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残酷のアクセルリス  作者: 星咲水輝
6話 なんでもない一日
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#3 アンエクスペクテッド・アディスハハ

【なんでもない一日 #3】


 どれだけの時間が経っただろう。

 ずーっと同じ姿勢でいたアクセルリスの身体が悲鳴を上げてくるころだ。

 こうなると流石に一息入れる。作業の手を止め、伸びをし、深呼吸。


「ん~むぁ」


 その時。彼女の横からするりと手が伸びてきた。

「はい、オーガオンスープ」

「ん、ありがと」


 渡されたマグ。香ばしい香りの温かなスープで強張った体が安らぐ。

 ──そのおかげで、アクセルリスは異常に気付くことができた。


「ああああアディスハハ!? なんで!?」

「やっと気づいたね」


 そう言って笑う蕾の魔女はベッドに腰掛けている。呑気。


「い、いつから?」

「今がワシの4だから……一時間前か」


 数え、折られた指の数にアクセルリスは戦慄する。


「そんな前!? ちょっと、経緯を説明して……」

「まず玄関でノックするでしょ? でも反応ない。呼びかけてみるけど返事もない」

「そうだね、戸締りはちゃんとしといたから」

「だからこの部屋の窓を覗いてみた」


 窓際に目をやりながら平然と言い放つ。


「不審者! それ不審者!」

「そしたらアクセルリスがなんか作業してるの見えるじゃん? だから窓をノックしてみた」

「ええ……気付かなかった……」

「うん、これでも気付かないって相当だなーって。んで、窓を調べてみたら、鍵掛かってなかった」

「窓から入ってきたの!?」

「そうなるね」


 恐怖でスープが波打つ。


「不法侵入! それ不法侵入!」

「鍵かけてない方が悪いよー」

「ええー理不尽……」

「んで、今みたいにここに座って、しばらく様子を見てたの」

「どのくらい?」

「それが三十分だね」

「結構長い!」


 アクセルリスのベッドはアイヤツバスによる丁寧なメイキングゆえ、誰の腰にもよく馴染む。

 だからこそアディスハハは三十分間座り続けられたのだ。魔女の知啓が仇となった形になる。


「それでも気付かなさそうだったし、凄い集中してて疲れてそうだったからスープ作ってきた」

「それはありがとうね!」

「いろいろ勝手に使っちゃったけど」

「大丈夫! 私が言っとく!」

「アクセルリスって集中すると周り見れなくなるタイプだし、気を付けた方がいいよ?」

「そうだね、気を付けなきゃ」

「あと窓の戸締りもしっかりした方がいい」

「魔女が窓から侵入してくるのは想定してないからね」


 怒涛の展開に疲弊したアクセルリス。そんな彼女を再びスープが癒す。


「おいしいね、これ。すぐ飲み終わっちゃった」

「でしょ? アクセルリスのためを想って作ったんだから」

「アディスハハ料理できたんだね」

「なにおう。私一応一人暮らしなんだから」

「あっ、そうだった」

「忘れてたの?」

「いや、なんかアディスハハって家事とか出来なさそうなイメージがある」

「なんだと」

「えへへ、ごめんね」

「……」


 アクセルリスの言動にアディスハハの悪戯心が反応し始める。


「……アクセルリスさあ、少し疲れたんじゃない?」

「え? まあ確かにそろそろ休憩しようと思ってた頃だけど」

「あったかいスープも飲んだことだし、柔らかい所でリラックスしなよ」


 自らの横のスペースをぽんぽんと叩く。


「あー、そうだね。背中も腰も休めたくなってきたし」


 アクセルリスはその提案に素直に従う。席を立ち、ベッドへ向かい──


「かかったな!」

「何ィ!?」


 奇襲成功。アディスハハはアクセルリスを掴み、伏せ込み、マウントポジションを取った。


「何を!?」

「うっひっひー……ちょっとした、仕返し」


 アディスハハの指一本一本が独立した生き物のように蠢く。アクセルリスは背筋が凍結するのを感じ取る。


「ま……まさか」

「くすぐり攻撃!」

「うっぎゃあああああ!」

 首筋、脇、腹、内腿。指という名の蟲が所狭しと這い回る。

