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残酷のアクセルリス  作者: 星咲水輝
47話 より大きな世界、より小さな私
244/277

#6 72番目のハ短調

【#6】



 数秒後、光が消える。


「…………」


 フネネラルは、無傷だった。

 領域の防御は『理屈』。それは如何なる力であろうと破れぬ道理。

 そしてゼットワンは、フネネラルを生かしてこの瞬間へと届けるため、爆炎を精神だけで耐え凌いだ。

 それは僅か数秒の、薄く短い抵抗だったが、こうしてフネネラルは生きている。ならば、彼女の勝ちだと言えよう。


「……本当に耐えたのね。お見事という他ないわね」


 影すら残さず焼け消えたゼットワン。彼女の見せた最後の矜持に称賛を送りながら、アイヤツバスは歩み出る。


「死に損ないおめでとう、フネネラル。これで貴女はより惨たらしい最期を味わうことが出来るわ」

「それは貴女のほうです」


 矛の両手で抱えるように持ち、静かに目を閉じる。


「私が『最後の一人』になったのだから」


 魔力を漲らせながら目を開く。魔法の行使を意味するように青白く発光している。


「これなら心置きなく私の魔法──《葬送》の魔法を使える」

「貴女──そういえば貴女の魔法は知らないわね。聞いたことも見たこともない」

「当たり前でしょう。これまで言ったことも使ったこともないのですから」


 その魔法が影響を及ぼす範囲は急激に拡大し、今やこの決戦場全てを包むほどになった。


「それは私の名のように、不吉だという風説が流れているからではない」

「ではなぜ?」

「『死』だからですよ」


 その刹那、アイヤツバスは感じた。まごうこと無き『死』を。


「──っ」


 身を屈ませる。頭上を青白い半透明の刃が──否、『死』が過ぎるのを感じた。

 そして見えたのは魔力によって形作られた死神。刃と同じ色のそれは、命を狩る一撃が躱されたのを見てすぐに消えた。


「……今のは」

「これが私の魔法。『死』そのものを形作る。そして触れたものは死ぬ」


 切先に青白い光──彼女の魔力、その本質を湛えた矛を掲げる。その背後に死神が姿を見せる。


「貴女は『標的』です。この葬送は貴女のため存在している。なので、『死』は貴女の命を狙う」


 葬送を司る執行人による、墓穴からの指名だった。


「ただしこの魔法を発動、そして維持するためには標的とした相手以外の『命』が必要となる。そしてそれは魔法の範囲内から徴収される」

「おかしいわね。貴女と私以外の命は無いように見えるのだけれど」

「絶えて間もない命でも使えるんですよ。そしてどうやら、ここでは幾つもの命が絶えたばかりの様子。貴女、何人殺したんですか?」


 ゆっくりと両腕を広げた。アイヤツバスであろうと、警戒と共にそれを見届けるほかない。


「いずれにせよ、貴女はその報いを受ける」


 その姿に死神が重なる。シルエットが溶け、フネネラルの輪郭に吸い込まれ──変貌する。

 眼は一層青白さを増して輝き、髪は激しく燃える鬼火のような形相を見せる。

 そして矛先に魔力を滾らせ、振り抜いた。生まれたのは曲がった刃の鎌ではなく、真っ直ぐな刃の槍だった。


「今、此処で」


 それは『残酷』の象徴たる武器。同時にその青白い刃は彼女の『死』をも宿していた。

 ゆっくりと振り被る。それは余りにも隙だらけな予備動作だが、アイヤツバスは何か不穏なものを感じ動かなかった。

 フネネラルが消える。


「後ろ──」


 直後、アイヤツバスは背後から強い『死』を感じ、本能的に飛び退いた。

 戦災の残滓を槍が裂く。ただそれだけで、魔神の背筋すらも寒からしめる。

「返す!」

 フネネラルは返す刃を走らせる。当然、そこに『死』を宿したままに。

 アイヤツバスは魔法陣を構え、迎え撃つ──しかし、刃に触れた瞬間に魔法陣が解けるように消えたのを目にして、即座に身を退いた。

「魔力は私たち魔女にとっての生命の源。であれば、私の魔法はそれをも死へと誘う」

