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残酷のアクセルリス  作者: 星咲水輝
43話 妖精の森
225/277

#5 されど、妖精は死なず

【#5】



 ファルフォビアは弓を構える。


「もう何も言わないよ。さよならも言わない。私はずっと、ここにいるから」


 安らぎに満ちた表情。アクセルリスも、フィアフィリアも、カプティヴも、ダイエイトも。もう誰も何も言わなかった。

 ただ、ファルフォビアのその躰が魅せる最後の輝きを、逃すことなく全て見届け、記憶に刻むために。


「ふぅ────良し」


 天を仰ぎ、虚空へと弓を引く。

 呼吸を平静に整え、魂の髄から生命力を引き絞る。

 徐々に、その輪郭が薄く明るい緑色の光に包まれていく。



「……っ」


 カプティヴは息を呑む。エルフが自らの命を森に還元する──その秘術こそ知っていたが、こうして目にする、それも己の友が目の前で行うというのは、当然経験していないことだった。

 脳裏で、小さく呟いた。


(──私はまだまだ未熟です。朋友は覚悟を固めたというのに、今だ我が心は揺れ動いているなど──)


 そしてひとつ、決意した。


(強くなります。我が友に誓い、比類なきエルフとなる)


 と。



 だんだんとファルフォビアを包む光が強くなる。同時に、彼女が引く矢にもその光が宿っていく。


(もうすぐだ)


 フィアフィリアは生唾を呑み込んだ。


(姉さん──あなたの生き様は、後の世に語り継ぐよ。それが俺にできる一番の孝行だ)


 輝きと共に生きたその姿を、永遠に忘れるまいと、凝視した。



 はたては近い。

 極限まで引かれた弓はひどく歪んでいたが、確固たる意志とともに在り続けていた。

 そして。


「────よし」


 輝きの極みに達したファルフォビアが、小さくそう呟いた。誰もがその言葉を耳にした。


 時が満ちたのだ。 

 黒き戦の災禍を払う矢が、今解き放たれる──




 寸前。



「ファルフォビアっ!」



 響いたのはアクセルリスの声だった。

 ファルフォビアは目を向けた。

 手の甲に指で十字を描きながら、アクセルリスは言った。



「これからも──友達でいてね」



 その表情は涙に濡れながら、晴れやかな笑顔であった。

 ファルフォビアもまた最高の笑顔で、言った。



「あたりまえでしょ!」



 そして、放たれた。





 その矢は緑色の流星となり、天を射抜いた。



 天頂に緑色の光が生まれ、その輝きを膨張させる。

 一つ、二つと胎動したのち、それは爆ぜ、光の雨を黒炎に塗れる森に降り注がせた。


「命が降る」


 その呟きは誰のものだっただろうか。見れば、その言葉の通りに。

 輝きの雨は戦火の炎をたちまちに消し去り、燃え尽きた大地、そして樹々に再び命を吹き込み、生の光を茂らせていく。


 あちこちで、みるみるうちに。先までの惨状が、豊かな森に再び上書きされていく。


「すごい、元通りに──いや、今まで以上だ……!」


 まさに天よりの奇跡。その渦中にあって、アクセルリスはただ感嘆するほかなかった。


「こんなの、魔女でもできないよ。さすがファルフォビアだ!」


 彼女へ声が届くように、空へ高く言った。


 と、それに続いて上がる声があった。それはあることに気付いたフィアフィリアのものだった。


「体、が……?」


 見れば、彼の体は全身に刻み込まれていた火傷が癒え始め、そしてすぐに一人で立ち上がれるほどまで回復した。


「感じる、姉さんの命が流れ込んでくる」

「フィアフィリアはファルフォビアの双子の弟ですから、その生命力の影響を強く感受できるのでしょう」

「姉さん……ありがとう」


 青々と茂る草花を見渡し、一筋の涙と共にフィアフィリアは呟いた。


 すると、その言葉に同調するように、あちらこちらから鳥や虫、そして小動物の声が聞こえ始めた。


「これは」

「森とは、そこに住まう生き物たちも包含した一つの命。私たちエルフはそういった信念を持って生きています」

「だから姉さんの生命力で、動物たちの命も芽吹き出したんだろう」

「──すごい」


 アクセルリスは声を漏らし、再び感動に身を委ねる。

 だがその傍で、ダイエイトだけは忙しなく周囲に目を配っていた。


「なら……なら、バウンも……!」

「バウン……?」


 その様子と言葉で、アクセルリスは気付いた。気付いてしまった──ダイエイトの護衛であったバウンの姿が見えなかった理由に、だ。


「……そっか。バウンも、か」

「バウンだって、戻って……!」

「……残念ですが、それはありません」


 カプティヴは苦虫を噛み潰したようにそう言った。


「彼はゴブリン──妖精(エフュア)の一角とはいえ、エルフほど森に根差した種族ではありません。加えるのなら、ファルフォビアともこの森とも強い縁がない……です、ので……」