「あひゃひゃひゃひゃひゃひゃははははははは! や、やめてぃえひひひひひひ!」

「やめないよー、うりうりっ」

 アディスハハは執念深くくすぐりながらも常に変化を絶やさない。

 その指はだんだんと末端から体の中心へ移動する。

 それにつれてアクセルリスの悲鳴にも甘美な声、嬌声、あるいは喘ぎが混ざってくる。

「これがええんか! ここがええんか!」

「よくない! よくな、いぇっへへへへへっへへへへ!」

 もうアクセルリスはぐちゃぐちゃだ。

「さぁて、んじゃメインとしゃれこみますかー!」

 右手の動きが止まる。アクセルリスへの負担も半減するが、そんな場合ではなかった。

「ちょっ……何してんの!?」

「直接、頂く!」

 服だ。服を脱がしているのだ。

「ダメだってそれは! マジで!」

「抵抗するな!」

「するよ!」

 とまあ、二人の魔女は見るも無残な競り合いをしていた。


 その時。


 がちゃり、と部屋のドアが開いた。突然の出来事だった。


「ただいまー♪いやー久しぶりの買い物だからつい買い過ぎちゃっ……」


 アイヤツバスだ。ゴキゲンな声色で帰ってきた彼女が見たものは、言うまでもない。

「あ……」

「え……」

「お……」


 固まる三者。


「……し、失礼しました……」

「待ってお師匠サマ! 違うんです! 誤解です!」

「違くないですけど! 誤解じゃないですけど!」

「やめろ! 話がこじれる!」

「さ、最近の娘は進んでるのね、いろいろと」

「違うんですってばー!」


 何事もなかったかのように立ち去ろうとするアイヤツバス。

 それを必死な声で繋ぎ止めようとするアクセルリス。

 さらにそれにしがみ付き、話を一層こんがらがらせるアディスハハ。

 控えめに言って、地獄であった。


 ◆


 アクセルリスの部屋で正座する三者。


「……なるほど、そんなことがあったのね」

「やっと理解していただきましたか……」


 すんなり事情を把握したように見えるが、結構長い時間がかかっていた。

 その証拠に現時刻は後のテントウムシの0。太陽が姿を隠し、夜が世界を覆い隠し始めるころだ。


「すっかり遅くなったね」

「誰のせいだと思って……」


 どこまでもマイペースなアディスハハに呆れを禁じ得ない。


「折角だし、アディスハハも一緒にご飯どうかしら?」

「え、いいんですか?」

「勿論よ。スープまで作ってくれたんだし」

「それじゃお言葉に甘えます! あ、なら私も準備手伝いますよ!」

「ふふふ、ありがと。アクセルリスはどうする?」

「私は……すこしゆっくりさせてください……」

「分かったわ。出来上がったら呼ぶから、待っててね」

「私の手料理! 楽しみにしててね!」

「うん、分かったよ」


 部屋を出ていく二人。やっとアクセルリスに静寂が与えられる。


「う゛ああ~」


 呻き声を上げながらベッドに倒れ込む。誰かさんのせいで色々と疲れた。

 だが悪くは思っていない自分がいることにアクセルリスは気付いている。


「…………」


 シーツの匂いが鼻孔に入ってくる。嗅ぎ慣れない香りがある。


(これ……アディスハハの……)


 そのことを意識した途端に、顔が火照る。


「なーに考えてるんだか、もうっ」


 寝返り。匂いなんて気にしなければいい。それだけだろう。

 だが、今のアクセルリスの体勢は奇しくも先程と同じだった。

 そのことに気付いた途端に、心臓に引っ張られて跳ね起きる。


「あああああああもう!」


 次なる避難所は己が机。

 突っ伏し視界をシャットアウトする。

 …………だがアクセルリスの脳裏に移るのは一人の顔。言うまでもなく、アディスハハである。


「なんなんだよ……もう……」


 伏せているため顔は見えない。分かるのは今彼女の耳が真っ赤なことだけだ。



 この前の事が相当心に刻まれているようだ。

 ──あのとき、アクセルリスは考えるよりも先にアディスハハを助け出した。

 だが、これまでの彼女ではありえない行動なのだ。

 残酷なるアクセルリスは過去の出来事から《自分が生き残ること》を何よりも最優先に考える。その為なら仲間も平気で切り捨てる。例外となるのは自らを本物の家族のように育ててくれたアイヤツバスだけだ。

