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残酷のアクセルリス  作者: 星咲水輝
50話 ACCEL・Re:Start
272/277

#2 午前0時の魔法

【#2】




 魔女機関本部クリファトレシカ、1階執行官室。

 主を失ったこの部屋に、今はシェリルスが一人佇んでいる。


「…………」


 眺め、立ち尽くす。

 彼女がここに来た理由は『遺品整理』。バシカルにとって最も近縁の者として彼女がその役を負った──どの道、シェリルス自身も他人に任せるつもりはなかった。


「っつーのに、何も手が付かねェな……」


 碌に動くことが出来ないまま、無為に立ち往生を続けるばかり。それほどまでに彼女が心に負った傷は深く。


「師匠────」


 シェリルスはバシカルの選択に納得はした。だが──事実を受け入れられるかどうかは、また別だ。


 どれだけの時間そうしていただろうか。

 無情なるノックの音が鳴った。それは幻夢に半身を沈めていたシェリルスを現実へと引き戻す。


「……誰だ」

「失礼する」


 ノックの主は返答を待たずに立ち入った。その姿は骸骨で構成された大柄の影──制服姿の法務官イェーレリー。


「イェーレリーか? 何の用だ。アタシは見ての通り傷心中だ、下らねェ話だったらテメェでも容赦しねェ」

「それならば丁度いい」


 イェーレリーはその懐──骨と骨の隙間より、整った一枚の紙を取り出した。


「お前に辞令が降りた」

「辞令……?」


 シェリルスは眉を顰めたが、すぐにその真意に気付く。そして自棄ぎみに言葉を吐き捨てた。


「──ハッ、そういうことかよ。師匠の庇護が無くなった以上、アタシみてェなはみ出し者は邪悪魔女に相応しくないってトコか。納得の行く話だぜ」


 当然、それは本心でもなんでもない。だがそれでも、シェリルスという魂はそれを紡ぐことを止められない。

 イェーレリーもそれを知ってか、彼女の言葉には耳を傾けず、ただ手を動かす。


「それで、アタシはどうなる? 追放か? 処刑か? なンでもいいけどな、もう」

「お前は《邪悪魔女3i威力部門担当》から──《邪悪魔女1i執行官》へと異動となった」

「────は?」


 耳を疑った。

 邪悪魔女1i執行官──魔女機関において総督に次ぐ役職である誉れ高き数字であり、そして同時にシェリルスが最も敬愛する師、バシカルの後任となることを意味していたのだから。


