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残酷のアクセルリス  作者: 星咲水輝
49話 Akzer&Answer
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#4 Akzeriyyth:Answerer

【#4】



 心配そうなシェリルスの視線の先、アクセルリスは未だ魔力の渦と戦っていた。



「ぐ…………う……!」


 呻く。それは魔力の圧に耐えることよりも、魔力の手綱を握れない己への焦りが生む声。


「もう少し……それは見えてる、のに……!」


 その言葉に虚勢はない。アポクリフェイタリスと重ね合わせる手の間には、既に宝珠の輪郭が生まれていた。

 しかし、それは長い間輪郭に留まっていた。器こそ生まれたものの、そこに魔力を満たし完成させるには及んでいない。


「これが出来なきゃ、私も世界もアイヤツバスに殺される……! なのになんで……!」


 確実に迫る『死』、それへの恐怖が首元に一筋の汗を生んだ。

 その汗が冷え切った外気に触れ、アクセルリスの身体へと突き刺すような冷気を届ける。

 それが、濁った熱を帯びていたアクセルリスに冷静さを取り戻させた。


「…………落ち着こう。何がどうダメなのかを冷静に分析すれば、きっとうまくいく」


 灼銀の瞳が未熟なる宝珠を見る。冷徹に、殺伐に、その存在を観察する。

 そして、気付くことがある。


「『核』……かな? 魔力を繋ぎ止めて一つにする核が足りてないっぽい。なにか、その役割を果たすものがあれば────」



 その刹那、一つの可能性に思い至る。

 そして、それと同時だった。その『可能性』が、気付かれるのを待っていたかのように、アクセルリスのポーチから飛び出し、重なる魔力の渦中に飛び込んだ。



「《調律の音玉》……! やっぱりこれなんだ!」


 それはかつて、《伝説のコック》にして《調律の魔女》たるリバラヘッドがアクセルリスへと渡した魔石。

 彼女は言った。『きっといつか役に立つ』と。それが、今なのだ。世界の果て、世界が上げる『生』への執着の声。彼女はその『音色』をも聞き届けていた。


「ありがとうございます、リバラヘッドさん──これで、これで────」


 音玉は自ら宝珠の中心に佇み、そして渦巻く魔力を集め始めていた。

 調律。異なる音色を繋げる希望の筋──それが何を指すか、もう誰にでも理解できる。


「これで、繋がる!」


 希望、好転。アクセルリスの笑顔の元、輪郭だけだった宝珠に段々と色と中身が宿っていく。

 それはアポクリフェイタリスの黒色から、一滴の赤を点したのち、アクセルリスの銀色に染まる。

 そして遂に、満ちた。


「──来たッ!」


 叫び、手を伸ばす。五本の指、その末端に至るまで力と神経を集中させ──遂に彼女は掴んだ。

 直後、魔力を帯びた一陣の風が吹き荒んだ。



「────ッ!」



 一瞬のち、完全な凪が訪れる。

 平穏、静寂。そして魔女たちが見たのは、銀に輝く結晶──宝珠を手に、凛と立つアクセルリスの姿だった。


「成し遂げたのだな」

「はい」


 キュイラヌートの言葉、アクセルリスは頷く。


「「「──」」」


 アポクリフェイタリスの唸りにも満足げな色が見える。

 あらゆる生、あらゆる魔の祝福の元、世界はパンドラの箱より最後の希望を手に入れた。



「…………もう、余計な言葉は要らない」


 そう言い、ベルトを己の腰に巻く。その規格は寸分狂わずアクセルリスに適合する。まるで、初めから彼女が使うべきものだったかのように。


「全ては一つの答えにある」


 宝珠を構え、魔力を籠める。銀色の内より赤い幾何学的な紋様が浮かび上がった。

 それは戦火の宝珠が有していたものとは異なる紋様──則ち、『新たな魔神』として認められた証だ。


〈────〉


 その瞬間、戦災の魔神を覆う氷──その一部、目に相当する器官の周囲の氷が砕けた。それは新たな魔神の誕生を見届けさせるという世界の作為か。


「私と世界は同じ意思を抱いてる。それは始原で純粋な一つの望み」


 残光を残しながら宝珠をベルトに嵌め、アクセルリスは、言う。


「私の名はアクセルリス。私は、死にたくない────!」


 銀色の激しい輝きが、アクセルリスの全身を、夜会室を、そして世界を包んだ────






「──────はあッ!」


 輝きを切り裂き出でたのは、アクセルリスであり、鋼の魔女(アクセルリス)ではなかった。


「私は」


 その存在は、世界へと刻み込むように、強く己の名を言った。


「《影鋼の魔神アクセルリス》!」


 影鋼の魔神。あるいは世界の意思に答える者。

 眩い銀色の輝きを讃えながら、それは一歩を踏み出す。足跡もまた銀の光となり、総ての生への導を成す。


「────これが、魔神の力」


 新生の神は確かめるように口にし、自身の姿を見る。

 基本的なシルエットは鋼の魔女アクセルリスより逸脱はせず。しかしその細部を見れば、『魔神』の存在を強く感じるものだ。


