#5 神と神
【#5】
明け、白み始める夜空。それを裂き、影鋼の魔神が飛ぶ。
その挙動は高速かつ精密──まさに迅雷。魔行列車の十数倍も速く空を駆けながらも、その眼は獲物を狙う隼のように戦災の魔神を捕えている。
「アイヤツバス──戦火の魔女──戦災の魔神──お師匠サマ」
数あるその存在の名を繰り返しながら、その心と体にただ殺意の残酷だけを滾らせ続け、両手に握る剣に力を籠める。
縁を断つ剣と、繋がれた縁の剣。相反する想いを宿した二振りこそが、彼女の復讐譚に最後のページを刻むのだ。
〈おいで──アクセルリス〉
「殺す────!!!」
揺るぎない意思の言葉。それと同時に、彼女の眼は巨大な剣が生える瞬間を映した。
〈まずは、これ〉
「!」
大地より生み出されしそれは、戦災の魔神の神体と同じ赤黒い断崖の剣。アイヤツバスが魔力を注ぎ込み生成したものだった。
一振り。アクセルリスの進路上、神の道を遮るように迫る。
「はッ!」
巧みな空中制動、アクセルリスはそれに触れる寸前に軌道を直角に逸らし躱す。
しかしそれは先駆けに過ぎない。曲げた軌道の先、再び神を落とさんと次々に剣が生え続ける。
「────邪魔ッ!」
二度、三度とアクセルリスは剣を躱していたが、四度目は無かった。
それは、彼女が道を逸らさないことを選んだ──つまり、全ての妨害を踏み抜いて進むことを選んだからに相違ない。
「しゃあああッ!」
咆哮、双剣が平行に構えられ、振るわれる。
断崖の剣に比べればあまりにも小さな神の太刀──しかしそれは、巨大な剣閃と共に剣を斬り伏せた。
ザン、と世界を裂く音が響く。それは遠景のクリファトレシカにも届くほどの轟音だった。
「何度でも邪魔してみろ。私は何度でもそれを殺し、進む! 今までのように、だ!!!」
神の絶叫。その預言の通り、アクセルリスは頻度を増しながら生え続ける断崖全てを斬り捨て、アイヤツバスへと迫っていた。
〈流石ね──あなたほどの魔女が魔神になれば、これだけの力を誇る。師として誇らしいわ──〉
「その誇りがあなたを殺す! 後悔してももう遅い──私はここにいる」
会話の間、アクセルリスは十分な間合いに至っていた。戦災の魔神の巨躯、その周囲を旋回して飛び続ける。
「あなたが招いたのはあなたの滅び──私こそがその証明だ」
周回のアクセルリス、その軌道に鋼の槍が残され始める。そしてそれらは一様にアイヤツバス目掛けて駆け出す。
「行けッ!」
鋼の魔女だったころから変わりない、彼女の得意戦術。無論、槍たちも魔女の域を超える力を有していることは言うに及ばず。
〈ふふ、厄介ね〉
それは戦災の魔神であろうと決して無視の出来ないものとなっていた。
対してアイヤツバスは、魔神の身体に悍ましき戦災の魔力を漲らせる──それに応じて彼女の体表は、赤黒く冷え固まった溶岩から、赫耀と煮え滾るマグマのような様相へと変化を見せる。
それは魔力を変換した純粋な熱。魔神の鋼であれど、触れるだけで熔解する。
「熱い。ここまで熱気が届く」
外気ですらも身を焼き焦がす脅威。アクセルリスは旋回と槍の生成を止め、少し離れた中空に留まりながらアイヤツバスを見下ろす。
同時に思い出すは師と魔力を重ね合わせた記憶。冷静な師より流れ込む熱い魔力に驚いた、今となっては懐かしきもの。
「それがあなたの魔力、その極致なんですね」
懐古、呟く。嗚呼、その日々は決して戻らないからこそ美しくある。
〈ええ。これは私が永く永く胸の裡に秘め続けた熱情──全てを滅ぼしたいという、ね〉
「──その想い自体を否定することはしない。それも一つのエゴだと、私は認める」
