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残酷のアクセルリス  作者: 星咲水輝
48話 最後のキスの味
248/277

#1 LiveDeviL

「────はァ、はァ……!」


 荒野。激しく息を切らしながら駆ける、一人の魔女。

 一つの体に頭が二つあるその異形から、それがアントホッパーであることがすぐわかる。

 ならば彼女がここまで急ぐ理由も、自ずと導かれるだろう。


「ワタシ、避けて!」

「ッ、クソッ!」


 『善』側の合図に合わせ『悪』側が体を動かす。直後、彼女が居た大地に無数のナイフが突き刺さっていた。


「なんてしつけぇんだ……!」

「恐ろしい魔女です……! 急ぎましょう、ワタシ」

「言われなくても分かってる!」


 その脚に二人分の力を籠めて大地を蹴ろうとしたとき、四つの眼に一つの影が映る。


「ア、アイツ……!」

「ありえません、いつの間に回り込んで……!」


 その魔女は両手にナイフを握り、冷静に言い捨てた。


「どこへ急ぐと」

「答えるとでも思っているのですか、外道魔女め!」

「答えなくても構まないわ。殺すから」


 殺戮中枢カーネイル。戦災の魔神、最後の懐刀だ。




【最後のキスの味】




 見渡せば、魔都ヴェルペルギースは近く。

 あと少しでアントホッパーの任務は果たされる──その会敵は、最悪のタイミングだったといえよう。


「…………」


 焦燥に満ちたアントホッパー、沈着に構えるカーネイル。対照的な二人の魔女が互いを目に宿し、膠着する。


「二日」


 不意に口を開いたのはカーネイルだ。まるで世間話をするかのように、平然と紡ぐ。


戦災の魔神(アイヤツバス)さまが凍らされてからこれで二日が経つ。腹立たしい限り」


 言葉と裏腹にその声色はあまりにも平板で。


「曰く、氷を打ち破るのに最低でも三日は要すると」


 キュイラヌートの推定は完璧だった。魔神であろうと、冷たき檻からは逃れられず。

 しかしその懲役も終わろうとしている。恐らくはあと数時間ほど。


「ただ、それだけの時間を待つのには飽きる。故に、あの方は本体での侵攻を選んだ。ですが」


 反応はない。しかしカーネイルは続けていく。最早誰かに語りかけている感覚は彼女にはない。ただ崇拝すべき存在に起きたことを、世界へと述べているに過ぎない。


「ですがそれも阻まれた。理解できない外道たちと矮小な残酷の手によりその御神体を穢され、『祠』での回復を余儀なくされた。悲しい話」

「さっきから何言ってやがる……!」

「貴女が理解する必要はない」


 冷酷かつ鋭い視線がアントホッパーを──彼女が背負う黒い箱を捉えた。


「きっと、それがあの方に対抗するための何かなのでしょう?」


 それは執行官の予想通り、手の内を見透かした一手。


「だったらどうした!」

「貴女に答える義務はありません!」

「無駄なことを。魔女が何をしようと魔神に勝てるはずはないのに──だけど、念のため」


 会話は噛み合わず。カーネイルはただ淡々と、孤独のように己の責務を遂げるのみ。


「いずれにせよ、ここで死ね」


 ナイフを構えた。一瞬の後、姿が消える。


「追えな──」

「後ろだッ!」

 幅広の斧を盾として構え、背後からの急襲を防ぐ。一撃よりも手数を重視するカーネイルではそれを超えることはできない、ようだが。

「いかにも鈍重そうな得物を相手に、馬鹿正直に切り結ぶわけがないでしょ?」

 声の直後、今度はアントホッパーの右側から刃が迫る。

「ッ!」

 悪寒。咄嗟の判断で『悪』が身を反らし、致命の刃を躱す。

「いつまで続くかな。その無様な踊りは」

 嘲笑い、そしてまだ別の方角から命を狙う。アントホッパーはその邪手から必死に逃れる。


「──っ」

 一方的な戦いが暫し続いた後、不意にアントホッパーの『善』が悔し気に目を伏せた。

「私……!」

 その感情を共有した『悪』は、全身に力を籠め、斧で周囲全包囲を薙ぎ払った。

「うおおおああッ!」

「おっと、危ない」

 重さは力。振り撒かれる暴威にカーネイルも一時手を止め、身を退けた。

 そして生まれた猶予こそ、アントホッパーが求めたものだった。


「私、先に行け」

「え」

「私には私の。ワタシにはワタシの。それぞれやるべきことがある」

「ワタシ……」


 『善』が感じていたのは、激しい戦いの中において役立てていない己の無力さだった。

 しかしその感情を受けた『悪』は、この状況の打開こそが『善』にあるとして、この行動に出たのだ。


「だろ?」

「──分かりました。この場はワタシに任せます」

「そう来なくっちゃアな!」

「何をごちゃごちゃと?」


 そう言ってカーネイルは静かに迫り、ナイフをアントホッパーの首筋に突き立てようとするが──


「……?」


 刃がアントホッパーに触れるよりも早く、白い結晶──魔力によって生成された『手』のような形の結晶群がそれを掴み取っていた。


「これは」

「私の魔力──そして」

「ワタシの! 身体だァ!」


 結晶群はみるみるうちに増殖し、腕、胴体、脚、果ては全身に至るまでを形取り、ついに。


「うおおお──あああああああッ────!」


 アントホッパーの身体より乖離した。備えられているのは『悪』側の頭一つ。そして当然、残された元の身体には『善』側の頭が一つ。

 そう。アントホッパーが、二人になった。


「…………へぇ」


 カーネイルが目を細める。


「こんなこともできたのね。面白い」

「お前の相手はワタシだ。その口が開けないようにしてやるよ」


 斧を担ぎ、カーネイルを睨み据える。分離により二人分の膂力は失われたが、純粋な魔力で構成された結晶の身体がそれを補う。


「行け、私!」

「ありがとう、ワタシ! どうか気を付けて!」


 『善』が単身駆け出し、氷の城門構えられるヴェルペルギースを目指す。

 当然それを見逃すカーネイルでもなく、無防備な後ろ姿にナイフを構える、が。


「うおりゃああああッ!」


 致命の重斧、その振り下ろしにその場から逃れることを強いられる。


「言ったはずだ、お前の相手はワタシだと! 私の邪魔はさせねェ! 来い!」

「……面倒」


 苛立ちを露わに、ナイフの刃が光る────



【続く】

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