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残酷のアクセルリス  作者: 星咲水輝
1話 残酷のアクセルリス
3/277

#3 残酷の萌芽

【残酷のアクセルリス #3】


 時刻通りにペルキッセスの丘に着いたアクセルリス。そこには既にバシカルが居たほか、アディスハハの姿もあった。


「アクセルリス、おはよー」

「お早う」

「おはようございます。今日は何の任務ですか?」

「そうだな。始める前にまずは任務の説明からしよう」

「お願いします」

「今回の任務の主な目的はアクセルリス、お前へのインストラクションだ」

「インストラクション……?」

「邪悪魔女にはこのような任務もある、というのを理解してもらう。身をもって」

「ああなるほど。それで、その内容は?」

「端的に言ってしまえば『租税の徴収』だ」


 ◆


 邪悪魔女たちが(フォル)(ガニン)(タ・マ)(ジア)を運営するにあたって、大切なのはやはり何といっても資金や素材。いくら魔女と言えど、それが無ければやっていけない。

 そこで、各地の魔女たちから租税を集め、魔女機関を運営する。


 では魔女機関とは? これまで説明を省いてきたが、少し紹介をしておく。

 まあお察しの通り、魔女たちが快適に利便に過ごせるよう尽力する組織のことである。本部は当然、魔都ヴェルペルギースはクリファトレシカ。

 その根幹は邪悪魔女たちによって成されており、彼女たちの部下がそれぞれ与えられた業務を行い、魔女機関を運営しているのだ。

 話を戻そう。魔女機関を運営する魔女たちと、そうでない魔女たち。お互いの相互扶助により、今の魔女にやさしい環境が出来ているのだ。

 そして、全ての魔女に納税の義務がある。それを破る魔女がいれば注意あるいは徴収し、場合によっては処罰する。ただそれだけのことだ。


 ◆


「……なるほど」


 それなりに理解していたが、みっちり説明されると嫌でも考えさせられる。魔女の世界も気楽ではないのだ。


「というわけだ。今日の対象は《土の魔女》ソイルシール。こいつは双月もの間租税を納めていない」

「もちろん徴収しに行ったんだよ? 何回も。でもね、その度に姿をくらませてて」

「だが今回は逃さない。重要な任務だ、二人とも気を引き締めてくれ」

「はい」

「はいっ」


 任務開始。



「これまでの結果からして、対象はまともに取り合う気はないだろう」

「じゃあ、どうするんですか?」

「決まっている。実力行使だ」

「取り押さえて、払うようだったら厳重注意で解放ね」

「……払わなかったら?」


 恐る恐る尋ねる。帰ってきた答えは、予想通りのものだった。


「処罰する」


 処罰。その言葉の底知れなさにアクセルリスは恐怖した。

 具体的にどうするのかは言わなかったが、おおよそ察せられる。

 アクセルリスは覚悟を決めた。


 ◆


「さて」


 一行が辿り着いたのは岩場。どっちを見ても岩があるのみ。


「ここにいるんですか?」

「与えられた情報によれば、そうなる」

 そのとき、バシカルの眼の色が変わる。

「どうしました?」

「……何か、居る」

「!」


 緊張感が一気に高まる。


「アディスハハ、周囲の警戒を」

「分かりました」


 アディスハハが力を籠めると、周りに薄く草が生い茂った。

 アディスハハは《蕾の魔女》。植物を操ることを得意とする。

 バシカルも剣を抜き、不測の事態に備える。アクセルリスも鋼の槍を数本生成し構える。



 沈黙が続いた。


 バシカルの杞憂と思われた、その瞬間。

 落ちていた岩が、一行目がけて高速で飛来した。

「岩!?」

「やはりか!」

 バシカルはそれを両断。見事な太刀筋。それは悲鳴を上げ絶命。

「岩……じゃない……?」

 見たこともない物体に恐れるアクセルリス。

「あれは《セキロックス》。岩の様な姿の《使い魔(シーヴェ)》だ」

