表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
残酷のアクセルリス  作者: 星咲水輝
48話 最後のキスの味
249/277

#2 死来たりなば首元寒し

【#2】


 暫く時が経ち、視点を『善』に移す。


「はぁ、はぁ、はぁ」


 変わらず、息を切らしながら駆ける。いつまたその命を狙う刺客に襲われるかも定かではない。

 一刻も早く、この『箱』を届けなければ。その想いがアントホッパーを包んでいたが、しかし感情だけで体は動かず。


「…………ふぅ、う……」


 限界のようだ。一度立ち止まり、息を整える。深呼吸すれば、冷たい空気が身体を内側から冷ます。

 望まれぬ権限を果たした現在のヴェルペルギースは、絶対零帝の庇護のもと、現世での存在を維持している。このひどく冷たい外気もまた、その証明となる一つだった。


「人が少なく走りやすいのが幸いでしょうか」


 見渡せば、往来する人々は確かに少ない。全く見られないわけではないが、普段の活気あふれるヴェルペルギースと比べてみればゼロにも等しいだろう。

 つい先日に環境が一変する程の、災害といっても差し支えないような影響に襲われたのだ。皆怯え引き籠るのにも無理もない上、魔女機関もそれを推奨しているのが現状だ。


「よし、急ぎましょう」


 現在地はヴェルペルギースの入り口から中心のクリファトレシカまで繋がる大通り、その丁度中ほどにあたる。

 これならばもう休まずに目的地であるクリファトレシカ100階まで辿り着くだろう。アントホッパーは今一度気合を入れ、駆け出そうと力を籠めた。


「追いついた」


 その力を挫いたのは、背後から聞こえた冷たい声だった。


「……!」

「多少手こずっちゃったけど、想定内」


 振り向いたアントホッパーの目に映ったのは、血塗れのカーネイルと、彼女が乱雑に持つ『悪』の頭だった。


「グ、あ…………」

「ワタシ……!」

「感動の再開よ? 涙を流して喜んだら?」

「私、すまない……力及ばず、無様に負けてしまった」

「そんな、そんなこと……!」


 入り混じった表情で涙を流す『善』のアントホッパー。その姿を見て、カーネイルは心底愉快そうに笑った。


「ああ、いい顔するね。態々持ってきた甲斐があった」

「ワタシを離しなさい!」

「断る」


 そうとだけ返すと、カーネイルは『悪』を石畳に叩き付け、その上で踏み潰した。

 『善』が止めるよりも、『悪』が言い残すよりも早く、冷静に手慣れた様子の殺害であった。


「────ッ!」


 怖れ、怒り、憤り。数多の強い感情が「アントホッパー」の中を渦巻いた。

 そして至ったのは、奇しくもカーネイルと同じ『冷静』の境地だった。


「…………貴女」

「何? 何か言いたいことでも?」

「どうやってヴェルペルギースに侵入を? 城門の前には守衛が居たはずです。反逆者である貴女を見逃すわけもない」

「殺した」

「やはり、ですか」


 顔色一つ変えず言い放つカーネイルの姿に、アントホッパーは冷静の中で恐怖する。

 そして、更に。


「うん、ついでに答えておく。道中の人間も全員殺した」

「え」


 瞬間、背筋が凍る。ヴェルペルギースの外気よりも、より冷たく。


「何故……何故そんなことを……! そんなことをする必要は何処に……!?」

「生かしておく必要もないし」

「……何を、言っているのです……!?」

「アイヤツバス様の目的が成就した暁には、全ての命は死に絶え、世界は滅ぶ。それならばその前に少し殺しても変わらないでしょ?」

「────」


 アントホッパーは絶句した。目の前の存在が使う言葉は聞き取れるのに、その意味が何一つとして理解できない。

 恐怖で心が挫け始める。意図せずとも恐ろしい、カーネイルの力。


「どうせだったら私も何人か殺したい。ただそれだけの欲求よ」

「貴女……狂っている! 貴女のような存在が生きていていい筈がない!」

「でも残念、魔女機関は私のことを受け入れていた。上手く隠してたからね」


 冷酷な笑みを浮かべる。


「──そう。愚かな妹には見破れる訳がないくらい、上手く」

