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残酷のアクセルリス  作者: 星咲水輝
43話 妖精の森
223/277

#3 あるいはインフェルノ

【#3】



「────ッ、ふぅ」


 ダイエイトは激しく息を切らす。苦し気に歪められた彼の眼には、死んだ妖精の森の出口が映っていた。


「ここならひとまずは安全だろう。森を抜けてしまえば目立ってしまう、ここで息を整えるのが得策だ」


 一息ついたのち、己が引いてきた荷台に乗る者たちを見た。


「みんな無事……な訳ないよな、はぁ」


 昏い顔で俯くファルフォビア。身体の傷こそ少ないが、心に負った傷は計り知れない。

 フィアフィリアは変わらず火傷に呻き、バウンがその手当に回る。

 そしてカプティヴ──返された渾身の一矢に貫かれたのは右肩だった。応急手当をし、止血こそしたが──しばらく弓を引くことは叶わないだろう。


「不甲斐ない限り、です……! 盟友の仇に報いることも叶わず、弓を射る力すらも奪われてしまうなど……!」


 苦悶の表情でそう呟く。


「気を落とすな、嬢ちゃん。相手が悪すぎた──それだけだ」

「アイヤツバスさん──まさか、戦火の魔女だったなんて」

「……信じられないな。本人の口から聞いても」

「嘘だったらよかったのに」


 そのとき、ふとファルフォビアが気付いた。


「──アクセルリスの家族を殺したのも、アイヤツバスさんなんだ」

「そうか……そうなるのか」


 狂った師弟の関係を知ったダイエイトは、ただ声を震わせる。


「尚の事わからないな……アイヤツバスは、戦火の魔女とは、なんなんだ」

「俺なんかにはもう、何が何だか」

「間違いないのは、あれがこの世界に仇なす存在であるということだけでしょう。それは如何なる手段を用いても、如何なる犠牲を払っても、消さなければいけない存在」


 そこまで言って、カプティヴは友の顔を見た。


「ファルフォビア……あなたにとっては厳しい現実かもしれません」

「…………いや、大丈夫だよ」


 息を吐き、荷車から降りた。


「正直今起こってることを受け止め切れてはないけど、でもやらなきゃいけないことは分かってる」


 決然とした目に差し込むのは残酷の光。鋼のように、決意が固まっていく。


「なら私は()()()()だけだ。死んだ妖精の森を守る勤勉なエルフとして、私にできることを──!」


 強い意志を宿した言葉。それを聞く一同の心も、同様にして強さを抱いていく。


「……そうだな! 事情はわけがわからないとしても、やるべきことはハッキリしてる」


 ダイエイトもまた、気合を込めて己を鼓舞した。


「倒さなきゃならない。なんとしても、だ」


 その言葉に、全員が頷いた。


「とはいえ、向こうは強大な魔女だ。不意討ちの策が失敗した以上、俺たちにしばらくチャンスはないだろう」

「ダイエイトさんの言う通りだ。なら俺たちがやるべきなのは──」

「撤退し新たな対策を練る。同時に戦火の魔女が出現したという情報を広め、人々の意識を高める。これでしょう」

「私もカプティヴの意見に賛成だよ。となれば早いところここを出よう──フィアフィリアの容体も気がかりだし」


 見下ろす目に映るフィアフィリア。表情は落ち着きを取り戻し、呼吸も安定している。


「ねえ、さん……」

「大丈夫だよフィアフィリア。大丈夫だから」


 彼女は愛する弟へそう語り、そしてダイエイトのほうを向いた。


「行きましょダイエイトさん!」

「よし、乗った乗った! これからは忙しくなるぞ!」


 そして全員が森の出口を見た。





 誰も気付かぬうちに、一つの影が立っていた。


「どこへ行くのかしら?」


 赤黒い眼で一同を捉え、微笑みながら、それはそう訊ねた。


「────」


 誰かが声を出そうとした。それよりも早く、バウンが飛び出した。


「ダイエイトさんッ! 別の道で逃げろッ!」

「バウン……ッ!」


 ダイエイトは一瞬彼を引き留めようとしたが、その意思を汲み取り、奥歯を噛みしめた。