「魔法の関連性からみて、ソイルシールの使い魔で間違いなさそうだね」

「手応えからして、まだ生み出されてから間もないな」

「……ってことは」

「うん、創造主はまだ近くにいるハズ」

「情報は正しかったようだ……来るぞ!」

 今度は三体のセキロックスが三方向から飛来。三人を襲う。

 バシカルは同じように一閃。

 アディスハハを襲ったセキロックスは、突然地面より生えた太いツタに絡めとられ、砕かれた。

 アクセルリスは槍の一本を発射。セキロックスの中心に命中。粉砕。

 三体全てが斃された。しかし間をおかずして第三波が襲いかかる。

「な、なんて数……!?」

「まさかこの岩ども、全てが?」

 その数、先程までの比ではない。数十のセキロックスが全方位から飛来。避けられない。

 危機的状況の中、アクセルリスは集中する。周囲の鋼の元素を根こそぎ集め、天に手をかざす。

 一行の頭上に、無数の槍が生成される。

「行け!」

 アクセルリスの指示でそれらは放射状に発射され、セキロックス達を次々撃墜する。

「すごい! すごいよアクセルリス!」

「なかなかやるな、助かった」

「キリがない、今のうちに進みましょう!」

「うん!」

「行くぞ!」


 ◆


 走る三人。セキロックスの襲撃は既に止んだ。

「使役主はそう遠くないはずだ」

 頷くアクセルリスとアディスハハ。

 岩場を超えた先、一行が着いたのは森。

「ここならばどこにでも隠れられそうだ。アディスハハ、どうだ?」

「……今のところ、我々以外の存在は確認できません」

「そうか。少し骨が折れそうだな」

 バシカルは剣を華麗に扱い、すぐに戦えるよう備える。

 アクセルリスは槍を構えて警戒中。敵が襲ってくるならば即座に撃墜する。

 アディスハハは植物の動きに集中。異変があればすぐに気付き、報告するだろう。

 そう思われていた。

「あ」

 アディスハハが気付いた時には、すでに遅かった。

 地中より現れた石像が、アディスハハを吹き飛ばす。

「きゃぁ!」

「アディスハハ!?」

「なに!」

 槍を発射する。石像に刺さりはするが、活動を停止させるには至らない。

「そちらから姿を現してくれるとは!」

 バシカルの剣が振るわれる。ガリンと鈍い金属音が響く。有効打とはなりえない。

 土埃が晴れ、アクセルリスは石像の肩に立つ人影を見た。

「あれが」

「そうだ。奴こそ今任務の対象」

「フフフフフ……我が名はソイルシール。偉大なる土の魔女である」

 土色の魔装束を纏う魔女。土の魔女ソイルシール。

「やっと見つけたぞ、脱税者め」

「おやおや、脱税者とは人聞きの悪い。私はただ私の好きなようにやっているだけだが」

「魔女機関のルールを守ったうえでならこちらも文句は言わんのだがな」

「フフフフ、私にそのようなしがらみは似合わない」

「貴様の自分語りに興味など無い。本題に入る」

 剣先をソイルシールに向ける。

「ほう?」

「貴様が納めていない双月分の租税。払うのか、払わないのか」

「愚問。私は貴様らの思う通りには動かんのでな」

「ならば、処罰する」

「やってみろ!」

 バシカルは跳ぶ。

 石像への攻撃は無意味。ならば狙うはその本体であるソイルシール。

 だが当然、敵も易々と攻撃を通す気は無い。

 本体を狙った決断的な斬撃。しかしそれは石像の腕で阻まれる。

「お返しだ!」

 石像の逆の腕が振るわれる。バシカルは最小限の動きで完璧に防御するが、勢いまでは殺せず、弾き飛ばされる。

 激しい攻防の隙に、アクセルリスは背後へと回っていた。死角から槍を発射する。

 やはり石像への攻撃は無効にされるが、一本の槍がソイルシールを狙う。

「甘いぞ小娘!」

 ソイルシールは跳んだ。躱された。惜しい。アクセルリスがそう思っている間に、敵は頭上にいた。

「!」

「貴様からだ!」

 ソイルシールの両手に岩石が集まり、剛腕を形作る。

