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残酷のアクセルリス  作者: 星咲水輝
49話 Akzer&Answer
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#1 魔女と神

【Akzer&Answer】



「繰り返すようだが、猶予はもう無い」


 キュイラヌートの声は、終焉を前にしても変わらぬ冷たさを孕み続ける。


「こちらの用意は整っている──今ここに、戦災の魔神討伐作戦を開始する」

「はい」


 返答と共に、アクセルリスが一歩前に出た。その視線がキュイラヌートと交錯する。


「我らの希望はお前だ、アクセルリス」

「分かっています。全てはお師匠サマが蒔いた種のようなもの。その後始末は、弟子である私がする」


 抽象的な言葉だった。告げる二の句は、それに形を与える。


「私が魔神になる」


 それがアクセルリスの──魔女機関の──世界の結論だった。




 以前、魔女機関が魔神へ抗う術について考察していた折、以下のような事実があった。

 魔女では魔神に勝てない。魔神には魔神でしか対抗し得ない。

 新たな魔神を生み出す力を魔女機関は有しているが、それには複数の課題が存在している。

 しかし、アクセルリスはその課題全てを突破する『希望』を有していた。故に、魔女機関はこの件についてアクセルリスに一任した。


 その答えがアクセルリスの言葉にあった。

 それは彼女自身──アクセルリス自身が魔神となること。


 挙がっていた二つの課題、『装置』と『素質』。膨大な魔力を安全かつ確実に取り込むだけの装置と、それを我が物とし魔神に至るまでの素質がなければ魔神にはなれない。

 しかしアクセルリスにはあった。その二つがあったのだ。


「まず、これが『装置』です」


 アクセルリスが一同に見せたのは、直径が人の腰ほどの古びた輪。予想に反せず、これは『ベルト』として機能するものだ。


「アイヤツバスは《古のマジアティックアイテム》と称したこれを利用して、自身から分離した戦火の魔力を取り込み、今の姿に至るまでになった」


 そう。アイヤツバスが用いていたベルトそのものだった。

 如何なる思案によるものか、戦火の魔女だったアイヤツバスはこれをアクセルリスに──恐らくは、()()()()()()()を訪れた際に──届け、譲り渡したのだ。


「理由は分かりませんが、これは今私たちの手の中にある。そして私は、アイヤツバスがこれを使用して知識の魔女から戦火の魔女になる瞬間を見た」

「つまり、魔力を装着者に注ぎ込む機能を有している、と」

「そう断言して問題はないでしょう」

「理には適っている。奴がこれを残した理由までは読めないが、何れにせよ私たちにはこの手段しかない。ならば問うまい」

「バシカルの言葉通りだ。如何なる出自であろうとも使えるものは使う。それこそが生きる、ということだろう」


 キュイラヌートの言葉に頷き、そしてアクセルリスは更に続ける。


「そして『素質』ですが──これには確信があります」


 アクセルリスは思い出す。アイヤツバスとの修行の日々。魔女になるために乗り越えた様々な特訓、それが一般的な魔女の修行とは違うことを知ったアディスハハとの談笑を。


「あの修業はお師匠サマが『私に魔神になる素質を与える』ためのものだ、と」

「根拠はあるのか?」


 シェリルスが訝し気に問う。無理もない、世界の最後の希望が直感頼りではあまりにも脆い。

 しかし、アクセルリスの言葉は真っ直ぐに。


「お師匠サマが繰り返し言っていたことがあります。『私が夢を叶えられなかったとき、それを継いでもらう』と」


 それは弟子を取った理由として、知識の魔女も戦火の魔女も同じことを語っていた。


「そしてお師匠サマの夢は『世界滅亡』だった。現に今、お師匠サマは魔神となり世界を滅ぼそうとしている」


 灼銀の眼がいまだ凍り付く戦災の魔神を写す。漏れ出す魔力が明らかに増えている。


「であればそれを継ぐとされていた私にも、世界を滅ぼす力──魔神になる素質が植え付けられている。そう考えました」

「……世界を、滅ぼす…………」


 恐ろしい力が込められたフレーズをアディスハハは本能的に反芻した。

 その表現に偽りは無いだろう。そして、それが今アクセルリスに──愛し合う者に因子として存在している。それは怖く、しかし頼もしいものだった。


「成程────」


 キュイラヌートが思案するかのように語尾を伸ばし、続けた。


「我はそれを信頼に値するものだと判断した」


 それが彼女の答え。そして、魔女機関の総意でもあった。


「では」

「ああ。アクセルリス、改めてお前に世界の存亡を託す。魔女機関の総力をお前に継ぎ込む。そして、魔神と成れ」



 それが魔女機関総督の──アクセルリスに与える、最後の任務だった。



「一つ」


 アクセルリスの返事を待たず、バシカルが口を開いた。


