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残酷のアクセルリス  作者: 星咲水輝
43話 妖精の森
224/277

#4 虎よ、虎よ、我が約束は星の群れ

【#4】



「ひどい……! これ、どういう状況……!?」

「ま、色々あってな……」


 ふらつきながらダイエイトが歩み寄る。その右腕は、もうない。


「ダイエイトさん……!? 大丈夫ですか!?」

「俺のことはいい。それよりもファルフォビアだ」

「……っ!」


 見れば、彼女からは一切の生気が感じられなかった。


「ファルフォビア、しっかりして! ファルフォビア!」

「アクセルリス──ごめんね」

「なんで謝るの……!」

「私にはもう、何もできない。何も守れない。結局私は、何にもなれなかった」


 虚ろな目には、もう何も映っていなかった。


「私の全ては、無駄だった」

「そんな──」


 息を詰まらせる。言葉と共に想いを貯め、放つ。


「そんなことない!」

「──」

「この前のこと、もう忘れたの!? 言ったじゃん、ファルフォビアはずっとがんばってきたんだって! 無駄なことなんて何もない!」

「でも私は何もできなかった。何も残せなかった」

「私がいる!」


 銀色は、強く、そう言った。


「ファルフォビアは私のかけがえのない友達なんだ! ファルフォビアのおかげで私は強くなれた──ファルフォビアがいなかったら、今の私はいないんだ!」


 強く訴えかけるそれは皮肉にも、アイヤツバスの言葉と同じ道を辿る。


「あの日──私が全てを失った日から、ずっと孤独だった。お師匠サマに救われはしたけど、結局それも戦火の魔女の目論見だった──だけどファルフォビア。あなたと会えたのは、そうじゃない!」

