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残酷のアクセルリス  作者: 星咲水輝
43話 妖精の森
221/277

#1 エボル・エボル・エボル

【妖精の森】


【#1】


 青く澄み渡った空。心地よさのある冷たい空気。適度に身を刺す風。

 それは理想的な冬の朝そのもの。今日もまた、健やかな一日が始まる──



 ──はずもなく。



「……」


 此処には、殺気を迸らせながら睨み合う一組の魔女がいた。


「相変わらずだな、お前は。変わらぬ不愉快さを私に感じさせる」

「私のことが不愉快って感じるなら、お前は私の道に存在すべきものじゃないんだ。だから死ね。あるいは殺す」


 殺意を隠すこともなく言葉を投げ合う二人──アクセルリスとイヴィユである。

 そう遠くない過去では、二人は信頼し合う関係として共に任務を果たしてきた。それが今では命を狙い合う。哀しいほどに殺伐で、狂おしいほどに残酷だった。


「ああ──怖い。私はお前のことが怖い」


 そしてイヴィユが吐き出したのは、純粋なる『恐怖』の感情。


「だが! その恐怖こそが、私に真なる進化の在り方を示す灯火となった! 感謝はしておこう」

「何言ってるか分からないけど、どうせ殺せば同じか」

「確かにお前の力ならば、私を殺すことができるだろう──少し前までならば」


 イヴィユは不敵に笑い、銃を構える。


「だが私は進化を遂げた! それもこれまでのような停滞しきったものではない、純粋で始原なる進化を!」

「そうか、よかったな」


 進化の言説を耳に入れることもなく、代わりに槍を放った。

 しかしそれは笑いを止めないままのイヴィユに受け流される。


「御託は不要ということか」

「元々お前と話す気はないんだよ、こちとら」

「浅はかだな、極めて」

「それは私が決める」


 瞳に強い残酷を宿し、アクセルリスは駆け出した。強く踏み込み大地が抉られる。


「とにかく、死ね」

 長槍の一閃。不意討ち気味の一撃で首を狙う──だが、またしても受け流された。

「……」

 その際、灼銀の眼は映していた。攻撃を受け流す瞬間に、イヴィユの輪郭が白銀色に仄く光ったことを。

「妙な魔法を」

「魔法……というと少し違うな。知っての通り私は魔力を魔法として行使することを得意としない」


 続けざまに放たれる槍の連撃。その全てを受け流しながらイヴィユは語る。


「だから私は魔法と別の方法で魔力を利用することにした。詳細は企業秘密ゆえ、黙秘する」

「知りたくもない──」

 アクセルリスが奔らせる槍は、なべて必殺を狙う残酷の現れ。一槍でも刺さったのならばその刹那に敵を殺すだろう。

 しかしイヴィユはその『殺意』を紙一重で躱し続けていく。笑いながら、恐怖を謳いながら。

「怖い。一撃一撃が私を殺そうとする槍の雨に晒され、私は凄まじい恐怖を覚えていく」

 まるで誰かに語るかのように、淡々と。

「ああ、これだ……これこそ正しき進化の形なのだ! 死の線を潜り抜けた先に見える、進化が!」

「いい加減、黙れ」


 舌打ち。一際鋭い槍をイヴィユの顔面に突き刺す──よりも先に、流水のように滑らかな掌底がアクセルリスを穿った。


「ぐ……!」

「まず、一打」

 痛みは浅い。しかし追撃を警戒し、アクセルリスは過剰に思えるほど距離を離した。


「この程度……か、お前の進化とは。浅はかなのはお前の方なんじゃない?」

「あのアクセルリスに与えた最初の一打だ、私にとっては大きな一打となるだろう」

「言ってくれるじゃん」


 吐き捨て、両手に槍を握る。


「その一打が最後だ。進化はここで止まる」

「語るな! 私の進化を、私以外がッ!」


 その言葉を皮切りに、怒りを表象させイヴィユは駆けた。


「──ッ!」

 迫る敵に照準を定め、槍を放つ──しかしそのどれもが、同様にして受け流される。

「理解できないか! 私に槍が通用しないことを!」

「いや。確かめただけだ」

「虚言をッ!」

 射程に捕らえた。駆ける脚を抑えぬまま、すれ違いざまに弾丸を放つ──それがイヴィユの狙い。

 だが、しかし。

「何」

 彼女が引き金に指をかけた瞬間、手のひら大の小さな槍が銃を貫き、砕いた。

「丁度いいサイズを、な」

「賢しい──ッ!」