「危ない、アクセルリス!」

 ツタがアクセルリスの足首に絡みつき、引っ張る。多少雑ではあるが、致命打を回避。アディスハハだ。

「あ、ありがと!」

 肝を冷やしたが、そんな事を悠長に感じている場合ではない。ソイルシールからの追撃に構える。

 だがソイルシールは既に標的を変えていた。アディスハハへと。

 石像に飛び乗り、腕を振るわせる。

 ──動かない。

「なに?」

 ここでようやくソイルシールは異変に気付く。石像を見下ろす。

 その体に巻き付く、大量のツタ。絡めとられ、石像は微動だにしない。

 それもそのはず。外からの拘束は勿論、バシカルやアクセルリスが作った傷から内部へ侵入し、内側にも大量のツタが張り巡らされているのだ。

「こしゃくな」

 続いて、ミシミシと音が鳴っていることにソイルシールは気付き、石像から飛び降りる。次の瞬間、内側と外側からの圧力に負け、石像は砕き割られた。

「これで貴様の兵は失われたぞ」

 無慈悲に告げるバシカル。だがソイルシール邪悪な笑みは消えない。

「兵が? 失われた? フフフフ、それがどうしたというのだ」

「観念し降伏しろ。今ならばまだ軽い刑で済むだろう」

「兵などいらぬのだよ。私一人さえいればなあ!」

 ──異変が起きる。

 石像の残骸がソイルシールの元に集められる。

「なにを……?」

「フフフフ! フフフフフフ! 恐れよ恐れよ! 私の力に!」

 おお。なんたることか。

 ソイルシールの体に岩石が融合している。

 先程までより一回りも屈強になった体躯は、見るものすべてを恐れさせる岩石魔人そのものだ。

「観念? 降伏? フフフフ、笑わせるな! 我が前に敵は無い!」

「口だけは達者か。いいだろう」

 目にも止まらぬスピードで剣を抜く。狙ったのは首元。ソイルシールは防御せず。追いつけないか。

 かあん。剣が弾かれる音。

「……なに?」

 バシカルは訝しむ。当然だ。首には岩石も纏っていない、無防備な隙であった筈。

 しかし今の感触は、間違いなく岩。

 ──否。岩よりも硬い。

「まだ分からんか! 私の体は、有機的に、岩と融合しているのだ!」

 反撃の拳がバシカルを襲う。

「私の魔力と岩石が結合し、鋼をも超える硬度を得たのだ! フフハハハハ!」

「ぐう!」

 防御が間に合わない。きりもみ回転で吹き飛び、墜落。

「バシカルさんっ!」

「さて、次はお前だ」

 アディスハハとソイルシールが睨み合う。



 アクセルリスは? 考えていた。

 今自分がどうするべきか。

 バシカルは一時的に戦線離脱と見ていいだろう。

 アディスハハが斃されれば次に狙われるのは間違いなく自分。

 それだけは避けなければ。どうにかして止めなければ。

 だがどうやって? 相手はバシカルの剣すら弾く頑強な岩の体。

(どう……すれば)

 生半可な攻撃はブザマに弾かれてお終いだ。ならばどうする? 


 記憶の奥から、師の言葉を思い出す。

(((100%で駄目だからって諦めちゃいけないわ。200%で挑みなさい)))


(200%)

 普通の槍が弾かれてしまうのならば。

(鋭く……速く……)

 弾かれてしまうのならば。

(より鋭く……より速く……)

 アクセルリスの迷いが消えた。


 アクセルリスは槍を生成する。

 いつもの物ではない。

 今にも折れそうなほど、細く、長く、鋭い。

「より鋭く……より速く……!」

 敵を見る。ソイルシールは腕を振り上げ、アディスハハを潰そうとしている。させるか。させてなるものか! 



 異様な風切り音が鳴る。ソイルシールがそれに気づき、振り返る。

 彼女が見たのは、体勢を崩し倒れるアクセルリスのみ。

 あの小娘は何をしている? 時間稼ぎか? 囮か? ソイルシールがそれを考える必要はなかった。


「ぐはっ」


 口から血が噴き出る。何故? 胸のあたりがやけに風通りがよい。何故? 