「……え」

「あなたとの出会いは歪められていない運命なんだ。あなたと出会えたから、孤独に蝕まれていた『アクセルリス』が笑顔になれるようになったんだよ!」


 気付かぬうちにアクセルリスはファルフォビアの手を握っていた。思いが熱を帯びて伝わる。


「だからファルフォビアはすごい。無駄なんかじゃない。この私が──アクセルリスがそう言ってるんだ!」

「アクセルリス──」



 親友の言葉を。親友の想いを。真正面より浴びたファルフォビアは、無意識のうちに涙を流していた。



「立って、ファルフォビア」


 アクセルリスは言う。手は、貸さずに。


「私の──アクセルリス知ってるファルフォビアは。勤勉なファルフォビアは、立てるから」


 強い信頼を瞳に宿し、ファルフォビアの眼を見つめていた。


「…………そんな目で見られちゃったら、私──」


 目を閉じて頬に伝っていた涙を拭い、決然と目を開いた。


「──頑張るしかないじゃん! この森を護る勤勉なエルフなんだから!」

「そうだ……そうだよファルフォビア……!」

「ありがとね、アクセルリス。私としたことが情けない姿見せちゃって」

「困ったときはお互い様、でしょ? 友達なんだから!」

「……だね!」



 そして二人は、揺らぐことない絆を確かめ、不敵な笑みを交わした。



「ここからは超・真剣な話」


 激励を受け立ち上がったファルフォビア。真面目な表情で一同を見た。


「見ての通り──森が燃えてる。私たちはこれをなんとかしなきゃならない」

「だが消火は絶望的なんじゃないか。どうやら炎は森の全域に広がっている──三日三晩水を浴びせ続けても収まるかどうか」


 力なく荷台に座りながらダイエイトは言った。満身創痍に追い込まれながらも、その言葉は的を得ている。


「それにお師匠サマの炎だ、そう簡単に消えてくれるとは思えない」

「となれば、もう森は焼き尽くされる運命なのでしょうか……?」

「普通の火事だったら許容できる……だけどアクセルリスが言ったように、戦火の魔女の炎だ。焼けた後どうなるかは私たちの想像も及ばないかもしれない」

「万事休す、なのか? もう俺達にはこの森を捨てるしか選択肢は……」

「それはしない!」


 ファルフォビアが強い語調で否定した。


「この森は私の母が護っていた。私たちの家系が残る大切な森なんだ……!」

「……」


 フィアフィリアも頷き、肯定する。


「だから、捨てたくない……!」

「でもどうしようもない。今ある命で生きていくには、割り切るしかない」



 アクセルリスの言葉──『命』というフレーズ。それを耳にして、ファルフォビアが表情を変えた。



「…………森を元に戻す方法は、一つだけある」


 希望の萌芽。しかしその表情は深刻であり、カプティヴも何かを悟ったように口許を押さえる。


「本当に……!? それは、どんな」

「全ては整ってから話す。みんな、ついてきて」


 決然と、ファルフォビアは炎の間へと歩みを始めた。それを引き留めるようにカプティヴが手を伸ばした。


「ファルフォビア、待って」

「カプティヴ──止めないで」


 その眼には、揺らぐことのない覚悟が宿っていた。


「……っ」


 もはやカプティヴに、この潮流を止めることはできなかった。





 一同は黒炎の間を縫って暫し歩いたのち、森の中央だった地に辿り着いた。


「ここがベストだね、うん」


 頷き、笑った。その横顔にアクセルリスは問う。


「それでファルフォビア……方法っていうのは、どんなものなの」


 その表情は真剣に。先の二人のやり取りを見て、ただ事ではないということが彼女にも伝わっていた。


「言ってしまえば、この森に私の『命を吹き込む』。そうすれば森は元の繁栄を取り戻すことができる──逆に言えば、それしか手段はない」


 言い切った。エルフである彼女がそう言うのであれば、それは強い確証を宿す。


「なるほど、そりゃすごい。エルフの神秘を感じるな」


 ダイエイトは薄く笑いながらそう言った。誰の目にも、その笑いが真なるものではないことを悟らせる、不器用な表情だった。


「……で、その命ってのを吹き込んだら──」

「ファルフォビアは、どうなるの」


 彼の言葉をアクセルリスが受け継ぎ、核心を穿つ問いを創り上げる。

 それはこの場において最も重要なもの。



「そうだね──私の、《ファルフォビア》としての生は、終わる」



 静かな風が一同の間を抜けた。

 『命を吹き込む』──ああ、やはりそれは、『貸与』ではなく『付与』なのだ。

 薄く感じていた残酷な事実。それを知り、アクセルリスは息を詰まらせる。


「そんなこと、許せるとでも──」


 震える声で、熱く、呟いた。


「ファルフォビアは私の親友なんだ……その命を失わせることを、私が許せるわけないでしょ……っ!」

「──ごめんね、アクセルリス」


 平板な声色でファルフォビアは返した。


「でもそれを言うのなら、私はこの現実を許せない」


 見渡す。一面には赤黒く燃え盛る樹々。地獄が表出したかの如き、戦火の森。


「母と私が護り続けてきたこの森が、いとも容易く燃やされ、尽きていこうとする様を。見過ごすことは、私には許せないんだ」

「そのためなら自分の命も惜しくない、とでも」

「そういうものなんだ、エルフ(わたしたち)は。森を護ることが使命の私たちは、森と共に生き、森のために死ぬ」

「……理解はするよ。そういう価値観があるなら、それは遵守すべきだ」

「なら」

「でも! それでも私は森のためにファルフォビアが死ぬのを認めたくない! 理屈も何もない、ただの私のわがままだ……!」


 行き場を失った想い、強く握りしめた拳が震える。

 その感情を目の当たりにしたファルフォビアは、少し呆けたような顔をしてから──言った。


「アクセルリス──ありがとう」


 その小さな言葉は、感謝に包まれていた。


「私のことをこんなにも想ってくれるひとがいたなんて。なんて幸せ者なんだろう、私は!」

「ファルフォビア──」

「……大丈夫だよ、アクセルリス。《ファルフォビア》は死ぬ。だけど、私の命はこの森に宿って、いつまでもあなたのことを見守る」


 優しい色の声でそう諭す。子守歌のように、安らぎに満ちた声で。


「アクセルリスは納得できないかもだけど、エルフにとってはそれは何よりも誉れ高いものなんだ」

「……はい。そうやって森に殉ずることが、私たちの誇りなのです」


 悲愴な眼でファルフォビアを見つめながらカプティヴはそう頷いた。


