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残酷のアクセルリス  作者: 星咲水輝
44話 進化の終着点
228/277

#3 バージェスに至る

【#3】


「危なかった──だけど、もう逃げ場はない」

「貴様──アクセルリス──!」


 銃床で槍と競り合いながら、イヴィユは怒りを露わにする。無理もない。完全な逃走計画が狂わされた上に、逃げ場のない魔行列車内に引き摺り込まれたのだから。


「この列車がどこに向かうか、それだけ聞いておこうか! 到着するころにはお前の命はないだろうからな……!」


 強く槍を圧し込み、アクセルリスは迫る。


「ハ! そうだな……お前には『頽廃の岡』とでも言っておくか」

「──それは」


 『頽廃の岡』。かつて自らの全てを奪った戦争の名と一致するそれに、アクセルリスの思考が一瞬だけ滞る。

 だがその一瞬は、外道たるイヴィユにとっては十分な猶予だった。


「はァ!」

 拮抗を押し上げ、そのまま弾丸を放つ。

「ッ!」

 躱され、命中こそしなかったが、その間にイヴィユは拘束を抜け出し、立ち上がりながら二人の追手に目を向けた。


「ふぅ。どこまでもしぶといな」

「俺達の執念深さはお前が一番よく知っているだろうが」


 獣のように荒く呼気を吐き出し、グラバースニッチは臨戦態勢に入る。


「ペンダントを取り戻し、お前を捕らえ、本部に帰還する。それだけだ」


 アクセルリスもその背後に立ち、槍よりも小さな刃──『杭』あるいは『楔』を周囲に生み出した。これまでの経験から生み出した、閉所特化の武器である。


「ん……それには見覚えがないな」

「私も初めて作ったからな」

「成程。今この瞬間も進化し続けているというわけか! それは結構──お前なのが腹立たしいがな!」


 最早、今のイヴィユは全ての進化を祝福しない。己の感情、私怨により歪んでしまっている。


「ならば私も負けてはいられまい。進化を──お前たちを滅ぼすための進化を! 今ここで成し遂げよう!」


 そして、行動は直ぐに起こされた。


「こういうのはどうだろう!」


 そして銃口を己の掌に向け、引き金を引いた。

 鳴り響く銃声──しかし、その手に風穴は空かず。代わりに、異様なる光景が広がる。


「弾丸を受け止め……いや、違う?」


 放たれた銃弾はイヴィユの掌で回転し続けていた。その輪郭に青い光を宿して。


「受け流す魔法を弾丸に付与させているのか」

「鋭いなグラバースニッチ! 流石は獣の嗅覚だ! であれば、この後に起こることも想像が付いているだろう?」

「──ッ」


 グラバースニッチ、そしてアクセルリスは同時に同じ未来を見た。

 そして選んだ行動は──防御だった。


「さあ行けッ!」


 直後、イヴィユは手を振り抜く──弾丸が解き放たれる。滑るように、不規則な曲線を幾度も描きながら、進む。

 それはすぐに車内の構造物に着弾し、砕く──だが奇妙なことに、命中してもなお弾丸は行進を止めなかった。

「なんだそりゃあ……!」

 その軌道は余りにも歪んでいて、到底予測できない。不用意に動けば身体を貫かれるだろう。魔女の手により、異常にして驚異の弾丸へと進化を遂げたのだ。

「ははは! これはいい! 優れた進化だ!」

 成果に高く笑いながら、イヴィユは次々と曲がった鉄砲玉を放ち続ける。アクセルリスとグラバースニッチの周囲を幾つもの凶器が取り囲む。

 そして弾を込め直し、次は直接敵を狙った。

「動けない標的を撃つのなど、進化するまでもなく容易い」

「させるかッ!」

 放たれた直線の殺意が二人を貫くよりも先に、彼我を完全に遮断する鋼の防壁が生み出された。弾丸が弾かれる音が響く。

「やはり阻まれるか。それならば私も新たな進化を得るしかあるまいて……!」


 その言葉を最後に、イヴィユの声は途絶えた。しかし依然として周囲を巡る歪んだ弾丸たちは残ったままだ。


「はぁ……っ!」


 アクセルリスは灼銀の右目に全神経を集中させ、魔力を籠める。

 瞬間、影より芽生えた赤い光が、高速で動き回る弾丸たちを捉えた。