 そんな彼女が、なぜ他人を助けたのか。

 彼女の価値観が変わり始めているのだろうか。


 今はまだ、誰にもわからない。





〈主ー、なにしてんだー〉

「トガネ?」

 起き上がる。赤面は既に治まっているようで、トガネは何も言わない。

〈寝てたのか?〉

「いや、寝てはない」

〈そっか。メシ、できたってよー〉

「ん、わかった。すぐ行くよ」


 階段を降りるアクセルリスの鼻孔を心地よい香りがくすぐり、唾液の分泌を促す。


「この匂いは……!」

 アクセルリスの足が自然と早まる。期待に心弾ませる。


「お師匠サマ! 今日のご飯は!」

「ええ、貴女の好きなジゴクドリよ」

「ひゃっほう! いっただきまーす!」


 座るや否や鶏肉を喰らう。その顔は歓喜に輝き、悦びが溢れ出ている。


「ほんとに好きなんだね、鶏肉……」


 細々と野菜を頬張っているアディスハハは若干引き気味。


「大好物だからね!」

「何でそんなに好きなの?」

「んー……昔よく食べてたから、かな」

「そうなんだ」


 そう言いながらもアディスハハは野菜とパンだけを食べ続ける。それに気づいたアイヤツバス。


「貴女も遠慮しないで食べていいのよ、アディスハハ?」

「ああはい。でも私は大丈夫です、小食ですし、野菜好きですし」

「またまたー。最近体重が気になってきたから控えてるんでしょ?」

「ななななな、なんでそれを!」

「ふっふっふ。さっきのしかかられた時、確かな重みの増加を私は見逃さなかった」


 しまったという表情のアディスハハ。よもやあの出来心がこのような形で帰ってくるとは。


「それにベルトの留めてる位置一個ずらしたでしょ、最近」

「ば、ばれてる……!?」

「アディスハハの事なんてぜーんぶ丸わかりだからね!」

「うぐぬ……」


 勝ち誇ったかのように宣言するアクセルリス。対するアディスハハは歯ぎしりし悔しさを噛み締める。


「…………でもだからどうしたって感じしない? ばれてるにしろ肉食べないのは私の自由だし」

「あっ確かに」


 冷静になって考えてみればなんてことはないことだった。ただアクセルリスがどれだけアディスハハの事を観察しているかが分かっただけだった。


「……」

「……」

「……でも私は多少肉ついてる方がいいと思う」

「じゃあ食べるね」

「うんうん」



(何やってんだかこの娘らは……)