「…………そう、か」


 ダイエイトは震えた声で呟いた。

 そしてその場で膝を付き、目を閉じた。


「──すまない、ありがとう、すまない────」


 追悼だった。

 アクセルリスもまた、かつて共に戦った彼の姿、そしてダイエイトたちを護るために戦ったであろう彼の姿を脳裏に浮かべ、目を閉じ、彼のことを悼んだ。



「──」



 そして静かに目を開いたとき、映ったのはファルフォビアだった。


「ファルフォビア…………」


 彼女の体。矢を放った姿勢のまま、大樹が朽ちていくかのように急激に色を失っていく。

 一目で『命が枯れた』と理解できるその姿──しかしその表情に、恐怖や後悔はない。あるのはただ純粋な決意の微笑みのみ。

 やがてファルフォビアの器だったものは、木造の彫像のようになった。


「──」


 アクセルリスが無意識にそれに手を伸ばす──直後。


「うわっ!?」


 その根元より幾つもの幹が芽吹き、渦を巻き折り重なるように彫像を包み込んだ。

 そうして出来上がったのは豪壮なる大樹。比肩する樹もない、森の中央に聳えるに相応しい姿。それこそがファルフォビアの『楔』だった。


「すごい……! 見上げてるだけで、生命力が伝わってくる……!」


 そして、大樹から吐き出されたものがふたつ──弓と剣。ファルフォビアが愛用していたそれだった。


「形見──ということなのでしょうか、これは」


 カプティヴは小さく呟く。しかしアクセルリスはそれを否定する。


「いや、違う」

「違う……?」

「だってファルフォビアは『生きている』。だからこれは形見なんかじゃない」


 その言葉に誰もが目を見開いた。そしてアクセルリスは、その二つの武器を手に取った。


「『使え』ってことなんだと思うよ、私は」


 重みが──ファルフォビアの残した熱が、弓と剣を通してアクセルリスに伝わる。


「……分かったよ。遠慮なく使わせてもらうからね」


 不敵に微笑む。直後、森がそれに答えるようにざわめいた。





 やがて光の雨は止んだ。

 後に残ったのは、生命力に満ちて豊かに栄える森。戦火の残滓はどこにもなかった。


「…………」


 全てを見届けたアクセルリスは、ふとひとつの思案を口にする。


「ここはもう《死んだ妖精の森》なんかじゃない。その名前は二つの命によって織り成されたこの森にはふさわしくない」


 それはこの場の誰もが抱いていたことだった。

 《死んだ妖精の森》。元より誰が名付けたのかは伝わっていない。そもそも正式な地名なのかも定かではなかった。


 しかしアクセルリスにはその事実を差し置いてでも、固まる決意があった。


「フィアフィリア、君がこの森に新しい名前を付けてあげて。そうすれば君の母も姉も喜ぶ」

「わかった、任されよう──といっても、ひとつしか思いつかないが」

「あ、だよね! じゃあたぶん皆も同じ意見だよね?」


 カプティヴとダイエイトも静かに頷いた。


「じゃフィアフィリア、宣言しちゃって!」

「ああ──」



 息を呑み、小さく咳ばらいをし、荘厳なる雰囲気を纏って、フィアフィリアは言う。



「ここは──《勤勉な妖精の森》だ」



 再び、森がざわめいた。

 それは与えられた新しき名を歓迎するように。あるいは、友と世界の未来が善いものであることを祈るかのように。


 心地よい風が、アクセルリスたちの頬を撫でて、過ぎ去った。









 アクセルリスはまた一人、友を喪った。

 だが、もうその輝きは鈍らない。


 約束をしたから。

 全ての仇を取り、復讐を果たすと。



「だから待っててね。父さん、母さん、アズール、ギュールズ、パーピュア──」



 夢を叶えると。



「トガネ、ファルフォビア──」



 戦火の魔女を、殺すと。



「────お師匠サマ」




【妖精の森 おわり】

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