〈あら、成長したのね〉
「その代わり」
アクセルリスは神としての魔力を滾らせる。両目がそれぞれの色で激しく輝き出す。
「それを上回る私の──『生きたい』というエゴで! 神潰す!!!」
真っ直ぐな感情の叫び。呼応して、彼女の両脇に長大な二本の槍が生み出される。
「これはその為の『牙』だ。この一撃から、私の咀嚼を始める」
〈へぇ──言うようになって。なら私のこの熱も、超えてみせると?〉
「当然ッ!」
〈なら試して御覧。何度でも──蕩かしてあげる〉
蠱惑的な、挑発的な神の声。直後、戦災の魔神の体表を駆け巡る魔力が熱を増し、煌々と世界を照らす。
〈おいで〉
「行け──ッ!」
奈落の劫火。しかしアクセルリスは、一筋の恐れも見せぬまま、アイヤツバスへと槍を解き放った。
音を超え駆ける槍。その狙いは定かに、戦災の魔神へと触れる──だが、たとえ宿す残酷が強かろうとも鋼と熱の相克は覆せず。荒れ狂う岩漿に飲み込まれ、滴る銀色に変貌してしまう末路を辿る。
〈これも熔けちゃったわね。結局あなたのエゴもこの程度なの? アクセルリス〉
「どう思いますか?」
しかしアクセルリスは不敵にあり続ける。その意志を代弁するように、彼女の魔力も留まらずうねり続けている。
〈まさか、ね〉
「すぐに分かりますよ」
〈ええ、楽し、み────?〉
言葉の最中、アイヤツバスは違和感を覚えた。
それは神体の内より。不可侵であるはずの神の領域から及ぶ違和感は、己を『刺し穿つ』ものに間違いない。
〈これは〉
だんだんと、その感覚が強くなる。やがて齎されるのは痛苦──神を殺す、神の力。
「私の鋼は溶かした程度でその進軍を止めるものではなくなった」
槍を受け止め溶かした魔神の体表。絶え間なく流れるマグマの奥に、液体となりながらも残酷な鋭利さを具現化する鋼があった。
そう──『流体金属』。
アクセルリスが有する、鋼の元素を操る魔法。魔女であったころの彼女では、元素を固体の形にしか集わせることしかできなかった。当然、一度槍として生成した鋼をそのまま剣へと変化させるといったことも不可能だった。
しかし、魔神となった彼女はその限界を打ち破った。鋼の元素は最早確固たる形を持たずとも彼女の命に従い、その残酷をあるがままに映し出す。
「神体の中で私の鋼が暴れている──それを感じるでしょ?」
〈──ええ、これはなかなか不愉快ね〉
「安心しろ。すぐに終わる」
そしてアクセルリスは剣でアイヤツバスを──その内に潜む鋼を指し示した。
それが示すのは攻撃指令。神の命を受け、流れ続ける鋼たちが同時に同じ方角を向き、そして魔神を穿ち進んだ。
〈く────!〉
アイヤツバスが確かな呻吟を零した、その直後──背部より、流れる鋼槍の群れが神体を突き破った。
「言ったはずだ。この一撃から始める、と」
腕と共に双剣を広げる。戦災の魔神より出でし流体鋼がアクセルリスの下に帰還し、続いて並ぶ刀身に纏わりつく。
そして生み出されるのはアクセルリスの三倍を誇るかというほどの長い刃。其処に魔神の魔力・膂力が加われば、戦災の魔神の巨躯をも容易く切り裂いてしまうだろう。
「まだだ。私は。私の牙は、私のエゴは! 飢える──飢えている! 生に、命に!」
アクセルリスが剣を交差して構える。その両腕に銀色に輝く血管が浮き上がり、次なる一撃の重さを物語る。
それはたとえ世界を滅ぼすほどに滾る熱そのものですらも裂いてしまう、また一つの滅び。
無論アイヤツバスが真っ向から受け止めるはずもなく。
〈────!〉
咆哮。アイヤツバスを護るように幾重にも断崖の剣が生み出され、同時に彼女自身の神体も急激に冷え固まり、赤黒い鎧を形成する。
