#1 魔女裁判
【骸の法廷】
「魔女裁判?」
「うんっ。どう? 見に行かない?」
クリファトレシカ、環境部門長室。
今この場には環境部門担当のアクセルリスとその秘書カーネイル、そして訪問者アディスハハ。
トガネは窓際でうたた寝だ。
「今日はイェーレリーが執行するんだよ」
「はあ、イェーレリーさん……」
正直なところ、アクセルリスはまだイェーレリーと打ち解けられていない。
なにせ相手は身長2m超えの骸骨魔人。表情などないし、そもそも話す機会も少ない。
「私からも傍聴をお勧めします」
「カーネイルさん」
「イェーレリー様が直々に出向く裁判を見る機会など滅多にありません」
「そんなに」
「込み入った職務も今はありませんし、是非行くべきかと」
「ほら、カーネイルさんもそう言ってる」
「うーん、それじゃあ行くかあ」
これを機に苦手意識をなくすことが出来ればいいなあ。その程度の気持ちをアクセルリスは抱いていた。
「カーネイルさんも一緒にどうですか?」
「お心遣い感謝いたします。ですが私には別の用事がございまして」
「そうですかー」
「是非お二人で楽しんできてくださいませ」
「分かりました!」
「それじゃあ行ってきます」
二人を笑顔で見送った後、程なくしてカーネイルも部屋を出た。
クリファトレシカ三階、大法廷。
そこには裁判官の席が五つある。
その内、両端の二つには、魔女機関から無作為に選ばれた無関係の魔女が座る。いわゆる裁判員制度という奴だ。
内側左右には法務部門のナンバーツー・ナンバースリーが座る。
そして中央に座るは当然、法務部門の長、最高法務官イェーレリーだ。
◆
アクセルリスが大法廷に足を踏み入れるのは初めてだ。
予想を超える広さと傍聴人の数に度肝を抜かれる。
「ほあぁ、人がいっぱい」
「でしょでしょ? そのくらいイェーレリーは人気なんだよ」
「ここまでとは……」
二人が座ったのは特別傍聴席。邪悪魔女などの特権役職の魔女用の席。
辺りを見渡してみる。知っている顔もちらほら。
例えば端にはアガルマト。横の席に人形を座らせている。
また逆端にはケムダフ。山盛りのポップコーンを抱えている。完全な鑑賞体勢だ。その横には黒く細身の魔女。こちらには見覚えが無い。
そして、すぐ隣にはアーカシャが座っていた。
「およ、アクセルリス」
「こんにちは」
「見に来たんだね。そっちはお友達かな」
「いいえ、恋人です!」
「ちょっ!?」
「不束者ですがアクセルリスとお付き合いをさせていただいております!」
「お、おお」
異常な熱気にたじろぐアーカシャ。
アクセルリスはアディスハハの口を押え、出まかせを修正する。
「んぅ」
「違いますからね!? 違いますよ!?」
「わ、わかった、わかったよ」
アーカシャは苦笑いするしかなかった。
◆
低いチャイムの音が法廷に響く。
アホなことしているうちにいつの間にか開廷時刻になっていたようだ。
はじめに着席するのは裁判員魔女二人。彼女らはあらぬ反感を抱かれないよう黒いローブを纏い、顔を隠している。
続いて現れたのは青髪と赤髪の魔女二人。右には青髪、左には赤髪が座る。
最後に現れたのはイェーレリー。相も変わらずその姿は骸骨魔人。骨の隙間や空洞からは明るい空色の光が仄光る。
重厚な骨が触れ椅子が低い音で軋む。
「──これより魔女裁判を行う」
その宣告をもって、法廷内の空気がピンと張り詰める。
「……っ」
アクセルリスも思わず姿勢を正す。
「被告、隕石の魔女ミーティア。入れ」
イェーレリーの言葉で、嘲るような表情の悪魔の面を被った魔女がミーティアを連れ、入廷する。
ミーティアは釈然としなさそうな顔をしている。
「何故自分がここに立たされているか分かるか」
「わからん!」
「……そうか。それではこれから分からせてやろう。ドロイト」
「は」
名前を呼ばれたのは右の青髪、名はドロイト。
「証人を呼んであります」
「よし、招け」
