表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
残酷のアクセルリス  作者: 星咲水輝
45話 錆
234/277

#2 もはや夜明けも近づいた

【#2】


 しかし、ゲブラッヘは違う。


「アクセルリス」

「もうお前に用はない」

「ボクと戦え」

「──」


 僅かにも予想していなかったその言葉に、アクセルリスも思わず足を止めてしまう。


「お前」


 そして振り返る。目に映ったのは立ち上がっているゲブラッヘと、残酷を宿したその眼差し。


「……本気、か」

「ボクはもう、自分が生きているのか死んでいるのかが分からない。心の寄る辺に捨てられ、存在意義を否定され、身体も朽ち果てようとしている」


 その言葉に偽りはない。このまま過ごしていれば、ゲブラッヘはそう遠くない未来、力尽きる。


「それでもなお、ボクの心は騒めいているんだ。キミを────アクセルリスを、殺したいと!」


 ボロボロの身体より放たれるその殺意は、これまでアクセルリスが感じてきた中でも、至上のものだった。


(これが、死を宿した生者の、覚悟とでも──)


 その圧は、銀色の生存本能を一瞬にして十全に覚醒させ、逃走を不可能と感じさせるほどのもの。


「ボクは死ぬ。だけどそれより先にキミを殺す。それがボクの、最後の願いだ」


 錆び付いた長刀を順手で握り、切っ先をアクセルリスへ向ける。朽ち逝く体にも関わらず、真っ直ぐと揺らぐことなく。

 そして共鳴するように、アクセルリスの魂が叫んだ。『死にたくない』と。


「────ふざけるな。最後の最後まで」


 両手を広げ、無数の槍を背後に生成する。


「私は誰とも心中するつもりはない。勝手に一人で──死ねッ!」

 叫びと共に、全ての槍が同時に放たれる。ゲブラッヘは動けない──否、動かない。

「ふ──ッ!」

 長刀を振り抜く。錆色の斬撃が帯を引き、槍を呑み込み、消滅させた。

「錆びるのさ。ボクも、キミも、セカイも!」

「脳まで錆びてブッ壊れたか!」

 同時に駆け出す。錆の刀と鋼の槍が競り合い、火花を散らす。

「壊れたさ。師匠と出逢ったときか、師匠に見捨てられたときか、あるいはキミと出会ったそのときに」

「そうか。なら死んでおけばよかったのに」

「そうも行かないのが人生さ。キミもよく知っているだろう──!」

「ッ!」

 長刀が錆色の光を帯びる。アクセルリスは状況判断し、数本の槍を残して間合いを離した。

「はあ──あアッ!」

 錆の帯を残す斬撃。それに触れた槍はやはりなべて朽ち消える。

「…………く、ぅ」


 しかし、それを放った直後、ゲブラッヘは苦し気に呻き身を崩す。


「は、はは。理解してきたよ、この力」


 それでもなお笑みを浮かべ、得物を構える。


「ボクの感情が形を成した魔法のようだ。この『錆』の力は、アクセルリス(キミ)のすべてを許さないらしい」


 アクセルリスの鋼であろうと、例外ではなく。


「きっと、キミを許さない気持ちが成就したんだろう」

「魔法までふざけてるのか。お前が恨むべきなのは私じゃないだろうが」

「ただ、その代償として──ボク自身の心と体も、どんどん錆びていくのを感じる」


 ゲブラッヘはゆっくりと手を握り、そして開いた。己の存在を確かめるように。


「まだ動く。いつ動かなくなるかは分からない。それより早く、キミを錆び付かせる」

「そんな力をよく使えるな。死を覚悟したからなのか?」

「ボクは違う。キミに勝ちたいからだ」


 決然と、言った。


「一秒でも、一瞬でも、キミより長く生きる。それこそが、ボクにとっての最高の勝利なのさ」


 それがゲブラッヘの最後の決意。しかし向けられる灼銀の眼は、気味の悪いものを見る色をしていた。


「理解できない。自分の死を見据えた勝利なんてなんの価値もない」


 己の死。それが介在する以上、アクセルリスにとって唾棄すべきものなのだ。

 嗚呼やはり、この二人が交わることは永久にないのだろう。平行線を往き続ける二つの5のように。


「わかってたよ、キミがそういう反応をすることは。ボクも理解してもらおうとは思っていないし」

「なら黙って死ね」

「そうはいかない。ボクにもボクの信念がある。それを通すために、キミを殺す!」

「やってみろ」


 ゲブラッヘが手を伸ばす。その背後から錆び付いた鎖が延び、アクセルリスを狙う。

「代り映えしないものを」

 アクセルリスは槍でそれを弾く──だが、鎖が蛇のように蠢き、その槍と腕に巻き付いた。

「恵まれたキミと違って、ボクはできることが限られているのさ。だからその分、こうやって洗練させる必要があった」