 ソイルシールは己の胸に手を当てる。風穴。


「バ……カな」


 膝をつき、倒れ込む。

 だが、胸を貫かれてもなおその命潰えていなかった。なんたる執念か。

 アクセルリスは近くまで歩み寄る。生きているのなら、トドメを刺さなければ。

 槍を生成。その時、ソイルシールが顔を上げる。その顔は邪悪な笑みをたたえたものではなく、悲愴と懇願の想いを孕んでいた。


「たす……けて……」


 アクセルリスは槍を放ち、その顔を穿った。


「あ゛」


 土の魔女の命が絶えた。一瞬の内に。そこにはなんの感情・感傷もなかった。

 それを見ていたアディスハハは思わず息を飲んだ。いくらなんでも──―残酷すぎると。

 ソイルシールの死をもって、此度の任務は完了した。





 後日。アクセルリスはバシカルから呼び出しを受けた。

「ただいま参りました、なんでしょうか?」

「ああ、よく来てくれた」

 バシカルはアクセルリスを強く見据える。何か怒られるのだろうかとアクセルリスはヒヤヒヤしている。

「一つ提案がある」

「はい」

 お叱りではないようだ。安堵。

「単刀直入に。アクセルリスよ、《残酷魔女(マジア・ヴィエンド)》にならないか?」

「え……? 残酷魔女?」

 残酷魔女。聞きなれない言葉だ。

「えっと、何ですかそれ?」

「おっと、知らなかったか。失礼、説明しよう」

「お願いします」

「残酷魔女は我々魔女機関に存在する役職の一つだ。人員はそれほど多くは無いため、探しているのだが、いかんせん素質がある者は少ない」

「なるほど。それで、どんなことをするんですか」

「魔女の処分だ」

「え?」

「処分だ」

「処分って……あの、やっぱり、そういう?」

「おおよそ想像通りだ」

「ウェ……」

 アクセルリスの気が滅入る。やはりそういう専門職もあるのか。しかしそれは良いとして。

「私がその、そういう仕事をやるにしても、なんでですか? 素質があったんですか?」

「ああそうだ」

「それってどういう」

「簡単に言ってしまえば『無慈悲さ』だ。処分対象に情けは不要だからな」

「無慈悲さって……私がですか!?」

「……先日のソイルシールとの戦闘。私とアディスハハはしっかりと見ていたぞ」

「え?」

「ソイルシールの命乞いを、全く聞き入れずにトドメを刺しただろう」

「あ……」



 あの時の記憶がフラッシュバックする。

 確かにあの時、アクセルリスは容赦なく息の根を止めた。

 しかしそれはそうしなければまた窮地に追い込まれてしまうからであって、無慈悲さがアクセルリスの中にあったわけでは──

 いや。

 いや待て。

 もしかして。

 ──自分では気づいていないだけなのか? 

 その点を踏まえ、様々な出来事を思い返す。

 ……言われてみれば、そのようなエピソードは幾らでも思い出せる。

 幼い頃、きょうだいらとの思い出の中。

 …………《あの日》からの数日間。

 師、アイヤツバスとの生活の中。


 そして。


(((もー! みんなが怖がるし危ないから配慮してって言ったじゃないの! )))


 ファルフォビアの言葉だ。そうだ。これもだ。これも無慈悲さ、残酷さの表れだと言えるのだ。

 そうだったのか。私は、残酷だったのか。



「アクセルリス?」

「……分かりました」

 決意を胸に、アクセルリスは顔を上げる。

「やります。残酷魔女、やらせて下さい!」

「いい返事だ。残酷魔女の筆頭に言っておこう。なに、お前なら難なく入れるだろう」

「ありがとうございます!」





 自分の中の隠されていた残酷な一面。

 それに気づいたアクセルリスの心は淀んではいなかった。むしろ逆であった。

 光明だ。アクセルリスには光明が見えていた。進むべき道を。


 これからアクセルリスは残酷魔女の一員に加わり、仕事をこなしていくだろう。

 邪悪魔女、そして残酷魔女として、アクセルリスは様々な出来事を経験し、様々な者と出会うだろう。

 それは今は記さない。まだその時では無いからだ。

 ただ、これだけは残しておこう。


 彼女の物語は、まだ終わらない。


【残酷のアクセルリス おわり】

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