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残酷のアクセルリス  作者: 星咲水輝
6話 なんでもない一日
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#1 デス・スイープ・マーチ

【なんでもない一日 #1】


 先のテントウムシ。カーテンの隙間から光が差し込んでいる。



 部屋の扉がノックされる。


「すー……すー……」


 彼女は未だまどろみの中だ。


 ノックが止み、すぐに扉が開けられる。


「アクセルリス?」

「すー……ん……おししょーさま……?」

「起きなさい」


 優しげな声が耳にやんわり流れ込む。


「ふあーあ」


 すんなり起きるアクセルリス。熟睡できたようで、寝癖も今日は大人しい。


「おはよう。ご飯はできてるからね」

「はい」


 アイヤツバスが部屋を出ると同時に大きな欠伸をする。


「いい朝だ」


 寝ぼけて適当な事を口走る。アクセルリスにはよくあることだ。



 今日はアクセルリスもアイヤツバスも仕事が休み。

 アイヤツバスたちの、なんでもない一日。今回はそれを少し覗いてみよう。





「おはようございますお師匠サマ!」


 朗らかな声。すっかり覚醒したアクセルリス。

 どこかへ出かけるわけでもないのに、髪はキッチリと結い、魔装束もいつものようにキメている。


「朝ごはんは何ですか!? 鶏肉ですか!?」

「パンよ」

「鶏肉パンですか!?」

「普通のパンよ」

「鶏肉要素どこですか!?」

「ないわよ」

「なんで」

「朝からがっつり食べてたら太るわよ?」

「私は大丈夫ですよー、太りにくい体質なんです。ほらほらみてこのプロポーション」


 確かに鋼の魔女アクセルリス、体形には人一倍気を使っている。彼女の魔装束はお腹が露出しているタイプだからだ。

 その甲斐あってかどうかはともかく、彼女は大喰らいな割には華奢なウエストを維持できている。


「……いや、太りにくい体質っていうか……」


 ──だが腹部よりもそのやや上にある果実の方が目立っていることに、悲しいかな彼女は気付いていないのだ。


「……他のとこに入ってるっていうか」

「え? どういうことですか?」

「……何でもないわ。戯言よ。さっさと食事を済ませましょう」

「はーい」


 不服そうにパンを頬張るアクセルリス。


「…………」


 それを見つめ、腕を組むアイヤツバス。

 いつの間にか我が弟子は立派に育ったなぁ。

 かつての自分はどうだったか。記憶を掘り返そうとしたが、遠い昔の事なので早々に諦めた。



 先のハチ。食事は済まされ、片づけられた。


「『アレ』、時間通りに始めるから準備しといてね」

「了解です!」

「あ、そうだ、アクセルリス目薬持ってる?」

「目薬ですか? ありますよ!」

「私の切れちゃったみたい。貸してくれる?」

「いいですよ、どうぞ」

「ありがと」


 目薬を投げ渡した後、アクセルリスは師匠を見つめる。

 アイヤツバスもそんな弟子を見つめ返す。お互い怪訝そうな顔をしている。


「…………」

「…………」

「……え、なに?」

「え、使わないんですか?」

「あー、そのね」

「なにか不備でもありましたか?」

「そのー、恥ずかしくて……」

「……目薬注すのが!?」

「いやいや、メガネ外すのが、ね」

「あー、なるほ……って、そういうものなんですか……?」

「そういうものなのよ」


 赤面するアイヤツバス。滅多に見られるものではない。


「分かりました、じゃあ私戻りますね」

「ごめんね、使い終わったら置いておくから」

「はーい!」





 先のフクロウ。二人は工房の地下にいた。

 あの大鍋はトガネを生んだことで役割を終え、隅に追いやられている。


「さ、やるわよ。覚悟はいいかしら」

「もちろんです。このアクセルリス、全てを捨てる決意はできています」

「よろしい」


 アイヤツバスはメガネを整え、宣言する。


「これより工房掃除を始める!」

「おー!」

「トガネの錬成を始めてから殆ど手つかずだったからね、結構貯まってるわよ」

「上等です! 敵が多かろうと全て処理して生き残ります!」


 強く言い切るアクセルリス。銀の瞳は闘志に燃える。


「ふふ……私も負けてられないわね」


 アイヤツバスの眼光も冷たい鋭さを宿す。

 二人とも臨戦態勢だ。



〈……えっいつもこんなテンションでやってんの?〉

 使い魔トガネは口を挟まずにはいられなかった。


「うん」

「そうよ。こうやった方が盛り上がるでしょ?」

〈いや、掃除に盛り上がりとかいらないんじゃないか……? 俺が変なのか……? 無知なのか……?〉


 疑心暗鬼と自問自答の二重螺旋階段式思考に陥ったトガネ。彼には目もくれず二人の魔女は作戦を始める。


「さーやるわよー!」

「おっしゃー!」

「私はこっちをやるから、貴女は反対側をお願い」

「了解です!」

「なんかよくわからないものが出てきたら呼んで頂戴ね」

「分かりました!」



 二人は手分けして掃除・整頓をし始めた。

 トガネを作り始めたのはいつの事だっただろうか。アイヤツバスの言う通り、相当にいらないものが貯まっている。


「これは……」


 アクセルリスが棚の隙間から引きずり出したのはしなびた野菜 (のようなもの)。


