、路地の角に当り、曲がろうとしたその時。
〈主! 上だ!〉
「ッ!?」
トガネの声で素早く上を向く。
頭上から襲いかかってきたのは数本の鎖。先端は楔状になっていて、危険だ。
アクセルリスは地面を強く踏み込み、前方にステップ回避。
回避された鎖たちは石畳に深く突き刺さる。トガネがいなかったらと思うと恐怖しか感じない。
そして鎖はすぐに霧散した。
「なんだったんだ?」
〈主! まだだ、まだ来る!〉
「マジか、マジで!?」
トガネの言葉通り、鎖は再び襲来する。
今度は前後左右、横方向の退路を封じる様に。
「マジだ! なんなんだ!?」
足裏に鋼の棒を生成することで上方に回避。だが。
〈まだ来る!?〉
「どこまで……!」
三度。今度は前後上下左右あらゆる方向から、それも時間差で襲い来る。
不安定な鋼棒の上では回避は悪手。
棒から家々の屋根に飛び移り、その場からの撤退を試みる。
──が、そう上手くもいかない。
「……ッ」
アクセルリスの目に映るのは、無数の発射待ちの鎖。
「……いいよ。相手してやる。かかってきな」
言い終えると同時に鎖たちが牙をむく。
アクセルリスの残酷なる銀の瞳はそれらを一つずつ、的確に見切り、最善の動作、最善の回避行動を取る。
次第に鎖の量が増え、攻撃が激しくなる。回避動作も自ずと限られてくる。
──そして、アクセルリスはとある広場に降り立った。
【続く】