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残酷のアクセルリス  作者: 星咲水輝
44話 進化の終着点
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#5 ビッグファイブの果てに

【#5】


「今際の際で他人の心配か? お前らしくもないな、アクセルリス」

「冗談でしょ。私の魂は『死』を告げていない。なら生存本能が働くはずもない」

「どうやら貴女は分かっていないようね。アクセルリスのことも、私のことも、貴女自身のことも」


 敵意を迸らせる三者。はじめに動いたのは──イヴィユであった。


「ならば力づくでも理解するさ! 私の中で燃えるこの《心火》でッ!」

 足の裏から朱い炎を吹き出し、瞬きの間にアイヤツバスとの距離を詰める。同時に、その両掌にも同じ炎を宿す。

「我が炎、味わうがよい!」

「丁重にお断りするわ」

 爆炎の掌底、しかしそれは黒い魔法陣に容易く阻まれた。

「重く、堅い……! これが本物の戦火の魔力か、面白い!」

「私は何にも面白くなんてないけどね」

 アイヤツバスが指を鳴らす。魔法陣の防壁が収縮し、衝撃波を放った。

「ぐあッ!」


 跳ね飛ばされるイヴィユ──その中で、彼女は冷静な状況判断を下した。


「それならば!」

 振り向く。それは、標的をアクセルリスへと変えたことを示す。

 だが、そのアクセルリスは既にイヴィユの眼前へと迫っていた。

「それならば──先に私を狙う、か?」

「ッ」

 咄嗟に火炎を噴き上げ防御する──しかし、遅れていた。

 アクセルリスの拳は、未熟なる朱炎を貫き、イヴィユの顔面を捉えていた。

「ぐあ、アッ……!」

 イヴィユは大地へと叩き付けられる。しかしそこは歴戦の魔女、辛うじて受け身を取り、素早く臨戦態勢へと戻った。


 上げた眼差しがアクセルリスを映す。


「お師匠サマは手ごわいから、先にアクセルリスを。私はそんな浅はかな考えで斃されるように生きてない」


 その声色は静かに、しかし強い怒りを込めて。


「立て。殺す前に、そのことをお前の骨身に教えてやる」

「……ふ。教えるのは私の方だ」


 ゆっくりと身構え、両手に激しく燃える朱色の炎を生み出す。


「私の炎は、お前の魂を容易く焼き尽くすということを!」

「やってみろ」


 激しい敵意で睨み合う両者。アイヤツバスは、ただ微笑んで見守るのみ。


「心火を燃やし、お前を消す!」


 両手の業炎を重ね合わせ、全身を包み込むほどの炎へと進化させる。

 そして、放つ。


「灰すら残るな、アクセルリス──!」


 それは、熱線。

 イヴィユの構えた両手から、逆巻く朱色の炎の束が重なり、一本の熱線として放出されゆく。まさに必殺、イヴィユの心火が極まった殺意の炎だった。

 アクセルリスはそれを、迎え撃つ。


「来い……!」


 手をかざす。影のように黒い魔法陣が出現し、朱色の熱線を受け止める。


「…………ッ!」


 心火──イヴィユの渦巻く感情が形となった熱量、直撃こそ免れながらも、その熱はアクセルリスの身体を苦しめる。

 そして熱線と共に放たれている悍ましい魔力もまた、鋼の魂を蝕んでいる。


「だけど……これは……好都合だ……!」


 しかしアクセルリスは笑っていた。

 何故なら防御をすり抜け流れ込んでくるその魔力は、元を正せばそれは『戦火の魔力』だからだ。


 アクセルリスは戦火の魔女を殺す。

 そしてそのためならば、戦火の魔力をも喰い、己の力の糧にする。その決意は済ませてある。


「そうだ。これも……これもまた、私の糧とする……! 寄越せ! もっと! 私に魔力を寄越せ!!!」


 鬼気迫る咆哮。異様なその様子に、イヴィユも僅かな訝しみを覚える。


「なんだ? 何故この炎を受け続けながらも、笑いながら叫んでいる……!?」


 生まれたその疑念をも灰に消してしまおうと、彼女は一層魔力を強めた。

 それが破滅を加速させているとは、気付かぬまま。


「私は……私はァ…………!」

「…………!?」


 一瞬、イヴィユはアクセルリスの姿を見た。

 影のような色の髪の、右目が赤にだけ輝く、アクセルリスの姿を。


「な」


 瞬間、アクセルリスが消えた。イヴィユもそれに気づき、炎を止める。


「どこに!」


 直後、彼女は背後に殺気を感じた。それと同時に、全身に走る感覚を知った。


「アクセルリス……?」

「これは、私と(オレ)のはたて」


 振り返るイヴィユ。目にしたアクセルリスの姿は、黒い刃が幾つも生えている異形のシルエットだった。


「お前から分け与えられる魔力なら、この程度がせいぜいか」


 呟く。髪と眼の色がゆっくりと元に戻り、刃がガラスのように砕け、元のアクセルリスの姿へと戻る。


「だが、お前を斃すならこの程度で十分だ」

「なんだ。お前は。何をしている? 何を言っている!?」


 手を伸ばす。その腕に、数えきれないほどの傷が浮かんでいることにイヴィユは気付く。


「これは」


 そして、それを皮切りに、全ての傷が花開いた。


「あ────!?」


 既にイヴィユは、全身を切り刻まれていた。遅れてやってきた感覚に、痛苦の絶叫と共に身悶えるしかできなかった。


「あああ、ああああああ────!!!」

「終わりだ」


 そしてアクセルリスは、脆く揺らぐイヴィユに蹴りを叩き込んだ。

 それは枯れ切った木のように、吹き飛んだ。