「……シノビジーンかな」


 試しに臭いを嗅いでみる。


「う゛」


 激臭。アクセルリスの意識が一瞬あっちに行く。


「やばい、やばいコレ」


 迷うことなくゴミ袋へ突っ込む。


「はー、危なかった」


 そう呟きながら反対側を覗き込む。


「……なんで?」


 こちらにもあった。いったいどのような管理をしていたのだろうか。


「お師匠サマって……案外ずさんだよね……」

 二本目のシノビジーンを放り込みながら呟いた。



 そんなこんなで掃除が半分くらいまで進んだ。

 アクセルリスはその途中で、いくつもの見慣れない物品を見つけた。

 アイヤツバスが言うには、そのほとんどが彼女がかつて使っていた《マジアティックアイテム》だそうな。

 だが彼女にはもう無用の長物らしく、過半数はゴミ袋行きとなった。一部の面白そうなものはアクセルリスが引き取った。

 そして、また一つ。


「ん?」

 アクセルリスが見つけたのは謎の輪。直径は彼女の腰ほど。


「お師匠サマ、これはなんですか?」

「それもマジアティックアイテムよ」

「またですか。いくつあるんですかマジアティックアイテム」

「いや、それは格が違うわ」

「ほう?」

「なんてったって《古のマジアティックアイテム》なんだから、それ」

「何ですかそれ胡散くさ」


 細部を色々と見てみる。言われてみれば確かにいにしえっぽい。


「どう使うんですか、これ」

「腰に巻くのよ。ベルトだから、それ」

「おお、本当だ」


 少し弄ると留め具が外れたようで、輪が開く。


「とある魔女がこれを使って力を引き出し、悪と戦っていたそうな」

「……っていう設定ですか?」

「さあ? 実在したんじゃない?」

「光ったり鳴ったりするんですか、これ」

「いや、そんなデラックスかどうかまでは知らない」

「というかなんでこんなものがあるんですか」

「何でだったかしらねぇ……」

「捨てないんですか?」

「いやあ、いつかマニアが高く買い取ってくれそうだし」

「お師匠サマ結構がめついですよね」

「資本は大事よ」


 メガネの奥が鋭く光る。流石はベテラン邪悪魔女、リアリストだ。


「ちょっと使ってみてもいいですか?」

「いいわよ、壊さないようにね」


 整頓の手を止めないままアクセルリスの監視も行う。見事なマルチタスク。


「んしょ、こんな感じかな」


 巻いてみる。重さはそこそこ。


「で、ここからどうするんですか?」

「ベルトに魔力を込め、気合を入れるとスーパーマジアパワーが解放され、魔女戦士に超変身(ビルドアップ)する」

「まあまあありがちな設定ですね」

「私にはよく分からないけどね」

「なんかスイッチとかある感じですか?」

「ない感じね」

「じゃあ本当に魔力と気合だけで何とかするんですね……」


 観念。だがやるだけやってみる。


「魔力……気合……」


 力を貯めるアクセルリス。表情を固め、手を前に突き出し、言う。


「変身!」




 …………がもちろん、何も起こらない。

「…………お師匠サマ」


 今、アクセルリスの顔は赤より真っ赤だ。


「……言わんとすることはわかるわ」

「謀りましたね」

「そんなつもりはなかった……と言えばウソになるわね」


 微笑。悪魔的だ。こういった悪戯心があるから困るのだ、この人は。


「実はそれ、ベルトだけじゃ機能しないのよ」

「と言うと」

「バックルを見てみて」


 訝しげに視線を落とす。そこには『いかにも』なスペースがあった。


「……まさか」

「そう。そこに対応する《宝珠》をはめないと動かないの」

「何という……」


 購買意欲を悪戯にくすぐる商法にアクセルリスは憤慨を覚えた。


「じゃあこれますますゴミじゃないですか」

「マニアが高く買い取ってくれそうだし」

「……結局私の一人相撲だったか……」


 珍しく冷静に自己反省するアクセルリス。確かな成長を感じる。


「さ、おふざけもそこまでにして掃除に戻りましょう。ベルトは元あったところに戻しておいてね」

「はい」


 その後は特に面白いものは見つからなかった。

 正確に言うのなら、アクセルリスが興味を示さなくなった。あの大火傷の後だ、無理もない。

 その甲斐あって掃除は流れる様に進んだ。


 そして先のムカデ。ちょうど掃除が終わった。


「……終わったわね」

「終わりましたね……」


 地下工房は見違えるほど綺麗になった。

 本来であればここから雑巾がけを行うのだが、今日は簡易版のためやらない。


「こりゃ汚し甲斐がありそうね」

「は?」

「あら? 綺麗なものを汚すの、良くない?」

「いや……あまり共感はし辛いといいますか」


 可能な限りやんわりとした言い回し。魔女機関での交流の中で、このようなテクニックも学んだアクセルリス。


「こう、汚れてると『こんなになるまでがんばったぞー!』みたいなのが視覚的に分かる感じ」

「あー、まあそう言われればわからんでも……」

「でしょ? 立派に作り上げたものを壊すのも楽しいわよね」

「それはわからんです! 全く!」

「冗談よ」


 微笑。この人の事だから冗談で済まないかもしれないのだ、とアクセルリスは心の中でぼやいた。


【続く】

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