 そして、逆方向へと向き直った。


「──すまない……ッ!」


 その一言だけを残し、走り出した。


「────」


 そして荷車に乗るファルフォビアとカプティヴは、その末を、見た。




「これ以上、お前の好きなようには──!」

 短剣を投げつける。身じろぎもさせられないまま、魔法陣に弾かれる。

「させるかッ!!!」

 素早く背後を取り、その首に致命の刃を突き刺す──よりも先に、彼の体が空に留まった。

「ぐ、うぁ……ッ!」

「…………」

 それは無表情のまま、バウンの瞳を覗き込んだ。

「あなた、誰?」

「──ッ」

 バウンの魂は、その一瞬で──永遠をも凌ぐ恐怖を感じ、一切の鼓動を止めた。

「誰でもいいけどね」

 そしてアイヤツバス(それ)は指でバウンの額に触れた。その一点から赤黒い炎が芽吹き、一瞬にしてバウンの全身を覆った。

「あ……ああ……あ、アアアアアア────!!!」

 己の全てが煮え滾る邪悪な戦の炎に包まれる、死よりも痛苦なる感覚──バウンはただ、髄から振り絞るほどの絶叫を上げるしかできなかった。






 それが、二人が見てしまったものだった。


「あ、あああ…………!」

「そん、な……!」


 目に焼き付いた戦火。耳に残り続ける悲鳴。

 固まったはずの決意を溶かすには十分すぎるものだった。


「あんなの、あんなの……!」

「気を確かにもてッ!」


 轟いたのはダイエイトの咆哮。


「俺たちは決意した、そのはずだ! あいつが託したものを無駄にするわけにはいかないだろう……ッ!」

「…………っ!」


 誰よりも真っ直ぐ前を見続けるその言葉はしかし、誰よりも悲愴に満ちていて。


「だから何としてでも、俺たちは──」

「──待って」


 ダイエイトの悲壮を遮り、ファルフォビアが空を仰いだ。


「ファルフォビア?」

「森が、燃えてる……?」


 感じ取る不穏。それはこの森を守護する彼女だからこそ感じ取れる、火種。


「なんだと……!? まさかアイヤツバスが……!?」

「待って、それは──それだけは、駄目……!」

「ですが、ここで立ち止まっては!」

「カプティヴの言う通りだ、ファルフォビア! ここはとにかく逃げ──」


 その瞬間、一同の前に現れたものがあった。

 異常極まるその存在に、ダイエイトは本能的に足を止めた。


「な!?」

「アアアアアアアアアアアアッ────!!!」


 身体から邪悪なる赤黒い炎を放ち、『絶叫』としか形容できない音を鳴らし続けるそれは。


「バウン、なのか!?」

「生きて……!?」


 しかしその存在は投げかけられた言葉を理解する素振りを見せず、ただただ周囲の森に炎をばら撒き、燃え広げていく。


「彼が森を燃やして……!」

「アアアアア、アアアアアアア────ッ!!!」

「バウンじゃ、ない……あれはもう、バウンじゃ……っ!」


 悲痛なる言葉で状況を判断したファルフォビアは、その存在へと弓を構える。

 しかし、声が聞こえた。


「流石はファルフォビアね。決断が早い」

「アイヤツバス……!? どこに!」

「耳を貸しちゃ駄目! あれを放置すれば森が焼き尽くされる! 私と母が護ってきた、この森が!」


 迫る焦り。科した『勤勉』の烙印に見合う己になるべきと、考えるよりも早く矢を放った。


「そんなことはさせないッ!!」

「でも残念。その選択は疑うべくもなく正しいからこそ、間違える」


 それに矢が突き刺さった瞬間。


「ア、ア、ア──ア────!!!」


 急激に形を歪め、そして──爆ぜた。




「────」




 『爆弾』だったのだ。アイヤツバスの手によって加工されたそれは、衝撃を受ければ爆発し、この森全域に炎の手を伸ばすための道具に成り果てていた。




「あ────あ、あ」


 ファルフォビアの眼前が絶望に染まる。己の護るべき存在へ、己自身が破滅を招いてしまったのだから。





「いい顔するじゃない、貴女」