「言っておかねばならないことがある。私と総督とで隠していた事実だ」


 キュイラヌートが静かに頷いた。それはかつての言葉を用いるなら、『一つ、覚悟しておかねばならないこと』だろう。


「それは、以前示唆していた」

「『魔神になるリスク』に関してだ」


 リスク。これまで語られてこなかったもの。

 魔神とは強大な魔力を有する、神に限りなく近い超越的存在。それはまるで万能の力を得る『進化』のように聞こえるが、果たしてそうではない。


「一つだ。魔神となり生まれるリスクは一つ。お前はそれを負わなければならない」

「それは」

「『二度と魔女には戻れない』ことだ」


 静まり返る。その中でバシカルは続ける。


「これまで魔女暦史上では魔神の出現は確認されていなかった。故に推測となるが、魔神が魔女に戻るには有する膨大な魔力の殆どを消費し切り、その上で魔神を『手放す』必要がある」

「『手放す』……? 具体的に、どのように」

「分からない、それが結論だ。推測に推測を重ねたものなど、答えとしては不十分すぎる」


 全てが未確認の事例。その後に起こるものに、確かな結末は無い。


「故に、魔女に戻ることはできない」

「ですがその程度なら」

「そしてそれは同時に、永久に魔女機関から──魔女社会から消えることを指す」

「────」


 言葉が止まる。『永久に』『消える』それらの言葉が持つ重さが、全ての魔女に圧し掛かっていた。


「…………バシカルさん、それって」


 震える声でアディスハハが問う。バシカルは変わらぬ眼差しでそれを見た。


「魔神は『余りの魔力から存在するだけで周囲に影響を及ぼす』とされている。奴を見ろ」


 冷徹に言葉を進めるバシカルが示す先、遠景に在る戦災の魔神。


「アレは生きる火山のような存在だ。本人の意志とは関係なく噴煙や火砕流を放ち、滅びを撒き散らしている」


 どのような被害を引き起こしていたのかは、それを見届けた者ならば言うに及ばないだろう。


「それも形ある実害の話だ。そうでなくとも、魔神の有する魔力は世界に歪みを齎す。ヴェルペルギースの隔離が破られたのもその一環だ」


 ヴェルペルギースを異次元に隔離していた空間魔法も、大規模なものではあるが『魔法』の一環だ。大量の魔力の余波を受ければ脆く崩れ落ちる。

 更に言えば、現在ヴェルペルギースを運営している魔力循環システムも魔神の影響を受けるであろうことは想像に難くない。魔神がそこに存在し続けるだけで、魔女機関が5000年に渡り維持してきた魔女社会も崩れていくのだ。


「魔女機関は魔神の存在を許容できない。今までも、これからもだ」


 畢竟、魔神とは『存在してはならない存在』なのだ。それが例え魔神を討ち滅ぼすために生み出された魔神であろうとも、変わることはなく。


「────」


 魔女たちは皆、言葉を失っていた。世界を救う英雄に──否。アクセルリスという、ただ生きたいだけの一人の少女に対して、余りにも報われない仕打ちだと。

 しかしバシカルは、そしてキュイラヌートは。世界の全ての冷酷を背負う。


「今までの生活も、居場所も、関係も、全て消える。そのことを今ここで確認した上で、私たちは言う」

「魔神と成れ」



 静まり返った。



 沈黙の中、アディスハハは心中で呟いていた。


(そんな──そんなの、信じたくない。アクセルリスは──)


 彼女の黙考を裂くようにしてアクセルリスが口を開いた。


「────私は」



 世界を定める。



「魔神になる」



 その答えは残酷に、鋼のように揺るがぬままに。



「……名残惜しくないわけない」


 誰に聞かせるわけでもなく、アクセルリスの言葉が漏れ出していく。


「今、すっごく楽しい。楽しい友達も、充実した居場所も、愛すべき人もできた」


 ぽつり、ぽつり、洩れていくのはこれまでの旅路。


「だけどやっぱり──私は死にたくない」


 しかし遡った先、根源にあるものは変わらず。ただ銀色の光を湛え続ける残酷──『死にたくない』という生存本能。


「それらに縋ってまで、世界と一緒に死ぬなんて。それこそ死んでもごめんだ……!」


 強く。決意は固まった──否、初めから変わらず存在し続けていた。


「……アクセルリス」


 高潔な輝き。それを見たアディスハハは一筋の涙を流し、そして満開の笑みを浮かべた。


「そう言うと思ってた」

「ごめんね、アディスハハ。アディスハハの言った通りだ。私はずっと、こうみたい」

「ううん、いいよ。アクセルリスがそう言ってくれて、私すっごくうれしいんだ! だって、それが私の好きなアクセルリスだから!」

「……ありがとう、アディスハハ。私も大好きだよ。ずっとずっと、大好きだ」


 望みはそのままに。二人は互いの手をぎゅっと握りしめた。いつまでも、その温もりが消えないようにと。



【続く】

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