「行けッ!」


 号令の元、鋼の杭が発射される。それらは極めて正確に全ての弾丸を叩き落した。


「良い眼だ」

「ありがとうございます。(トガネ)も喜びます」


 今なお残る、相棒の残滓と輝き。それに永遠の感謝をしながら、アクセルリスは微笑んだ。



「さて」


 グラバースニッチは向き直る。消えた鋼の障壁の先──なにもない。誰もいない。


「イヴィユは消えたが……」


 獣の視線はヒビ割れた窓を向く。


「外はまだ夜に包まれてる。列車を降りたとは考え辛いが、であればどこだ? 奥の車両か?」

「──いえ」


 再びのデジャビュ、アクセルリスの口を付いて出た言葉がある。


「覚えがあります。こういうとき、外道たちは決まって列車の背に移動すると」

「なるほど。俺にはよくわからないが……説得力は伝わってきた! よし、ならば──」





 魔行列車の背。

 二人の魔女は睨み合い、互いの姿をその瞳に映す。


「良い風だ。我が身を呪うこの風、更なる進化に相応しい」


 イヴィユは両手を大きく広げる。ミリタリーコートが激しく棚引く。

 そしてその首元では、赤黒いペンダントが揺れていた。


 それは言うまでもなく──シャーデンフロイデが死に際に奪った戦火の魔力を貯蔵しているそれだった。


「黙れ。そしてそれを返せ。お前なんかが持ってていいものじゃない」

「それを決めるのは私だ、生憎な」


 挑発するかのようにペンダントを主張し、イヴィユは邪悪な笑みを浮かべる。


「そうか。ならシンプルに解決するしかない」


 目を閉じ、一つ息を吐き、そして見開いた。

 灼銀に塗れた残酷が、世界の外からイヴィユを見た。


「殺す」


 そしてアクセルリスは駆け出した。

「ハハハ! さぁ踊れ! そして我が進化となれ!」

 銃を乱射するイヴィユ。完全なる狂気に身を宿しながらも、その狙いは正確無比に。

 だがだからこそ、アクセルリスもそれを読む。

「────」

 右目が赤く輝き、迫る弾道を読み切る。導かれる完璧な道程で身を躱し、イヴィユに肉薄する。

「はあッ!」

 拳を握り締める。鋼が纏い、鋭い杭の形を成す。

「ハハ、それは喰らったら痛そうだ──」

 薄く笑うイヴィユ。それは、敵の狙いを読み切ったからに他ならない。

「だから躱す!」

 紙一重、顔面に迫る杭を避け、すぐに身体に魔力を走らせる。

 直後、イヴィユの背後から迫っていた槍が受け流され、アクセルリスの眼前へと躍り出た。

「ッ!」

 己の鋼に貫かれるよりも早くアクセルリスは槍を消す。だが、相対する外道は消えず。

「しぇああッ!」

「ぐ……!」

 銃を握ったままの裏拳が顔面を襲う。咄嗟の防御でダメージは抑えたが、しかし確実な痛苦は刻まれた。


「っと……!」


 弾き飛ばされ、身を整えながら着地する。灼銀の眼には魔女の影が映り込む。


「進化だ。進化し続ける私に以前と同じ手が通じるとでも思ったのか?」

「そんな喋ってる暇があるのか? 以前と同じ状況じゃないのはお前が一番分かってるだろうに」

「何を」


 言葉が途切れる。それは、己の背後より迫る驚異的な殺意を感じ取ったからだ。


「────しゃあああッ!」


 強襲するは獣、グラバースニッチの黒き爪牙が舞い踊る。


「お前か、グラバースニッチ! 相変わらずの切れ味だな……!」


 刃を紙一重で躱し続けるイヴィユ。その背に流れる冷や汗──グラバースニッチの一撃を喰らえば、ただでは済まないことを本能が告げている証明だ。


「怖い怖い! まったく驚くべき戦闘能力だ!」

「今更そんなことを言うかァ!? 俺の力を一番間近で見続けたのはお前だろう、イヴィユ!」

「ああそうだな! お前とバディを組んで任務に赴いたことも少なくない……大切な、仲間だ」


 仲間。その言葉を切欠に、イヴィユの眼差しが変わる──鋭く、殺すための眼に。


「ッ!」


 獣の直感が不穏を囁く。咄嗟に飛び退けば、直後グラバースニッチのあった位置をハイキックが貫いていた。


(今の、俺にも見えなかった──何が奴をこうまでさせるのか)