「は」
ドロイトが指を鳴らすと、嘲るような表情の悪魔の面の魔女がまた別の魔女を連れてくる。
「はいどーもー」
暢気な声色のその魔女は、アクセルリスのよく見知った顔だった。
「残酷魔女、ミクロマクロでっす」
《規格の魔女》ミクロマクロ。こんな場でも相変わらず両腕に付けている無数の鉄輪がジャラジャラうるさい。
「あーっ! 私をひっ捕らえたやつー!」
「お久しぶりですねぇ、ミーティアちゃん」
「くっそー他人事みたいに! 後で怖いからな!」
「静粛に」
イェーレリーの制止が無ければ、この言い合いは果てしなく続いていただろう。
「ミクロマクロ、証言を」
「はいよーっと。っつっても言う事なんか、外道魔女に認定された彼女を捕縛したって事くらいかな?」
「今の言葉に偽りはないな?」
「もちろん。神に誓ってね」
「かしこまった。ではミーティアよ、反論はあるか?」
「大ありよ! 私が外道魔女に認定されたってとこ! なんかの間違いでしょ!?」
指差しまくし立てる。ミクロマクロは飄々とした態度を崩さぬまま応える。
「間違いじゃないんだね、これが。ミーティアちゃん、魔女機関から危ないことはするなって散々言われてたのにまたやったでしょ? だからだよ」
「先月の起こった、星クズの森の物体落下事件のことですね。こちらその資料になります」
イェーレリーに紙束を手渡したのは左の赤髪、名はガウシュ。
「うっ……で、でもそれ、私と関係無い自然現象だったんじゃないの?」
「見苦しいよー。私の同僚が調査しに行ってね。成分を採取して検査したら貴女の魔力が検出されたんだよ」
「資料の三ページを。ミクロマクロの言は確かなようです」
「確認した。先の物体落下事件、隕石の魔女ミーティアの関与は間違いないようだ」
「うぅーっ」
イェーレリーの厳粛な言葉にミーティアの言葉は詰まる。
「何か、他に?」
「…………ない、です」
「よし。では纏めよう」
一瞬の静寂。
「隕石の魔女ミーティア。汝は魔女機関からの再三に渡る警告を無視し、危険行為をし続けた。これにより外道魔女に認定され、罪を負うた」
「……はい」
「これより判決決定を行う。ドロイト」
「は。被告ミーティアは今だ未熟であり、己の力の強大さを深く自覚できていないと考えられます。故に、執行猶予を与え、魔女機関による情操教育を行うべきと判断します」
「ガウシュ」
「は。被告ミーティアの行いは『未熟』という免罪符では擁護できない規模のものと判断します。故に、懲役に服させ、獄中での徹底教育を施すべきと判断します」
「よし。それでは最終決定を行う」
イェーレリーが指示を出すと、控えていた二人の裁判員魔女の手が動く。
ドロイトとガウシュの意見を参照したうえで、二人の裁判員魔女が手元の二つある魔法石のどちらか一方に魔力を送る。どちらの意見を支持するかの表明。
そしてその結果がイェーレリーの手元の魔法石に表示され、それらから鑑みて最終判決を下すシステムだ。
「…………判決は下った」
法廷内の空気が張り詰める。アクセルリスは息も飲めないほど見入っていた。
「被告、隕石の魔女ミーティア。十年の執行猶予、二十年の懲役を科す。また、魔女機関で行われる情操教育カリキュラムへの参加を義務付けるものとする」
「…………つまり?」
結局何が何だか分かってなさげなミーティア。そんな魔女に対して言葉を選ぶのも法務官の仕事だ。
「これから十年間危ないことをしなければいい。あと魔女機関でやる講習会みたいなのに参加してもらう」
「捕まらないの?」
「何もしなければな」
「やったー!」
無邪気に喜ぶミーティア。その様子を見てミクロマクロはやれやれと肩をすくめる。判決の結果がどうであれ、彼女の任務はこれで終わりだ。
「以上をもって閉廷とする。解散!」
イェーレリーの一声を合図に、法廷内のあらゆる魔女が退出していく。
◆
「…………」
アクセルリスは言葉を失っていた。
