#1 第二楽章:剣持つ赤き騎士
【より大きな世界、より小さな私】
戦災の魔神が生まれ落ち、そして凍り。
世界を繋ぎ止めるため、魔女機関が抗戦を誓った──それと時を近くして、起こる戦いがここにはあった。
かの魔神へ戦いを挑むのは、何も魔女機関に限った話ではない。
今やアイヤツバスは全ての魔女、全ての生きとし生けるものの敵として存在しているのだから──
【#1】
プリソン。かつて魔女枢軸の襲撃に逢ったこの街がまた、激しい喧騒と熱気に包まれていた。
理由は単純──街のすぐそばに、戦災の魔神アイヤツバスが顕現したからに他ならない
アイヤツバスが『攻撃』の対象として定めたのは魔女機関本部クリファトレシカ。しかし、彼女が意識せずとも、存在するだけで周囲に滅びを齎す。それこそが魔神の在り方なのだ。
その魔神は言わば生きる火山。体表からは噴煙、火山弾、火砕流が立て続けに放たれ、周囲を黒き炎で覆い尽くす。プリソンは今まさにその被害に苛まれているのだった。
〈フフフフフ──あはははははは──!〉
笑い声。アイヤツバスの感情が高まるのにつれ、火山活動も活発化する。
今もまた一つ、巨大な火山弾が街を襲う──
「えいやーーーーーっ!」
響いたのは、快活なる叫び声。
そして見れば、それに呼応して天空から巨大な隕石が降る。
「ぶっ壊れろーーーーーっ!」
隕石は狙い澄ましたように火山弾へ迫り、着弾した。空を揺るがせながらその二つは砕け散り、街は滅びを免れた。
「うんうん! 流石は私の魔法だよね!」
声の主、オレンジ色の髪をした少女。空を仰ぎ満足げに頷いていた。
……隕石の破片が降り注ぐことには目を向けずに。
「こら、バカ!」
別な声が聞こえる。それに従い天地を走るのは、巨大な触腕の如きヘドロだった。
それは敏捷に駆け回り、火山弾と隕石の破片を絡め捕った。
「おい、隕石娘! 周りの被害も考えろ! お前が街を壊したら元も子もないだろ!」
「あ、ごめん! 気づかなかった!」
「全く、ガキなのかバカなのか……」
項垂れるのはもう一人の少女。そして言うまでもなく、この二人は共に魔女だった。
その名を《隕石の魔女ミーティア》と《汚泥の魔女スラッジ》。両者ともに、残酷魔女の世話となったことのある魔女だ。
「……しかし、アレ」
ミーティアが見上げる。その目に映るは戦災の魔神。
「見てるだけで寒気がする……なんなんだ、あの魔力は」
と、彼女が目にしている中、再び魔神が動き出す。
「っ! 隕石娘! また来るぞ、備えろ!」
「はーいっ!」
そして二人は魔法を構える。
彼女たちが行っているのは、街の防衛である。
生きる災害である魔神の被害から街、そして住人を護るため、魔女としての力を振るっているのだ。
無論、魔女機関によって派遣されたのではない。たまたまこの場に居合わせ、そしてあの暴威を見過ごすわけにはいかないという想いから始まった自主的なものである。
それも、この二人だけではなかった。
「裏路地は見通しが悪く危険だ! 大通りを三つに分かれて避難しろ!」
「女や子供はこちらの道を使え! 負傷者は我々が介助する!」
「焦るな! 火山弾は魔女が防いでくれている、現状街に被害はない! 落ち着き、安全を第一に動け!」
見れば、避難の指示を行っているのは一様にしてゴブリンだった。彼らは完璧な統率の元、極めて効率的に避難指示を行い、数多の人々を逃がしていた。
そして、その様子を腕を組みながらにして見守る魔女が一人。
「悪くない活躍だ。時を追うごとに避難のスピードは増している」
無表情ながらも満足そうに頷くその魔女こそ《統治の魔女エンプレゲージ》である。
かつてはゴブリンを支配し略奪行為を繰り返していた彼女。残酷たちの手によって囚われていた彼女たちもまた、魔神顕現の余波により娑婆へと現れていたのだ。
そして自由を得たエンプレゲージは──意外な選択をした。
「柄でもないことは私自身が一番理解しているとも」
街の惨状を目にした彼女は、かつてのようにゴブリンを率いながらも、『略奪』ではなく『人命救助』を選んだのだった。真逆、という他にない。
「罪滅ぼし……というやつなのだろうか? 自分ではどうにもよくわからんが」
自嘲、呟く。
彼女が獄中でどのようなことを考えたのかは分からないが、己の魔法を善き行いに行使している──それは紛れない事実であった。
加えて、また一人。
「どうだ、何か見えたか?」
「…………引き続き、何も。魔女機関への強い敵意・殺意こそ見えど、私たちの方へは全く意識を向けていません」
「存在するだけでこの被害、か。魔神とはかくも恐ろしいのだな」