 振り抜いた槍を緩慢に握り直しながら、フネネラルは静かに言った。


「危険。その一言に尽きるわね」

「貴女にだけは言われたくない」


 しっかりと槍の柄を握りしめる。生命に影響を及ぼすほどの魔力は、一度でも制御を失えば二度と抑えられぬ暴走を成すだろう。

 触れれば命を奪う力だ。肉を斬り骨を断つために力を籠める必要は無い。ただ、触れさえすればいい。


「……それが、難しいんだけど」


 彼女を取り囲むように魔法陣が生まれていた。抜け出す隙間のない城壁。そして同時に逃げ場のない衝撃波を与えるための包囲網でもある。

「それも皆、死ぬ!」

 それらが一斉に弾けるよりも先に、刃は周囲を円形に切り裂いた。赤黒い魔力の繊維と化し、消える。

 そしてその勢いのまま、フネネラルはアイヤツバスへと肉薄する。

「近付かないで」

 両手で指を鳴らす。何重もの魔法陣が両者の間に生まれ、道を閉ざす。

「退け……!」

 槍を突き出す。触れたもの全てを死に曝し、穂先はアイヤツバスを狙う。

 それが触れる寸前、赤黒の炎だけを残し姿を消した。背後への転移だ。

 振り向くフネネラルへ、アイヤツバスは言う。


「貴女は言ったわね。その魔法は『維持する必要がある』と」


 全てを見下しながらも、重要な一文は抜かりなく記憶している。この油断ならなさこそアイヤツバスの最も恐ろしい点の一つだ。


「何時までもつのかしらね?」

「希望的観測は捨てたほうがいい、と言っておきましょう」


 一歩も引くことなく立ち向かう。


 実のところ、フネネラルにもその限界は分かっていない。

 この場でアイヤツバスに殺された魔女たちの命、その残滓を燃料として稼働している状態ではあるが──先程フネネラル自身が言ったように、彼女はその正確な数を知らないのだ。

 だがその無知は、この場においてはむしろ強い武器にもなる。不退転。終わりを知らないからこそ、終わらせるために迫るのだ。


「ふ──」

 槍を構える。『死』の予感に、アイヤツバスも十全な警戒を張り詰める。

「せいッ!」

 深く踏み込み、下段への斬撃を放つ。間合いを一呼吸で詰めながら視野から外れやすい足下を狙った戦略的な一撃だ。

 しかしアイヤツバスは躱した。僅か数センチの紙一重だったが、それでも躱したのは事実だ。

「まだ……動く!」

 次なる刃は昇るように。槍を斬り上げる最中で何処かに掠れば終わりなのだ。一念籠めた刃が天空を指した。

 アイヤツバスは、死なない。

「死ぬのは貴女よ」

 黒炎を宿した魔法陣が無数に生まれ、その照準をフネネラルに合わせる。戦災の集中砲火が構えられている。

「私は言ったはず……!」


 刃を振り抜く。魔法陣は触れられた順に消える。


「約束をした! だから、死なないって!」

「無理な約束はするものじゃないわ。魔女機関に務める魔女なら現実を見なさい」

「現実を見るべきなのは貴女──魔神の方です」

「何?」

「世界の滅亡など、成せるはずがない」

「……へぇ、言ってくれるじゃない」

「言いました。そして、これから死んでもらいます」


 強いエゴを宿した言葉と共に、槍をゆっくりと、大きく振り被った。


「────」


 遠くまで届く、深くまで刺さる、その一閃を強く危惧し、アイヤツバスはフネネラルを目に宿す。


 そのとき、予期せぬことが起こった。


「……」


 ぱっ、と。フネネラルが槍を手放したのだった。


「…………?」


 新たな攻撃手段か。魔法によって操り投擲するのか。それともまた別の何かか。刹那、数多の考えがアイヤツバスの頭を過ぎる。だからこそ注意深く槍に目を向け続けていた。

 そんな彼女に、ふと声が掛かった。


「何を見てるのですか」

 フネネラルの言葉だ。そしてその直後、アイヤツバスの胸を拳が穿っていた。

「……!」

 彼女はずっと致命の刃へと気を向けていた。故に不意に放たれた拳を躱すことも受け止めることもできなかった。鈍重な衝撃が魔神の心臓を揺らし、不快感を以ってその行動を僅かながら留める。

