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残酷のアクセルリス  作者: 星咲水輝
46話 カミは産声を上げる
236/277

#1 崩れゆくズル=カルナイン

【カミは産声を上げる】



 魔女暦5555年タウラ1日。某所。


「ふふ、ふふふ。あははははは」


 楽し気な笑い声を発するのは、戦火の魔女アイヤツバス。

 その様子は凡そ《知識の魔女》と名乗っていた彼女には似つかわしくないが、それは彼女自身が一番理解していた。

 それでも尚、笑いが止まらぬ理由がここにはあったのだ。その右手には、赤い輝きを最高潮に湛えた宝珠が握られていた。


「アイヤツバス様。ご報告です」


 彼女の下にカーネイルが姿を現す。


「ゲブラッヘが死にました」

「……それを私に伝えて何になると思ったの? 思慮深い貴女らしくもない」

「あれの命が宝珠を完成させる最後の一手となった可能性が非常に高く。その為ご報告させて頂きました」

「あら、そう」


 手元の宝珠に視線を落とす。冷たく、感情の籠らない視線を。


「出来損ないだったけど最後の最後で役に立ったのね」

「何れにせよ宝珠の完成は時間の問題でしたが」

「まあ、それはそれよ」


 飄々と。アイヤツバスがここまで上機嫌なのは、己の野望を果たす寸前まで至ったからに他ならない。

 一つ、静かに息を吐き、空を見上げた。


「永く、永く。この世界を見てきたけれど──とても美しくて、輝かしい、素晴らしい世界だったわ」


 笑みを浮かべ、祝福を謳い。


「だからこそ、この手で滅ぼせることをこの上なく光栄に思うわ」

「至極同感です」

「私の縁に終止符を打ち、世界は最上の終わりを迎える──さぁ、見届けましょう」


 戦災の宝珠を握りしめ、胸元に当てる。赤い光がアイヤツバスを包む。


「世界の滅亡を」





 魔都ヴェルペルギース、魔女機関本部クリファトレシカ99階邪悪魔女会議室。


「──以上で本日の定例夜会を終了とする」


 バシカルの声が響く。冷たさを孕みながらも、粛々とよく響く、力強い声だった。


「最後に。未だ戦火の魔女に動きは見られない──が、くれぐれも気を引き締めろ。奴がいつ行動を起こすのかは奴にしか分からない」


 と、再三告げられてきた命題を口にする。

 正直なところ、いつ訪れるかも分からない戦火に対して警戒を続ける現状に、魔女機関は辟易し始めている部分はある。

 予測不能な滅び──それはまるで天災のように。当ても途方もない防衛戦、無理もない。


 だが、急転直下は意外なほど突然にやってくる。


「…………?」


 まず何かを感じ取ったのはケムダフだった。しきりに辺りを見回し、窓辺に寄る。


「ケムダフ? どうしたの、いきなり空見上げて」


 シャーカッハが彼女の側に寄り、同じように常夜の空を見た。

 そこで、彼女も気付いたようだ。


「……何か、聞こえる?」


 口にしたときには、その疑念は邪悪魔女全員に伝わっていた。


「何か、体に響くような……鳴き声?」

「それも、まるでヴェルペルギース全域に響いているかのようだ」


 アディスハハ、そしてイェーレリーもその異変を明確に感じ始める。


「──」


 アクセルリスの直感が『最悪』を告げていた。次の瞬間。


「オイ、あれ!」


 シェリルスが声を荒げ、空を指さす。

 見れば──月に、亀裂が走っていた。その向こうからは眩い光が覗く。


「何が……!」


 バシカルが、そして全員が固唾を飲む中、その亀裂は月から天にまでも広がっていき、そしてついに──




 砕けた。




 常夜の都ヴェルペルギースの象徴だった夜空が、まるでガラスのように割れ、破片となり消滅していった。

 幾千年ぶりか。魔女の都は、現なる世界にその姿を顕現したのだ。それはあらゆる生命にとって不本意な形で──否、たったひとつの存在を除いて。



「何が起こっている……!」


 カイトラが触腕を激しく揺らめかせる。ヴェルペルギースの混乱が彼女の下に伝わっている。それは邪悪魔女たちも例外ではなく。

 その中で、ただ一人冷静に、キュイラヌートが口を開いた。


〈ヴェルペルギースの隔離が破られた〉


 と。