そして、鋼の断罪を迎える。
「はァ────ああああッ!!!」
世界に刻まれる銀色の十字。それは障壁すべてを斬り捨て、アイヤツバス本体に届く──その神体に、確かな傷を負わせるまでに至る。
しかしアクセルリスは感じ取っていた。その一撃が致命には程遠い事を。
「……上手く凌いだか」
〈でも危なかった。それは確かよ〉
ボロボロと破片を崩れ落ちさせながら、戦災の魔神が姿勢を整える。
〈あなたの想い、よく伝わったわ。生きたい、死にたくないという執念──それが、ね〉
「その一心で私はここまで来た。伝わって当然でしょ」
〈だから今度は、私の番〉
アイヤツバスがゆっくりと攻撃態勢に移る。当然、アクセルリスもそれを阻もうと飛ぶ──だが、回避及び撤退を余儀なくされる。
「ッ……!」
それは大地より吐き出されし熱線の妨害によるものだった。見れば、アイヤツバスの周囲の地表より無尽蔵に熱線が放たれている。
「もう攻撃は始まってる、ってことか」
その呟きを裏付けるように、数多の熱線と断崖がアクセルリスを襲う。
閃光のように空を駆け巡りながらそれら全てを躱し、斬り捨て、なおもアイヤツバスを狙うが──しかしやはり、届かない。
「この辺りはもうすっかり支配下……こんな手を隠してたなんて」
〈あなたの驚くその顔が見たくって、ね〉
「やっぱり趣味悪い!」
尚も熱線の数は増し続ける。神と神の戦場、その全てがアクセルリスを敵視しているといっても良い程に、地の利はアイヤツバスにある。
〈どう? 世界全てが敵になったかのような感覚は〉
「案外、悪くないかもですね!」
本心か、虚勢か。快活にそう言ってのけるが、アイヤツバスの声色は対照的に、鎮まる。
〈私はずっと、ひとりでその中にあった〉
「……」
〈魔女になり、ケターの声を聴いた時から──世界の全てが私の敵になった〉
戦火のオリジン、その中にアイヤツバスは生きていた。孤独と共に生き続けていた。これまで語られることのなかったその胸裏が明かされてゆく。
〈だって、誰も世界を滅ぼそうなんて思ってなかったから〉
「当たり前でしょ。世界が滅べば皆死ぬ。そんなことを願うのは、極まった破滅願望者だけだ」
〈破滅願望──そうね。結局私は初めからそうだったの。ずっとずっと、何かを壊したくてたまらなかった。それは私自身であり、そして世界になった〉
神体の奥でアイヤツバスが浮かべる表情は、果たして。
〈それこそが私が生まれてからずっと宿していたエゴ──《不安定》、とでも名付けようかしら〉
その名は不安定。名付けられてしまった怪物は、今こそ世界を喰らわんと叫んでいる。
〈総ては今、このときの為に。あらゆる時間に耐え、あらゆる苦難を越え、遂に私の不安定は花開くの! 邪魔はさせない──あなたであってもよ、アクセルリス〉
「だったら!」
返す言葉、強く叫ぶ。
「抗ってみろ! その力で!」
〈──っ〉
「私は──違う! 私も抗う!」
言葉に乗せた想いと共に双剣を振り抜いた。空に佇むアクセルリスを狙う無数の熱線が、一息の間に斬り払われた。
残照する熱の中、アクセルリスは強く吠え続ける。
「世界を死なせないために──私が生き続けるために!」
〈……ええ、いいわ。そこまで言うのであれば、とことんやってあげようじゃない……!〉
二つの神、それぞれが宿す想いが正面から抗戦する。
『生きたい』という始まりのエゴと、『壊したい』という終わりのエゴ。その間に正義も悪もない。ただ強いほうが勝つ──シンプルな源流たる闘争だけがここにはある。
「はあああァ────ッ!」