 目論見を崩され、離脱しようとするイヴィユ。アクセルリスはそこに槍を放った。

「何度試そうと無駄だ!」


 イヴィユはこれまでと同様に、身体に魔力を流しその槍を受け流す──だが、一つ想定外が存在していた。

 それは視界の端で捉えたアクセルリス本人──残酷に構える、銀色の獣。

 彼女はイヴィユが槍を受け流すのと同時に、その腹部側面に強烈な拳を叩き込んだ。


「が──ふッ」


 吹き飛ぶ、辛うじて受け身を取るがその恰好は無様に揺らぐ。


「受け流せるのは何か一つ、だけみたいだな」

「──ッ!」

 アクセルリスの声はイヴィユのすぐ傍から。残酷は敵を殴り飛ばしながら、追撃を叩き込むべくそれに並走していたのだ。

「タネは割れた。粉々に噛み砕いてやる」

 粛々たる宣告。それは振り上げた拳と共にイヴィユを狙う。

「小癪な!」

 覚束ない身で、咄嗟に魔力を循環させ攻撃に備える──今度はしなやかに、アクセルリスの拳を受け流した。

 だが、腹部に激痛が走ったのもそれと同時だった。

「が……!?」

 イヴィユが目を向けると、己を背から貫く銀の槍が見えた。

「体勢が崩れて急所を外したか。ツいてないな」

 アクセルリスは残酷に、言葉と共に刃を振り被った。

「より苦しむことになるお前が、だけど」

「ぐう……あああッ!」

 獣のような叫び。イヴィユが放ったのは衝撃波魔法──その対象はアクセルリスではなく自分自身だった。

 無様に宙を舞い吹き飛ぶイヴィユ。アクセルリスは空を斬った刃を消しながら、その着地点を見定めていた。

「へえ」


 当然、その衝撃はイヴィユの身に重いダメージを残すものとなる。だが彼女はそれと引き換えに、進化の終焉を先延ばしにしたのだった。


「が……は、あ……!」


 どさりと着地し、呻く。痛苦と共に槍を引き抜き、血走った眼でアクセルリスを見た。既に彼女は複数の槍を従え、歩み始めていた。


「新しい能力を手にしたはいいものの、まだ使いこなせていないみたいだな。《進化の魔女》らしくないブザマだ」


 存在証明を否定する嘲りと共に、アクセルリスは近付く。


「いいや、いいや! その事実が確認できた……それこそが進化だろう!」

「ここまで痛めつけられないと進化もできないのか。随分と耄碌してるな」

「それはお前が『進化』を理解していないからに相違ない」

「あいにく興味ないんだ、元から」

「であれば、愚かだ。生けとし生けるものはみなすべて進化し続けているのだから!」


 熱狂奔るイヴィユ。だが彼女を狂わせたのはアイヤツバスではなく、彼女自身なのだ。


「お前も進化の岐路に立たされるときが来るだろう。それは遠くはない。そのときに私の言葉を思い出し、後悔する」

「ごちゃごちゃと。お前の言葉に思い出す価値なんて何もない」

「さぁ、どうだろうな! ハハハ!」

「──」


 アクセルリスは小さく舌打ちし、手をかざした。彼女の周囲に浮いていたすべての槍が、イヴィユを狙いに定めた。

 イヴィユもまた、体勢を整え、高速で魔力を循環させ始めた。



 熾烈なる戦いが、本格的に始める──その寸前だった。



「──アクセルリスッ!」


 名を呼びながら、アクセルリスとイヴィユの間に降り立ったものがあった。

 それは黒き獣のグラバースニッチ。


「グラバースニッチさん……?」


 呆気にとられたアクセルリス。何らかの緊急事態を察知し、槍を消した。


「何が」

「よく聞けアクセルリス。お前の家──あの森が、燃えている」

「────ッ!?」


 唐突に投げられた、衝撃的な言葉と情報。アクセルリスの脳裏が一瞬にして赤黒に染め上げられる。


「イヴィユは俺が対処する、お前は急いで向かえ!」

「──はい、ありがとうございます……ッ!」


 瞬間的に巡った思考を超え、アクセルリスは迷うことなく踵を返し走り出した。

 後方から聞こえてくるイヴィユとグラバースニッチのやりとりなど耳に入るわけもなく、ただ不安と怒りに染まりながら。


「────」


 灼銀の右目に宿るは惑う残酷。突然のことに、まだ理解が追いついていない──だが、それはその眼で確かめれば済む。

 アクセルリスは駆けていった。


【続く】

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