 激しく燃え上がる樹々の間──気付けば、そこでアイヤツバスが笑っていた。


「あ」

「ファルフォビア……っ!」


 全身の力が失われ、膝から崩れ落ちる。カプティヴがその身を支え、声をかけようとするが──今の彼女に与えられる言葉など、なかった。


「アイヤツバス……あんたは……!」


 怒りを露わにダイエイトは身構える。憤出する怒りを煮え滾らせ、心のままに叫ぶ。


「どこまで好き勝手すれば気が済むんだ!」

「あえて答えるのなら……どこまでも、ね。私の夢を叶えるためには、世界そのものを私の好きなようにする必要があるから」

「そんな夢、許させるわけがないだろうッ!」


 駆ける。竜人の全力を込めた拳を顔面に叩き込まれればアイヤツバスとて無事では済まない──だろうが。


「く……ぐ……っ!」

「分かってるわよ、そんなこと。だから私は『許してもらおうとは思わない』と繰り返してるのよ」


 拳は届くことなく、右腕ごと幾重もの魔法陣によって拘束されていた。圧し切ることもできず、弾くこともできず──生殺与奪を、戦火に握らせてしまったのだ。


「ダイエイト、あなたのことは悪いように思ってなかったわ。アクセルリスの面倒を好く見てくれたし、顔立ちも振舞いも優れた良い男だった」


 つらつらと語るそれはやはり本心で。


「だから命は見逃してあげる」


 指を鳴らした。魔法陣が蠢き出し、それぞれ異なる方向へ回転を始める──ダイエイトの腕を巻き込んだままで。


「ぐ、あ……ああ……ッ! あああああああッ!」


 悍ましい音を立てて、ダイエイトの腕が常軌を逸した形に捻じ曲がる。それはまるで濡れた布を絞るかのように。

 文字通りの粉骨砕身。その激痛に耐え切れず、ダイエイトはその場に膝を付く。


「ふふ。元気でね」



 微笑み、しかし彼のことを見もせずに──アイヤツバスはファルフォビアの前に立った。


「何を!」

「静かにしててね、見知らぬエルフさん」

「──ッ」


 歯向かおうとするカプティヴをその一言で萎縮させ、向き合う。


「ファルフォビア──ありがとう」

「…………」


 放った言葉は、感謝。


「貴女との関係のおかげでアクセルリスは素晴らしい成長を遂げてくれた。育ての親として感謝の限りよ」


 真摯なる言葉で、絶望のファルフォビアを串刺しにしてゆく。


「この森にも貴女と同じくらいの感謝をしているわ。だからこそ、消し去るのは心が痛む──そう思っていたのだけれど」


 赤黒い瞳が、歪む。


「それも貴女がやってくれたから」

「く…………あああっ!」


 バッと顔を上げる。思いのまま、力のままにアイヤツバスの首へと剣を走らせた。

 だが、その刃は触れるよりも先に溶けて消えた。


「あ……」

「だからお礼に私が楽にしてあげる。これから世界に訪れるのは、今よりもずっと苦しい未来だから」


 そう言って、指を彼女の額に当てた。




「あら」




 だがファルフォビアの体が燃え始めるよりも先に、アイヤツバスは飛び退いた。

 直後、アイヤツバスが居た空間に無数の槍が降り注いだ。


「おはよ、アクセルリス」

「お師匠サマ……!」


 残酷を極まらせた眼光と共に現れたのは、アクセルリス。


「森に……ファルフォビアに! 何をした!」

「お別れを言いに、ね」

「ふざけたことを……!」


 怒りに満ちたアクセルリスとは対照的に、アイヤツバスは興醒めかのように息を吐いた。


「あなたが来てしまったのなら仕方ない、潮時ね」

「今日は見逃してやる、消え失せろ」

「はいはい──と、忘れてた。あなたにも贈り物があるわ。工房に置いておいたからあとで確認しておいて」

「どうせまたロクでもないものだろうに」

「いえ、必ずあなたの役に立つでしょう」

「分かったから消えろ。これ以上は時間が惜しい」

「それじゃ、またね」



 そしてアイヤツバスは消えた。だが、森を覆う赤黒い炎は消えずに燃え盛り続ける。



【続く】

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