翻り、中空よりアイヤツバスへと迫るアクセルリス。彼女を襲う熱線は止まないが、残酷が極まった速度はその悉くを振り払う。
その勢いのまま狙うは魔神の胴体。神の鋼で伸長した双剣を構え、振るう──しかし、受け止められる。
「ッ!」
魔を宿す断崖すらも容易に斬り捨てるその刃を阻んだのは、巨大な魔法陣だった。そして同時にそれは、炸裂する予兆を見せる。
魔神の生み出す衝撃波、その威力は余りにも甚大だ。アクセルリスは即座に状況判断し、安全圏まで後退する──その退路に、影が差す。
「マジ……!?」
それは、高く高く掲げられた魔神の右翼腕だった。全力をもって叩き付けられるそれは、形容することすら憚られるほどの破壊力を宿す。回避も防御も許さぬまま、戦災の断罪が行われる。
〈潰れなさい〉
そして、史上最大の衝撃音が鳴り響く。世界の果てにさえも届く轟音の前に、存続を許される生命は無い。
無いと、思われていた。
〈…………へぇ〉
「が……あああ…………ッ!」
一撃によって生まれたクレーター、その中央でアクセルリスは翼腕を受け止め、耐え凌いでいた。
刃に纏わせる鋼は『長さ』よりも『太さ』を優先した形に歪め、その上で周囲にも数多の槍と盾を生み出し、鉄槌の滅びから生き永らえたのだ。
「…………これで終わり?」
そう呟き、笑みを浮かべた。
次の瞬間、彼女の姿はそこから消える。銀色の残光が翼腕を這い上がるように描かれたかと思えば、アクセルリスはアイヤツバスの頭上で六枚の翼を広げていた。
「ち、流石は硬い! 一発じゃ切り刻めないか」
吐き捨てる。彼女が構えた二つの刀身、そのどちらもが激しく唸ったかと思うと、粉々に砕け散り、原形たる剣に戻る。
「こっちがもたない! そうきたか」
〈…………〉
アイヤツバスは振り下ろされたままの翼腕を見る。段々と無尽蔵の斬り傷が浮かび上がり、無数の破片が散らばる。
〈あの一瞬で何度私の腕を斬ったの?〉
「さぁ! 一回以上は数えるのも無駄なこと」
〈……ふふ、カッコいいこと言うじゃない〉
翼腕が引き戻される。同時に熱線の放出が再開される。
「もういい加減、見切った!」
その言葉通りに、アクセルリスは全ての熱線を超高速の空中機動によって躱し抜け、瞬く間にアイヤツバスへと肉薄していた。
「隙も、硬さも、攻撃も、全部!」
彼女はアイヤツバスの死角たる背後に回り込む。既に剣には十分な鋼による刃が生み出されている。
「抉り! 斬る!」
二本の剣を束ね、その背を切り裂こうとした刹那、アイヤツバスの声が響いた。
〈ご苦労様。そしていらっしゃい、『火口』へ〉
「────」
直感が叫んだ。『罠だ!』と。しかし、遅い。
凄まじい爆発が、一息にアクセルリスと世界を飲み込んだ。
アイヤツバスの背部より起こった爆発──否、『噴火』。
命有する火山でもある戦災の魔神の神体、それが及ぼす噴煙や火山弾などといった余波はこれまでにも脅威を振るっていた。その極致たるものがこの大噴火に相違ない。
〈……さて〉
首を傾け、そこに残された噴煙を眺めるアイヤツバス。
あらゆるものを塵に返してしまう熱と爆発、そんな魔神の噴火をゼロ距離で受けたアクセルリスは──
「────ッぷはぁ!」
濁った煙を切り裂き、銀の輝きを灯しながら姿を見せた。
「今のは危なかった。お師匠サマの罠にも気付かず調子付いちゃうとは、まったく情けないぞアクセルリス!」
明朗な笑みと殺意を宿したままの眼差し、渾沌の表情でアイヤツバスを睨み返す。
その周囲には熔解し乖離していく鋼が散らばる。爆発の直前、大量の鋼を球体で纏い防壁としていたのだ。
〈やっぱり、この程度じゃあなたを殺すことはできないのね〉
「当然でしょ! なにしろ私だからね」