 手を引く。鎖が巻き上げられ、アクセルリスを間合いへと引き摺り込む。

「結局無駄な努力だったけどね。でもこうしてキミに勝つために使えるのなら、充分だ!」

「誰に勝つって」

 鋭い眼光が敵を映す。そしてアクセルリスは、鎖の引力に抗うのを止め──逆に、ゲブラッヘ目掛けて肉薄した。

 とらわれざるもう片方の手に剣を生み出し、残酷と共に強く握る。

「キミの方から来てくれるなら好都合だ……!」

 ゲブラッヘもまた長刀に錆色の光を纏わせ、アクセルリスを迎え撃つ。


「ふ──はああアッ!」


 奔る錆の斬撃──光る灼銀の眼は、その軌道を完全に捉えた。


「────」


 地に這うほどに姿勢を落とし、斬撃を躱す。頭上の空間が錆びる感触を五感で味わいながらも、アクセルリスの感覚は『生』によって漲り、研ぎ澄まされている。

「終わり」

 そして、跳び上がりながら、攻撃後の無防備な首を狙って剣を振るった。


「そうは! させるものか!」


 ゲブラッヘが叫ぶ。振り抜いた長刀の軌道を強引に捻じ曲げ、下から迫るアクセルリスへと力のままに振り下ろした。


「な」


 生存本能が『死』を告げ、激しく声を上げる。それに身を任せるように、両手の槍と剣で防御を構えた。

 しかし、長刀に残る錆色の力は、強固たるアクセルリスの鋼を容易く切り裂いた。


「──」


 鋼の破片を眼に映し、アクセルリスは更なる状況判断の末──迫る刃に手を伸ばした。


「ッ! ぐ…………!」


 間一髪で太刀筋は止まる──アクセルリスの掌から流れる血を代償として。

 ゲブラッヘの長刀が錆び始めていたからこそ成せた無茶だ。刺す痛苦にアクセルリスは顔をしかめる。


「お見事。でもボクにとっては大チャンスだよ」


 その刃が命の数センチまで迫った好機。ゲブラッヘはこれを逃すまじと、再び長刀に魔力を籠める。


「させるかッ!」


 錆色が満ちるよりも早く、アクセルリスの拳がゲブラッヘを穿った。


「ァぐ……!」


 重い鈍痛、ゲブラッヘに僅かな隙が生じる。そしてアクセルリスはその一瞬で、地面を転がりながら身を離した。

 それは完全な戦術とは程遠い、泥臭く場当たり的な闘争だが──生き残れば、それでいい。


「はァ……痛い……クソ、痛い……!」


 痛みを誤魔化すように傷を負った手を強く握りしめる。その痛覚が生存本能をさらに研ぎ澄ませ、より強い殺意を持たせて殺すべき敵を見た。


「あ……ア、ぐああ…………!」


 ゲブラッヘは今にも倒れ込みそうなほどに悶え、苦痛に耐えていた。

 無理もない。今の斬り結びで、彼女は二度あの魔法を行使したのだ。

 その代償は重く。


「これ、は…………」


 ボロ布の中から伸ばした左腕──錆に覆われた悍ましい姿を見せていた。


「いよいよ、ボクの身体も、か」


 達観したように呟く。それと同時に、その左腕が錆びて朽ち消えた。

 もう長くはない。


「まだやる?」


 アクセルリスがそう訊ねた。


「心配してくれるのかい?」

「そんな訳ないだろ」


 舌打ちし、続けた。


「これ以上は無駄だ。どうなっても私が勝つ。だから余計なことはもうやめろ」


 それは宣告。死にゆく者への冷たい言葉。


「お前が今死のうがいつまで生き永らえようがどうだっていい。ただ、これ以上私に関わるな」

「…………はは、面白いことを」


 しかしゲブラッヘは、変わらぬ態度で笑う。


「言っておくよ。ボクはまだキミに勝つつもりでいる」


 不敵に、そう言ってのけた。

 その言葉には、これまでと変わりない殺意が満ちていた。


「────」


 アクセルリスは目を見開き、そして溜息を吐いた。


「バカは、どこまでいってもバカだったか」


 呆れと諦めが混ざった言葉を吐き捨て、槍を構えた。


「なら、来い。私は私の命を脅かす存在を許すわけにはいかない……!」

「ハハハ! らしくなってきたじゃないか!」


 快活に。しかし声色とは裏腹に、その表情には影が差す。


「……しかしこれ以上膠着を続けるのはうまくない自覚もある。だから、これから、無茶をする」


 ゲブラッヘは残された片手を天に掲げる。足元から一本の鎖が生まれ、その先端に長刀の柄を絡ませる。

 そして、長刀と鎖が、共に錆色の光を放ち始めた。


「これは蛇だ。そしてボク自身だ。キミという選ばれた存在を、楽園から蹴落とすための!」


 見開いた眼が血走る。残された命を燃料として引き出し、錆の魔法を発動し続けている。

 すべては、アクセルリスに勝利するために。


「アクセルリス──キミは! ボクが! 殺す!!!」



【続く】

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