「ですが『生きている』のならば、例外なく私の魔法の影響下に置くことはできます」
「そのようだな。引き続き観察を頼む。何かあったらすぐ伝えてくれ、《天眼》よ」
エンプレゲージが声を掛けていたのは、目元を布で覆い隠した占術師の様な風体をした魔女──《天眼の魔女シックスセンス》。
その役割は、得意とする『対象とした生物一体の全てを把握する』魔法により、戦災の魔神の監視を行うこと。
そして、彼女が居るということは。
「また降ってくるーっ!」
「やば、間に合わな……!」
激しく降り続ける火山弾、やがてミーティアとスラッジの警戒網を抜け街に迫る──
「グラ……グララ、グララアガア……!」
突如出現した翠色の巨人が、その拳を以て火山弾を遠くへ叩き落し、その巨躯を以て火砕流を堰き止める。
続いてその肩から一つの影が飛び上がる。
「どれ、小手調べだ──!」
緩慢な掌底が虚空を撃つ──そこには赤熱し煮え滾る魔力が満ちており、触れずして火山弾・火砕流を圧し弾いてしまった。
そして更に、地上から空へ向けて無数の火球が飛ぶ。激しく燃える炎は、魔神の体表であった火山弾すらも灰に還すほどだ。
「ははははは! 儂は配慮などせぬぞ! 巻き込まれ燃えようとも責任は負わぬ!」
「アツイ……グララアガア……!」
「老いて益々か、ご老人!」
「そうとも! 儂は死ぬまで燃え続けるのよ!」
「盛り上がるのはいいが」
幾つも合わさった声が響く。
「はしゃぎすぎるなよ。避難の邪魔をされては叶わん」
その主は、数百人にも及ぶ同一人物。同じ顔から同じ声で同じ言葉を発する彼女は、その人数を生かして瓦礫の除去に勤めていた。
「グララ……ゴメン」
「まぁそう言うな、先生! あんたもこっちで手伝ったらどうだ?」
「見ればわかるだろう、私の魔法は荒事に向かない。自分の事は自分が一番よく理解している」
「ははは! 流石!」
そう言葉を交わしながら街のために動く魔女たち。《剛体の魔女ゴリアス》、《覚醒の魔女フルフォース》、《炎天の魔女サンバーン》、《幻惑の魔女ツープラトン》。
かつて魔都ヴェルペルギースを襲った魔女たちが、今はプリソンを魔神の暴威から護っているのだ。
「よーしいい調子だ貴様ら! そのまま私に続くがいい!」
「指図、スルナァァァ!」
「同感だ! 少しは年寄りを敬えよ!」
「そういう話は後でいい、今はは兎に角できることをしろ莫迦ども!」
一度外道に堕ちたる存在が、一つの街を──世界を護るためにその力を結集させるなど、前例がない状況である。
それほどまでに戦災の魔神アイヤツバスがあらゆる存在にとって共通の敵として君臨しているのだ。
本来それは悍ましき事実ではあるが、現にこのような好転をも齎している一面もある。神と称される存在は、皆一様に極端な二面性を見せるものなのだ。
「総員注意! 魔神の活動が活発化しています、魔女機関に対し攻撃を行う模様! 強力な余波に警戒を!」
シックスセンスの声。一同皆、より警戒を強めながら対処に走る。
そうして、外道魔女たちが防衛に奮戦している、そんな中。
「────ッ」
シックスセンスが声を洩らす。隣にいるエンプレゲージにも聞こえるほどの声を。
「何かあったか」
「これは」
言うよりも早く、彼女は視界を遮っていた布を外した。それは魔法を解除する合図でもある。
ではなぜそのような行動を取ったのか? 見れば、その真相が明らかになる。
「────」
見れば、その口と思しき部位から熱線を放っていたはずの魔神が──刹那、青白く輝いたのち、分厚い氷の中に閉じ込められていた。
「これは……?」
その場にいた魔女の誰もがその現象に訝しんだ。無論、彼女たちには魔女機関を統べる存在が顕現し、反撃を成したことなど知る由もない。
一様にして身構え、この異常事態に備える。
それから、しばらく。
数分の時が経ち、尚も魔神が再起動する様子は見られていない。氷の中で沈黙を続けているのみだ。
それを見た誰かが呟いた。
「終わった?」
しかし直後──皮肉にも、その言葉が引き金となった様相を見せ──魔神の背部から、氷を突き破る星が放たれた。
赤黒い尾。あらゆる存在に恐怖を与える戦災の魔力の残滓。それを引きながら、流星は暫し狂ったように宙を舞う。
やがてその狂奔が落ち着き、そして見定めた。
「ッ!」
天眼の魔法を使わなくとも、この後に起きることは全員予想が付いた。
「構えろ! 魔法による防御を行えッ!」
エンプレゲージの声が響く。魔女たちは皆一斉に魔法を構える。
そして、直後。
星が降った。
【続く】