「だから──私を、送り出してほしい」


 決意を宿した真っ直ぐな瞳が、灼銀と交わった。


「アクセルリスの親友であるファルフォビアを、胸を張って送り出してほしいんだ。私の最後のお願い──聞いてくれる?」

「そんな……そんな……!」


 震え、震え、そして心を定めた。


「そんな目で見られたら、そんな顔で言われたら、私……断れないじゃん」

「えへへ……ありがとう、アクセルリス」


 灼銀の眼にもまた、決意が宿っていた。

 それを見届け、ファルフォビアは静かに笑った。





「じゃ待っててね。大丈夫、ここに燃え広がる前には終わらせるから」


 そう言って弓を手に取る──そのときふと、カプティヴがファルフォビアへ囁いた。


「……ファルフォビア、まだ考え直せます。貴女は生きるべきです、代わりに私が──」

「ありがとねカプティヴ。でもこれは、私がやらなきゃならないことなんだ。母と、フィアフィリアのためにも」

「しかし」

「それに、あなたはこの森との縁が薄いでしょ? それじゃきっと森は満足してくれない。そもそも今のあなたには弓を引く力もないでしょ」

「…………申し訳ありません。どこまでも、力不足で……!」

「そんなことないよ。あなたの弓の腕前は世界一だ! 私が言うんだから間違いない! 自慢の友達だ」


 静かに涙を流すカプティヴの肩を、優しく叩いた。


「ありがとね」



 そして、フィアフィリアへと向き直った。


「フィアフィリア、話せる?」

「……ぜんぶ、聞いていた」

「そっか」


 やりきれないように言葉を詰まらせ、沈黙が二人の中を通り抜けた。


「……私は」

「止めないさ、おれは」


 言葉を重ね、フィアフィリアは己の想いを伝える。


「え」

「姉さんが決めたことだ。止める理由もない──というか、それで止まるような性格じゃないだろ」

「えへへ、だよね! でもフィアフィリアに本気で止められたら考え直しちゃったかもね?」

「そうか? ならその気になってもいいが」


 瞬間。冗談のように言葉を交わし、雰囲気が軽くなる。

 その後、ファルフォビアが言う。


「この森、後のことはフィアフィリアに任せるよ」

「おれが?」

「どうせあんたの森も燃えちゃったんだし。それにここには、私とお母さんの命が宿ってるんだ。他に適任はいないでしょ?」

「……そうだな。それなら任されよう。あとのことは、すべて」

「……アクセルリスのことも、よろしくね」

「わかってるさ」


 そして、最後に。


「フィアフィリア。大好きだよ」

「……おれもだ、姉さん」


 二人は想いを伝え合い、満ち足りた笑みを浮かべた。



 やがて、果ては銀色に。


「アクセルリス──」

「……正直、私はまだ納得出来ていない」


 呟く。それはまぎれないアクセルリスの本心だった。


「頭では受け入れたつもりでも、心の中では拒んでいる──そんな感じがしてるんだ」


 その言葉には静かな苦痛が満ちる。


「ねえファルフォビア」

「なに?」

「ファルフォビアの命が森に宿って生き続けるっていうのがエルフの価値観だったよね」

「そうだね。私だけじゃない、フィアフィリアやカプティヴ──全てのエルフが有しているものだ」

「それ、今の私の眼を見ても同じこと言える?」


 見据えた灼銀──それは『生』への執着の炎を異常なほどに滾らせた、残酷そのもの。きっとそれは、かつて独りで生き延びていたときのアクセルリスの眼なのだろう。


「──」


 強すぎる意思の眼。ファルフォビアはそれを見つめ返し──息を吐いた。


「言うよ。私のために、アクセルリスのために、そして母のために」

「母……? ファルフォビアのお母さんって、確か」

「うん、見つかったんだ。アイヤツバスに殺されて、ね」

「…………っ」


 返す言葉が出なかった。まさかとは思っていたが、やはり。

 そうして言い淀むアクセルリスへ、ファルフォビアは語り続ける。


「それでも私は母の死を無駄だと思いたくない。母はこの森に命を委ね、私やアクセルリスを見守り続けている。そう信じてる」

「それが『母のため』なんだね」

「うん。だから私もそう信じるんだ。私の命も同じようになる──そうして、母と共にアクセルリスとフィアフィリアたちを見守る、と」

「…………そっか」


 優し気にそう返した。

 『家族』。その存在の重さ、尊さをアクセルリスは誰よりも深く知っている。だからこそ、ファルフォビアのその信条を強く理解できるのだ。


「──うん。あなたの信念と覚悟は分かったよ。でも一つ、大事なことを聞いてない」


 ファルフォビアの想いは伝わった。そして、最後の問いを投げる。


「ファルフォビアは、悔やまないの」



 それは後悔。

 己の中で採算を付け、決意を固めたファルフォビア──しかし彼女に、心の奥でうごめくその感情はないのか。それがアクセルリスの、最後の問いだった。



「──」



 ファルフォビアは一瞬だけ呆気にとられたような顔をした。



「そりゃ──」



 一瞬の沈黙が二人の間を通り過ぎた。



「──悔しいよ! 名残惜しい! 私はファルフォビアとしてもっと皆と一緒にいたかった! アクセルリスと遊んで、フィアフィリアと笑って、カプティヴと話して! もっともっと、皆と楽しい日々を過ごしたかった!」


 叫ぶ、叫ぶ。押し殺してきた望み、或いは執着が一気に解き放たれていく。


「でも私は選んだ。この道を。そこに一切の後悔はない──だけど、恨みはある! こうするしかない状況を生んだあの魔女、戦火の魔女!」


 全ての穂先は、ひとつに。


「私は許さない! 私の母を殺し、私たちの森を燃やし、ファルフォビアとみんながさよならする原因を生み出したアイヤツバスのことを!」


 始原なる感情。憤怒、怨嗟、憎悪。それが快活なほどに並び立てられていく。


「──だからアクセルリス、頼んだよ。私の……私たちの仇を取って」

「仇──」


 ファルフォビアの全てを聞き届けたアクセルリスに頼まれたのは、奇しくも彼女が追い求める『それ』と全く同じものだった。


「そうしないと気が済まない。だからお願い! それが私の、最後の願いだ」


 全てを吐き出し、晴れ晴れとした笑顔をアクセルリスに向けた。


「良き復讐を! あなたの夢が、叶いますように」

「────」


 それを受けたアクセルリスは、ただ微笑み、一言を返すだけだった。


「ありがとう」


 と。



【続く】

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