「ぐ──はああっ…………!」


 無様に地面を転がり抜ける。


「ぐ……うう……!?」


 呻き、苦悶に満ちた表情でよろよろと立ち上がる。その眼は、困惑と幻乱が深く支配していた。


「何故だ……何故届かない!?」


 それは、得たはずの敵を殺し得る力、それへの問い。


「私は真の進化を選んだはず……! その為に、故郷も旧知もロゼストルムも! 犠牲にしたというのに……!?」


 漏れ出す言葉のまま、解のない問いを繰り返す。その様子にアクセルリスとアイヤツバスは同じ表情を向けていた。


「イヴィユ、お前──()()を本気で信じたのか?」

「何を……!?」

「見た感じ、どうせお師匠サマになにか吹き込まれたんだろ」


 静かに、アクセルリスは言葉を続ける。


「お師匠サマのことを深く知らなかったとはいえ──客観的に、考えられなかったのか」

「無理だったのよ、アクセルリス。あのときの彼女は、それすらもできないほどに揺らいでいたのだから」

「それが、私のせいだと?」

「らしいわよ」

「……はぁ。同情──は出来ないな。怒りしか湧かない」

「何を……何をつらつらと……! 何がおかしい! 何を知っているというのだ、貴様たちは!」


 その感情は惑いから憤怒へと変わる。だがそれは、アクセルリスとアイヤツバスからしてみれば、余りにも空虚で。


「イヴィユ、お前──騙されたんだよ」

「…………は?」

「お師匠サマはそういうヒトだ。荒唐無稽なことをさも真実のように語る。昔から、そうだった」

「何を……何を言っている……!?」


 今だ思考に精彩を得られないイヴィユ、アクセルリスは溜息を吐き、アイヤツバスへ灼銀の眼を向けた。


「はぁ。お師匠サマ、イヴィユに何を?」

「『縁を断つ犠牲こそが、真なる進化を齎す』と」

「やっぱりそんなところか。うん、薄々勘付いてたけどさ──それなら、ロゼストルムさんを殺したのにも納得いく」


 灼銀が、花弁の奥の真実を、見た。


「……ああ、ああそうだ! 大切な存在を喪う……そうすれば、見えてくるものがあると! そして私は現に掴んだ、掴んだはずだったんだ……!」


 激しい怒りと哀しみに襲われ、両手で顔を覆うイヴィユ。隙間から流れ落ちる涙は後悔か、それとも。


「より高く、より強く、より大きい進化を……! なのに、それでもなお足りていない、それどころか……!?」

「バーカ」


 アクセルリスは言った。


「『犠牲』? そんなもので革新的に強くなれるわけないだろ。せいぜいその場しのぎの瞬間的な馬鹿力がいいとこだ。私にはわかる」

「だがお前やアイヤツバスは! 大切な存在との縁を断ち、犠牲にしたからこそ強く進化した! それは証明もされているだろう……!?」

「あのな。重要なのは『犠牲』じゃないんだよ。『縁』のほうだ」


 銀の言葉が、真を穿った。


「縁。命と命が繋がって生み出されるもの──お師匠サマの言葉を借りるなら、それは運命を編み上げる『横の糸』」


 師の教えを繰り返す。


「ひとりで生きていく命なんてものはない。全ての命が、他の命と繋がって『縁』を創って生きている」


 アクセルリスは既に、アイヤツバスの知啓と己の信念を重ね合わせ、結論へと至っていた。


「だから、『縁』こそが一番重要なものなんだ。それを強さのために犠牲にする? そんなこと、あっていいわけがないだろ」

「そ…………んな……」


 真実を知ったイヴィユは力なく、膝を付く。知ってしまった己の過ちは、偽りの進化を根底から覆すには十分すぎるほどで。


「私は……私はなんてことを……!」


 両手で顔を覆う。指の隙間から涙が零れていく。

 見方によっては、イヴィユもまた戦火の魔女に踊らされた被害者といえる──だが、彼女が負った咎は、余りに大きく。


「泣いても、もう遅いわよ」


 歩み寄りながらアイヤツバスが言い捨てた。


「私のことを僅かにでも信じた貴女が招いた罪。貴女はそれを償いきることができない」

「……自分で仕組んでおいて、よくもまあそんな顔ができる」

「繰り返し言ったはずよ、アクセルリス。私は『悪い魔女』だと」

「それで納得するとでも」

「思ってないわよ。貴女のことは私が一番知ってるから」


 そしてアイヤツバスは、そっとイヴィユの肩に手を乗せた。


「まあでも、確かに私の責任でもある。だからその償い、私が少しだけ手伝ってあげるわ」

「なに……を……」



 答えることもなく、彼女は乗せた手に魔力を籠め、イヴィユの身体を引き裂いた。



「あ────」


 朱色の血飛沫が吹き上がる。イヴィユの瞳孔が開く。


「改めて。おつかいご苦労様、イヴィユ」


 アイヤツバスの手の中。滴り落ちる大量の血に紛れ、シャーデンフロイデのペンダントが握られていた。


「素直に渡してくれれば、手荒にはしなかったのに。どこまでも選択を間違える子なのね」

「き……さま……!」


 息絶え絶えのイヴィユを嘲笑い、そしてアクセルリスを見た。彼女は大量の槍を生み出し、今まさに襲い掛かろうとする瞬間だった。


「アイヤツバス──ッ!」

「判断が早いわね。自慢の弟子だわ。私も見習わないと」


 無数の穂先がアイヤツバスを貫く──その寸前、戦火の魔女は霧と消えた。


「────!」


 虚しく大地に突き刺さった槍たちを見下ろし、アクセルリスは強く歯を食いしばった。


【続く】

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