 鈍化したニューロン、疑問が通り過ぎるが、世界の再加速と共に置き去りにされる。

「はは! ははは!」

 回避したままの体勢、無防備なグラバースニッチに無数の銃弾が迫る。

「この! 程度!」

 熱気の籠った呼気を吐き出し、獣の魔力が滾る。常軌を逸した反射神経で銃弾の悉くを躱し、そのままイヴィユに肉薄する。

「合わせます!」

 そして背後からはアクセルリスの声。イヴィユにその姿を捉える余裕はないが、彼女もまた攻撃態勢に移っているだろう。

「しぇあああッ!」

「はああッ!」

「ふ──」

 残酷なる挟撃。それに対処するためにイヴィユは、自ら前方のグラバースニッチへと飛び込んだ。

「何!」


 当然、その身体は迫り始めていた獣の牙に触れる──だが、受け流した。


 敵意の攻撃にあえて向かい、それを自ずから受け流し躱す。それは言わば、極東に伝わる『イナシ』の技術の模倣ともいえた。

 イヴィユはそれを用い、逃げ場のない挟撃を打開しながら、グラバースニッチの背を取ることに成功したのだ。


「柔よく剛を制す、と。何処の言葉かは忘れたが、このようなことを指すのだろうな」

 獣の背後より、声が響く。愉快気な声色──事実、アクセルリスの目は笑いながら銃を握るイヴィユを見ていた。

「させ──」

 しかし彼女の介入よりも早く動くものがあった。それはイヴィユではなく、グラバースニッチだった。

「──るかよッ!」

「ぐッ!?」

 グラバースニッチの後ろ回し蹴りがイヴィユの腕を穿った。響く鈍痛、銃を取り落とす。

「この程度で! 俺の裏を掻いたとでも!」

 蹴りの勢いのまま振り返り、再度その爪を得物へと奔らせる。

「ああ……確かに甘かった! それは認めよう!」

 迫る爪を一重で躱し、落とした銃へと手を伸ばす──だがそれは、彼女が拾い上げる前に槍に貫かれ、砕けた。

「!」

「少し早かったか。まあいい、お前を貫くまで何本でも降らせば良いだけの話だ」

 宣告。直後、イヴィユは頭上に無数の『殺意』を感じた。

「……はは」

 途方もない殺気に晒され、イヴィユは自然と笑いを浮かべていた。しかし当然、それは死を受け入れたが故の諦観ではなく。

「素晴らしい! これだけの殺意を受け、そして生き延びれば、これ程までにない進化となるだろう」

「なら、死ね」

 そして鋼の雨が降り注ぐ。


「──ッ!」


 イヴィユは極限まで集中力を滾らせ、魔力を用いない通常の回避と魔力によって受け流す回避を使い分け、巧みに槍を搔い潜る。


「試してみるか。いつまでそれが持つか!」


 強い語調、アクセルリスは言い放つ──しかしそれとは裏腹に、槍の雨は不意にぴたりと止んだ。


「──」


 アクセルリスが止めたのではない。むしろ、目を見開くその様子からは、彼女自身も想定していない挙動であることが読み取れる。

 その原因は、単純。


「元素切れ……!」


 万能を誇るアクセルリスの鋼魔法、その唯一と言っていい弱点。『弾切れ』だ。

 虚無に近いこの空間では、鋼の元素などあるはずもなく、そしてイヴィユがこの機を逃すはずもなく。


「好機、得たりッ!」


 無防備となったアクセルリス。イヴィユはそこへ瞬間的に肉薄し、躱す余地のないゼロ距離銃撃を狙う。

 だが、残酷な番犬がそれを阻む。

「はあ──ああああアアアッ!」

「く、避け──無理かッ!」

 獣の魔力を総動した助走なしの急加速、そして繰り出される致命の飛び蹴り。

 迫る爆速、回避は不可であると悟ったイヴィユは咄嗟にそれを受け流し、二人の魔女の横を滑るように通り過ぎていった。

「──っと!」

「……ッ!」


 グラバースニッチとイヴィユが同時に着地し、動きを止める。


「…………まったくまったく、骨のある! このまま戦い続ければ、私は止めどなく進化してしまうぞ!?」


 振り向きながら、イヴィユは楽し気な様子でそう言い捨てた。対照的に、アクセルリスは感情を殺したまま、呟く。


「繰り返し、繰り返し──埒が明かない」


 停滞。精鋭たる二人を相手にしても、イヴィユは一歩も譲らない立ち回りを繰り広げている。

 ならば、戦局へ変革をもたらすほかない。


「────殺す」


 鋼こそ尽きた。しかし、己だけはより残酷に。

 アクセルリスがそう喝を入れた。だが、そのすぐ後。




「──だが残念、時間切れだ」



 不意なイヴィユの言葉。それと同時に、夜闇に包まれていた空間に、光が差した。


「あれは」

「『出口』だ。これよりこの列車は夜のトンネルを出る──そうすれば、私は用意した手段で直ぐに逃げ遂せる。お前たちが追えないほど遠くに、だ」

「そうか。いいことを教えてくれたな」

「それを聞いて、俺たちが阻まないとでも」

「それすらも踏まえた上での、勝利宣言だ。さぁもう猶予はない。今のうちに負け惜しみでも考えておくといい──!」


 そして直後、魔行列車は──三人の魔女は、激しい光に包まれた。





「────」





 銀色の髪が日の光に照らされ、美しく煌めいていた。

 魔行列車はトラブルなく、基底世界に出現した。



 であれば、イヴィユの語った逃走計画が果たされるのか。

 否、それは起こらなかった。



「──」



 何故なら、この場にいる誰も予測できなかった事態が、迫っていたからだった。



「な──」

「え──」

「は──」



 三者は共に同じ方角を向く。同じものをその瞳に映す────彼女たちが乗る魔行列車、その側面に最高速で迫る、別の魔行列車の姿。



「────ッ!」



 三者ともに、歴戦の魔女である。故に、突発の脅威への対処は、同じものとなる。

 身を伏せ、魔行列車に強くしがみ付く。

 そして、直後。




 悍ましい轟音を立て、二つの魔行列車が衝突した。

 巨大な鉄塊の全速力、それを受けた鉄塊、その両者は共に浮かび上がる程の衝撃を分かち合い、そして雪崩れ込むように岩肌に激突した。



【続く】

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