そして、
三つ眼のカラスが紫色の空を飛ぶ。
辿り着いたのは深い森、降り立ったのはとある工房。おびただしい数のツタに覆われた古い看板の横に、真新しい看板が立っていた。
カラスは器用に扉をくちばしで数回突く。
「ありゃ、手紙?」
中から現れたのは、銀髪が光に映える明朗な少女。
カラスの首から一通の手紙を受け取る。役目を終えたカラスは再び飛び立ち、空の向こうへ消える。
その場で封を破り、内容を読む。
「お師匠、どうかしたか?」
中に戻らない彼女を心配して、奥から声がする。どこか荒々しい感じのする、別の少女の声だ。
「……朗報だよ」
「なんだぁ?」
「アルルタミラ、《魔女機関》がお前を採用するってさ」
「……え?」
「ウソじゃないって。ホントに書いてあるから」
手紙を渡された若き魔女──アルルタミラは、眼をこすり、一文字一文字をしっかりと読む。
確かにそこには書いてあった。彼女を《魔女機関》の一員として認めることを。
「…………よっしゃああああっ!」
アルルタミラは喜びを爆発させ、手紙を奪い取っては脇目も振らず工房の中へと走り去った。
「こら、危ないよ」
「母さん! 見てくれよこれ! 私、やっと魔女機関に認められたんだ!」
「わー! よかったねアルルタミラ!」
「まったく遅すぎるよな!」
「だねー。アルルタミラすっごい頑張ってたもんね!」
「だろー?」
屋内から聞こえるのは二人分の声。アルルタミラのものと、優しく華々しい色のもの。
「アディスハハ、あんまり甘やかしすぎないでね」
「はーいっ」
響く快闊にそう釘を刺し、彼女はそのまま庭の中央へと歩み出た。
「やれやれ。アディスハハのことは『母さん』って呼ぶのに私はずっと『お師匠』なんだよなー」
口を尖らせ小さくぼやく。だが実際のところさして気にしてはいないようで。
「……ま、『お師匠』も悪くはないんだけどね!」
そう笑う、銀色の魔女──見習い魔女アルルタミラを養子として、そして弟子として育てるこの魔女。
彼女の名は、既に物語を冠する座を捨てている。故に、今の彼女はこの世界にあってただ何者でもない魔女でしかない。
「んー、いい天気だ。あの日も確かこんな快晴だったっけ……」
どこか感じた懐かしさに身を預け、うららかな光の中で回暦に沈む──しかし、すぐに首を振って現へと戻る。
「っと、ダメダメ! 今の私に思い出に浸るヒマはないや」
宿業は終わった。時は先へと進み続ける。ならば、灼銀の眼を向けるべきなのは過去か未来か、問うまでもないだろう。
彼女が今見るべき世界を取り戻す、それと同時に工房から声が聞こえた。
「お師匠? 戻らないのかー? 母さんが朝ごはんできたって呼んでるぞー」
「うん、すぐ戻るね!」
愛する者の手料理。それは彼女にとって何よりも優先される──だが今は、それをも上回る、悪戯めいた欲望があった。
けして衝動的なものではない。むしろ逆で、ただ心がむず痒くなる程度の小さな欲望。だが、それは止められるものではなく、また止める必要があるものでもないのだった。
「せっかくのタイミングだ。改めて、言っておこう」
そして彼女は、まっすぐに空を仰ぎ、どこまでも、世界を超えた先にすらも、聞こえるように叫んだ。
「私の名前はアクセルリス────今日も私は、生きるぞーっ!」
【残酷のアクセルリス おしまい】