「どうだった?」
「いやあー……すごいな……!」
「でしょ? 来て正解だったでしょ?」
「うん!」
興奮冷めやらぬままアディスハハと分かれ、環境部門へと戻っていった。
「おかえりなさいませ、アクセルリス様。如何だったでしょうか?」
「ホント凄かったです! 凄く凄くて!」
興奮状態のアクセルリスは語彙が貧弱だ。
「それは良かったです。ではこちらをイェーレリー様へと届けてくださいませ」
シームレスに何らかの資料を手渡す。
「……え?」
「こちらを。イェーレリー様へ」
「……カーネイルさん、計算ずくでしょ?」
「さて、なんのことか」
アクセルリスは額に手を当て観念した。
◆
いくら雄姿を見た後とはいえ、苦手意識はそうそう薄れるものではない。
むしろ逆だ。威厳たっぷりなあの姿を見た後では、気後れしてしまう。
だが部門長としての仕事ならば仕方がない。腹をくくろう。
「……っと、ここか」
表札を確かめる。
クリファトレシカ20階、法務官室。間違いない。
他の部屋の扉と同じ規格・デザインのはずなのにとても大きく厚く感じる。
アクセルリスは左手の甲に十字を刻み、意を決してノックした。
「すみません、環境部門のアクセルリスです。資料を届けに来ました」
一呼吸おいてから返事が返ってくる。
「どうぞ」
「失礼します」
扉を開ける。
そこにいたのは一人の魔女。骸骨魔人ではない。
いや──誰? 秘書?
「あの、イェーレリーさんは」
「私だが」
「…………え?」
「私がイェーレリーだ」
「うそ」
「ほんとうだ」
「え、え、えええええええええええええええ」
驚愕の叫声。思わず資料を落としてしまう。
「あ、あなたが」
まだ状況の整理が付かない。
目の前にいるのは至って普通の魔女。繰り返すが、骸骨魔人の姿はどこにもない。
白くて動きやすそうな魔装束。噂に聞いたことがある、最新鋭高機動スーツとやらか。
そしてその容姿。見た感じ、アクセルリスやアディスハハと同年代の少女。身長に至ってはアクセルリスよりも低い。
「中身──ってことですか」
「そうだな、そうなる」
「すごい、予想外……」
「隠してたつもりはなかったんだが」
「というか──私と同じくらいですよね!?」
「そうだな。だからこれからはアディスハハのように、対等に接してくれるとうれしい」
「じゃあ、そうするよ! ってか口調も違くない?」
「ああ、あまり意識しているわけではないんだけど……どうも、鎧骨を付けてると気持ちがキリッとして」
「キリッと」
「魔女機関の法務官、つまり《法の番人》としてあの姿は定着してるから、威厳を出さないと」
「ほぁ~大変なんだね……プレッシャーとかすごそう」
「ま、もう慣れたもんだが」
そう言って笑うイェーレリーの姿は骸骨魔人とは結びつかない、無垢な少女。
「……それで、何しに来たんだっけ?」
「あっ、資料資料」
ここで初めてアクセルリスは落とした資料の存在を思い出す。なかなかのうっかりさん。
「はいどーぞ」
「はい、たしかにうけとりました」
絶妙なゆるさ。
魔女機関の最高幹部である邪悪魔女同士のやり取りがこんなものだと知られたら一体どうなるんだろうか。
◆
イェーレリーに資料を手渡した瞬間、鐘が鳴る。知らせる時間は’後のドラゴン’。
そしてそれと同時に、アクセルリスの腹の虫も唸り声を上げる。
「……あ」
赤面。アクセルリスは照れ隠しに笑い、イェーレリーも笑う。
「せっかくだ、一緒に食事して親睦を深めようか」
「おっ、いいね!」
「アクセルリスは何が好きなんだ?」
「私は鶏肉が大好物! 三度の飯より鶏肉食べたい!」
「お、おお……よく分かんないが情熱だけは伝わったぞ」
「イェーレリーは?」
「私か? そうだなぁ……」
二人の魔女は食堂へと向かって行った。話に花を咲かせながら。
新たな友情。アクセルリスにどう影響するのか。
往く道は神のみぞ知る。
【骸の法廷 おわり】