#6 先カンブリアに愛を込めて
【#6】
「アクセルリスッ!」
丁度時を同じくして、グラバースニッチとディサイシヴが姿を見せた。
「これは」
二人はその現場──姿を消したアイヤツバス、悔し気に震えるアクセルリス、そして深手を負ったイヴィユ──を見て、即座に何が起こったかを理解した。
「……逃げたのか」
「……はい。ペンダントも奪われ、槍も届かず……!」
深く悔やむアクセルリス、しかしその眼に宿る残酷は、するべきことを映す。
「まだ追えるはずです、行かないと」
「いや」
しかしそれを、ディサイシヴが制した。
「先程、別動隊が到着した。今はそちらが戦火の魔女を追跡している。我々はクリファトレシカへと帰還する」
グラバースニッチも同意するように言葉を続ける。
「俺達も手負いではある、ここは退くことも大事だ」
「重要な物品を奪い返されたのは事実、焦る気も解る。だが我々がすべき最善の手は『帰還』だ」
二人の言葉を聞き、アクセルリスは冷静に。
「……了解です。私たちはここで起こったことを報告しましょう」
「魔行列車は既に手配してある」
そして三人が振り返れば、地に臥すイヴィユと目が合った。
「おまえ……たち……」
「……イヴィユ」
誰も、何も言えず、ただその姿を眼に映すことしかできず。
やがて口を開いたのは、イヴィユ自身だった。
「わたしは……なんだった、んだ」
それは最もシンプルにして最も難解な問い。数多の命が、その謎に挑み、そして果てていった。
「わたしの進化は……わたしの存在とは……?」
「イヴィユ」
答えたのは、アクセルリスだった。
「私はお前を許さない」
「────」
「アイヤツバスに騙されていたとはいえ、外道に堕ちたのはお前自身の選択だからだ。だから私はお前を許さない」
「そう、か…………」
静かな怒り。死に這い寄られた全身でそれを味わい、イヴィユは静かに目を閉じた。
「ただ」
だがアクセルリスの言葉がそれを阻んだ。
「私は、頼りになる先輩だった『イヴィユさん』に対して、伝えるべき言葉がある」
そのとき、世界が自然と静粛を選んだ。
「あなたは、間違っていなかった。ただひたむきに進化を求め続けたその姿勢は、私の目には輝かしく映っていた」
語るのは、灼銀の眼が見ていた《進化の魔女》の姿。
「その『進化』が間違っていたとしても、その心は間違っていなかった。少なくとも私は、そう感じている」
それは紛れもない、銀色の残酷が宿している本心だった。
命尽きる寸前、イヴィユはそれを魂で感じ取った。
「…………そうか」
そして。
「だが忘れるな。私はお前を──外道魔女イヴィユを、許さない」
伏すイヴィユ、その眼前に立つ。
「私はこれ以上、誰かの仇を背負って生きたくない」
そう言いながら、イヴィユの身体を漁り、そして手に取る──銃を。
「だからロゼストルムさんの仇はここで討つ」
アクセルリスに銃を扱った経験はない──だが、引き金を引けば銃弾が放たれ、敵を殺傷する。それはイヴィユから聞いていた。
銃口を血塗れの額に当てた。これならば、外さない。
そして、躊躇うことなく。
「さよなら」
鈍く銃声が響いた。
銀の弾丸は、一瞬でイヴィユの脳を貫き、彼女の命を消した。
薫風と進化。二つの禍根が、消え去った。
「────」
グラバースニッチ、そしてディサイシヴは、残酷が残酷たる様子を見届け、ただ沈黙に佇んでいた。
「…………戻りましょう。私には──嫌な予感がします」
アクセルリスの声で、止まった二人の時間が動き始めた。
そして魔女は姿を消し、この地にはあらゆる残酷も外道も消え失せた。
しかし世界は、確実に、終わりに向けての一歩を踏み出していた。
【進化の終着点 おわり】