 これがアイヤツバスの心境だった。この一言に尽きる。


〈創造主ー。オレの飯は?〉


「あら、トガネ。あなたの分は……」


 アイヤツバスの思考が止まる。


「……あれ?」

〈どうした?〉

「あなた今まで何食べてたの?」

〈……やっと気づいてもらったか〉

「……まさか」


 そう。トガネは生まれてこの方『料理』というものを味わったことが無かったのだった。


「ご、ごめんなさい。シェイダーが何食べるかまでは調べてなかったわ……」

〈いいさ。言わなかったオレも悪いさ。今日も今日とて食糧庫の野菜を齧ってるさ〉

「台所に少し残ってるから、好きに食べていいわ」

〈心遣いが嬉しいぜ、創造主……〉


 赤い光はとぼとぼと影の中を泳いでいった。



「アクセルリス、ちょっと」

「はい? なんでしょうか?」

「貴女、今までトガネに何も食べさせてなかったの?」

「え? 使い魔(シーヴェ)って食事必要なんですか?」

「……」


 アイヤツバス、絶句。完全な教育不足。それ即ちアイヤツバスの落ち度。そして盲点。


「基本的な供給は主からの魔力だけど、補助的に普通の食事も必要になる。それが使い魔よ」

「そうだったんですか! あー! 道理でトガネがちょくちょくいなくなったり食糧庫で見つかったりした訳だ!」

「これからは、気を付けてね」

「はい! 分かりました!」





 後のフクロウ。食事は済まされ、片づけられた。アディスハハの協力もあり素早く終わった。


「本当に帰っちゃうの? 泊まって行ってもいいのよ?」

「いえ、大丈夫です。突然の訪問でしたし、醸造中の新薬の世話もありますし」

「そっかー。気を付けてね」

「うん、ありがとねアクセルリス」

「またいつでもいらっしゃい」

「はい、ありがとうございます!」

「ちゃんと玄関から入ってね!!」

「ははは、分かってるって。それじゃ、お邪魔しましたー」

「ばいばーい」

「御達者でー」



 アディスハハを見送った二人。


「すっかり遅くなったわね」

「ですねー。ついうっかり話し込んじゃいました」

「仲が良い証拠じゃない、いいと思うわ」

「そうですね、えへへ」


 アクセルリスの笑顔。アイヤツバスには宝石よりも価値があるものだ。

 過酷な過去を持ち、長い間孤独と戦っていたアクセルリス。

 そんな彼女が今こうして他の魔女と楽しそうにしているのを見るだけで、アイヤツバスの心が温まるのだ。



「……ん」


 アクセルリスの足が何かに触れる。

 袋。大分重い。何か詰まっている? 


「お師匠サマ、これは?」

「ああ、それ。さっき言おうとしてた奴よ」

「……ああ、買い過ぎたって奴ですね。何なんですか?」

「塩よ」

「……塩」

「ええ」

「何kg?」

「15kgよ。超特価だったからつい買っちゃったのよ」


 嬉しそうなアイヤツバスの表情とは正反対のアクセルリス。


「どうかしたの?」

「昼間……ダイエイトさんがやって来て」

「うん」

「塩……買ったんですよ、私」

「何kg?」

「5」

「5」

「……」

「……まあ、当分は買う必要ないって事で……」

「……そうですね、ポジティブシンキングで」





 後のイカ。死んだ妖精の森からは夜行性の獣の遠吠えが聞こえ始める。

 本能的な怖れを感じるのか、獣たちはアイヤツバス工房の敷地に近寄らない。

 極稀に命知らずの豪傑が迷い込んでくるが、その場合は弱肉強食の摂理に従い二人の魔女の食物となる。自然との調和・協調を重んじるアイヤツバスの方針だ。


 入浴を済ませたアクセルリス。トレードマークの髪留めは外され、解かれた銀髪が右に左に自由に揺れる。

 宝石細工キットは片付けられている。夜に始めるとそのまま徹夜してしまう可能性が高いためだ。

 その代わりに、机には今白紙のノートと辞書が開かれている。

 アクセルリスの趣味の一つ、詩作である。

 これまでに何度か専門雑誌に応募し、掲載されたこともある。


 とまあ、アクセルリスには多様な趣味がある。

 昼風呂・宝石加工・詩作と共通性はあまり見られない。何故か。

 それは『家族を想起させるもの』だからだ。

 昼風呂はゆったりとした性格で風呂が好きだった父オーアを。

 宝石加工は勝ち気で宝石が好きだった母シルヴィアを。

 詩作は大人しく感性豊かで詩を詠むのも書くのも好きだった上の妹アズールを。

 それぞれ思い出させるのだ。

 この他に、弟ギュールズと下の妹パーピュアに対応する趣味も存在する。

 村が滅び、思い出の品もほとんど失ってしまったアクセルリスが彼らを想起するための方法なのだ。


「……」

 月を見ながら物思う。

 もし、皆が生きていたら。

 今頃どうしていたんだろう。

 想像は絶えない。無限の可能性が浮かぶ。

 可能性──そう。彼らは皆、未来ある子供たちだったのだ。

 だがその命は失われた。無情にも。

 だからこそ、アクセルリスは今を強く生き、彼らの魂が救われることを祈って歩き続けるのだ。

 その思いを乗せ、ペン先は詩を綴ってゆく。



 後のムカデを飛び越え先のドラゴン。日付が変わった。

 明日は仕事。良いコンディションを用意するために睡眠は大事だ。魔女であろうと。

 歯を磨き、明日の支度をし、床につく。余談だが、アクセルリスは歯ブラシを一月でダメにする。

 優しく包み込む布団の力で、アクセルリスはあっという間に夢の中に吸い込まれる。

 今日も色んなことがあった。

 それら全てがアクセルリスの成長の糧となる。

 彼女は毎日成長しているのだ。



 辿り着く先は──果たして。



【なんでもない一日 おわり】

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