〈その自信、その輝き──ああ、素晴らしいわ〉
「光栄ですッ!」
〈だったら私も、少し本気を出さないとね──〉
そしてアイヤツバスは力を貯める。アクセルリスは何度でも阻むべしと駆けるが、しかしやはり身を退かせる。
「ッ──!」
それは再びの噴火によるものだ。先程の大噴火に比べれば規模は小さいが──だがそれは、一度では終わらない。
二度、三度、四度、五度、六度。最早数えることすら無意味なほどに、戦災の魔神の神体で噴火が続く。
「うわわ、大変だ……!」
噴火の爆発。視界を覆う噴煙。その合間にも飛び散る無尽蔵の火山弾。大地全ての怒り、それを具現化させたかのような脅威にアクセルリスも暫らく回避への専念を余儀なくされる。
その最中、銀と赤の双眸が捉えた。
「あれは」
戦災の魔神が口部を開き、そこに純然たる熱の魔力を充填する光景を。
「また撃つ気なのか……! 流石にこれ以上は耐えられない、私もヴェルペルギースも!」
差し迫る驚異、魔神より直に放たれる滅亡の熱線。
それを何としてでも阻止すべく、アクセルリスは迫ろうとするが──数多の噴火がその道を阻む。煙が視界を奪い、爆発音が聴力を奪い、火山弾が自由な行動さえも奪い尽くす。
「く、早くなんとかしないと」
四肢に強く力を籠め、アイヤツバスの元へと辿り着こうと足掻く。だがその悉くは依然として潰され続ける。反撃の芽を摘む様に、ただシステマティックに。
「────ッ!」
憤る。焦りが最高潮に達しようとした──そのとき、アクセルリスは目を閉じ左手の甲に十字を描いた。
深く、息を吐く。悠久にして始原たる時の流れが彼女を包む。それはまるで故郷の森にいるかのような。
(──いや。今なんとかしようとして無茶に動くほうが失策だ! タイミングは来る、その瞬間まで残酷に、ただ残酷に!)
全ての存在する物、全ての起きる事には必ず最上の『時』が訪れる。アイヤツバスが熱線の充填を行うのも『時』を迎えるための儀、その一つだといえる。
ならば、アクセルリスが掴み取る『時』も、導かれる。彼女はそれを知り、そして導かれるように静かに煙の先へ抜けていった。
「──────」
只、粛々と、時が流れゆく。
〈──────〉
絶え間ない噴火、それが発する過剰な爆発音は無限の混沌の如く。
しかし二つの神は、不思議な静寂を感じ取っていた。
(そろそろ満ちる。アクセルリスか、ヴェルペルギースか──どちらに放っても十分な痛手にはなると思う、けど)
魔神の中、アイヤツバスは一人黙考していた。
(妙なのは、アクセルリスが何もしてこないこと。連続噴火に足止めされている──いや、あの子なら無理にでも突破しようとするし、それだけの力はある)
アクセルリスのことを誰よりも知る彼女だからこそ、そこに一つの疑念が詰まる。
元より彼女は、妨害を踏み超えてきたアクセルリスの不意を討とうと画策していた。しかしそのシナリオは引き裂かれた。何らかの力、彼女が燃やしてきた「何か」によって。
(まあいいわ──だったら、今度こそヴェルペルギースを滅ぼすだけね)
そして時が満ちた。
戦災の魔神の首が傾き、ヴェルペルギースの方角へ照準を定めた。
〈二度、滅亡を免れたけど、今度はどうかしらね──〉
それは神よりの別れの句。満ちる純粋なる熱を解き放とうと、大きく口を開いた──そのときだった。
「待ってました!」
眼前にアクセルリスが飛び込む。
自己犠牲によるヴェルペルギースの防衛か? 否、彼女の表情は不敵に笑み、その両手は殺意の鋭さを宿している。
「私の牙は逃さない──お前を、だ!!!」