「な」


 目を向ければ、イェーレリーが掲げる紙──契約書に記された文面が、それが真実であることを確かに語っていた。


「待て、待て待て待て! おかしいだろうが!」


 理解の範疇を超えた現実に、口火を切られたように喚き出すシェリルス。対するイェーレリーはそれすらも想定内のようで、静かに落ち着いたまま。


「何故だ?」

「邪悪魔女に欠員が生じた場合、他の魔女による推薦により後任を決める──そういうモンだろ!?」

「それは前任者が後任を指名しなかった場合の話だろう。バシカルさんはお前を指名していた。それだけだ」

「誰に!」

「私や総督にだが──その際に言っていたぞ。『本人にはもう伝えてある』と」

「伝え──」


 その瞬間、シェリルスの記憶がフラッシュバックする。それはかつて確かに聞き届け、心のどこかに留め置いていたが、忘れる寸前まで置き去りにされていたもの。

 バシカルの言葉。



『ゆくゆくはお前がこの立場になる。私は1iの後任にお前を指名するつもりでいる』



 と。


「あ──」

「心当たりがあるようだな、その様子では。ならば話が早い」


 またも返答を待たぬまま、イェーレリーは契約書をバシカルのものだったデスクに置いた。


「引き継ぐ意志があるのなら、この書類にサインをして総督に提出しろ」

「アタシは──」

「私に言われても困るからな」


 敢えてそう突き放し、イェーレリーは去っていった。これはシェリルスが決めるべき選択であり、シェリルスが向き合うべき運命であるからだ。



「…………」


 彼女は暫くの間動くことが出来ぬままでいたが、遂に意を決してデスクの契約書へと手を伸ばした。


「……?」


 そのとき、初めて気付いた。

 一通の手紙がそこに置かれているのを。黒一色のバシカルらしい便箋に認められながらも、送られることがなく残されていた──否。

 その手紙は『今ここにあること』で役割を果たしている。なぜならば。


「『我が弟子、シェリルスへ』──」


 それはバシカルからシェリルスへと遺されたものなのだから。 



「────」



 シェリルスは何を考えるでもなく、ただ導かれるように手紙を取り出し、師が遺した言葉を読み始めた。



「……『シェリルス。お前がこれを読んでいるのならば、私はこの世にいないだろう。後始末を投げることを許してくれ』」


 謝罪から始まる遺言の手紙は、更に黒の深奥へと続いていく。


『どんな最期であれ、私は悔やむことはないだろう。そしてお前ならば私の選択も理解してくれるはずだ』


 バシカルはシェリルスを信じて旅立った。最後の最後まで、彼女は弟子のことを信じ続けていたのだ。そしてシェリルスは見事その信頼に報いた。


『このような形で遺言を残すようになった切欠は、我が姉カーネイルとの離別にある』


 殺戮中枢カーネイル。魔女機関環境部門秘書でありながら、兇暴極まる残虐性を妹にすら隠し続けていた悪逆無道たる外道魔女。

 そんな存在になっても、バシカルは姉のことを斬れなかった。幼いころから道を共にしてきた唯一の肉親だ──普通は斬れるはずもない。


『私はアイヤツバスを完全に殺すために縁を断つ剣の開発に携わり、剣が確かに縁を断てるのかを私で試した。つまり、私の中にある数多の、ほぼ全ての縁を断った』


 二律背反の苦境を味わいながらも、彼女は魔女機関を守るシステムになることを選んだ。それは己の身を捧げることも厭わない、まさに冷徹に相応しい犠牲。


『当然、カーネイルとの縁も存在した。私にとって唯一の肉親でありながら最悪の裏切り者だったカーネイルとの、だ』


 そして、先ず己を斬ったのだ。


『断った後、空虚な充実感を得た。筆舌に尽くし難い感覚だったが、私は確かに実姉であるカーネイルとの繋がりを失った』


 その感覚はきっと、実際に断たれた者にしか理解できず、また理解しないほうが幸福なものなのだろう。


『そして私はカーネイルを斬れるように、魔女機関は戦災の魔神を滅ぼせるようになった。私は有していた数々の縁を失ったが、必要な対価だ』


 魔女機関のシステムであるバシカルに躊躇も後悔もない。ただあるのは冷徹な意思のみ──だと、思われていた。


『だが、私はある一つの縁だけは断たなかった。それはシェリルス、お前との縁だ』


 そんな彼女にも『例外』はあったのだ。たったひとつにして何よりも輝かしい炎に他ならないもの。


『それだけは怖かったのだ。カーネイルとの縁を、あらゆる縁を断った私でも、お前との繋がりを失うことは何よりも恐ろしかった』


 バシカルが初めて露わにした恐怖の感情。それは到って純粋なもの──『喪失』と『孤独』だった。


『何を意味するかは言うまでもないだろう。お前が私にとってかけがえのない存在だったということが、他の繋がりを失っていく毎に際立っていった証明だ』


 消えていくほどに、残された存在は際立っていく。剣を完成させていく中で、黒い瞳はその過程を見届けてきた。


『今の私が最も恐れることはお前を失うこと、それ以外にない。だから私はお前より先に消え往くことを決めた。勝手なことだが、この程度の我儘ひとつくらいならば許されるだろう?』


 今までずっと、冷徹な執行官として任務の中に生き続けてきたバシカル。そんな彼女が己のやりたいことを定めたのだ。これこそ彼女のエゴの確立であり、その果てに銀色の生還が在る。


『だからこそ、この遺言はお前だけに宛てるものとなる。私を失って残されてしまうお前に、私の全てを打ち明けるためのものだ』


 望みは怨恨を残さず去ること。奇しくもそれは、余りにも多くの禍根を残しながらも滅ぼされたアイヤツバスとは対極にある。


『執行官の立場をはじめ、私が遺した()()()()()()をお前に託すことに決めた。遠慮することなく受け取ってくれ。師として、私がお前にできる最後のことなのだから』


 この瞬間、バシカルはシェリルスの師を終えた。それが示すのは、灰かぶりの姫が自分の足で歩き始める新たな物語。


『最後に。いつまでも愛している。バシカル・キリンギより』


 深き慈愛──常に抱き続けていたそれを改めて書き記し、手紙は締め括られていた。最後まで、しっかりと整った筆跡だった。



「────」


 そして読み終えたシェリルス──到底抑えることの出来ない感情が吹き上がる。


「師、匠…………!」


 項垂れ、一滴一滴が重い涙を零す。

 歓喜。哀悼。感謝。溢れ出る感情がシェリルスをぐちゃぐちゃにしてしまう。灰にされた過去を超えてきた彼女ですら、狂おしく。


「ああ、ああ──」


 だが、彼女は強い。あのバシカルが鍛えた弟子なのだから。


「泣いてる、場合じゃねェ」


 涙が熱を帯び、すぐに蒸発して消える。


「師匠、見ていてくれ。アタシの姿を──いつまでも」


 黒い迷いを焼き切り、上げたシェリルスの表情は、猛き炎と冷たい徹心を兼ね揃えたものだった。

 そしてシェリルスはその場から二つの証──契約書と、立て掛けられていたロストレンジを手にし、去っていった。



【続く】

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