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残酷のアクセルリス  作者: 星咲水輝
49話 Akzer&Answer
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#11 アクセルリスとアイヤツバス

【#11】




 静謐となった二人の世界。残心のまま、風が吹いた。


「う…………あ、あ」


 アイヤツバスは一歩、また一歩と力なく後退する。魂も、命も、アクセルリスによって絶たれた。

 ならば、死ぬ。


「……終わりです、お師匠サマ。あなたも、あなたを縛り付ける邪悪な『縁』も、私が殺しました」

「そう…………みたいね」


 一筋の血を唇から流しながら、アイヤツバスは微笑む。そして静かな拍手をアクセルリスへと送る。


「おめでとう。あなたの勝ちよ」

「勝ち負けじゃないんですけどね、私が求めていたのは。ただの復讐と生存本能ですよ」

「だとすれば、まだね」

「……まだ、とは?」


 予兆を感じ取り、アクセルリスは目を細める。散らばっていた剣たちを手元に寄せるが──それと同時にアイヤツバスも動いていた。

 彼女は膝を付き、大地──戦災の魔神の神体に両腕を突き刺していた。


「私の身体、もうちょっとだけ動くみたい」

「な」


 問い返すよりも早く地鳴りがした。それは神体が再起動されている証明だった。


「なんで……! 致命傷は与えたし、立ち上がるための『縁』も斬ったのに!」

「そうね──私を動かすだけの『縁』がもう一つあった、ってことかしら」


 アイヤツバスの身体が燃え上がる。やがて段々と、完全なる炎へと変貌していく。


「それは」

「あなた──『アクセルリスとの縁』よ」


 それだけを残し、炎は神体へと吸い込まれた。同時に地鳴りが激しさを増し、立っていることすら困難なほどになる。


「──ッ!」


 言葉にならない数多の感情。それを宿しながらアクセルリスは再び翼を得て飛び立つ。


「そんなバカなこと……!」


 空を駆けて体勢を整えたときには、もう戦災の魔神は起き上がっていた。魔神の視線が交錯する。


〈──あなたのおかげ。そしてあなたのため。それが私の動き続ける理由〉

「分かるように言え!」

〈ケターとの縁が断たれ、私の中で世界の滅亡を叫ぶ声はなくなった。そうしたら聞こえてきた声があった。それは私自身の声──『あなたと共に滅びたい』という声〉

「だから私と心中するためにまだ動くってことですか!?」

〈そうみたい、ね。だからあなたはこの縁──『私とあなたの縁』を絶つしかないんじゃないかしら?〉

「そんな────」


 憤慨、しかし葛藤を抱えながらアクセルリスは空に佇む。


〈とはいえ、私の身体はもうじき死ぬ。神体もボロボロのままだし、派手なことはできない──だから〉


 そう言うと、アイヤツバスは姿勢を整えた。直立し、空へと口を開く。同時に神体の各所が赤黒く明滅する。


〈だから最高の光をあなたに贈る。それであなたを滅ぼし、私も滅ぶ。それが私の、最後の望みよ──!〉


 そして始まるのは魔力の充填。己の崩壊をも省みないその一撃は、彼女の言葉通りに最高の光となるだろう。



「お師匠サマ…………」


 選択肢。アイヤツバスに存在する『アクセルリスとの縁』を絶ち完全に殺すか、その『縁』を守ったまま彼女と共に滅ぶか。


(そんなの──どっちも選べるわけない。でも私は──どうすれば──どうすればいい?)


 己へと問うが、しかし誰も答えない。命を共にするトガネであろうと変わりなく。それはアクセルリスに与えられた選択だからだ。故に、彼女が答えなければならない。


(運命を織り成す横の糸──『縁』。私と、お師匠サマの────)