アクセルリスはそう叫び、両掌を合わせた。右手は上顎、左手は下顎。それが形作るのは『残酷』という獣、その咢。
そして、それに追従するように、虚空より無数の流体鋼の槍が出現し、戦災の魔神の顔面ごと口部を噛み潰した。
〈────〉
より巨大な顎による封じ込め。砲塔を失った砲弾は行き場を失い、留まり──その場で弾ける。
〈──────!!!〉
世界を滅ぼし得る熱。それが内部で暴発したとなれば、剛健を誇る魔神の神体であろうと一たまりもない。
〈ア、ア、ア──〉
戦災の魔神は口部が存在していた部分を中心に、頭部の下半分から胸部の上半分にかけて激しい崩落の様相を呈していた。
「凄まじいね。それが炸裂したのは初めて見たけど、あなたの身体ですらこうなるなら、決して世界に花開かせてはいけないものだったとわかる」
〈────!〉
アイヤツバスの呻きには岩石が崩れ去る音が混ざる。気付けば激しい噴火の雨も止んでいた。
衝撃の余波か、戦災の魔神は両の翼腕でしっかりと大地を踏みしめ、前傾姿勢を取る。見れば、破損した部位に赤黒い魔力の溶岩が渦巻き、欠けた躰を修復しているようだった。
無尽蔵、無限。それ程までの魔力を有する魔神であれば、如何なる欠損から再生を果たすことすらも容易い。
しかし、これだけ甚大な被害であれば修繕に多くのリソースを割く必要がある、それもまた事実。だからこそ噴火も止まり、神体の駆動も止まった。
「それはめちゃくちゃ好都合!」
それこそアクセルリスの求めた好機、最上の『時』だった。彼女は高らかに笑い、双剣を平行に構える。鋼の飛沫が集い、その刀身を何倍の長さにも鍛え上げる。
並ぶ二つの刃が、残酷な銀の輝きを宿した。その光が瞬いて見えたときには、もう、遅い。
「はあッッッ!!!」
斬撃、一つ。それは巨大な太刀風を起こしながら──戦災の魔神、その右翼腕を根元から斬り落とした。
〈────ッ!〉
今だ再生を成さない口部から憤激を鳴らすが、それに留まる。
巨躯を支える要であった翼腕。その片方を失った戦災の魔神は、急激にそのバランスを崩し、遂に頭から地に臥した。
蹲り倒れたその姿はまるで活火山、或いは巨大な一枚岩の如く。
破壊的攻撃に裂くリソースも奪い、その大質量たる体躯も封じ込めた。
「つまり、すっごいチャンスってワケだ! でしょ!」
語りかけるような言葉はアイヤツバスへか、世界へか、或いは今もなお残る相棒の残滓へか。そしてアクセルリスは空へ空へと飛び上がる。
僅かな間を超え、辿り着くのは雲海の領域。遥か遥か上よりアイヤツバスを見下ろす。
「引き摺り出す」
大きく構える両手の剣に、更に多くの魔力を注ぐ。集う鋼により、その刃は戦災の魔神の全長に匹敵するほどにまで達した。
「本気で私と戦いたいなら──本気で私と語りたいなら! そんな偽りの骸なんか捨てろ! アイヤツバス──!!!」
叫びと共にアクセルリスは降下する。それは銀色の流星──目で追えぬほどの速さで、戦災の魔神へと奔る。
その刃が狙うは魔神の正中。一刀の元に斬り伏し、『真体』を拝む。ただその目的のため、星は降る!
「はあああああ────あああッ!!!」
太刀筋が走った──しかしそれは、終点へと辿り着くことなく消えた。
「…………!」
アクセルリスは見た。間近でその全てを見ていた。
戦災の魔神より生えた一本の腕、それが宿す魔法陣が、刃を阻んでいる光景を。
「やっと出てきたかよ……!」
そして笑った。
刃は届きこそしなかったが、結果は同じだったからだ。ならばそれで良い。
剣に力を籠めて強引に圧し込み、魔法陣との拮抗から己の身を弾く。華麗に空を舞い、決戦場たる魔神の神体に降り立った。
【続く】