 己の魔法を布石に敷き続けたフネネラル、その覚悟の妙計──その果てが、実る。


「掴んだ! その先を!」

 

 一度手放した槍を握る。逆流する葬送の魔力、その負担に苦しむが。


「そんな暇はない!」


 やっと生み出した、儚く脆い一瞬の間。逃すわけにはいかない。

 穂先は空を指す。朧げに揺れる青白い光が、走る。


「此処に────」


 遂に。


「死せし者の妄念、今此処に──!」



 残像を引いて刃が降り────アイヤツバスの右肩に、刻み込まれた。



「──」



 刹那、時が止まったような静寂が世界を包んだ。




「……終わりだ。死ね、アイヤツバス」


 フネネラルは宣告する。その魔法に触れし者、あらゆる例外なく死に至る。

 神の死を、その目で見届ける。


 だが、一向にその命が揺らぐ様子はない。脈動は絶え間なく続き、呼応して魔力も赤く輝いている。


「……なんだ」


 現実を疑う。繰り返すが、彼女の魔法は全てに訪れる『死』。

 それが何故、アイヤツバスは生き続けているのだろうか。これも彼女が言う『縁』によるものなのか。


 否、違う。


「……まだ分からない?」


 呟くアイヤツバス。心なしか、呼吸を乱しているようにも聞こえる。


「…………!」


 その言葉で、フネネラルは目を見開く。気付いた──見たのだ。


 彼女の刃は、『触れていない』。柄を魔法陣で捕らわれ、虚空に固定されている。

 アイヤツバスを切り裂いたように見えたのは、彼女が生み出した裂け目だった。刃がそこに触れるよりも早く、自身で自身の躰を引き裂き、死を免れていたのだ。


「流石に痛いけど……死ぬよりは良いでしょう?」

「アイヤツバス……ッ!」


 焦燥、力を籠めるが、拘束は堅く。

 そして刃に纏っていた魔力が消え、槍は矛へと退化し──『死』も消えた。


「魔力、が」

「時間ね」


 アイヤツバスがそっと笑った。


「っ」

 本能が叫ぶまま、フネネラルは両腕で防御を構えた。直後、その肉体に重々しい無数の衝撃が走った。

「────ッ!」

 凄まじい勢いで吹き飛び、地面を転がる。致命傷こそ免れた、が。

「ぐ……あ、あっ…………!」

 身を起こし、膝を付く──それがやっとだ。蓄積されたダメージは彼女を戦闘不能にするのには十分すぎた。


「はい、お疲れ様」


 そんな敗北者の下にアイヤツバスが現れる。冷たい眼差しと暖かい声で、フネネラルへと相対する。


「魔神に死を意識させたのだから、十分な働きだと思うわよ」


 矛を投げ捨て、肩に手を当てる。魔力が満ち傷が塞がるが──相変わらず、万全ではないようだ。


「思った以上に傷が深いわね。ヴェルペルギースに行く前にどこかで補充しないと」

「そんなこと……させはしない……!」


 小さく震えながら拳を握るが、それで一矢報いる力もなく。


「残念。結局貴女は何にもなれなかったわね」


 その手をそっと退かし、そして告げる。


「全てを抱え、光の中に消えなさい」


 掌を向ける。あらゆる存在を無に飲み込む赤黒い光が充填されていく。


「…………すまない、アクセルリス」


 細い言葉で綴るのは、ただ一つの謝罪。


「約束、破ってしまう」



 そして迸る。



【続く】

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