「呼んだか」


 不意に答える声があった。


「……!」


 重々しい殺気が伝わり、カーネイルとアントホッパーの身を強張らせる。

 そして直後、その両者の間に、深い斬撃の跡を刻みながら現れた影があった。

 言うまでもなく、それはバシカル。横顔に冷徹の色を携えながら、袂を分かった肉親の前に姿を見せた。


「……久しぶり、バシカル。私が居なくてもやっていけてるの?」


 嘲るように声を飛ばすカーネイル、しかしバシカルはそれを無視し、ただアントホッパーへと語りかける。


「まだ走れるな?」

「え……は、はい!」

「今一度、問う。貴様の任務は何だ」

「…………!」


 冷たいながらも強く熱帯びたその言葉で、アントホッパーは正気と自分の役割を思い出す。


「剣を、届けることです!」

「そうだ。ならば遂行せよ」

「了解ですっ!」


 そして背を向け、全速力で駆けて行った。その背中は既に遠く。


「……」


 カーネイルは再び追おうと考えたが、すぐに取り消した。立ちはだかるバシカルの表情を見たからだ。


「剣、ね」


 アントホッパーの言葉の一部を反芻する。


「あなた達らしい能天気なアイデアね。たかが剣一本で魔神に刃向かえるって思うなんて」

「好きに言え。どうせその顛末を見届けることはない」

「へぇ──言うようになって。私の道を妨げることもできないのに?」


 言うと、カーネイルは脚に力を籠める。一跳びでバシカルを超え、アントホッパーへと追いつこうと動く。


「──!」


 しかし直後、身を退いた。彼女の眼前を鋭い刃が通り抜けたからだった。

 カーネイルはバシカルが駆ける姿を捉えていなかった。事実、バシカルはその場を一歩たりとも動いていない。

 では、何故か。その答えが、大局を観るカーネイルの瞳に映る。


「……妙なことを」


 バシカルが振りかざす愛剣ロストレンジ。その刀身が、幾つにも分割され、鞭のようにしなっていた。言わばそれは蛇腹剣。

 自らの手で砕き、それを魔力で接続することで成し得た形態。普通の剣では考えられない運用だが、バシカルにとっては複数ある基本戦術の一つだ。


「だけど結局、射程を広げたところであなたは私を斬れない。意味ないんじゃない?」

「私の意味は私が決める」


 そしてバシカルは、その膂力を十全に発揮し、ロストレンジを振り回す。

 追従して刃の鞭も激しく走り、周囲一帯を著しく削る。

 広範囲を制圧する剣技。ロストレンジそのものがカーネイルを阻む壁と化した。


「なるほど──」


 渦の中、果てしなく荒れ狂う刃を紙一重で躱し続けながら、カーネイルは感心したかのような声を漏らす。


「標的を定めずやたらめったら斬りまくれば、『私を斬る』という意識を持たずに攻撃できるっていうことか。珍しく考えたね、バシカル」


 言わばそれは『空間』を標的とした攻撃。この場、この対面においては最適な戦術である──が、しかし。


「でも残念、無駄」


 その刃は未だ掠り傷すら与えられずにいた。

 しかしそれは、カーネイル天性の運動能力によるものではない。むしろ真逆──『魔法』によるものだった。


 《冷静の魔女カーネイル・キリンギ》。彼女の操る《冷静》の魔法は、己に影響を与えるものだ。

 その能力を端的に示すならば『己を極度の集中状態に至らせる』ことだと言える。

 明鏡止水、色即是空。あらゆるストレス、あらゆるプレッシャーから解き放たれるその魔法。それを持つカーネイルにとって、暴風のように襲い掛かる刃を躱すなど造作も無い。


 一歩、また一歩悠々と歩み──剣舞う渦を苦を見せることなく抜けた。


「はい、終わり」

「……」

「少しは頭を回したようだけど、あなたにはそれが限界。そのことは私がよく知ってるもの。それじゃあね」


 バシカルがロストレンジを元に戻すのと同時に、カーネイルはアントホッパーを追い駆ける。


「……そうか」


 バシカルは、何かを確かめるように手を握り、そして開いた。

 やがて彼女も二人の後を追い、石畳を蹴った。



【続く】

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