〈以前説明したように、ヴェルペルギースは大規模な空間転移魔法により亜空間に存在していた。しかし今、それが破られた〉

「そんなこと起こるんですか!?」

〈本来であれば容易ではない。唯一の楔である世界のヘソも、アイヤツバスの襲撃に備えて厳重に防衛されていた〉

「しかしそれが破られた報告は入っていません」

〈であれば、魔法による隔離を強引に滅ぼしたのだろう〉

「そんな──そんなことできるはずが」

〈アレを我々の智が通用する相手と思わぬほうがいい〉


 そう言ってキュイラヌートが向ける視線の先──遠景に浮かぶ、異様な存在が見えた。


「あれ、は」


 灼銀の眼はその存在が異常なほどの魔力を帯びているのを見た。それはまさに、この世界に存在してはならないほどの。


〈《魔神》だ〉


 キュイラヌートが言った。


〈極めて膨大な魔力により、神に限りなく近い存在へと変貌した魔女。それが魔神──則ちアレだ〉

「魔神、実在してたなんて」


 アディスハハがそう漏らす。誰もがその言葉に同意しただろう。《魔神》など、伝説でしかないと信じられていたから。


〈無理もない。魔女暦史上に魔神出現の記録はない。故に、あの存在が始まりの魔神となる〉


 指す言葉に釣られ、全ての魔女がその存在を目に焼き付けた。

 始まりの魔神。その名こそ。


〈その力をもって世界を滅亡させるもの──《戦災の魔神 アイヤツバス》〉




〈フフフフフ──あはははははは────!!!〉


 魔神は笑う。悍ましく、総てを嘲るように響く。


〈みんな、さぞ驚いていることでしょう──〉


 その声音は確かにアイヤツバスのもの。だがその姿は、余りにもかけ離れていて。


 概ね、ヒト型。しかし細部を見れば、それが異形極まる魔の神であることは否応に理解できる。

 山のような巨躯。体表は冷え固まった溶岩のような質感で、ドス黒く。節々から漏れる赤い光と合わせ、まさに地の核が顕現したかのよう。

 上半身こそアイヤツバスの面影を残すが、異形なのはその両肩より伸びる、第三・四の長大な腕だ。それからは更に翼が鋭く生え、刃のような縁の翼膜も存在する。言わばそれは世界を摑む《翼腕》だった。

 そして下半身。名残こそあれど、両の脚は一つに結合し、両の縁に刃を宿す。下半身そのものが巨大な《剣》となっているのだ。


〈ああ、清清しい──これこそ私が求め続けた力、世界を滅ぼすだけの力──!〉


 翼腕で下半身を引き摺り、進む。それに従い大地には消えぬ斬傷が刻まれる。まさに世界滅亡を体現した、大いなる魔神の姿だった。


〈ふふ、ふふふ────〉


 その顔を、煌々と赤黒く輝く双眸を、ヴェルペルギースへ──クリファトレシカにて己を望む邪悪魔女へと向ける。


〈先ずは、貴女達ね──〉


 口に相当する器官が大きく開かれる。その内に、濃く煮え滾る戦火の魔力が凝縮されていく。




「────」


 その視線に晒され、その殺意を向けられた邪悪魔女たち。

 誰もが、感じたものがあった。


「死ぬ」


 それはアクセルリスであっても逃れられるものではなく。

 彼女たちの死を前奏とし、世界の滅亡が幕を開ける──あらゆる存在が、そう感じてしまった。


〈────〉


 否。たったひとり、そのシナリオに異を唱えるものがあった。


「総督……!?」


 魔女機関総督キュイラヌート。邪悪魔女たちを庇うように窓辺に立ち、戦災の魔神と相対した。


〈我が在る限り、亡ぼさせはしない。世界も、魔女機関も、お前たちも〉


 纏う装置が青白い光を放ち、周囲に身を刺すほどの冷気が満ちる──永くを生きた魔女の、膨大な魔力が渦巻いている。



 そして、魔神も滅亡の魔力を満たした。


「さよなら」


 貯めた魔力が一点に圧縮され、そして純粋な熱として放たれる。

 それは滅びを齎す神の熱線。触れたモノ全てを無に還す独善。

 光の速さでクリファトレシカへと迫り──




〈命じる。凍れ〉


 ヴェルペルギースを消滅させるその寸前──熱線が凍り、止まった。

 そしてそれを伝うように氷結は遡行していき──


〈え────〉


 熱線の淵源たる戦災の魔神をも、深く分厚い氷の中へと閉じ込めた。



【続く】

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