 左目の銀色はその輝きのまま、より光を増す。そして灼銀だった右目は赤一色に染まり、瞳の中に銀色の紋を浮かべる様子へと変貌を遂げていた。

 麗しい銀髪もまた輝きを増していたが、その陰影には対照的な影色をも宿していた。片側で纏めていた髪はそのままに、神々しき尾のように伸長する。

 神たる衣は魔装束の面影を残しながらも変化し、その神事に適応するような姿となった。

 そして最も目を引くのがその背より生えた巨大な翼だった。形を持ち蠢く影を、無数の鋼の槍で覆い装飾した一対の翼。それこそが《影鋼の魔神》が持つ二つの力の象徴。

 更にその翼に重なるように、銀色で半透明な翼も存在していた。二対生える副翼も合わせ、六枚の翼が神の身体には咲き誇っていた。


「アイヤツバスを──お師匠サマを、殺す力」

「然り」


 己に確かめさせるような言葉。キュイラヌートがそれを肯定する。魔女帝の詔は、確かな神の誕生を認めた。

 続いてバシカルが神の御前に歩み出で、かの存在が手にすべき力を示した。


「これを」


 それは一振りの剣。

 極限まで研ぎ澄まされた斬れ味と、緻密で美しい装飾の対比が特徴のその剣は、魔神が振るうべき神器に相応しい。


「これが、あの」

「『縁』を断つ剣だ」


 異形の半身と黒い冷静を犠牲にして届けられた、奇跡の輝き。刀身にはただ神だけが写る。

 神を斃すために神へと捧げる剣。その役割をバシカルは語り出す。


「何も想わぬまま振るえば、その刃はただの刃として万物を切り裂くのみ」


 ただの刃──そう呼称されたが、この世界でも頂点に君臨するだけの斬れ味を持つ。

 しかしこの刃が神殺しの神器たる所以はそこにはない。重要なのは、『何を斬るか』だ。


「だが魔力と強い意志を重ねることで、その刃が斬るものは有形の存在ではなく無形のもの、つまり『縁』となる」


 そう──『縁』。それを斬ることがこの剣の本懐であり、そして同時に世界を生き続けさせるための前提となる。


「試し斬りの余裕は無いが」

「問題ありません。斬れねばどの道全て死ぬ、ならば私は斬る」


 影鋼の魔神アクセルリスは決然とそう言った。神と成ろうと、彼女のやることは変わらない。ただ生きるため足掻く。


「そうか。そういうものだったな、お前は」


 バシカルは目を伏せ、首を振った。まるで己の言葉を愚問だと自重するように。


「もう一つすべきことがある。その剣は未完成だ。そしてそれを完成させるのは他でもないお前だ、アクセルリス」

「私が?」

「名前だ」


 名。遥か前より、世界においてそれは何よりも尊重されるもの。形、魂、意思。その全てを決定づけるものこそが名なのだ。

 それを定めることは万物の創造にも等しい。そしてアクセルリスには、以前に経験がある。


「その剣にはまだ名前が無い。ならば名付けるのはそれを振るうべき存在──魔神であるお前しかいないだろう」

「──わかりました」


 アクセルリスは、僅かの逡巡もなくその剣へ名を授けた。


「《トガネ》」


 その一瞬、彼女の影が揺らめいたように見えた。


「私の剣となるならば、それ以外の名前は無い」

「良い名だ。数多の意味と深い愛を感じる」

「ありがとうございます」


 神は微笑んだ。トガネを右手で握りしめる。不思議と、熱を帯びているような感覚を味わった。

 そして同時に、左手にも一振りの剣を握った。トガネとは異なり、装飾もない機能美に優れたシンプルなものだった。


「それは?」

「友達から()()()剣です。これでアイヤツバスに一太刀を浴びせてこいと、そう頼まれました」

「成程。心強いな」

「はい、まったく──」


 妖精──あるいは森。その力をも感じ、最早アクセルリスはかつてないほどに満ち満ちた。



「────よし」


 そして神は、もう一柱の神を見た。


〈────〉


 異なる神の凝視を受けた戦災の魔神は、その瞬間に再起を遂げた。直後、神体を覆っていた氷が砕け、その熱で跡形もなく溶けて消える。



〈アクセルリス──〉

「──アイヤツバス」



 神と神は、互いの名を呼び合った。大いなる視線が交わされた。



「終わらせましょう」

〈ええ、終わらせる〉



 アクセルリスが低く身構える。アイヤツバスは悠然と待ち構える。



〈この世界を──〉

「私の──復讐を」



 戦災の魔神が嗤う。影鋼の魔神が吠える。

 そして、二つの意志と、二人の言葉が重なった。



「〈今、ここで────!」〉




 刹那、アクセルリスの姿が消えた。その残滓たる颶風が夜会室を襲う。


「く────!」


 魔女たちは苦悶したが、皆耐えた。その先に見たのは、遠くに舞う六枚の翼持つ神。


「一瞬で、あんなに遠く……」

「あれが魔神の力──世界を滅ぼす、あるいは世界を救う力、か」


 口々に感嘆を漏らす中、アディスハハは窓辺に寄り、そして祈った。


「アクセルリス、がんばって──!」




【続く】

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