 アクセルリスは深い沈黙の末、目を見開き、そして。


「────分かった」


 と、顔を上げた。


「あなたが『最高』を見せるなら、私も『最高』で答える。それなら──いや、それしかあなたを「納得して」殺せない」

〈ふふ、ありがと〉

「だから見届けろ。私の──あなたの弟子であるアクセルリスの、最高の輝きを!」



 そして飛び立つアクセルリスが目指したのは遥か天高く、更にその向こう側。



「最高で──最上で──最強で──最後」


 超える。超える。雲の海も、夜の闇も、世界の天蓋も──やがて辿り着いたのは星々の領域。無数に瞬く星の中、アクセルリスもまた銀の星として君臨する。


「あなたに捧げる、私のためだけの──銀色」


 アクセルリスは手を静かに広げる。掌の上、そのわずかな一点を核に鋼の元素を集約させ始めた。

 それは世界の全てを標的とした神のドグマ。地上はおろか、周囲に煌めく星々からすらも鋼を奪い尽くし、その手中へと収めゆく。

 生まれたのは小さな銀色の球形。アクセルリスがその手を握れば全て覆われてしまうほどそれが、彼女が導く光。


「もっと。もっとだ──足りない。100%を超えて、どこまでもどこまでも。私の師匠がそう教えてくれたんだから──」


 より魔力を籠める。依然として銀色の大きさは変わらない──だが、着実に鋼の元素は集いつつある。

 それが意味するのは『集中』。小さな規格を維持したまま、その鋼の密度・質量だけが増加し続けている。

 そう。アクセルリスは『星』を生み出そうとしているのだ。


「…………ん」


 銀色の眼が何かを捉えた。神にしか分からぬ変化がまだ生まれぬ星に起こったのだろう。

 それを見届け、一つ呟いた。


「トガネ、まだいける?」


 答えはないが、アクセルリスは笑って頷いた。


「……ありがと。これで最後だから、もうちょっと頑張ってね!」


 すると、アクセルリスは影の炎でトガネを全て燃やし、鋳溶かした。

 そして純粋なる『断絶』の概念となったトガネを、未熟な星と融合させ凝縮させた。球形の輝きが目に見えて増す。


「よし、あとは」


 アクセルリスは球形を額に寄せ、目を閉じて囁いた。


「お師匠サマ──私は、あなたのことを、ずっと、ずっとずっと────」


 全てを籠め、目を開く。言葉は締め括られないままだったが、これでいい。

 これはアクセルリスがアイヤツバスへ想いを捧げる儀。その想いが言葉で表せるはずもないのだから。


「うん。これでいいんだ。これで──」


 虚ろ気に微笑んだ。

 そして未だ星ならざるものが一際強く瞬き、残酷に輝いた──今、アクセルリスの『星』が誕生した。


「……さて」


 見下ろす──遥か遠く、母なる大地たるアイヤツバス。その輝きを最高潮に、天空のアクセルリスに狙いを定めている。


「向こうも丁度、か。流石は私たち師弟って感じだ」


 そう言って少し笑い、星を収めたままに右手を掲げた。


「でもそれなら都合がいい──いきますよ、お師匠サマ」


 輝く双眸。銀と赤、両の瞳が光放つアイヤツバスを捉えたその瞬間、アクセルリスは叫ぶ──!


「これが────私だっ!!!」


 全神全霊、持てる力総てを籠め、神は星を投げ落とした────!





〈アクセルリス────!!!〉


 アイヤツバスは滅ぼすべきその名を轟かせながら、全ての力と想いを乗せた熱線を解き放つ。

 その熱量、世界へと向けられていたならばそれを三度は滅ぼしただろう力。

 しかし魔神はそれを一人の少女に向けることを選んだ。あるいはだからこそ、それだけの力を得たのだろう。


〈消えましょう──滅びましょう! 私と共に────!〉


 愛を込めて。その狙いは正確無比に。遥かな宙だろうと、寸分の狂いもなくアクセルリスを中心に据えた熱線。ならば届けば完全に滅ぼせる、それに間違いはない。

 しかしアイヤツバスは『縁』を感じ取っていた。アクセルリスがいまだ滅びぬまま存在することを。


「……感じますよ。お師匠サマ。あなたの想いが」


 そう呟くアクセルリス。彼女は周囲に拡散する熱線から、アイヤツバスの感情を読み取っていた。

 拡散──そう。かの熱線がアクセルリスへ届いていないのは、何らかの存在が熱線の奔流を遮り、その先端を散りばめているからに相違ない。

 そして、その存在こそアクセルリスの星──否、『槍』である。


「私は残酷だ。そして残酷が行きつくのが命を穿つ鋭利さ──つまり槍なんだ」


 アクセルリスによって投げ放たれた星は、加速する流星の旅路の中でその形状を歪め、一つの長大な槍へと進化を果たしていた。

 いわば星槍。今はそれが、戦災の熱線を切り裂きながら驀進し続けている。


〈重い──! これは、これが──あなたの──!〉

「そうだ。私のエゴ、私の感情、私の全て! それが宿った槍だ! だから──折れない! 絶対に、だ!!!」


 叫ぶ。爆発するアクセルリスの想いに答えるように、星槍は進む。圧し留める熱線との拮抗に勝ち続けながら、流れ星の勢いを破竹のままに!

 そして、遂に──



〈あ────〉

「行け────行けえええええええっ!!!」



 届く!



〈あ〉



 世界を揺らしながら星槍が突き刺さる。戦災の魔神、その神体を半分以上貫き、槍は止まった。



〈あ、あ、あ〉


 アイヤツバスは短く呻き、そして。


〈……まだよ、まだ死なない…………! 私はまだ動く……あなたとの! つながりがあるから!!!〉


 恐るべき神の執念で槍が刺さったままの神体を稼働させ、再び宙へと顔を向けた。



 そして、見た。



〈え〉



 続けて降る光を──赤い帯を引く銀色の彗星を──『槍』そのものとなった神を────



「だったら、私にもある────」



 残酷に迫る、アクセルリスを!



「お師匠サマ────!!!」

〈──アクセルリス〉



 それが見えたときには、何もかも──




「これで、終わり」




 世界、そして神としての己すらも置き去りにするスピードで、アクセルリスは刺さったままの星槍を、アイヤツバスの神体ごと──その拳で穿ち抜いた。




〈──あ、────ああ、──────あ〉



 戦災の魔神が崩れていく──崩落の隙間、目映い白い光が放たれる。


「──」


 それは言葉すらも遅く、アクセルリスを包み込む──




【続く】

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